——壱師紅 十五歳には前世の記憶がある。

 唐突に何を言い出すかと思いかもしれないが、妄想では無く、確かに壱師紅には大正時代を生きた前世の記憶がハッキリとあるのである。

 それに気がついたのは壱師紅が五歳の時であった。

 当時、日本では無く、海外に住んでいた紅は庭で木登りをしていた際に頭から地面に落下した。 そしてその際に頭を地面で強く打ち、数日生死を彷徨った後、目が覚めた紅は前世の記憶をしっかりと思い出してしまったのである。

 大正時代では人食い鬼を退治する鬼殺隊に所属していた。
 顔は怖いけど不器用で優しかった己の師範。
 言葉にしなくても伝わる、同じ様に感情表現が苦手だった大切な友人。
 沢山の犠牲を重ねた先にやっと念願の鬼の始祖を倒し、その命尽きるまで共に生きて欲しいと告げてくれた愛おしい己の旦那様。

 全てを思い出した紅は涙が溢れて止まらなかった。

 前世で紅は最終決戦の後、鬼舞辻無惨を討ち取った一人の少年と結婚をしたのである。
 旦那の名は竈門炭治郎 心優しい温かな少年である。
 無表情で影も薄く、感性のズレた紅を唯一欲してくれた愛おしい存在である。
 炭治郎は家族を鬼によって失い、唯一生き残った妹・禰豆子も鬼となってしまった。その妹を元に戻す為に炭治郎は鬼殺隊へと入隊したのである。
 だが、鬼の始祖である鬼舞辻無惨を倒す為に度重なる困難が炭治郎の前に立ちはだかった。そしてそれを乗り越え、強さを手に入れた炭治郎に【痣】が現れてしまったのである。
【痣】が発現した者は【痣者】と呼ばれ、身体能力を著しく上がる。だが、その能力と引き換えに痣者は例外なく二十五歳を待たずに命を落とすとされていた。
 炭治郎も例外では無く、歳を重ねる毎に体力は少しずつ衰えて行き、二十三歳を過ぎた頃には外へ出かける程の体力は無くなり、次第に床に伏せることが多くなっていった。

 そんな炭治郎に紅は、ずっと寄り添った。

 自分を求めてくれた。そして自分も初めて誰かを求めた。そんな愛おしい人の側を離れたく無くて、時が過ぎないでと紅は何度も無表情の仮面の下で祈ったが、その願いは届くことは無かった。

そして、炭治郎が二十五歳を迎えた年の秋…

「生まれ変わったら…また、紅を探すよ」

 力なく炭治郎は微笑み、震える手で紅の頬を撫でた。
 頬に触れる指先は今まで触れてきた暖かな温もりは無く、冷たい氷の様な手をしており、炭治郎がもう長くないことを紅に知らしめた。
 紅は苦しくなる胸と溢れそうになる涙をグッと堪え、己の頬に触れる炭治郎の手に己の手を優しく添えた。
 
「…炭治郎くん、柱稽古の時の隠れ鬼で私のことずっと見つけられなかったじゃないですか」

——だから、私が見つけます。炭治郎くんのことを…

「何処に居ても、何してても…私が見つけてみせます」

そう言って、紅瞳を潤ませながら紅は力強く炭治郎を見つめた。
 炭治郎は、そんな紅を愛おしげに見つめ、優しく微笑むと震える唇をそっと開いた。

「生まれ変わったら、また、俺のお嫁さんになってほしい」

炭治郎の言葉に紅の瞳から堪えていた涙が溢れた。
 涙は紅の頬に添えられた冷たい炭治郎の手を濡らしそして着物へとぽたりぽたりと伝う。

「なる。…なります。っ炭治郎くんが、どんな姿だったとしても、何度でもお嫁さんになりますっ」

 カマキリだろうが、芋虫だろうが、なんだろうが炭治郎くんが炭治郎くんなら私はお嫁さんになります。と 嗚咽が混じった紅の精一杯の言葉に炭治郎は幸せそうな表情を浮かべると愛おしい妻と大切な人達に看取られながら、炭治郎はこの世を去った。

 そう、紅は炭治郎を探すと約束したのである。

 なのに、今の自分がいるのは前世の自分が居た日本から遠く離れた異国の地で炭治郎が恐らく居るであろう日本とは遠過ぎた。
 しかも自身の体は幼く、炭治郎を探しに行けないことに紅はショックを受け、それに対して今の身体(五歳)に感情が引っ張られたのか涙が止まらなかったのであった。
 
わたしがさきにみつけるっていったのに

 無表情でポロポロと紅は泣き、そしてそれを心配した両親に泣きながら「わたしをにほんにかえしてください。 ぱすぽーとぷりーず」と訴えたのであった。

 そんな絶望から十年が過ぎた頃、紅は日本の地に立っていた。
 あの後、様々なことを調べ、どうにか日本に行けないかと試行錯誤していた紅は突然だが、父親の仕事の都合で日本に住むことになったのである。
 元々、紅の両親は二人とも日本人なのだが、父の仕事の都合でアメリカに住んでいただけであった。
 日本、前世の紅にとっては愛おしい故郷。
 今世の紅にとっては初めての場所で引っ越しする時期が入学式から少し過ぎた季節ではあるが、紅は家の近くにあるキメツ学園高等部へ遅れながら入学することになったのであった。

