※いぬぼくパロ?

 メゾン・ド・キメツ
 一世帯につき1人のシークレットサービスが付くと云う最高級のセキュリティーを持った、高級マンションである。家賃は高額で由緒ある家柄の人間のみ入居を許されている。
 …というのは表向きの理由で、その実態は先祖の中に妖と交わった者がおり、その妖怪の【先祖返り】である人間が純血の妖怪に狙われないよう身を寄せ合って助け合う為に作られた場所である。
 そんなメゾン・ド・キメツ 通称:キメツ館の食堂で花札の様な耳飾りを付けた少年・竈門炭治郎はテーブルに顔を伏せながらポツリと呟いた。

「駄目だ…全然、想いが伝わらないんだ…」

 机に伏せている為、その言葉をどの様な表情をしながら呟いたのかは分からないが、悲しげな声色と炭治郎から聞こえてくる酷く落ち込んだ様な、自分を不甲斐ない‼と思う感情の音に炭治郎と同じキメツ館の住人である我妻善逸は飽きれた表情を見せると片耳を押さえながら大きくため息を吐いた。

 竈門炭治郎と我妻善逸はキメツ館の住人で二人とも【先祖返り】だ。
 泣き虫で臆病な性格の善逸は性格に反して雷を操る雷獣と呼ばれる妖の先祖返りであり、どちらかと云えば神に近い存在でもある。
 一方、しっかり者で真面目な性格の炭治郎は善逸と同じ獣の妖であるのだが、化狸と云うふわふわもふもふで大変愛らしい妖の先祖返りである。

 旧家である竈門家の長男であり、先祖返りとして生まれた炭治郎は他の先祖返りの家とは違い、優しい両親と親族のお陰で隔離などされること無く、自由な環境で育ってきた。しかも炭治郎の下には弟と妹が合わせて五人おり、兄妹皆、顔は似ているが長男である炭治郎のみが先祖の力を受け継いでいるのであった。

 そんな炭治郎は中高一貫であるキメツ学園の高等部に上がると同時に家族と住んでいた家を出て、このメゾン・ド・キメツ館へとやって来た。
 本当は家を出る予定など炭治郎には無かったのだが、先祖返り達を纏めるこのコミュニティーの長であり、キメツ学園の学園長でもある産屋敷耀哉より「最近、純血の妖による被害が多いんだ。仲の良い君達を引き離すのは私としても心苦しいのだけども……家族や自分を純血の妖から守る為にも入居することを考えてほしい」と云う言葉により炭治郎は家族に迷惑をかけないようにと思い、メゾン・ド・キメツへの入居を決意したのであった。

 入居の説明の際にシークレットサービスが付くと云う話を聞き、炭治郎はシークレットサービスを付けることを最初は断った。
 「自分の身は自分で守るから大丈夫だ」と産屋敷に告げたのだが、同じマンションに住む先祖返りでありキメツ学園の教師である者たちに「戦う術がない者が一人でいるのは危ない」と言われ、また、オーナーである産屋敷からも「深く考えなくても良いんだよ。寧ろ、しっかり者の炭治郎には【あの娘】を面倒見るような気分でいてほしいくらいなんだ」と告げられた炭治郎は、その言葉に首を傾げながらも産屋敷から香る自身を心配する匂いと優しさに何故か不思議と頷いてしまい、シークレットサービスを付けることになってしまったのである。
 
 その日、直ぐに入居説明に続く形で産屋敷は炭治郎にシークレットサービスとなる、一人の少女を紹介した。

 「紅、此方においで」

  優しい声色で産屋敷が誰かの名を呼ぶ。
 すると、その場に音も匂いも気配も無く、一人の少女がスッと炭治郎達の前に姿を見せたのである。
 揺れる黒い絹の様な髪は緩くハーフアップに結われ、電気の光が反射して紅い紅玉のような瞳はどんな宝石よりもキラキラと輝いているように見えた。
 炭治郎は突然現れた少女の姿に驚きで目を見開くと何故か心の奥底からなんとも言えない悲しい気持ちと喜びが混ざり合った複雑な感情が湧き上がってくるような気がした。
 そんなぐちゃぐちゃな感情で震えそうになる身体を何とか抑えながら炭治郎は産屋敷に「彼女が、俺の…シークレットサービス、ですか…?」と尋ねると産屋敷は優しい笑みで頷いた。

