※キメ学設定
我妻善逸は突然聞こえてきた稲妻が落ちる時のような爆音に悲鳴を上げながら咄嗟に両耳を己の両手で塞いだ。
耳を塞いでも聞こえる爆音と目の前に広がる青晴天に善逸は体育教師から日々振われている理不尽な暴力のストレスの数々が遂に爆発して聴覚がおかしくなったのかと思うくらい、己の優れた聴覚と視覚の不一致に大きな戸惑いと焦りを見せた。
目で見る限り空は青く、何か異変や騒動が起きている訳でも無さそうだ。そのまま空へ向けていた視線を己が居る教室へと向けたが、特に教室内も不穏な空気が漂っているわけでもなく、いつもの昼休みの光景が広がるばかりである。
だが、すぐに善逸は己の聴覚がおかしくなりそうな程の爆音の原因に気がつくと大きな溜息を吐いた。
耳を抑える善逸の視線の先には己の居る教室の真前の廊下に立つ、一人の少年が居たのである。
その少年は善逸の友人である竈門炭治郎だった。有名なパン屋である竈門ベーガリーの息子ある彼は六人兄妹の長男で優しく真っ直ぐな心の持ち主でありながら父の形見である花札の耳飾りを風紀指導で注意されても頑なに外すことをしないちょっとした問題児でもある。
そんな優しい炭治郎が善逸の居る教室の前の廊下のど真ん中に立ち、ある一点を真っ直ぐに見つめているのである。
唯、見つめているだけであれば善逸も流していたと思うのだが、人の感情を音で読み取れるほど聴覚の良い善逸が両耳を塞いでも聞こえるほどの耐え難い爆音を鳴らしているのである。
稲妻が走る音と共に聞こえ出した黒板を爪で引っ掻くような金切音に善逸は我慢出来ずに「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ‼‼‼」と叫びながら廊下に立ち尽くす炭治郎元へと素早く向かい、炭治郎の制服の胸ぐらをを鷲掴みして前後にぶんぶんと揺らし始めた。
「なっ⁉いきなり何だ、善逸‼」
「お ま え な ぁ っ ‼ 煩いんだよ‼‼‼ さっきからずぅぅぅぅぅっとっ‼‼ 凄い音が聞こえんだよ‼‼‼なんなのそれ⁉⁉ どんなところから出てんの⁉⁉⁉俺の耳が死にそうなんだけど‼⁉⁉」
胸ぐらを掴みぶんぶんと前後に激しく揺らす善逸に炭治郎は両手を目の前に出しながら「分かった‼分かったから落ち着け、善逸」と騒ぐ善逸を宥めようとするが「いや‼‼お前が落ち着けよ‼‼ 今も爆音凄いから‼‼」と鼈甲の様な目が飛び出そうなほど大きく見開き、血走った目で睨みつけた。
炭治郎は善逸の勢いに圧され眉を八の字にしながら苦笑いを浮かべたが、直ぐに視線を善逸から逸らし先程と同じ様にある一点に視線を向け、スッと睨みつけるかのように目を細めたのであった。
その炭治郎の横顔に善逸の背中にヒヤリと冷や汗が伝う。響く爆音と金切音と炭治郎の纏う冷たい空気に善逸の喉が締め付けられるような感覚と共にヒュッと言う音を発てて息だけが口から漏れる。
周りは騒がしいのに炭治郎と自身の間に流れる空気だけは酷く冷たく恐ろしく感じられた善逸は恐る恐る炭治郎の視線の先を辿る様にして目を向けた。
其処には同じ学園に通う、善逸と炭治郎の友人の一人でもある一人の少年の姿があった。
大きな背に特徴的な髪型に善逸は直ぐに少年が不死川玄弥であると気がつくと同時にその玄弥が炭治郎の本当の視線の先の人物では無いと理解したのである。
炭治郎の本当の視線の先… よく意識して見なければ視界に入るかどうかも分からないほど影が薄く、存在感が無い人物で同じキメツ学園に通い、また炭治郎と同じ組であり、炭治郎の片想いの相手である少女・壱師紅が玄弥の隣に立っていたのである。
玄弥と紅は二人で何やら真剣に話し込んでいるように見え、時折りこそこそと耳打ちをしている光景に炭治郎から聞こえる音は更に激しく不協和音を響かせ、善逸を震え上がらせた。