     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 皆とズレて入学する当日。
 ブレザーを纏い、キメツ学園高等部の門を潜った紅は前世で己の師範であった不死川実弥と再会を果たした。
立派な鉄の門の向こう側で立つ嘗ての師範の姿に紅は思わず足を止め、紅い瞳が零れ落ちそうな程見開く、そんな紅の姿を不死川は鼻で笑うと「随分と遅かったじゃねぇかァ」と紅に声をかけた。 皮肉が籠った様な何処か出会えた事を喜んでいるかの様な不死川の言葉に紅は嘗ての師範も前世の記憶があることを悟ると素直に今の気持ちを素直に伝えた。

「相変わらず、胸元が破廉恥ですね」

 不死川は遠慮無く紅の頭をぶん殴った。

 痛みで地面に倒れた紅を不死川は容赦無く首根っこを掴みながら職員室に引き摺るように連れて行き、連れて行かれた先で紅は前世で見慣れた顔ぶれとの再会を果たした。
 教師である冨岡と煉獄、宇髄や悲鳴嶼や伊黒、会ったことは無かったが花柱である胡蝶カナエの姿もあった。
 皆、前世の記憶があるようで職員室に訪れた紅を暖かく向かい入れてくれた。また、不死川は気を使ってくれたのか、前世で関わりのあった胡蝶しのぶ、我妻善逸、嘴平伊之助、自身の弟である不死川玄弥、そして友人で親友でもあった栗花落カナヲ迄も紅の為に職員室に呼び寄せてくれたのである。
 紅の姿に後から呼ばれた生徒組は優しい笑みを浮かべながら紅の名を呼び、カナヲに至ってはキツく紅を抱きしめてくれた。
 お館様やあまね様迄も現れ、お館様は優しい笑みを浮かべながら「元気そうで良かった。 お帰り、私の可愛い子」と紅の頭を撫でてくれた。

 前世を思い出し長い時間を掛けて再び、みんなのいる場所へと帰ってきた紅
 会いたい人達には会えた。だが、本当に心の底から求めていた人には再び、会えていないのである。

 そのことに紅は焦る心臓を押さえながら、恐る恐る震える声で目の前の皆に尋ねた。
 無表情ながらにも不安げな紅の質問に目の前にいる皆は紅から視線を逸らす者も居れば、困った様な表情を浮かべる者もいた。その光景に紅の脳裏に嫌な予感が過り、不安が更に深まっていった。
 皆がどう話を切り出して良いか分からない様な空気に紅は「もしかして…いない…?」と呟くと皆の空気が揺らいだ様な気がした。

 まさか、嘘だ。
 こんなにも皆、揃っているのにあの人だけ、彼だけが居ないなんて…

紅は苦しくなる胸を服の上からぎゅっと握りしめた。痛む頭となんとも言えない苦しさと悲しさが入り混じった感情にどうすれば良いのか分からず戸惑った。
 そんな紅の揺らぐ感情を察したのか、お館様は落ち着いた声色で紅の名を呼んだ。

「大丈夫だよ。 炭治郎は居るよ」

——唯、ちょっと今は会えないだけだよ。

 お館様のその言葉に紅は静かに炭治郎が居ないのだと悟った。





 そう、この時はそう思って勝手に悲観していたのである。

 あの後、担任となる悲鳴嶼に連れられた紅は自身の所属することになる組へと向かい、そこで一日の授業を終えた。
 喜びと悲しみを一度に受けた体力と精神は疲れ果て、早く帰って取り敢えず寝ようと決めた紅は素早く皆に挨拶をすると自身の充てがわれた下駄箱へと向かったのである。

 靴を履き替え、下駄箱から正面玄関の扉をくぐり抜けた時、年季の入った黒のランドセルを背負った一人の少年が正面玄関前の階段に紅から背を向ける様にして腰掛けているのが視界に入った。
 夕日に照らされた少年の髪は風にふわふわと揺れ、その後ろ姿から少年にある筈のない何処となく懐かしい、愛しい人の耳元で揺れていた耳飾りがカランと音を奏でたように聞こえた気がした。

思わず紅は、その少年の背に向かって愛しいあの人の名を無意識にポツリと呼んだ。

 震える、本当に小さな声だった。

 その紅の呟きが少年の耳に届いたのか、少年は自身の背後にいる紅の方へとゆっくりと振り返り、紅の記憶に深く刻み込まれたあの温かな赫灼の瞳をゆるりと優しく歪ませた。そして紅の記憶よりも高く、未だ声変わりもしていない可愛らしい声で紅の名を呼んだのだ。
 その瞬間、紅は己の目の前にいる少年は孫うことなき前世の夫であり、ずっと探していた人物であると悟ると思わず膝から崩れ落ちた。
 顔を俯き両手で顔を覆い、紅は何とも言えない感情が溢れそうになるのをグッと耐え、息を飲み込んだ。

