※キメ学設定 前世の記憶ありの炭と無い紅
2021年竈門炭治郎誕生祭


——七月十四日。

 茹だる様な夏の暑さの中、十五年前の今日この日に竈門炭治郎はこの世に生まれたのである。

 そのことを壱師紅が知ったのは昼休みも終盤へと差し掛かっていた時であった。

 ガヤガヤと中高一貫であるキメツ学園の生徒や先生達などで賑わう食堂で紅は本日のBランチであるカレイの煮付けを食べ終え、満足げに冷たい麦茶を啜っていた。
 その隣では何故か同じ様にランチを食べていた美術教師である宇髄天元が座っており、時折り紅へと話しかけたりちょっかいを掛けるなどしていたのだが、宇髄は不意に何かを思い出したかの様に「そう言えば、お前は炭治郎にプレゼント渡したのか?」と紅に尋ねた。
 紅は宇髄の言葉に麦茶を飲むのを止め、ピタリと動きを止めると「何を言っているんだ、この人は」と言いたげな表情を見せ、その表情を見た宇髄も紅と同じ様に「なんだ、こいつ」と言いたげな表情を一瞬、見せたのだが、何かに気がついたかの様に宇髄はハッとした表情を見せると大きく目を見開き「マジかよ…」とポツリと呟いた。そして紅から顔を背け「まぁ、そうか…きおく…ねぇもんな」などとぶつぶつと呟いているが紅の耳にその呟きが届くことは無く、紅は様子のおかしい宇髄を唯、冷ややかな目で見つめているだけだったのだが…——宇髄の一言により、紅は怪訝な表情から一変して紅玉の様な瞳が零れ落ちそうなほど身開かれたのであった。

「今日、竈門の誕生日だぜ」

 紅は己の脳天に雷が落ちたような感覚を受けた。

 それが七月十四日、お昼の出来事であった。

     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

——竈門炭治郎 花札の様な耳飾りと額にある痣が特徴的な紅と同じ組の心優しい少年である。実家が竈門ベーガリーと云うパン屋を営んでいる六人兄弟の長男だ。
 入学式のちょっとした出来事がきっかけで隣の席の紅と話す様になり、それから何かとぼんやりとマイペースでめんどくさがり屋な紅の世話を必要以上にしてくれるなど【お兄ちゃん気質】と云うよりは【おふくろ気質】を持った不思議なクラスメイトだと紅は認識していた。
 そんな、なにかと日頃から世話になっている炭治郎の誕生日を宇髄に言われるまで知らなかったことに紅は理由は何故か分からないが、気分が物凄く落ち込んでいた。
 何故、自分はそんなことを気がつかなかったのだろう。よくよく思い返すと朝から炭治郎はいつもの自分のパン屋である竈門ベーガリーと印刷された紙袋では無く、無地の大きな紙袋を下げていた。しかも、その荷物がロッカーに入らないことに苦笑いを浮かべていたが、その苦笑いは何処か嬉しそうな表情をしていた気がする。
 いつもと違う炭治郎の表情。そのことに紅は気がついていたはずなのに唯々、いつもの様に受け流してしまったのが紅は少し悔しくて腹立たしかった。

 何も出来ないまま、そして何も思いつかないままお昼休みは終わり、午後の授業も帰りのHRも終わりを迎えてしまった。
 ふっと紅が気がついた時には炭治郎は既に教室から姿を消しており、炭治郎は帰宅してしまったのかと紅は周りにバレない様に小さく溜息を吐いた。
 別に炭治郎が親類とか幼馴染と言うわけでは無い。唯、いつもマイペースでめんどくさがり屋な自身を炭治郎は嫌な顔ひとつすること無く、何かと世話を焼いてくれるのである。
 炭治郎は紅に想いを寄せており、それ故に紅を気にかけていると云うのが本当の理由なのだが、そんなことなど知らない紅は炭治郎の行動を不思議に想いながらも感謝の気持ちと云うものは一応、持っていた。
 たが、それを日頃では気恥ずかしくて想いを伝えることができない。だから、せめて…いつも世話になっている炭治郎の生まれたこの日には何かをしたかったのである。

