※現パロで人形パロ
それは、俺が物心ついた時には既に祖父母の家に飾られていたものだった。
和室に置かれていた祖母が祖父と結婚する際に持ってきた嫁入り道具である桐の小袖箪笥の上、幼い俺にはまだ背が届かないその場所にその存在はあった。
腰まで伸びた黒髪をハーフアップに結い上げ、灰色の襟巻きと紅い生地に白の彼岸花が描かれた羽織を纏い、此れまた彼岸花を模した髪飾りを挿した小さな人形が座る様にして飾られていたのである。
艶やかな唇に白い肌、程よくふっくらとした輪郭、長く伸びた睫毛に先の先まで細かく繊細に作られた少女の人形は固く瞳を閉ざしており、その姿は本当に小さい少女が眠っているだけの様に見えた。
その繊細な作りから小さい頃の俺は人形だと思わず、可愛い女の子だなぁなんて思っていた。
いつ見ても瞼を閉じたままの少女を起こそうと声をかけたこともあった。だが、少女は人形だ。無機質な人を象っただけのものである。目を覚ますことなどない。
そんなことなど知らない幼い俺は「あのおんなのこは、なぜいつもあそこでねてるの?」と両親に尋ねたことがあった。
本当の【人間の女の子にそっくりな人形】を見て、【本当の人間】だと思い込んでいる俺を両親は微笑ましく思ったのか、顔を見合わせて小さく笑い合うと「あの子はお人形さんだよ」と言ったのである。
その時の俺のショックは言いようのないものだった。
人間だと思っていたものが人形だと知った後も祖父母の家にある小袖箪笥の上にいる存在に幼い頃の俺は変わらず、興味津々だった。
遊びに来るたびに人形ばかりを見つめる俺に気がついたのか祖母はある日、俺を膝の上に乗せながら人形の話をしてくれた。
「あのお人形さんはね、おばあちゃんの大切なお友達なのよ」
「おばあちゃんのおともだちなの?」
「そう、大切なおばあちゃんのお友達…あのお人形さんは凄いのよ。悪い鬼さんを退治してくれるつよーいお人形さんなの」
ふふっと少女の様に笑う祖母に俺は驚いた表情を見せた。
「わるいおにさんをたいじしてくれるの?…でも、おにんぎょうさんおんなのこだよ?だいじょうぶなの?」
「そう、女の子だけどとても強いのよ。ほら、お人形さんの腰に刀があるでしょう?」
祖母が人形に指を差した先には、今までは羽織で見えなかったがチラリと少女の人形の腰に長い棒の様なものが見えたのを覚えている。
黒い縁の部分と頭の部分を紅いリボンが繋ぐようにして結ばれており、リボンの垂れた先には金色に光る蜻蛉玉の様なものがキラキラと輝いていた。
「あの刀で炭治郎や炭治郎の家族が怖い目にあったら助けてくれるのよ」
「そうなのか!すごい!」
人形のことを語りながら優しく微笑む祖母の姿と気になっていた人形のことが少しでも知れたことが嬉しくて俺もにこにこと笑みを浮かべた。
祖母は、膝の上に居た俺を一度床に下ろすと小袖箪笥の上にあったその存在を優しく抱きあげ、その姿を近くで見せてくれた。
さらりとした黒髪に近くで見ると唇は一層、艶やかに色づいており、幼い俺の胸はどきどきと高鳴りを覚えた。
「触っても大丈夫よ」と笑う祖母に俺は高鳴る胸を押さえながら、人形の白い頬に人差し指で恐る恐るつんっと触れた。
白い頬は人形であるが故に冷たく無機質に感じたが、もちもちとした柔らかさに俺の胸は更に鼓動を早めると同時にきゅっと締め付けられたのである。
何故か無意識に熱くなる頬となんとも言えない感情に俺は直ぐに人形から手を離すと服の上から心臓を押さえる様に自身の服の胸元を両手できゅっと握った。
「この子のお名前は紅って云うの。仲良くしてあげてね」
「べに…べ、に…」
教えられた人形の名前を俺は何度も舌足らずな口調で繰り返し口にした。
どきどきと高鳴る心臓はうるさく、自身から甘い砂糖菓子の様な匂いがした。
今考えると俺はこの時、この人形に恋をしたのだ。
………………いや、ちょっと今思うと自分でも吃驚だが……でも、世の中には画面越しの人物や本の中の登場人物に思いを寄せる人だっている筈だから許されるはずだ‼
……弟達には引かれそうな気がするからこの事は俺の中の秘密である。
そんなこんなで初めての感情にその時の幼い俺は戸惑い、理解が出来ていなかった。だが、祖母の腕の中にいる存在を自身の腕の中に閉じ込めたいと幼いながらにも思った俺は祖母に人形を抱っこさせて欲しいとお願いしたのだが、祖母は苦笑いを浮かべ「ごめんね。この子は今の炭治郎には重くて持てないと思うわ」と言ったのである。
俺は眉を八の字にしながら「おれはちょうなんでちからもちだからだいじょうぶだ‼」と言ったが「ごめんね」と困った様に笑うだけの祖母に俺は泣いた。
今思えば、そんな事で泣くな、この恥晒し‼と思うがこの時はどうしてもその存在を抱きしめたかったのである。
初めて大声を上げて泣く俺と困った笑みを浮かべた祖母。
俺の泣き声で駆けつけて来た両親と祖父の目に飛び込んできた異様な光景に皆が戸惑いながらも俺を宥めようと必死だったのが今でも本当に申し訳ないと思っている。そしてその行動に酷く後悔もした。
その騒動があった後、次に祖父母の家に行った時には小袖箪笥の上に置かれていた小さな存在は消えていたからである。
俺は消えた存在を慌てて祖母に尋ねたが祖母は少し寂しげな笑みを浮かべながら「知り合いの人にお譲りしたの」と言った。
その言葉に俺の心が一気に冷たくなる様な感覚がしたと同時にズキンっと心臓が痛み、無意識にポロポロと涙が溢れ出た。
ずっと見ていた人形…黒髪が綺麗で時折、部屋の窓から入ってきたそよ風に靡くのを見るのが好きだった。
硬く閉ざされた瞳は何色なのだろうか?と想像するだけでわくわくしたのに…そんな俺の中でも大きかった存在がある日、突然と居なくなってしまったのである。
大事な友達だと言っていたじゃないか!俺には抱っこさせてくれないほど、大切にしてたじゃないか‼何で‼なんでなんでなんで…とぐるぐると幼い俺の中でさまざまな言葉が飛び交い、処理をし切れなかった俺は父に泣きついた。
ぐすぐすっと鼻を鳴らし父の肩に顔を埋める俺に祖母は「ごめんね…あの子が決めたことだから…」と呟いていたのを幼い俺は知らない。
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