俺は、しがない鬼殺隊の隠である。歳は十七で名乗る程の人間では無い。
今日は唯、唯一の同期である一人の少女について話したいと思う。まぁ、俺が勝手に話すだけだから飽きたら聞かなくても構わないさ。
あぁ、まず何故俺が隠をしていると云う話から始めよう。
それは数年前の話である。
家族を鬼に食われた俺は天涯孤独となり、色々あって育手の元で修行を積んだ。厳しい修行に何度も吐いたし涙もクソほど流した。擦り傷切り傷は毎日出来るわ、たんこぶは治ったらまた次のやつが出来るぐらい毎日、俺は傷だらけで血反吐を吐きそうな程の修行の日々を送っていた。まぁ、この時から俺は剣術の才能がなかったのだと思う。そんな俺も修行の末に育手に認められ、最終選抜へと向かった。
育手に借りた刀を腰に差し、狂い咲きの藤棚の先を越えた先に最終選抜会場はあった。
そこには自分と似た様な年齢のやつも居れば、自分よりも歳下のやつだっていた。みんな何処か不安そうな瞳で最終選抜の開始を待つ中、一人だけボーっと藤棚を見上げている紅玉の様な瞳を持った少女が居た。
まだ、十二か十三ぐらいかの少女は他の参加者の中の誰よりも小さく見え、他の参加者も少女へチラチラと視線を向け、気が強そうな奴なんかはこそこそと他の参加者と共に「あんなの直ぐに死にそうだよな」「と云うか、影薄くないか?もう、死んでんじゃねぇの?」なんて少女を嘲笑うかの様に会話をしていたりもした。
この年の最終選抜は元々、女性が少なく、そのこともあり注目されていたのもあるが、まだ幼さを残した顔に極端に薄い存在感と何処か不気味な紅い瞳により変に目立っていたのを覚えている。
俺は若干、他の参加者達の態度に胸糞悪さを感じながらも少女とは知り合いでも何でも無い為、庇うことはせずに静かに目の前の光景から目を逸らしただけだった。
そして最終選抜は終わり、地獄の様な最終選抜を終えた俺は最終選抜合格者の人数を見て何も言葉が出なかった。
二十人以上居たはずの参加者達の中から生き残ったのは俺を含めてたった、四人だけであった。その四人の中には、あの最終選抜前に変に目立っていた紅い瞳の少女も居たのである。
あれだけ居たにも関わらず、たった四人しか生き残れなかったと云う事実に俺も後の二人も絶望に満ちた表情を浮かべていたのだが、あの紅い瞳の少女だけは草臥れた様子も無く、無表情で立っていたのであった。
俺よりも幼いのに、あの地獄の様な最終選抜の中を生き抜いた同期となる無表情な少女を俺は此の時から少し気に留める様になったのである、
それからと云うもの、最終選抜へ合格したのは良いが、矢張り剣術の才能が無かった俺に与えられた日輪刀は色が変わることは無かった。
元々、呼吸すら満足に使えないのに死に物狂いで育手の修行に食らいついていただけの俺は家族の仇を自分で打つことが出来ないと痛感させられ悲しさと家族への申し訳無さで心が八切れそうだった。
そんな悔しさで打ち拉がれる俺に育手は隠としての道を示してくれたのである。
——…剣士として戦えなくても別の方法で戦い、家族の仇を取る。
そう決めた俺は隠になることを決めたのである。
でも、不意に気を抜くと考えてしまう、他の同期のこと。共に合格した奴等は剣士になれたのか。いや、そもそも生きているのか。あの異質な雰囲気だった紅い瞳の少女は剣士になれたのか。なんて思いながらも多忙な日々を過ごしていた。
そんなある日、俺は同期であるあの紅い瞳の少女を遠目で見かけたのである。
蝶屋敷の中を静かに歩く少女は最終選抜の時よりも身長も黒髪も伸びており、表情だけは相変わらずの無表情だった。
影が薄く何処か薄気味悪い姿に思わず「幽霊みたい」と呟いてしまい、直ぐに側に居た後藤先輩に頭をぶん殴られた。怖い表情で「お前、その言葉を風柱様の前で絶対に言うなよ。風柱様、何でか分かんないけどあの子を目に掛けてらっしゃるんだから」と言った。
俺は後藤先輩の言葉の意味が分からず、あの子の何処に目に掛ける要素があるのか理解が出来ないと思ったが、その事を素直に口にするとまた、殴られそうな気がしたのでぐっと堪えた。
俺は後藤先輩の言葉を聞き、再び同期の少女へと視線を戻したが、そこには既に少女の姿は無かった。
「なぁ、知ってるか」
