※ヒノカミ様炭治郎の話

 黄昏時は逢魔が時
 大禍時とも呼ばれ、意味は全て同じ
 昼と夜の移り変わる時のこと、また昔から他界と現実を繋ぐ時間の境目を意味する言葉

「紅 アンタはボーッとしてることが多いんだから気をつけなきゃ駄目よ」

【特に夕方、黄昏時にはお墓や神社に近づかないこと】
 母の言葉に紅と呼ばれた幼い少女は買ってもらった好物の羊羹を齧りながら、コクリと頷いた。

     ♦♦♦♦♦

 懐かしい夢を見た気がする。

 そう思いながらあの時の幼い少女の面影を残した一人の少女は寝癖の付いた髪を櫛で溶かしながらそう思った。

 少女の名前は壱師紅 キメツ学園に通う十五歳の少女である。

 紅は幼少期の頃から何故か人とは違う不思議な感覚感じることが多かった。
 何も居ない場所に何かが居るように感じたり、何かに触れられたりする感覚がしたりなど、何かと不思議な感覚を感じることの多い不思議な体質を持っており、其れが一度であれば気の所為か、唯の勘違いだなと思うことが出来たが、何度も触れられたり引っ張られるので此れは気のせいじゃないなと思った幼き紅は何時も父を尻に敷いている気の強い自身の母にその事をおやつの時間に相談したところ、冒頭の様な言葉を告げられたのであった。

 それからと云うもの、紅は母の言葉の通りにきちんと気をつけてきたつもりだった。
 姿の見えないモノに長い黒髪を引っ張られても頬や肩をつんつんと突かれても耳元でフッと息を吹き掛けられても紅は母からの教えの通りに気をつけることを心がけて生きてきたところ、幼かった紅は少しも動じない無表情で人とズレた感性を持った子へと成長したのであった。

 そんな紅も今は立派な高校生である。
 中高一貫のキメツ学園に通い、ズレた感性とマイペースが折り重なった性格だが、何だかんだと平和で楽しい学生生活を送っていた。
 だが、その日の朝に見た、現在は紅を放置して夫婦でラブラブな旅行中である母が忠告するような夢はまるで、その平和な日常に何か紅にとって良くないものが近づいているので気をつけろ。忘れるな。と警告しているように感じられた。

「どうしましょうか。今日はカナヲとアオイと一緒にヒノカミ祭に行く予定なのに」

紅は、そう呟くと髪を梳かしていた櫛を洗面台に置いた。
 カタンと櫛が音を鳴らすが紅は櫛の横に置いていたヘアゴムでいつもの様に髪をハーフアップに結い上げると小さく溜息を吐いた。
 今日は同じ学園に通う友人である栗花落カナヲと神崎アオイと共に紅は近所にあるヒノカミ神社のヒノカミ祭と呼ばれる祭りに行く予定だった。
 ヒノカミ神社は紅達の通うキメツ学園のすぐ裏にある山の中にある神社である。
 古くからある神社なのだが、神聖な場所であるが故に普段は一般人の神社への立ち入りは禁止されている。
 唯一、四年に一度だけ行われるヒノカミ祭と云う奉納祭の時だけは立ち入りが許可され、その神秘的な場所へと足を踏み入ることが出来た。
 また、古くからある大きな神社でもある為、夜店なども多く出店することが多いのだと云う。

 四年に一度の秋に行われる有名な祭り。
 だが、紅は、このヒノカミ祭に一度も行ったことが無かった。

 それは紅の母親がヒノカミ祭が近づくと口煩く「あの祭りは行っちゃ駄目。妖とか幽霊とかより厄介なモノに目をつけられる可能性があるから」と言うからだった。
 紅が幾ら「いや、大丈夫だと思いますけど。ほら、神様とかでも好みがあると思いますし」と告げても紅の母親は「何言ってんの。世の中には【ふん、面白い女じゃねぇか】ってアンタみたいな変わり者が好きなモノ好きだっているんだからね」と紅の額を突いた。
 自分の娘に対して変わり者って言うなよっと紅は母親に思ったのだが、後がややこしくなると思い言うのを止め、面倒くさがりな紅は大人しく母親の言うことを今まで聞いてきた。

 其れがヒノカミ祭が行われる年である今年…
 両親にから二人で旅行に行くと告げられた紅は心の中でガッツポーズをした。
 行ったことのないヒノカミ祭。 いつもなら誘われても何かと理由をつけては行きたいのを我慢して誘いを断ってきた紅であったが、今年は、そのヒノカミ祭が行われる日に両親は旅行に行っていて、家には居ない。
 つまりは祭りに行っても内緒にしていればバレることは無いのだ。此れは友人であるアオイやカナヲと楽しむチャンスであると紅は静かに心の中でそう思い、今日まで密かに楽しみにしていたのである。
 其れが、あんな夢を見てしまったがばかりに紅は少し行くことに悩みを見せた。

