―――それは、突然の事だった。

竈門炭治郎は鬼となった自身の妹・竈門禰豆子と自身の所属する鬼狩りを専門とする政府非公認の組織・鬼殺隊の同期である我妻善逸と嘴平伊之助と共に山に住むと云う鬼と対峙していた。
十二鬼月と迄はいかないが強固な力を持った鬼と前日の大雨でぬかるんだ慣れない山道に三人で倒すには少々難しいとさえ思い始めていた。

息が上がり、思考が鈍くなる中、皆が皆、必死に鬼を倒そうと様々な思考を巡らせていた時だった。

それは、突然として現れた。
鬼と対峙する様にして立つ炭治郎の視界から其れは不意に現れたのだ。
音も無く、匂いも無く、突然視界の片隅から現れた其れは紅い血の色の様な生地に白い彼岸花が描かれた羽織を揺らしていた。
気配も音も匂いも無く、炭治郎達の横を通り過ぎて行く黒髪の少女に驚き、その場に居た炭治郎達は目を見開いた。
何処から現れたのかも分からぬ、目の前の黒髪の少女は目の前の鬼に怯えることも恐怖することも無く鬼の元へと静かに歩みを止める事は無かった。

其れは何事もなく、唯、本当にその場を通るために歩いているだけのようにしか見えなかった。

「危ない」「逃げろ」そう、皆声を掛けたかったが何故か声が出ず、体も動かなかった。

何故なら目の前の鬼へと向かって歩みを進める少女が本当に人間なのかと何故か疑ってしまったからである。
自身達には少女の姿が見える。だが、自身達と対峙している鬼には自身の元へと近づく少女に何も反応を見せず、まるで本当に【少女は存在していない】ような反応をしているのだ。

だから、目の前の少女は危機に陥った自身達が作り上げた幻覚なのではないかと脳が感じ取ってしまったのだ。

突然の事に混乱する炭治郎達を他所に少女は静かに鬼に近づき、その横を通り過ぎた。
少女の音も匂いも存在さえも鬼は知らないかのように一人で騒ぎ、目の前の不思議な光景に戸惑う炭治郎達を己に恐怖しているのだと勘違いしてにやにやと嘲笑っていた。

突如、かちゃりと小さな音が響いた。
それは、まるで刀を鞘に納めるような音だった。

―――ぽたりっと血が滴り落ちた―――


その鬼が黒髪の少女を認識したのは自身の首が銅と離れ、地面に落ちる瞬間であった。

何故か気がついたら自身の首が重力に従うように自身の血で汚れた地面へ椿が花を落とすかのように落ちた。
落ちる瞬間、空中でくるくると首が回転し自身の倒れゆく胴体の向こう側に紅い血の色に白い彼岸花が描かれた羽織を纏う黒髪少女が見えた。
いつの間に自身の背後に居たのかと鬼は驚き目を見開いた。
何故なら鬼は、この時、やっと黒髪の少女の存在を【認識】出来たのだ。

鬼の首が地面に落ち、ころころと転がった。
だが、転がりながらも鬼は黒髪の少女の後ろ姿から目を逸らす事が出来ず、ただ静かに見つめていると黒髪の少女は鬼の視線に気がついたのか、ゆっくりと振り返った。

白い肌に羽織と同じく紅い血のような瞳が見えた。

黒い髪に飾られた紅い彼岸花が風にふわふわと揺れ、自身の身体から流れる血と同じ色の紅い羽織の裾が風で舞い上がる。
羽織の下に背負いし【滅】と言う文字が酷く、少女に似合っていると鬼は感じてしまった。

満月に照らされ、何処か人間離れした雰囲気を纏う黒髪の少女の姿に鬼は皮肉を込めた様に笑みを浮かべた。
それは、何処か自身の行った悪さが見つかった子供のような笑みでもあり、やっと此の苦しみから解放されるのかと言うような笑みにも見えた。

「地獄の使者から…直々のお出迎えか…」

鬼の言葉に少女は何も言わなかった。
ただ、静かに黒髪の少女の髪に飾られていた紅い彼岸花がゆらゆらと風に揺れていた。

炭治郎達は目の前の出来事が理解出来ず、ただ静かに見ている事しか出来なかった。

「……ありがとう」

鬼が少女に呟いた言葉を炭治郎達が理解して我に返った時には少女の姿と鬼は目の前から消えていたのであった。