「貴方のシークレットサービスを担当します、壱師紅です。 よろしくお願いします」

少女・壱師紅は炭治郎に向かって、静かな声色で自身の名を名乗った。
 紅い瞳が炭治郎を射抜く様に見つめる光景に先程の複雑な気持ちだった心がぎゅっと締め付けられる様な感覚がして涙が込み上げて赫灼の瞳から溢れ落ちそうになる。
 にこりともしない紅に炭治郎は両手を伸ばし、紅の両手を己の両手でぎゅっと強く握り締めた。
 繋がれた手から感じる温もりに炭治郎は、ほぅ…と吐息を吐き出すと涙が零れ落ちない様に気をつけながら、目の前の自身のシークレットサービスとなる紅に微笑んだ。

「俺は竈門炭治郎だ。 此れから宜しく、紅」

 炭治郎の言葉にコクリと頷く紅に炭治郎は、また胸が締め付けられる感覚を感じた。
 一目惚れ、と呼ぶには何か違う。 酷く重いと感じる、名前をつけるには難しい感情が炭治郎の心を覆う。その事に恐怖も嫌悪感も無く、寧ろずっと欠けていたものが戻ってきたような…大事なものを取り戻したような感覚を感じとった。

――あぁ、また、きみにあいたかったんだ。

 心の奥底の遠い記憶の中、誰かがそう呟いた気がした。


    ♦♦♦♦♦

 それからと云うもの、四月からキメツ学園の高等部に上がった紅と炭治郎は同じ組になり、キメツ館以外での生活も共に過ごす時間が極端に増えた。
 元々、めんどくさがり屋で末っ子気質である、何を考えているかわからない様な常に無表情な紅を竈門家の六人兄弟の長男であるしっかり者の炭治郎が放って置くことなど出来ず、つい世話を焼きたくなる。そんな所も炭治郎に取っては愛おしい要素の一つであり、また、日々の生活の中で紅のことを少しずつ知っていく度に炭治郎の中での紅への想いが積み重なり、いつの間にか先祖返りなど関係なく炭治郎は紅を一人の異性として想いを寄せるようになっていた。

――できれば、もっと…彼女と居たい…

――願うなら、俺と同じように紅も俺を意識してほしい。

 そのような感情が芽生えてしまった炭治郎の行動は驚くほどに早かった。

 人に優しい炭治郎は紅に対して一等、優しく接する様になった。
 めんどくさがりで突拍子のないことを偶に仕出かす紅を炭治郎はニコニコと見守り、何方がシークレットサービスなのか分からない程に炭治郎は紅の身の回りの世話をした。時折、友人で同じマンションの善逸がドン引きした表情をしていたが、炭治郎は気にすること無くニッコリと笑みを返していた。

 そう、炭治郎は周りの人が一眼見ても分かるほどに紅に一等優しくしていたのだ。
 普通の女の子なら此処まで異性に世話を焼かれたりなどされたら、その人に好意を持ったり少しは意識したりするのものである。

 だが、紅はそこら辺に居る一般人とは感性が違っていた。

 其れを炭治郎に知らしめたのは唯の何でもない日にキメツ館の食堂で珍しく一人で食事をしていた紅に善逸が炭治郎の印象について興味本位で聞いてしまったことからだった。
 本当なら善逸は他人の色恋沙汰に首を突っ込むのは嫌なのだが、無表情で感情が表に出ない紅に猛アタックする自身の友人である炭治郎の行動を見ていたが故に紅は炭治郎のことをどう思っているのか、善逸は聞いてしまったのである。
 無論、本人の気持ちも考えた結果、炭治郎が紅を好いていると云うことは隠して尋ねた。

「紅ちゃんって炭治郎のシークレットサービスだよね?…実際さ、紅ちゃんの中で炭治郎ってどんな人?」

 善逸に炭治郎についてどう思っているのかを尋ねられた紅は白米をもぐもぐと食べながら少し考える様な素振りを見せた後、噛んでいた白米をごくんっと飲み込むとゆっくりと口を開いた。
 
「必ず漫画とかに一人は居る、家事とか出来る万能タイプの人だなーって思ってます」

――恋愛系の話に出てきたら、主人公に優しくし過ぎて逆に意識してもらえなくて一番道のりが遠そうな可哀想なタイプですよね。

 そう告げると再び白米を口に運び、モグモグと食べ始めた紅に善逸は唖然とした表情を見せた。
 紅の予想外の発言に思考が追いつかず「……えっ?」っと善逸が呟いたと同時に除夜の鐘の様な鈍い音と共に何とも言い難い悲しみの音が善逸の敏感な耳に届いたのである。
 善逸は咄嗟に耳を押さえ「ぎゃあぁぁぁぁぁ‼‼」と悲鳴をあげながら音の発生源と思わしき場所へとすぐに視線を向けた。耳を押さえていても脳に響く鈍い音に顔を顰めながら鼈甲の様な瞳でその音を鳴らしているであろう人物の姿を見て、やっぱりかと呟き、ため息を吐いた。

