——…お見合いとは結婚の相手を求めて、男女が第三者を仲介として会うことである。

 竈門炭治郎は鬼殺隊の同期である栗花落カナヲから告げられた【お見合い】と云う言葉の意味をゆっくりと頭の中で整理すると飲んでいたお茶を口から噴き出した。

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 時は遡ることほんの数十秒前、次の任務が入る迄の間、待機を命じられた炭治郎は同期である我妻善逸・嘴平伊之助と共に蝶屋敷で茶を啜りながらゆっくりとした時を過ごしていた。
 其処に突如として蝶屋敷に住むカナヲが、すぱーんと勢いよく襖を開けて現れたのだ。
 しかも現れたカナヲの表情にいつもの笑みは無く、無表情。唯、カナヲから香る感情の匂いは何故か分からないが怒りと動揺が含まれた匂いをしており、音も気配も全てが怒りと動揺に満ちたものであった為、炭治郎も善逸も伊之助もカナヲが怒っていると云うことだけは理解できた。
 いつもと違うカナヲの様子に三人は何だ何だとおろおろと狼狽えているとカナヲは静かに炭治郎へと視線を向けて口を開いた。

 それは、炭治郎にとっては衝撃的な一言だったのだ。

「何処ぞの訳も分からない男の人が紅と見合いをしたいと言いだしたらしいの。阻止したいから炭治郎、今すぐ準備して」
「……はっ?」

 それが冒頭での出来事の始まりであった。

 カナヲの言葉を理解した炭治郎は口から飲んでいたお茶を吹き出したことにより折角の美味しいお茶を無駄にしたのだが、そんなことに構っていられる余裕が今の炭治郎にはなかった。
 いつもの炭治郎であれば、すぐに謝り自己処理をする。だが、突然のお見合いと云う言葉と共に聞こえた想い人の名前に炭治郎は衝撃と動揺が隠しきれなかったのである。
 噴き出した茶の残りが変に器官に入り込み、げほげほと咽せる。それと同時に額と背中に冷たい汗が伝った。
 咳き込む苦しさで涙目になりながらカナヲへと視線を向けるが、カナヲに笑みは無く人形の様に無表情のままだった。しかも心なしか瞳の奥が静かに燃えている様にも見え、炭治郎は静かにスンッと鼻を鳴らした。
 その表情とカナヲから香る感情の匂いから自身の想い人である壱師紅がお見合いをするのは真実なのだと理解した炭治郎は静かに手にしていた湯呑みを台の上に置いた。そして、自身の側に置いていた己の日輪刀へと手を伸ばした。
 黒い鞘が太陽の光で鈍く光る。ずっしりと重いそれを炭治郎は手慣れた手つきで腰に挿すとカナヲを振り返り、大きく頷いた。

「よし、行こう」
「え、炭治郎行くの?」

 隣に座って居た善逸が思わず、炭治郎に声をかけた。
 炭治郎は善逸の言葉に真剣な表情で善逸に向かって頷いた。隣では伊之助がカナヲに「オミアイってなんだ?」と尋ねており、カナヲは真剣な表情で「阻止するもの」と答えているのを横目に善逸は炭治郎へと視線を向けたままでいると炭治郎は善逸の匂いから何かを感じ取ったのか「大丈夫だ」と言った。

「紅とお見合いをする相手方と少し話をしてくるよ」
「え、あ、そう?」

 いや、何で炭治郎が行くのか意味がわからないけど。と善逸は言いたかったが炭治郎からの柔らかな言葉に善逸は、ホッと胸を撫で下ろした。
 紅がお見合いをすると聞いてからと言うもの、いつもは優しくて泣きたくなるような優しい音を奏でている炭治郎の音が、かなり激しく動揺していたので善逸は心配だったのである。
 炭治郎は、しっかり者で四角四面な性格の持ち主である。誰よりも優しくて皆の長男!と云う感じの人間なのだが、何故か紅が関わると時折、ポンコツと化す時があるのだ。
 それは今まで我儘を言わなかった、何でも下の子達に譲り我慢してきた長男が初めて、誰にも譲れないと思った大切な人であり、初めて恋と云うものを気づかせた人間でもあるのが壱師紅と云う存在なのだ。
 めんどくさがり屋でズレた感性の持ち主である紅。急に現れては急に消えて、心を許した相手には軽い悪戯から手の込んだ悪戯まで仕掛ける掴めない存在に対して、初めてばかりの感情と紅の行動にこの長男は動揺し振り回され、そして悩んだ。考えて考えて、判断が遅いと脳内で怒られ続けたその結果、真っ直ぐと斜め上に暴走してしまうことがあるのを善逸は知っていた。故に善逸は心配していたのである。
 だが、炭治郎の口から出た柔らかな言葉に「あぁ、大丈夫なんだな。心配など杞憂だったか」と善逸はバレないように小さく安堵したのだが、次に炭治郎が言い放った言葉に善逸は動きを止めた。

「説得しても駄目な時は紅との記憶が飛ぶほど痛い頭突きを食らわせる」
「全然、大丈夫じゃなかったぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 全然、大丈夫じゃなかった炭治郎に対し善逸は頭を抱えた。
 大丈夫だと思ったのだ。少し話をしてくるよと最初に告げたから動揺している音が聞こえても大丈夫なんだなって思ったのに実のところ炭治郎は全然、大丈夫じゃなかったのである。
 善逸が聞こえた音のまま、炭治郎は内心凄く動揺していたのであった。