——でも、何も出来なかった。

 いつの間にか無意識にたどり着いた人気の無くなった靴箱に自身の上履きを仕舞うと紅は小さく頬を膨らませた。そして、頬を膨らませたままぐるぐると巡る後悔と自身への嫌悪感にやきもきとしていると不意に背後からカランと云う聴き慣れた音が紅の耳に届いた。

 紅は咄嗟に音のした方へと紅玉の様な瞳を向けるとその先には見覚えのある花札の耳飾りを揺らした少年が背後の廊下の先から歩いてくるのが見えた。
 少し橙色に染まった太陽光が廊下の窓から差し込み、赫灼の瞳と同じ髪をキラキラと照らしている。思わず、目を見開いた紅の視線の先にいたのは先程、下校したと思ってた竈門炭治郎だったのである。
 炭治郎は自身の歩く先に静かに己を見つめている紅の姿に気がつくと無表情だった表情がパッと笑顔へと変わり、片手を上げ、ブンブンと左右に振りながら表情と同じく嬉しそうな声色で紅の名を呼び、小走りで駆け寄ってきた。
 その駆け寄ってくる手には矢張り大きな無地の紙袋があり、朝よりも紙袋の中身が膨らんでいる様に見えるのは普段から困っている人などを助けることが多い、心優しい炭治郎を慕う者達がプレゼントを贈ったからなのだろうかっと一人でに考えては更に紅を落ち込ませた。

「紅! 今から帰るのか?」
「…えぇ、はい。今から…帰ります…」

 炭治郎が笑顔で話しかけてくれるのに対し、紅は無表情ながらにも落ち込み、そして不甲斐ない自分に拗ねていた。
 むむむっと膨れそうになる頬を抑えながら、炭治郎から目を逸らし、視線を彷徨わせる。いつもの紅とは違う姿に炭治郎は首傾げつつ、不思議そうな表情を見せた。
 いつもならぱちっと合う紅玉の様な瞳は忙しなく恨めしそうに己の手に持った紙袋を睨みつけるかの如く見つめる紅に炭治郎はピンと来たのか、紙袋を持ち上げ「あぁ、これは…」と紙袋の中について話し始めた。

——今日は俺の誕生日だから色んな人がプレゼントをくれたんだ。

 唯、それだけ。炭治郎は紅に伝えたのであるが、紅はその言葉に抑えていた頬をぷくーっと膨らませた。
 ずるいずるい。みんな教えてくれたら良かったのに。そしたら私もきちんと用意して渡すことが出来たのに…厭、聞かなかった私も悪いのかも知れない。でも、我妻くんも嘴平くんもカナヲもアオイも玄弥くんもそんな話題など出さなかったのにちゃっかりと炭治郎くんにお渡ししているじゃないか。
 そのことが紅の機嫌を更に低下させたのだが、少しの沈黙の後に紅は静かに口を開いた。

「私…炭治郎くんの誕生日知らなくて」

 何も用意出来ていません。ごめんなさい。と小さな声で部が悪そうに呟く紅に炭治郎はキョトンとした表情を見せた。
 そして、優しい笑みを浮かべると「そんなのいいよ。気にしないでくれ!」と言ったのだが、紅は納得した様な表情ではなかった。
 気にしないでくれと炭治郎は言うが紅としては気にせずには居られないのである。その理由が今の紅には何故か分からないが、兎に角このままでは厭なのである。
 だが、これと言ってプレゼントできるものなど今の時点で待ち合わせ居らず、今から買いに行くとしても渡すのは結局、明日になる。
 今日中に何かをすると云うことは叶うことが出来ないのである。
 何かをしたい。でも何も思い浮かばない。そのことにどうしたら良いのか分からず、悩むことがめんどくさくなってしまった紅は目の前で優しい笑みを浮かべている炭治郎の赫灼の瞳に彷徨わせていた視線を合わせるとゆっくりと唇を開いた。