普段なら泣きたくなるほど優しい音が聞こえているのに片想い相手である紅が他の男と話しているといつもこの不協和音が聞こえるのだ。
善逸は其れが酷く恐ろしく感じる時もあった。
炭治郎にとって紅は初めての恋…初恋だったのである。
しかも恋をした相手が極度に影が薄く存在感の無い、常に無表情で感情の音も匂いもしない 人とズレた感性を持つ少女だ。
最初は炭治郎も初めての恋に戸惑いながらも、嘘のつけない炭治郎は必死にこの想いが紅にバレないように隠していた。だが、ある日、突然抑えに抑えきれなくなった紅への想いが爆発した炭治郎が「毎朝、紅の味噌汁が飲みたいです‼」と最早プロポーズだろとツッコミを入れたくなるような想いを公衆の面前でぶつけ、紅は「良いですよ」と返事をした。
突然の告白と紅の予想外の素早い返事に誰しもが「炭治郎‼良かったなぁ‼」となったが、告白された本人である紅は炭治郎の告白を告白だと思っておらず、次の日から本当に味噌汁を作って持って来たかと思うと「毎朝、味噌汁飲みたいって言ったじゃないですか。あ、具材が無かったので梅干しを代わりに入れました」と云う本当に言葉の通りに毎朝、味噌汁を作ると云う行動を起こし、炭治郎を撃沈させたズレた女なのだ。
そんな撃沈した想いと匂いからも表情からも紅の感情が読み取れない不安さが積りに積り、炭治郎の心を少しずつ歪ませ、最近は少しずつその負の感情が表に出てることが多く見られたのである。
「紅は玄弥と仲が良いんだな…」
「玄弥と紅ちゃんは幼馴染だからな…」
「…俺も玄弥と同じような髪型にすれば、紅にもっと近づいてもらえるだろうか…」
「………やめとけ、紅ちゃんのことだから【はっ‼…此れが今流行りの双子コーデ…】とか言われるのがオチだぞ…」
そう、あの子はズレた子だ。
だが、そのズレた性格のお陰なのか、最近表に出てくることの多い炭治郎の負の感情が混じった発言をあの子は、そのズレた感性でのらりくらりと交わすのである。
ある時は炭治郎が焼いてきたパンを紅が齧っていると炭治郎が恍惚の笑みを浮かべながら「俺が作ったパンが紅の血肉になると考えると嬉しいなぁ…」と言うのを紅は気にすることなく「じゃあ、私が朝に炭治郎くんの為に作ってきた納豆味噌汁は炭治郎くんの血肉になっているので同じですね」と言いながらパンを口いっぱいに頬張るのだ。
紅自身、炭治郎から重い愛を向けられているとは一ミリとも思っておらず「炭治郎くんは昼ドラに出てきそうな言葉を云う人ですね」ぐらいにしか思っていないのである。
しかも紅はズレた感性を持ちながら、唐突に人の不意をかなりの衝撃で突いてくる時もある。しかも、炭治郎の胸を破裂させようとするほどの衝撃なのだ。
そんなズレた性格で感情が読み取れないところが、炭治郎を胸を刺激し、ドンドン深海に落ちて行く要素の一つなのだろう。
そして其れは炭治郎をかなり悩ませる要素ののひとつでもあるのだ。
炭治郎にとって初めて恋した相手が悪かったのである。
「…どうすれば、もっと紅に近づけるんだ?どうすれば、もっと俺を見て、俺を意識してくれるんだ?どうすれば俺を…俺は…どうすればどうすればどうすればどうすれば…」
「あぁぁぁぁぁ、何度も繰り返すなよぉぉぉぉっ‼‼お前がそんな風になるの怖いんだよぉぉぉっ‼」
積りに積もる想いに炭治郎が光を無くした黒い瞳で紅と玄弥を見つめながら、ぶつぶつと呟き始めた光景が恐ろしく、善逸の目からポロポロと涙が溢れる。
恋と言うものは簡単にも人を変えてしまう恐ろしいものだと改めて感じたと同時に深海に落ちて行く炭治郎を簡単に止めることは善逸には出来ないのだと悟る。
唯、早く紅と結ばれて、この状況が落ち着くことを祈ることしか善逸には出来ないのであった。
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