 え、紅が?お見合い?何で?とりあえず、それは困る‼︎俺はまだ、紅に対して一歩も踏み出せていないんだ‼︎いや、踏み出しては居るんだが、紅は他の人との感性がズレている。天然とかじゃなくて、ズレているんだ‼︎
 ただでさえ、紅に対して気が気じゃないのに。もし、あの紅がその男を気に入ってしまったら如何するんだ。俺はもう、絶望に打ちひしがれて立ち上がれないと思う。
 だから、絶対に阻止しないといけないんだ‼︎と炭治郎は口には出さずに己の心の中でぐぐぐっと決意を噛み締めていると音から炭治郎の思いを聞き取った善逸はズキズキと痛み出した額を手の平で覆い、重たい溜息を吐いた。
 今ここで止めなければ、この二人は本当に紅と見合いをしたいと云う相手に強硬手段を取りかねないと思った善逸は取り敢えず、二人に落ち着くように声を掛けるが、二人の燃え盛る様な怒りと焦りの音は鳴り止むことはなかった。

「取り敢えずさ、俺らが行っても如何にもならないんだから、もっと、権力のある人に協力してもらおうよ。ほら、紅ちゃんの師匠の風柱とかさ」
「紅のお見合いを阻止する為に相手方のところに出かけたらしいから無理だと思う」
「嘘すぎない⁉︎⁉︎」

 あの顔で弟子を大切にする系統の人間なの⁉︎と善逸は思わず叫んでしまった。

 紅の師範は鬼殺隊・風柱 不死川実弥である。強面の顔に複数の傷跡。そして鋭い眼力とお上品とはいい難い口調で下の階級の隊士には恐れられている存在なのである。
 そんな不死川の扱う風の呼吸の派生である、影の呼吸を扱う紅は不死川にとっては継子では無いが弟子と呼ぶ存在である。
 短気な不死川と人と感性のズレためんどくさがり屋な紅。一見、全く正反対で馬が合いそうにない二人のように見えるが、負けず嫌いである紅が不死川から売られた喧嘩を買い、また逆に紅が不死川に売った喧嘩を買っては手加減無く叩きのめすと云う日常を繰り返すぐらいにはお互いを信頼し合っている関係である。
 なんだかんだ、とことこぴょっこりと音も気配も匂いも無く、己の師範の後ろをついて回っては悪戯を仕掛ける可愛い(とは云うには微妙な行動だが)弟子である紅のことを不死川が放って置くはずがないだろう。
 何せ、風柱だし成人してるし。炭治郎とカナヲちゃんが何かする前に止めてもらおう。最悪、炭治郎は止めれなくてもカナヲちゃんなら上官命令には従うだろうっと善逸は思ったのだが、予想以上に不死川の行動が速すぎて善逸は驚いたのであった。

「いや、じゃあさ…柱が動いてるなら良いじゃん」
「駄目。念を押さなきゃいけない」
「なんで、カナヲちゃんは紅ちゃんが関わると過激になるの??怖いんだけど…」

 善逸は静かに言ったカナヲの言葉にぶるりと肩を震わせた。
 頼みの綱であった紅の師範である風柱は炭治郎とカナヲと同じ、お見合い阻止派である。しかも誰よりも行動が素早かった。
 他の柱に相談したところで面白がるか、面倒くさがるか、我関せずの何れかであろう。もう、誰も止める人がいない。そう、静かに察した善逸は大人しく炭治郎とカナヲを止めることを諦め、遠い目をした。

「紋逸、お前何処見てんだ?」
「もう、俺のことは放っておいて…」

 毎回、巻き込まれるのは勘弁してほしい。
 善逸は切実にそう思った。

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 お見合い騒動から数日後か経ったある日…紅のお見合いの話が白紙になったとの知らせが善逸の耳に届いた。

 聞いた話によるとお見合いは炭治郎とカナヲが相手方に乗り込む前に先に動いていた紅の師範である不死川が相手方と話をつけ、無事に白紙になったらしい。
 しかも更に聞けば、紅に見合いを申し込んだ相手方は結構裕福な地主の息子で鬼に襲われそうになっていたのを偶々、別の任務に向かう途中だった紅が助けたのが出会いらしいのだ。
 歳もそこまでは紅と離れているわけでもないらしく、周りからの評判も良い男だったらしい。普通の一般女性であれば誰もが羨ましがる縁談だったであろう。だが、選んだ相手が悪かった。
 まぁ、まさか相手側も薮を突いたら野良猫が出てきて、その後ろから凶暴な野犬などがわらわらと出てくるとは思わなかっただろうから、其処は少し不憫だなと善逸は思った。

 因みに、当の本人である紅は紅のお見合いを誰よりも逸早く阻止しようと動いた影の功労者、紅の鎹烏である上野園 又三郎(うえのその またさぶろう)により「ベニーベニー‼︎任務ダヨ‼︎‼︎モウ、ソレハ‼︎‼︎スッゴク‼︎‼︎大事ナ‼︎‼︎任務‼︎‼︎ハヤクー‼︎‼︎ハヤク準備シテ‼︎‼︎‼︎今スグニダヨ‼︎‼︎‼︎ハヤクダヨー‼︎‼︎‼︎‼︎」と夜明けと共に嘴で突かれ、風柱邸を追い出された挙句、長期に渡り遠方に連れて行かれると云う事態となったのである。
 元々この話を「めんどくさいですね、どうやって断りましょうか」と思っていた紅は、その長期任務の間にお見合いの話をスッカリと忘れてしまっており、思い出した頃には、もう日が何週間と過ぎていた為、紅は其のまま忘れたことにしておいた。
 まさか、己の師範が動き、お見合いの話は白紙になったことなど紅は知る由もなかった。

 そんな紅の様子と白紙になった見合いの話に安堵しているカナヲと炭治郎の表情と聞こえる穏やかな音に善逸は、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。