「私に何か欲しいものとかないですか?」
「え?欲しいものか?…うーん…そんな無理して気を使わなくても良いんだぞ?」

 突然の紅の言葉に不思議そうに首を傾げながら答える炭治郎に紅は首を左右にふるふると振ると「や、です。 私が気になるんです」と言った。

「なんでもいいので言ってください。 あ、無茶なものはやめてくださいね?」

 ひとつなぎの財宝とか願いが叶う龍玉とか賢者の石とかは無理です。と云う紅に炭治郎は、ふふっと笑うと「贈り物とかも別に大丈夫だぞ?」と言うが紅は再び首を左右に振った。
 如何やら何かをしなければ紅の気は済まないのだと悟った炭治郎は紅の何でもいいと言う言葉に顎に手を当て考える素振りを見せたかと思うとふっと花が咲いたように微笑んだ。

「なら、おめでとうって言ってくれないか?」

 炭治郎の口から出た言葉にどんなものを言われるのかと無表情ながらにも内心、ドキドキとしていた紅は不意を突かれたの様に紅い瞳をぱちくりとさせ、「えっ…?」と呟いた。

「それだけで良いよ」

——それだけで良いです。

「貴女の言葉を俺にください」

——貴方の言葉を私にください。

 炭治郎が言葉を言う度に紅のなかで霧のかかった何かの光景が脳裏を過ぎる。 
 いにしえと呼ぶには其処まで昔と云うわけではないけれど、今の時代よりももっと昔で明日死んでしまうかもしれないと云う何かに追われている様な毎日を過ごしていた気がする。
 そんな経験などしたことがないはずなのに、何故か脳裏を過ぎる緑と黒の市松模様の羽織を纏った少年の姿。
 顔も見えない、声もわからない。だけど、紅は今の炭治郎に言われた言葉を自分の口から告げたことがあったような気がするのだ。

「その言葉…何処かで、私…聞き覚えが…あります…」

——昔、私が誰かに言った様な…気がします。

 ポツリと呟いた紅の言葉に炭治郎は花が咲いた様な笑みから一瞬にして優しい笑みへと表情を変えた。目の前で戸惑う紅を見つめる瞳は優しさと愛しさが込められており、その赫灼の瞳はとろりと甘さに歪んでいた。

「紅、言ってくれないか。 君のその口で君の言葉を俺に…それだけで良い」

——それだけで俺の心は温かく、甘く満たされるから

 炭治郎が紅の頬に優しく触れる。熱と何とも言葉にし難い感情と優しさが籠った炭治郎の手つきに思わずピクリと紅は肩を揺らした。
 どこからとも無く入ってきた風が紅の黒い髪と炭治郎の耳飾りをカランと揺らしては通り過ぎて行く。
 瞬きした瞬間、またしても何かの光景と今の光景が重なり、紅は思わず息を呑み込み炭治郎の甘く蕩けた瞳を見つめた。

 そしてゆっくりと震える唇で炭治郎の名を呼んだ。
 それに対し、炭治郎も紅へと返事返す。震える唇で思わず、声が裏返りそうになるのを抑えながら何処か胸の奥がぎゅっと締め付けられる感覚に戸惑いながらも紅は言葉を続けた。

 嘗て、遠い昔に自身が炭治郎に求め、そして言ってくれた言葉を口にした。

「炭治郎くん、お誕生日おめでとうございます」

——貴方に出会えて本当に良かった。

「生まれてきてくれて、ありがとうございます」

 紅の言葉に炭治郎は頬を染めながら、この世で一番幸せだと言わんばかりに微笑んだ。