 善逸の視線の先、其処には何とも言えないショックを受けた様な表情を見せる炭治郎が居たのである。
 口は何かを我慢するかの様にきゅっと噛み締め、体がぷるぷると小刻みに震えている。心なしか赫灼の瞳もゆらゆらと揺れ、今にでも涙がこぼれ落ちそうだった。
 「炭治郎、ごめん」善逸は心の中で謝るが、今の炭治郎には其れを察する程の余裕が無かった。
 震える身体、無意識に潤む瞳。紅を好きになり、紅に己を意識してもらおうとあの手この手と考えたのにその頑張りは虚しく、人とはズレた感性を持った紅に自身の想いは一ミリも届いていなかった。

――俺は…長男、だから…今の衝撃でも何とか意識を飛ばさずに耐えれたっ…これが次男だったら…耐えられなかった…っ

「いやっ…ちょうなん…でも、ショックは…お、おきいぞっ…」

 そう呟いた瞬間、炭治郎の身体がふらりと傾いたかと思うとポンっと云う可愛らしい音が食堂に響き渡った。
 それと同時に急に白い煙が立ち上がり、煙は泣くのを耐えていた炭治郎の姿を覆い隠し、見えなくさせる。
 突然のことに白米を食べてた紅も静かに箸を下ろし、いつでも何かに対応出来る様にと炭治郎が居た場所に視線を向け、静かに立ち上がり態勢を取る。紅の横では白い煙を見ながら善逸が申し訳なさそうな表情で痛む頭を押さえていた。

 炭治郎を覆い隠すかの様に発せられていた白い煙は数秒も立たないうちに空気に溶けて消えて行き、ゆっくりと晴れていく。
 紅は炭治郎が居たであろう場所から視線を逸らすこと無く、じっと静かに見続けていたかと思うとその紅玉の様な瞳をぱちくりとさせた。

 紅玉の様な視線の先、その先に炭治郎の姿は無く…
――炭治郎と同じ耳飾りを付けた、茶色い物体…もふもふ尻尾を持った狸の姿がぽつんっとあったのである。

 その姿に善逸は溜息を吐きながら、ぷるぷると震える狸に近づき「炭治郎、お前は我慢し過ぎると本来の姿になっちゃうんだから気をつけないと駄目だぞ…」と狸のことを【炭治郎】と呼び、声を掛けた。
 炭治郎と呼ばれた狸は、ぷるぷると震えたまま「不甲斐無い…でも…そこまで想いが届いてないとは思わなくて…」と呟き、きゅうんっ…と悲しげに鳴いた。

 炭治郎は化狸の先祖返りである。 通常は何ら変わりの無い人の姿をしており、愛らしい狸の姿と人の姿を使い分けて暮らしている。だが、炭治郎の強靭的な精神が揺らぎ、不安定になった時、いつもなら制御出来ている筈の先祖返りの血の力が暴走してしまい、もふもふ尻尾の茶色い化狸(ぽん治郎バージョン)へと変身してしまうのである。
 無論、この事は炭治郎の家族や古くからの友人である善逸と伊之助は知っている。 普段から炭治郎自身の精神力が人並み外れており、人一倍我慢強い為、このような事は今生きてきた中では片手程にしかなかったのだが、今回の紅の発言は炭治郎の心にかなりのダメージを与えた様だった。

「…俺なりに積極的に頑張ってきたつもりだったんだ…」
「うん…うん、頑張ってたよ。炭治郎は頑張ってたから‼‼」
「…うぅっ…紅は…俺のことなんて…なんとも思ってないのだろうか…」

 きゅんきゅんと悲しい音をさせるぽん治郎モードの炭治郎の姿に善逸の胸も変なことを聞いてしまったと云う罪悪感でぎりぎりと締め付けられる。
 ごめん‼炭治郎、本当ごめんなさいね‼‼ 泣いて土下座したい気持ちに駆られる善逸だったが、炭治郎を慰めるのが先だと自分に言い聞かせながら炭治郎を励ます様に言葉を掛けることしか出来なかった。

 そんな時、炭治郎の背後から白い手がスススッと伸びてくるのが善逸の視界に入った。

 突然のことに善逸は「ひぃっ⁉⁉」と声を上げることしか出来ず、目の前に居る炭治郎は自身へと伸ばされた白い手が死角にある為に気づくことは無く、突然悲鳴を上げた善逸に不思議そうに首を傾げた。
 白い肌の手はゆっくりと炭治郎の背後から伸び、ぺちゃりと床に垂らした元気の無いふわふわな毛に覆われた茶色い炭治郎の尻尾へと伸びたかと思うと躊躇うことなく、その柔らかな炭治郎の尻尾を鷲掴みにしたのである。

