御都合血鬼術で炭治郎くんが狸になる話
※炭治郎視点
きゅうんっ…
俺は自身の口から出た情けない鳴き声に大きな溜息を吐いた。
其れは遡ること数刻前…夜明け前の出来事であった。
偶々、同じ任務を言い渡された俺と伊之助と善逸は以前に行った那田蜘蛛山付近にある森へと訪れていた。
月夜で照らされても薄暗い森の中に鬼の気配を其々に感じた俺達は泣く善逸を引き摺りながら鬼を退治すべく 森の中に足を踏み入れたが、数刻も経たない内に俺達は一人の鬼と出会い 戦闘となったのである。
その鬼は血鬼術を使う鬼だったらしく、鬼に怯え震えて泣く善逸へと向けられた血鬼術から善逸の盾となる様にして俺が前に出たことにより、見事に俺はその血鬼術に掛かり、気がついた時には視界が一気に地面に近くなっていた。
辺りには纏っていた羽織や隊服が脱げ落ち 日輪刀がコロリと地面に転がる光景に俺は驚きながらも後ろを振り返り、善逸‼大丈夫か⁉と善逸に声を掛けようとしたのだが、俺の口からは可愛らしい動物のきゅうん‼と云う鳴き声が響いたのである。
咄嗟のことに訳が分からない俺に目の前の善逸は口を大きく開け、酸素を求める金魚の様に口をパクパクとさせた後、震える指で俺を指差してこう言ったのであった。
「たたたたた炭治郎が狸になっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
その言葉に俺はピタリと動きを止めると自身の手にチラリと視線を向けた。
自身の目に飛び込んでくる茶色いもふもふとした毛に覆われた可愛い柔らかな肉球。 そしてまるまるとしたふわふわの尻尾は俺の意思に関係無くゆらゆらぽんぽんっと地面を叩いている。
俺は、ふわふわの尻尾から目を逸らし善逸へと向けると自身の置かれた状況を認識したと同時に声を上げた。
「きゅぅぅんん⁉⁉⁉(如何言うことだ⁉⁉⁉)」
森には善逸の悲鳴と俺の鳴き声に重なる様にして伊之助が倒した鬼の叫び声が響き渡った。
♦♦♦♦♦
あの後、鬼を倒した伊之助と合流した善逸は俺の着ていた隊服や羽織、日輪刀を伊之助に持たせると狸の姿である俺を抱え、物凄い速さで夜明け前と云うこともあり、静かな蝶屋敷へと大声を上げながら駆け込んでくれたのである。
騒動を聞きつけたアオイさんに善逸が怒られてしまったのは本当に申し訳ないと思いつつ俺は俺の姿を見て一瞬、笑顔のまま固まったしのぶさんに何とか診てもらうと如何やら今回の任務で討伐した鬼の血鬼術により、この様な狸の姿になってしまったようだった。
俺は何処と無く、嫌そうと言うか 早くこの場を去りたいと云う匂いをしている、しのぶさんに「お薬きちんと飲んで、太陽に沢山当たれば数日で元に戻るでしょう」と診断を受け、元に戻るまでの間、蝶屋敷で狸の姿のまま療養することとなった。
「此れを機に頑張り屋の炭治郎くんは、ゆっくりお休みしましょうね。あ、でも野生の狸と勘違いされて殺処分されたら困りますので目印に手拭いを首に巻いておきましょうか」と云うとしのぶさんは近くで心配そうにしていた、なほちゃん達に声を掛け、なほちゃん達は俺の羽織の柄に似た緑と黒の市松模様の手拭いを持って来ると優しい手つきで俺の首に目印になる様に手拭いを巻いてくれた。
俺は「ありがとう」と云う様にきゅぅんと一声鳴くと心配そうな表情だったなほちゃん達は明るい笑みを見せてくれた後、俺を陽の当たる縁側へと案内してくれた。
「ゆっくりと休んでくださいね!」と座布団を用意してくれた、きよちゃんに俺は申し訳ない気持ちになりながらも早く治療に専念しようと座布団の上にのそっと乗っかり座るとぽかぽかと暖かな日差しを浴びながら俺は大人しくしていた。