 突然の紅の行動に先程の少年が再び名を呼びながら紅へ駆け寄る様な気配を感じたが、今の紅は少年を気にする余裕などなかった。

 いや、あれは仕方がないと思うのです。
 だってみんながみんな何とも言えない様な悲しそうな表情をしていたんです。
 まぁ、あの、よくよく考えると音柱様…宇髄先生は顔を覆いながら若干肩が震えていたので勘違いしている私を見て笑っていたのかもしれません。…あのクソ教師め…
 だってだって、お館様も今は会えないって言ってたんですよ?だから私は炭治郎くんはこの世に居ないのだと思ったのに…

「まさか、自分の前世の夫がショタになって現れるなんて思わないじゃないですか」
「しょたっていいかたは、やめてくれ‼︎おれだってさいしょは、とまどったんだからな⁉︎」

 壱師紅、十五歳は覆っていた両手を外し、伏せていた顔を上げると目の前にいる小さな赫灼の瞳の少年を見て何とも言えない表情を見せた。
 ずっと探していた己の前世の夫は今世では自分より歳下のランドセルと短パンが似合う爽やかなショタへと生まれ変わっていたのである。

 皆が何とも言えない顔をした理由が今になって紅は痛い程、理解したのであった。

——そりゃ、真逆、ショタになってるとは言いづらいですよね…

 出会えた喜びは確かにある。嬉しくて今すぐにでも抱きつきたいし沢山話したいこともあった。 だが、それを全て今は吹き飛ばすぐらいの驚きと戸惑いの方が紅には大きかった。


「……君のお名前は…ナナカマドスミゴロウくんで宜しかったでしょうか…」
「いま、このであいをなかったことにしようとしただろう‼︎‼︎ おれのなまえは、かまどたんじろうだ‼︎‼︎」

——前世で君の夫だった男だっ‼︎

 そう叫ぶ、目の前の前世の夫…竈門炭治郎に紅は頭が痛んだような気がした。

「…炭治郎くんは今、何歳ですか…?」
「ん?いまは、ななさいだぞ」
「……八歳差…うわぁぁ、ショタだぁぁぁ」
「しょたといわないでくれ‼︎せつないぞ⁉︎」

 再び顔を両手で覆う紅の顔を炭治郎は覗き込むと顔を覆う手に触れ、その柔らかな自身よりも大きい両手を優しくソッと握った。
 紅は恐る恐る顔を上げ、目の前に立つ炭治郎へと視線を向けると炭治郎は穏やかな優しい笑みを浮かべながら紅を愛おしそうに見つめていた。
 あの日、最後の別れを迎えた時と同じような穏やかな笑みに紅は思わず、引っ込んでいた涙が無意識ポロポロと頬を伝い、制服へと零れ落ちた。

「…私が、先に見つけるって…い、ったのに…」
「おれもさがすっていってただろう?」
「ここには、いないかもって思いました…」
「しょとうぶとこうとうぶは、けっこうはなれてるからな。すぐにあいにいけなかったんだ」

うぅっ…と前世より表情が豊かな紅に炭治郎は優しい笑みを浮かべたまま、ポロポロと流れ落ちる頬に優しく柔らかな唇を寄せた。その瞬間、紅はピタリと動きを止め、紅い瞳がこれでもかと言う程見開かれた。
 炭治郎は動きを止めた紅の頬から唇を離すと紅の手から片手を離し、自身が先程唇で触れた部分をするりと撫でた。

 夕日を背に背負い、自身を愛おしげに熱の籠った赫灼の瞳で見つめる愛しき人に紅は胸がぎゅんっと締め付けられる感覚を感じた。

 じわじわと熱を持つ頬、震える唇…
あの頃と変わらない炭治郎の仕草と表情に紅は恐る恐る唇をゆっくりと開いた。

「炭治郎くんは、私のこと……」

 紅は炭治郎の瞳を見つめながら、ぽつりと呟き、その言葉に炭治郎は微笑んだまま、またするりと頬を撫でた。

「だいすきだ、あいしてる。だから…」

———今世でもお嫁さんになってくれるよな?

「俺が俺である限り、どんな姿でも…結婚してくれるんだろう?」

にっこりと笑みを浮かべる炭治郎に紅は口をぽかんと開けると肩をふるふると震わせた。

「……うわぁぁ、私を犯罪者にさせる気だぁぁぁぁ…」
「なんでそうなるんだ⁉︎⁉︎」

 キメツ学園の高等部正面玄関

 長い年月を掛けて再会を果たした一組の夫婦の大声が響き渡る。
 何人かの生徒と教師達は、その騒がしい声に安心した様に微笑むと二人が今世も幸せになれることを願ったのだった。