※キメ学設定
——十二月二十五日、クリスマス
仲の良い同級生達とクリスマスパーティーをする為に借りたレンタルスタジオにて準備をしている最中、買い出しを頼まれた壱師紅と竈門炭治郎はクリスマスの装飾によって彩られた街中を歩いていた。
二人の手には頼まれたお菓子や飲み物などが入った袋がある。重たい荷物は炭治郎が率先して持ち、軽い荷物を紅に持たせ、街に流れるクリスマスソングをなんとなく聴きながら雪が降り出しそうな空を見上げては二人は白い息を吐いた。
「炭治郎くんはお店、大丈夫だったんですか?」
灰色のマフラーに顔を埋めた紅が横を歩く炭治郎へと声を掛けた。その言葉に炭治郎は紅へと視線を向けるときょとんとした表情を見せた。
炭治郎の家は此処らでは有名な【かまどベーガリー】と云う、街のパン屋である。
あんぱんからフランスパンまで多種多様なパンは全て炭治郎と母親である葵枝が手作りしているものだ。そんな街のパン屋・かまどベーガリーだが、クリスマスは書き入れ時で忙しい筈なのである。それなのに何故か善逸が計画したクリスマスパーティーに炭治郎が参加していたことに紅は不思議だったのである。
そのことを炭治郎に伝えると炭治郎は、にこっと笑い「お店は大丈夫だ」と答えた。
無表情ながらにも店を心配してくれる紅の優しさに炭治郎は嬉しそうな表情を浮かべながら、かまどベーガリーは去年から24日と25日の通常営業を控え、予約者のみに対し販売営業をしているんだと紅へと説明すると紅は静かに「そうですか」と納得したような表情を見せた。
息をするたびに二人が吐き出した白い息がゆらゆらと揺れては溶けて消えてゆく。冷たい空気は容赦無く炭治郎と紅の体温を奪おうと二人を包み込むが、炭治郎はその寒さが嫌だとは思わなかった。
寧ろ、炭治郎は想いを寄せている紅と共に二人きりで歩くこの時間に途轍もない幸福を感じたのである。
他愛もない会話も漂う冷たく白い息も手に感じる荷物の重さも紅が居ると云うだけで炭治郎には全てが愛しく感じられた。ドキドキと煩いほどに心臓が高鳴り、寒いはずなのに熱を帯びて赤く色付く頬に気づかれない様に炭治郎も紅と同じようにマフラーに顔を埋め、無意識に緩みそうになる口元を隠した。
「寒いですね」
「寒いなぁ」
一言、また一言と言葉を交わす度に何とも言葉に出来ない熱い想いが込み上げてくる。——あぁ、この時間がもっと長く続けば良いのに…だなんて寒さに震える紅には申し訳ないが、炭治郎が思ってしまうのは恋する少年にとっては仕方のないことだった。
だが、そんな幸せな時間など長くは続かない。始まりがあれば終わりもある。ゆらりと揺れる白い吐息の向こう側にパーティー会場であるレンタルスタジオが見え、炭治郎は思わず「あっ…」と残念そうな声をあげ、歩みを止めてしまった。
突然のことに隣を歩いていた紅は数歩歩いてから炭治郎を振り返るように立ち止まり、不思議そうに首を傾げた。
紅の紅い瞳が如何かしたのか?と言いたげに炭治郎をじっと見つめ、炭治郎はその瞳にハッと我に返り、慌てて「何でも無いぞ!す、すまない!」と謝った。
紅は炭治郎の様子を疑う様にじっと見つめるが、クリスマスと云う特別な日に紅と二人きりで居る時間が終わりを迎えるのが寂しくて思わず声をあげてしまったなんて云う小っ恥ずかしいことを悟られたくなくて炭治郎は誤魔化すかの様に歩みを止めた足を動かし、立ち止まる紅を追い越す様に歩き始めた。
「ほら、みんなが待っているから早く帰ろう」
苦笑いした炭治郎がそう言いながら立ち止まる紅を追い越した時…突然、後ろから何かにクッとパーカーの袖を引っ張られた。
思わず、後ろに転けそうになるのを炭治郎は踏ん張るように耐えると自身の引っ張られたパーカーの袖に視線を向けた。後ろから伸びた白魚の様な指先がぎゅっと炭治郎のパーカーの袖を掴んでいるのが炭治郎の視界に入り、炭治郎はその指先の元を辿る様に更に視線を動かすと其処には無表情で炭治郎の顔をじっと見つめる紅が居たのである。
紅の紅い瞳と炭治郎の赫灼の瞳が重なり合う。
二人の間に無言の空気が数秒間流れた後、紅は静かに唇を開いた。
「私、今もの凄くチキンが食べたいです」
「…へ?」
「チキンが食べたいです」
じっと炭治郎を見つめながら紅は真剣な表情で言った。
チキンが食べたい。今もの凄くチキンが食べたい。炭治郎を引き止めてまで言い出した突然の紅の言葉に炭治郎は思考が追いつかず、頭に疑問符を浮かべ、ぐるぐると思考を張り巡らせるが無表情な紅の心境を読み取ることは出来ず、唯、動きを止めることしか出来なかった。