先程まで少女が居たところに視線を向けていると不意に他の隊士同士の会話が俺の耳に届いた。俺は俺の前を歩く後藤先輩の後ろをついて行きながらも隊士同士の話にそっと耳を傾けた。
「あいつ、また階級が上がったらしいぞ」
「え、あの【幽霊】?」
「そうそう、あの幽霊」
「あいつ、本当薄気味悪いよなぁ」
「風の呼吸の派生か何か知らねぇけど、風柱様に目に掛けてもらったりさぁ。贔屓され過ぎじゃね?」
「腹立つよなぁ。俺らは、こんなに命懸けで頑張ってるのに」
明らかにあの少女に対する悪口を聞いてしまった俺は何だか少しの気まずさと云うか、何とも言えない気持ちになった。確かに俺は、あの子と同期である。だが、これと言って仲良し!って訳でも無いし今まで一緒に仕事をしたと言うこともない。だから、あの子が薄気味悪いって云うのは理解出来るし何故、風柱様に目を掛けられているのか理解出来ないと云う気持ちも分かる。
だけど、階級が上がるのと贔屓って云うのは何か違う気がするなぁ…なんて思いながらも、あの子と唯の同期であり、勝手に俺が認識してるだけで向こうは気にも留めていない様な関係の俺には何も云う権利も勇気も増してや、そんな優しさなど持ち合わせていなかった。
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次に少女を見かけたのは風柱様の屋敷へと御使いに訪れた時であった。
無表情で冷たくて薄気味悪い。それが俺が少女に対しての印象だった。
何処に目に掛けてもらう要素があるんだ。そう、俺だって他の隊士と同じ様に思っていたのである。
だが、その考えは間違っていたのだと思い知らせる光景が風柱様の屋敷を訪れた俺の目の前に広がっていた。
風柱様の屋敷の中庭。
其処に風柱様と風柱様に目を掛けてもらっている同期の少女が居た。
中庭の中央で向かい合う様にして木刀を構えたまま立っていた二人は俺の存在に気がついていないのか、俺が風柱様に声を掛けようとしたのと同時に目の前から消えたのである。
——…一方は風が吹きつけるかのような音を立て…
——…もう片方は音も無く消える…
俺は目の前の光景に驚き、風柱様を呼ぼうと吸い込んだ息をゴクリと無意識に飲み込んだ。情けないほど弱い空気を口から漏らし、目の前の目に見えない二人の速さに顳顬からタラリと汗が流れる。
肌に突き刺さる処か、皮膚が抉られそうな程の風柱様の殺気に俺は瞼ひとつ、ピクリとも動かせなかった。少しでも筋を動かそうものなら俺の首は切り捨てられ、椿が花を落とすかの様に地面に転がるであろうことが鮮明に想像できてしまったくらいだった。
そんな恐怖の空気の中でも同期であるあの少女は臆することなく風柱様の動きに着いていく。
息を乱すこと無く、一瞬にして消えては姿を現す。そしてまた、姿を消す。音も匂いも気配さえも感じさせない姿は正しく他の隊士達が口にする様に【幽霊】の様だった。
二人の手にした木刀が木刀で撃ち合いをしているとは思えない音を鳴らしながら打つかり合う。
増してや男と女。力の差もあるはずなのに少女は下級の隊士であれば吹っ飛ぶで有ろう威力の重い一撃を怯まずに受け止め、遅れを取ることなく撃ち打ち返す。
あの風柱様に対して少女は互角に対応しているように俺には見えた。
目にも止まらぬ速さについて行く少女。
あの子の扱う呼吸は風の呼吸の派生だから、風柱様に目をかけて頂けている。だから階級も上がっているんだろ。何処かの隊士達が言っていたけど、それは違うのだ。確かに目をかけて頂けているのは風の呼吸の派生だからってのもあるのかも知れないけど、あの風柱様の攻撃と速さに【あの少女はついて行けている】のだ。
しかも防御し損ねた風柱様の攻撃が身体に当たって痛いはずなのに顔を歪ませることも痛みに声を上げることもせずに唯、風柱様だけを見つめ攻撃すると云う冷静さ。
風柱様の鋭い一撃で木刀が吹き飛んだにも関わらず、撃ち合いを終わらせること無く、己の体術のみで風柱様に立ち向かい攻撃を仕掛ける少女の姿に【唯、どんな手を使っても目の前の敵を倒す】と云う強い感情と意思が感じ取れた。
俺には無い。少女を馬鹿にしている隊士達にも無いであろう、その意思に目を奪われた俺は、少女が風柱様に顔面を鷲掴みにされたまま、地面に叩きつけられて脳震盪を起こして気絶するまで一歩も動くことが出来なかった。