 「どうしましょうか」とポツリと一人でに呟くが誰も返事などしてはくれない。
 紅は静かに溜息を吐いたが「まぁ、大丈夫でしょう。アオイとカナヲも一緒ですし」と自身を納得させると静かに洗面所から立ち去ったのであった。

    ♦♦♦♦♦

「紅、こっちよ」
「迷子にならないでね」

 授業が終わり、紅は友人であるアオイとカナヲと共にヒノカミ神社を訪れていた。
 少し木々の生い茂る裏山の参道を歩いていると紅く色づいた大きな鳥居が紅の紅い瞳に写った。
 その大きな鳥居の向こうには此れまた多くの石で出来た階段があり、初めてのヒノカミ神社に紅は無表情ながらにも心を躍らせ、先を歩くアオイとカナヲの後を追うようにしてその紅い鳥居を潜り抜けた。

 その瞬間、本当に一瞬だけだが紅はチリンと何か鈴のような音が耳元で聴こえた気がした。

 チリンと微かなその音は何処か儚げで何故か急に紅の背中に何か冷たいものが伝う様な感覚があった。 咄嗟のことに紅は足を止め、辺りをキョロキョロと見渡す。だが、特に辺りには鈴や鐘などの音が鳴りそうなものがあるような感じは無く、目の前を歩くアオイやカナヲが音の鳴る様なものを持っている様子も無い。
 唯、何故か紅の背中に冷たいものがツーっと伝い、それに対して無意識に紅の警戒心が少し顔を出した。

――帰った方が良いのだろうか――

 一瞬、そんなことが紅の脳裏に過ぎる。
 このまま行くと何だか変なものに巻き込まれる様な面倒臭い展開が待っていそうだ。
 紅は静かにそう考えていたのだが、神社に足を踏み入れた瞬間、足を止めた紅に気がついたカナヲとアオイが紅の名を呼んだ。

「どうかしたの?紅」
「何かあった?」

アオイとカナヲに声をかけられた紅はハッと我に返ると目の前の二人は心配そうに紅に視線を向けていた。
 気分が悪いの?大丈夫?と紅を心配する二人に紅は先程のことを思い出しながらも自身の中で【疲れているのかもしれない。昨日、お隣の幼馴染である不死川兄にアイアンクローされた所為かも】と納得すると目の前のカナヲとアオイに「大丈夫です、行きましょう。たこ焼きと箸巻きとお好み焼き食べたいです」と告げるとカナヲが小さく「全部粉物…」と呟き、アオイも安心したかの様に微笑んだ。

 残りの石階段を上がりきるとその先には多くの出店と祭囃子の音が響いていた。
 四年に一度しか行われないヒノカミ祭。
 出店の数も人も土地も数が凄いとは聞いていたが、ここ迄大きいとは紅は思っておらず、初めての光景と感覚に素直に凄いですね。と紅は心の声を口に出した。

「日没後に神楽舞が始まるし、それまでは出店を回りましょう」
「かぐらまい?」

  自身の腕時計で現在の時刻を確認しながら言ったアオイの言葉に聞きなれない単語があった紅は早速、階段を登り切った先に売っていたイカ焼きを頬張りながらアオイに鸚鵡返しするかの様に問い掛けた。
 アオイは少し呆れながらもイカ焼きをもぐもぐと頬張る紅に「神楽舞ってのは、この神社のヒノカミ様に奉納する舞のことよ」と説明すると紅は少し残念そうな顔をしながら「何だ。まいって云うから米を投げ合う祭かと思った」と呟き、アオイとカナヲは紅の言葉に苦笑いを見せた。

 正直、花より団子である紅にとって特に神楽舞と言うものに興味は湧かなかった。だが、目の前の二人は「とっても綺麗なのよ」「太鼓や笛の音も凄いの」と紅に言い、その言葉に紅は二人は神楽舞を見るつもりでいるんだなと気がついた紅は自分は舞なんて興味無いし二人が神楽舞を見てる間は一人で出店を回ろうかと考えていた。

 そんな事を思いながら様々な出店をカナヲとアオイと回り、楽しんでいると時間はあっという間に神楽舞が始まる時間を迎えた。
 「早く行かなきゃ良い場所で見れなくなっちゃうわね」と言うアオイとカナヲに紅は自分は神楽舞は興味ないから出店を回ってくるっと告げると二人は「一人でも大丈夫なの?」とマイペースな性格の紅を心配そうにしていたが、紅は「何かあったらスマホで連絡します」と告げ、紅は神楽舞が行われる神殿とは別方向へと足を向けたのであった。

    ♦♦♦♦♦

「唐揚げの大ください」
「はいよ!熱いから気をつけてね!」
「はい。ありがとうございます」

屋台で買った唐揚げを受け取った紅はキョロキョロと辺りを見渡しながら出店を見て回っていた。
 時折、自身の通う学園の制服を着た生徒とすれ違ったり、見回りに来たのか数名の学園の教師陣と出会ったりなどもした。
 見回り担当の一人であった美術教師である宇髄は紅を見た瞬間「ぼっちか?」と笑いながら聞いてきたので腹が立った紅は宇髄の口に熱々の唐揚げを遠慮なく突っ込んだのは悪くないと思っている。
 去り際に同じく複数いた見回り担当の一人である生物教師の胡蝶カナエが「壱師さん、気をつけてね?」と少し心配そうにしていたが紅は不思議そうに首を傾げることしか出来なかった。