「えっと…部屋に戻れば沢山、チキンがあるぞ?」
混乱しながらも炭治郎は紅にそう告げるが、紅は首を横にふるふると振り「それはファーストフード店のチキンでしょう。私は今、コンビニのチキンを所望しています」と言い返した。
——…え、何が違うんだ?と炭治郎は紅に言いたかった。
だが、紅の真剣な表情に炭治郎はグッと言葉を飲み込むと形の良い眉を八の字にして困った様な表情を見せた。
炭治郎の弟や妹達も炭治郎や禰豆子に対して訳の分からない我儘を言うことはある。でも、弟や妹達は表情もあるし、それ以上に感情の匂いもある為、それがどの様にしてほしい我儘なのかと察することが出来た。だが、紅はと云うと音も気配も匂いもない。そして表情も常に無表情なのである。故に鼻の良い炭治郎にとって壱師紅と云う存在は未知の存在であると言っても過言ではないのだ。
しかも、紅は人との感性がズレている。そして好みもズレている。普通の人とは違う人間性を持つ紅。そんな紅の突然の訳のわからない我儘に炭治郎は困った表情を見せることしか出来なかった。
パーティー会場であるレンタルスタジオは直ぐ目の前にある。中に入れば、前もって予約していた様々なオードブルの中にチキンもある。
帰ればすぐに食べれるのに紅は其方では無く、先程通り過ぎたコンビニのチキンが食べたいと言うのだ。
紅は美食家だったのだろうか?なんて炭治郎は考えてみたりもしたが、多分違うだろうと云う結論しか浮かばなかった。
「駄目…ですか?」
炭治郎の困った雰囲気を感じ取ったのか、紅が炭治郎から視線を外し、道路へと視線を落とす。その表情が無表情ながらにも哀しそうに見えた炭治郎は思わず、自身のパーカーの袖を掴む紅の手を包み込むように握った。
「行こう‼︎コンビニに‼︎」
「……良いんですか?」
「あぁ‼︎行こう‼︎‼︎」
ぐいっと勢い良く炭治郎は顔を近づけると紅は先程の哀しそうな雰囲気から一変して無表情ながらにも嬉しそうな雰囲気を見せた。
余程、コンビニのチキンを食べたかったのか。そんなところも可愛いだなんて思いながら炭治郎は紅の手を握ったまま、通り過ぎたコンビニまで戻るために歩き始めた。
そして通り過ぎたと言っても近場だった為に直ぐに目的地には辿り着き、紅は自分の分に対してもう一つ余分にチキンを購入すると外に出たと同時に炭治郎へとひとつ手渡した。
「あげます」
「へ?紅??」
「あげます」
ぐいぐいとチキンを押し付けてくる紅に炭治郎は慌てて、チキンを受け取ると不思議そうに紅へと視線を向けた。
紅が食べたいと言うからコンビニに来ただけで炭治郎は何も購入していなかった。故に渡されたチキンに炭治郎がきょとんとしていると紅は遠慮なく、チキンの入った紙袋の封を破り、静かに炭治郎へと視線を向け、ゆっくりと艶やかな唇を開いた。
「少しだけで良いので…」
———……二人だけでクリスマスパーティーしませんか?
そう言った紅の言葉に炭治郎は紅の行動の理由を全て理解した。
突然、服を引っ張ったのも、みんなが待つスタジオに真っ直ぐ帰りたがらなかったのも、コンビニのチキンが食べたいと言い出したのも、全てこれの為なのだと気づいた炭治郎は自身の頬がカッと熱くなるのがわかった。
炭治郎と紅は付き合ってはいない。炭治郎は紅へ想いを寄せているが紅は如何なのかはわからない。だけど、二人で買い出しに出て、二人で帰る帰り道。段々と見えてくる帰る場所に対して近づく二人の空間の終わり。
それに寂しさと残念さを感じた炭治郎に対して、紅も同じ様に感じてくれていたのかもしれないと悟った炭治郎は腹の奥底から熱い何かが込み上げてそうになるのを感じた。
その熱はじわじわと炭治郎の身体を巡り、ドクドクと血液を沸騰させる。心臓は煩いほど高鳴り、吐き出した吐息は熱く、白く空気に溶けて消える。
招待状はない。
綺麗な夜景やイルミネーションなどない。
暖かな部屋も立派な料理もプレゼントなどもない。
唯、あるのは手にあるコンビニで購入したチキンのみ。
だけど、誰よりもなによりも炭治郎にとっては大切で暖かな二人きりのクリスマスパーティーの始まりに炭治郎は愛しさと幸福を感じた。
紅い瞳が二人だけのパーティーへの招待の返事を待つ様に赫灼の瞳を見つめる。
炭治郎は再び熱い吐息をゆっくりと吐き出すと招待してくれた紅へと大きく頷いた。
「メリークリスマス、紅」
「めりーくりすますです。炭治郎くん」
微笑む炭治郎に紅もマフラーの下で小さく微笑んだ。
2021/12/25
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