「ぎょえぇぇぇぇぇぇっ⁉⁉⁉⁉」

 いきなりの自身の尻尾に感じた衝撃に炭治郎は驚き、全身の毛を逆立てたと同時に奇声を上げた。
 ゾワゾワとした感覚が全身を駆け巡り、ふにゃりと手足の力が抜けてゆく感覚に身体の奥がカッと熱くなる。
 尻尾への衝撃により大きく震える身体に炭治郎の身体は耐えきれなくなり、一度ぺちゃりと床に倒れ込むが炭治郎の尻尾を掴む白い手は容赦無く、もみもみともふもふな尻尾を堪能するかのように揉みしだく。
 炭治郎にとって急所でもあり、実は性感帯の一部でもある大事な尻尾。感じたことのない突然の感覚に身体の力がずるずると抜けていくが、大事な自身の尻尾を鷲掴みにする人物が誰なのかを確認すべく炭治郎は震える身体に鞭を撃ちながら、自身の尻尾へと視線を向けた。

 そして、炭治郎は自身の尻尾を掴む人物を見て剥製の狸の様に動きを止めた。

「これが立派な分福茶釜のもふもふ尻尾ですね」

 其処には先程迄、ご飯をもぐもぐと食べていた筈の紅がいつの間にか炭治郎の背後に周り込み、炭治郎のもふもふ尻尾を堪能していたのである。
 無表情な顔は心なしか楽しそうな雰囲気を醸し出しており「分福茶釜茶釜の尻尾。素晴らしい」と炭治郎の尻尾を揉みしだいている。

 突然の情報量の多さに固まるぽん治郎モードの炭治郎の尻尾から片手を離すこと無く、紅は反対の手で床にへたり込んでいる炭治郎の脇腹に手を入れると片手で優しく抱き上げた。

 いつもより近くなる紅との距離 身体に当たる柔らかな二つの膨らみ そして終わること無くもみしだかれる尻尾
 こんなにも距離が近いのに炭治郎から紅への想いは一ミリも届いていない悲しさと虚しさ。それでも好きだと思ってしまう複雑な感情と自身の身体に当たる二つの柔らかな物体…様々な感情に炭治郎が思考をぐるぐると巡らせていると紅は尻尾を揉みしだいていた手を止め、炭治郎の小さな鼻を自身の人差し指でぷにゅっと呼び鈴を鳴らすかのように押した。

「…?…紅?」

 何度も何度もぷにゅぷにゅと無言で自身の程よく濡れた鼻を押してくる紅の雰囲気が何処と無く、先程の無表情でありながらも楽しそうだった雰囲気から一変したように感じられた炭治郎は紅の名を恐る恐る呼んだ。
 彼女からは感情の匂いがしない。耳の良い善逸と肌が敏感な伊之助曰く、音も気配も感じないのだと云う。表情は常に無表情であるため、表情からも紅が何を感じ何を思っているのか判断が出来ない。
 だから、紅が纏うほんの少しの空気の揺らぎを紅に想いを寄せている炭治郎は見逃さないよう心掛けていた。 

 そんな紅の空気が少し揺らいでいるように炭治郎には感じられたのだ。

 何を思ってかは分からない。唯、少しの変化に気がついた炭治郎は再び紅の名を呼ぶ。すると紅は少し頬をぷくっと膨らませたかと思うと鼻を突いていた指先に力を込め、何故か力の限りに炭治郎の小さな鼻を押した。
「ぷぎゅ⁉」と再び声を上げる自身の腕の中のぽん治郎モードの炭治郎を気にすること無く紅は、ぷにゅぷにゅと何度も押した後、やっと炭治郎の鼻から手を離した。

「無事で良かったです。 あんまり、心配させないでくださいね」

 艶かな唇から紡がれた、炭治郎を気遣う小さな言葉。
 紅はそう告げると静かに炭治郎を床へと降ろし自身が先程まで食事を取っていた場所まで戻り、椅子に座り直すといつも通りの無表情のまま食事を再開した。
 その姿に炭治郎は呆然と立ち尽くしていると善逸が声を掛けた。

「良かったじゃん」

――…なんとも思ってない訳ではないみたいだぜ?

 優しく微笑む善逸に炭治郎は先程の紅の言葉を思い出し、ぎゅんっと胸が締め付けられる感覚と熱くなる頬を誤魔化すかのように炭治郎は、そっぽを向きながら「きゅう…」とひと鳴きしたのだった。