時折り、洗濯物を干しに来たアオイさんや話を聞きつけたカナヲや心配した善逸などが俺の様子を見に来ては頭を撫でて行くと云う慣れないことに擽ったく感じながらも体が狸だからなのか、ぽかぽかと暖かな日差しに俺はうつらうつらと船を漕ぎ始めた時だった。
不意に俺の両脇に背後からズボッと手を入れられたかと思うとそのまま俺の身体は重力に逆らうようにして宙に浮いたのである。
突然の事に俺は驚き、短くなってしまった手足をジタバタとさせながら暴れていると不意に身体をクルリと反転させられ、俺は目の前に現れた人物を見てぴたりと動きを止めた。
其処には黒髪に彼岸花を模した様な髪飾りを付け、同じく白い彼岸花が描かれた紅い羽織を纏った俺の想い人である壱師紅がいつの間にか俺の座っていた座布団の真横に膝をつく様にして座り込み、俺の身体を自身の顔の位置まで抱き上げていたのである。
紅は影が薄く、匂いも音も気配も自在に操れる人間だ。普段からめんどくさがりな彼女は面倒事に巻き込まれないようにと気配を消して過ごすことが多い。
その為、うつらうつらとしていた俺には紅の存在に気がつくことが出来なかったのかもしれない。
うぅっ…俺は、まだまだだな…なんて少し落ち込みながらも無表情な紅を見つめていると紅は俺を見つめる紅玉の様に輝く紅い瞳で二、三度瞬きしたかと思うと艶やかな唇をゆっくりと開いた。
「いぬ…?」
紅、如何見ても今の俺の姿は立派な狸だと思うぞ。
そう言いたかったが伝わらないと分かっているので取り敢えず、違うと云う様に首を横に振ると紅はコテンと首を傾げながら、相変わらずの無表情で「あ、太った猫ですか?」と更にズレたことを言ったので俺は更にぶんぶんっと首を横に振った。
紅は、そんな俺の様子にまた少し考える素振りを見せた後、やっと「あ、たぬきか」と正解を出したのである。
やっと俺の今の姿が何の動物なのかを理解した紅は膝をついていた状態から正座へと座り直すとその膝の上に俺を乗せ、更に観察するかのように俺へ視線を向ける。
思わず近くで見つめられる仕草に紅に想いを寄せている俺の心臓は思わず、ドキドキと高鳴り、身体が少し熱るような気がした。
そんな俺の心情など紅は知るよしも無く、俺をまじまじと見つめながらポツリポツリと言葉を漏らしていく。
「それにしても何故、たぬきが此処に? 野生のたぬきさんでしょうか…? しかも、君は派手な耳飾りしてるんですね。……首には手拭いを巻いてるし…たぬき界のはいからさんですか?」
紅の口から出てきた、たぬき界のはいからさんとは何処様な存在なのか物凄く気になった。
そして、たぬきにさんを付けをし始めたのは凄く可愛いと俺が思っていると紅は俺の両脇に入れていた手を俺の両手(今は前足)を掴む様にして移動させると「よよいのよーい」と手遊びをする様に動かし始めた。
唯でさえ人間の時ですら紅と手を握ったことの無い俺は紅の距離の近さと手の温もりにドキドキと心臓の鼓動を鳴らし、きゅぅんっと更に情け無い鳴き声を漏らした。
そんな、たぬきの正体を俺だと知らないであろう紅は手遊びを数回したかと思うと「あっ」と声を上げ、俺の顔をじっと見た後、少し目線を下にずらし「君、雄だったんですね」と言った。
紅にたぬきの状態で手を握られ、ドキドキと高鳴る鼓動と共に意識を少し別の所に飛ばしていた俺はその言葉と視線に我に返ると紅の視線を辿る様に己の下の方を見て、きゅぅぅぅぅぅっん‼‼と大きく鳴いた。
紅の視線の先には俺の下半身に向けられていたのだ。
たぬきになってしまっている俺は人間で言うならぜ、ぜん、ぜ、ん…全裸の状態だ。
抱っこされたら大事な所が丸見えなのだ‼
その事に気がついた俺は慌ててふさふさの尻尾を股下に通し、くるんっと丸めると下半身を隠す様にしたが、俺の心など知らない紅は「たぬきさんのたぬきさんは御立派ですね」と冗談か本気か分からない言葉を言った後、何かを思い出したかの様に「たんたんたぬきのー」と音程が外れた声で有名なたぬきの童謡を歌い始めたので俺は慌てて遮るようにきゅうぅぅぅぅぅぅん‼と鳴いた。