これが、俺の同期の少女への印象が変わった日の話であった。
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それから更に俺は遠目から少女を見ることが多くなった。
いや、好きとかそんなんじゃ無くて元気にしてるだろうかって勝手に前よりも気にかけるようになっただけだ。
元々、少ない同期だったのに俺とその少女以外の隊士は悲しいことに殉職してしまったり、鬼に対する恐怖である日、藤の家紋の屋敷から夜逃げして連絡が取れなくなったりと居なくなってしまったからである。
たった、二人きりとなってしまった同期を少しも気にかけない奴なんていないだろう。まぁ、あの少女は俺を覚えていないだろうけど。
あ、そうそう。最近、あの子、少し様子が変わったんだよ。なんて云うか、ちょっと歳相応になったと言えば良いのだろうか。
前までは、あまり人と話したり一緒に居たりする印象がなかったんだ。偶に蝶屋敷の栗花落カナヲ様や神崎アオイ様と一緒に居たりする姿を見たことはあったが、最近はこの間、入隊した新人達と一緒に居る姿を良く見かける。
特に多いのが、あの花札の様な耳飾りを付けた緑と黒の市松模様の羽織の隊士と一緒に居るところをよく見かけるんだ。
少女は相変わらずの無表情だが、その隣にいる市松模様の羽織の隊士…竈門炭治郎だったか?その竈門隊士は凄く嬉しそうな表情をしていることが多い。
時折り、少女の言葉に何だか驚いたり照れたり落ち込んだりと忙しない感じもあるのだが、それでもあの無表情で感情が読み取れない少女と居るのが幸せだと言わんばかりの表情を見せるから驚きだ。
少女も無表情でも何処と無く竈門隊士と共に居るのが楽しそうにも見えるから此方も驚きである。
失礼かもしれないが、不思議と前よりも人間らしい少女に何処か安心している自分がいる。しつこい様だが異性として好きとかそう言うのでは無く、なんと云うか、その…近所の御老人が小さい子を見守るみたいな気分なのだ。本当にただそれだけである。
あぁ、そんな話をしていると目の前から任務終わりであろう少女と竈門隊士が共に並びながら此方の方向に歩いている姿が見えた。
非番である俺は仕事の時にしている頭巾も隊服も脱ぎ、私服を纏っている為、きっと挨拶をしても俺が鬼殺隊の隠であるかなんて分からないだろう。なので、このまま一方的に竈門隊士があの少女に話しかけている横を静かに挨拶をせずに通り過ぎようと決めた俺は二人に目を向けること無く唯、静かに足を進めた。
「紅はこの後、如何するんだ?」
「蝶屋敷に行こうと思います。人使いが荒い師範にお使いを頼まれたので」
「そうなのか。なら、俺と一緒に行こう」
あぁ、ちゃんと会話出来んだなぁ。うんうん。なんて心の中で呟きながら俺は二人の横を通り過ぎた。
「こんにちは」
不意に俺の背後から静かな少女の声が聞こえた。
淡々とした声に俺は思わず、通り過ぎた自身の背後を振り返ると紅い瞳とぱちっと目が合った。
え?俺に言っているのか?と思い、辺りを見渡すが、その場には俺以外には竈門隊士と少女の姿しかない。その竈門隊士も突然の少女の挨拶にぽかんとした表情で俺に視線を向けていることから少女は俺に挨拶をしたのだ理解した。
そして俺も訳がわからないまま恐る恐る一応、「こんにちは」と挨拶をすると戸惑う感情を抑えつつ、会釈をした後、歩き出した。
いきなりなんだったんだ?あの子って知らない奴にも挨拶する子だったっけ?なんて思いながら足を進めていると再び竈門隊士と少女の会話が俺の耳に届いた。
「あの人、紅の知り合いなのか?」
竈門隊士の言葉に少女は頷いたのかわからないが数秒の間の後に少女は竈門隊士の問いに答えた。
「同期の方ですよ。今は隠をなさっているようです」
その言葉に俺は驚いた。
あぁ、何だ。俺のことを知ってくれていたのか。同期だと思ってたのは俺だけじゃなかったんだな。なんて柄にも無く、何処か手が届かないところを擽られているような不思議な気持ちになったのであった。
後日、俺の匂いを覚えたらしい竈門隊士に捕まり、昔の少女はどんな風だったのか。なんて、根掘り葉掘りと聞かれる未来があるなんて、この時の俺は知らないのであった。
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