※モブ目線
「日柱様って格好いいよね‼‼」
黒い鬼殺隊の隊服を纏い、髪を高い位置で左右に二つに結い上げた少女は目の前で甘味を食す同期である短髪の少女に興奮したように言った。
夜を迎えるまでの鬼殺隊の隊員である彼女達にとって束の間の休息である昼間
黒髪の少女と向かい合うように座る同期は口に運んでいた甘味を飲み込むと興奮したように話す少女に「確かに優しいし格好いいわね」と答えた。
だが、その後「まぁ、私は鳴柱様の顔が好みなんだけどね、性格は嫌だけど」などと呟いていた。
同期の返事に少女は更に興奮したように「そうだよね‼お優しいし格好いい‼」と今、この場に居ない人物に思いを馳せるかの様に頬を赤く染めた。
鬼殺隊・日柱 竈門炭治郎
赫灼の色の長髪を高くひとつに結い上げ、緑と黒の市松模様の羽織を纏った鬼殺隊の中でも最強の強さを持つ人物だ。
そんな日柱に黒髪の少女は任務の際に命を救われたのだ。
任務先で出会った鬼は強く、新人で階級も一番下であった黒髪の少女は自分はこの任務で死ぬのだと思ってしまった。目の前の鬼に怯え、逃げようにも足が震えて動けず、涙が無意識にポロポロと流れた。
鬼が笑う。そして己を喰らおうと勢いよく向かって来た。
恐怖で刀を構える事すら出来ず、ぎゅっと目を瞑った時だった。
突然、聞こえた風を切る音と鬼の悲鳴に黒髪の少女は目を開けた。
すると其処には地面に転がる鬼の首と市松模様の羽織を揺らした日柱の背中が見えたのだ。
消え逝く鬼を見送った日柱は、優しい笑みを浮かべ唖然とする黒髪の少女へ「大丈夫か?怪我はないか?」と尋ねたのだ。
少女は日柱の優しい笑みと言葉に高鳴る鼓動を抑えながら何度も頷いたのを覚えていた。
そう、これが少女が日柱に対し恋に落ちた瞬間であった。
「日柱様は本当に素敵な人だわぁ」
うふふっと笑みを浮かべる黒髪の少女に短髪の少女は飽きれた様な表情を見せるとふっと少女の後ろに見えた姿に「あっ」と声を上げた。
黒髪の少女は、そんな同期に不思議そうに首を傾げ、同期の視線の先を辿る様に振り向くと店の入り口からの暖簾を潜り、姿を見せた人物に目を見開いた。
「ひ、日柱様⁉」
突然、聞こえて来た己を呼ぶ声に日柱である、竈門炭治郎は優しい笑みを浮かべると少女達の座る卓へと足を向けた。普段纏う、鬼殺隊の隊服とは違う袴姿に黒髪の少女は興奮したように「ひぇ⁉私服だ‼日柱様の私服だ‼」と内心喜びの声を上げていた。
炭治郎は少女達の側に近づくと「お疲れ様、任務帰りか?」と声を掛けた。
「は、はい‼日柱様は、お休みですか?」
「あぁ、久しぶりに休みをもらったんだ。だから、偶には嫁と一緒に出掛けようと思って」
想いを寄せる日柱の姿に気分が最高潮に達していた黒髪の少女は炭治郎の言葉に「えっ…?」と何を言っているのか分からないと言うように聞き返した。
え、この方、今、なんと言った?
気のせいだろうか?今、嫁と聞こえたような…
固まる黒髪の少女の姿を横目に短髪の少女が炭治郎に「日柱様…結婚してらっしゃるんですか…?」と単刀直入に問いかけると炭治郎は不思議そうに「ん?」と聞き返し、その質問の意味が分かると笑みを浮かべながら口を開いた。
「あぁ、俺は結婚しているよ」
「二年になるんだ」と笑みを浮かべる日柱に黒髪の少女は頭が真っ白になった。
好きで想いを寄せていた日柱は既に結婚しているのだ。日柱は確か二十歳の筈だった。二年になると言う事は…自身が好きになった時には既に既婚者だったのだ。
あまりの衝撃的な展開に頭がついていけない黒髪の少女に更なる追い討ちをかけるかのように目の前の炭治郎は「今、嫁も居るんだ」と言った。
「紅、この二人は今年の鬼殺隊の新人なんだ」
炭治郎がそう言った瞬間、短髪の少女と黒髪の少女は炭治郎の隣に立つ女性の存在にやっと気がついた。
いつから其処に居たのか分からないぐらい自然に炭治郎の隣に立っていた黒髪に紅い羽織を纏う紅い瞳の女性に新人二人は驚いたように目を見開いた。
『初めまして、竈門 炭治郎の妻の竈門 紅です』
紅く艶やかな唇から紡がれた妻と言う言葉に黒髪の少女は泣きそうになった。好きな人は結婚していてしかも妻と顔合わせするなんて‼なんて最悪な日なのだろうか‼此ればかりは本当に神を恨みたくなった。
しかも、目の前で想い人であった炭治郎から語られるのは妻も元鬼殺隊の隊士であり、しかもあの風柱の元で修行を積んでいた影の呼吸の使い手だと言うではないか。
存在感は無いのに強くてしかも日柱の心を射止めるとかなんなんだ此奴とさえ思ってしまったのは許してほしいと少女は思った。
数回、会話をした後、 「折角の休息時間を邪魔してすまない。また、任務で一緒になった時は宜しくな」と、そう言って炭治郎は微笑み、妻である紅は、ぺこりと会釈をすると甘味屋の店員が持ってきた包みを手に持ち、去って行ったのである。
立ち去った二人を見て、黒髪の少女は落ち込んだように顔を伏せ、少し肩が震えている事から少女は泣くのを耐えてるように見えた。
「まぁ、なんだ…日柱様は諦めて次の恋探そうよ」
「うん…そうだよね……日柱様…本当にお嫁さんの事、愛してそうだったもんね…」
妻の話をしている時の炭治郎の目が凄く優しかったのだ。しかも話している最中もこの場から去る時も炭治郎は紅の腰にさり気無く腕を回し、まるでその光景は妻を守るかのように見えたのだ。
そんな二人の間に割って入れる程、己の心は強くないし敵わない事も分かっていた。
敵わない想いを断ち切るかのように少女は、泣きながら目の前の残っていた甘味に噛り付いたのであった。
→