それは、もう、本当に一生懸命鳴いた。
ちょっと泣きそうにもなった。俺は、もう他所にお婿に行けないから紅に責任を取ってもらうしかない‼‼と心に決めた。
そんな俺の必死さに何かを感じ取ったのか、紅は「恥ずかしがり屋さんなたぬきさんですね。 あ、思春期ってやつですか?」と尋ねてくるが、一般的に俺は思春期と言われる歳だけどたぬきに思春期があるのかは知らないなら聞かれても困るなぁ…なんて思いながら、きゅうっと鳴くと紅は俺の両手から手を離し、膝の上に俺を乗せたまま俺の鼻先を人差し指でぷにゅっと押した。
「たぬきさんは何処から来たんですか?」
げんこつ山?と尋る紅に俺は首を横に振った。俺の住んでいた山は雲取山だ。
いつか紅も一緒に行こう。冬は雪に覆われているから寒いかもしれないが慣れれば大丈夫だ‼
将来は俺が炭を焼くから紅は家で俺の帰りを待って居てくれたら嬉しいなぁと思いながら、きゅうーと鳴くと紅は再び俺の鼻先を楽しそうにぷにゅっと突いた。
「君はふわふわとしてて温かいですね。 其れにいい具合に筋肉も付いてますし」
俺の鼻先を押していた手を下ろすと紅は、たぬきの姿である俺の脇腹や背中などを揉むように触り始めた。
もみもみと音が聞こえそうな程、揉んでくる紅に俺は心の中で結婚前の男女がそんなに触れ合うのは駄目だ‼あぁぁぁぁ脇腹は‼脇腹はやめるんだ‼‼うぐっ‼‼尻尾も‼‼何かゾワゾワするから駄目だ‼‼破廉恥だぞ、紅‼‼此れは本当に紅に責任を取ってもらうからな‼‼俺は決めた‼‼絶対にだ‼‼
きゅうきゅう‼と鳴きながら抗議する俺に紅は突然、手を止めると何かを思い出したかの様に口を開いた。
「君は、たぬき鍋にしたら美味しいたぬきさんですかね?」
その言葉に俺の背筋に冷たいものが走った様な感覚がして、俺はピタリと動きを止めた。
カチンコチンに固まった俺に紅は無表情のまま「今日は、たぬきなべだー」なんて呟き始め、俺は無意識に震え始めた身体と情け無く出る、鳴き声にどうすれば良いのか分からず、思考をぐるぐると迷走させていると原因である紅は俺の鼻先をまたしてもつんつんと突いた。
「冗談ですよ。 炭治郎くん」
そうか‼良かった‼紅は無表情だから冗談なのか本気なのか少し分かり難いんだ。俺の自慢の嗅覚も紅の前では意味がないし…だから、本当に食べられてしまうかと思っ…て、え?
「そんな特徴的な耳飾りをつけてる人なんて、炭治郎くんしか居ませんから。 其れに蟲柱様は毛の生えた動物が苦手とお聞きしてますので、何らかの理由があるモノ以外は絶対に屋敷の中に居るのは許さないはずですし」
「最初は分からなかったので取り敢えず捕まえてみただけでしたが、その後は直ぐに分かりましたよ」と淡々とだけど、楽しそうに話す紅に俺は唖然として何も言えなかった。
え?紅は途中からこのたぬきが俺だと気づいていたのか?気づいていながら俺に話しかけ、膝に乗せ、鼻を突き……俺の大事な所を見たのか⁉⁉⁉⁉⁉⁉
俺がその事実に固まり、たぬきの姿のまま口をあんぐりとさせていると紅は、またしても俺の鼻先をぷにゅっと突き「たぬきさーん、たぬきさーんあそぼうじゃないかー」と無表情ながらにも楽しげに音程の外れた歌を歌う紅に情報量の多さに思考が追いつかない俺は、きゅうっ…と鳴くことしか出来ず、放心状態のまま、アオイさんに紅が声を掛けられるまでの間、好きなように俺は遊ばれた。
とりあえず、放心状態の思考の片隅で俺が元の身体に戻ったら絶対に責任を取ってもらうと固く決意したのだが、そんなに上手く簡単に事が進まないことを俺は知るよしもなかった。
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