 祭囃子の音が聞こえる。
 ガヤガヤと人が話す声に時折、カランコロンと下駄の音が聞こえる。
 四年に一度の大きな祭りは、まだまだ終わりそうに無いと感じさせるほどに賑やかで紅の心もいつになく騒がしいように感じられた。

 次は綿菓子を食べよう。
 その後はクジをしたい。あの、小松菜のぬいぐるみが欲しい。などと思いながら紅は食べ終えた唐揚げのゴミを出店と出店の間に置かれていたゴミ箱へと捨てると綿菓子屋へ向かうべく、歩き始めた時だった。


「そこの黒髪のお嬢さん、これ落とされましたよ」


 不意に少年の声が背後から紅の耳に届いた。

 聞いたことのない、泣きたくなる様な優しい声色に紅は一瞬、自分が呼ばれたかと思い振り返ろうとした。
 だが紅はハッと自分はお嬢さんと呼ばれる歳では無いと思い、今ここで振り返り自分じゃなかった時に恥ずかしくなる展開だ。と思った紅はその声に振り返ることはせず、止めた足を再び、動かそうとした。

「あ、君‼」

 少年が再び誰かを呼び止めようとする声がする。

「ま、待つんだ‼こら‼君のことだぞ‼」

 一歩、また一歩と歩こうとした紅は突然、ギュッと片手を背後から握られた。
 突然のことに前に歩こうとしていた足はフラつき、何とか転びそうになるのを片足で踏ん張ると静かに己の手を掴んできた背後に居るであろう人物へと自身の紅い瞳を向けた。
 其処には紅より少し背が高く、短い赫灼の髪を揺らした一人の少年が立っていたのだが、その少年の格好に紅は驚き、目を見開いた。

 少年と思わしき人は花札の様な耳飾りを両耳に付けており、また顔には太陽を模したような模様が描かれた赤い目の狐面で顔を隠していたのである。
 黒の袴の上に緑と黒の市松模様の羽織を纏い、狐面を付けたその奇妙な格好は明らかにこの世のモノとは思えない空気を纏っており、紅の心臓がどくどくと煩く音を奏でた。

 よく見ると狐面の少年は「これ落とされましたよ」と紅に声を掛けてきた癖に、その少年の手には紅の落とした物などが握られている感じもない。
 完全におかしいその光景に普通の感性を持っている人物なら「手を離して」「触らないで」と声を荒げ、目の前の狐面の少年を突き放すのが普通だ。
 狐面の少年も紅がそうするであろうと予測しているのか、己の手を振り払えないようにとギュッと力を込めるが紅は相変わらずの無表情でじっと狐面の少年の様子を伺っていた。

 祭囃子の音が少し遠くに聞こえ、辺りに大勢いた筈の人の気配も同じように遠くに感じられる。
 明らかに先程迄の神社の空間とは違う色を見せ始めた時、狐面の少年を静かに見つめていた紅がゆっくりと艶やかな唇を開いた。


「その狐面、何処の屋台で買えますか?」
「……………え?」

 突然の場違いな言葉に狐面の少年は呆気に取られた様な声を上げた。

「その狐面、凄く好みです。可愛い。うちの玄関に飾りたいぐらいです。何処の屋台で買えますか?沢山種類あります?全種コンプしたいです」

 先程の静かさとは打って変わったかの様に紅は無表情でペラペラと話し始めた。
 それは何処か無表情なのに興奮したような口振りで手を離すような素振りを見せるどころか逆に狐面の少年の手を両手で握り「そのお面が売ってる屋台を教えるまでこの手は離しませんよ」とぐいっと狐面の少年に顔を近づけるほどであった。

 紅はめんどくさがり屋な性格にズレた感性を持った変わった少女である。
 それ故になのか、好みもかなり変わっており、こけし人形などを可愛いと言い愛でるタイプの少女であった。
 そんな紅の好みを貫いたのが、少年のつけている【狐面】である。
 その狐面を一眼見た瞬間、紅の心はドキドキと高鳴り、運命を感じたのである。

 可愛い。なんとも言えない無機質な赤い瞳と綺麗な木目…そして綺麗に塗られた太陽のような模様…
可愛い。欲しい。玄関に飾りたい…いや、自分の部屋でも良いですね。

 無表情ながらにもうっとりとした表情で少年では無く【狐面】を見つめる紅に狐面の少年は面の下で口元をひくりとヒクつかせた。

「………思ってた反応と違うから困るな…」

――俺は神隠しをしようとしてた筈…なんだが…――

 そう少年は呟いたのだが、【狐面】に興奮している紅の耳には届かなかったのであった。