「年賀状を送りたいので良ければ住所を教えてください」
想いを寄せる、同じ組の壱師紅にそう尋ねられたのは冬休みが始まる数日前の出来事だったことを竈門炭治郎は、ふと思い出した。
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ドキドキのクリスマスを終え、忙しい年末を過ごして新年を迎えた一月一日…実家のかまどベーガリーも今日はお休みである。
その為、いつもは夜が明けるよりも早く起きる炭治郎もこの日は少し遅めに起きた。たが、遅めに起きたとは云っても矢張り時間は早く、まだ起きていない家族を起こさない様に身支度を整えると一人静かにスマホを片手に自宅のリビングへと向かった。
リビングに向かうと炭治郎は後から起きてくる家族が寒くないようにと暖房をつけた。
ピッと音が鳴った後、暖房が冷えた部屋を温めようと急速に動き、温かな風が炭治郎の耳飾りをカランと揺らす。その音を聴きながら炭治郎は暖房のリモコンを元の位置に戻すとソファに座り、一瞬ぼーっとした時に自身が想いを寄せる相手である紅が年賀状を送りたいから住所を教えてくれと言っていたのをふと思い出したのである。
壱師紅は少し…と云うかかなり人とズレた感性を持っている。そしてそれに加えて、かなりのめんどくさがり屋でもある。そんな紅だが、両親の育て方が良いのか意外と作法や節目の行事などに関してきちんとする方らしく、スマホなどが普及する中、珍しく年賀状を送ると言っていたのである。
きっとめんどくさがり屋の紅のことだ。宛名書きも一言書くのでさえも面倒になる筈なので、最小限の人にしか送らないと決めているのだろう。
そんな紅の最低限の中に自身が選ばれたと云うことに炭治郎は嬉しくて思い返した今、思わず顔が綻んでしまうのは仕方ないと誰に咎められた訳でもないのに心の中で必死に言い訳をしていた。
想い人である紅からの初めての年賀状。
それだけなのに考えるだけで嬉しくて、どんなものが届くのかワクワクと炭治郎の期待が高まる。
いつもより遅くに炭治郎が起きたと云っても未だ世間からすれば早い時間帯だ。きっとまだ年賀状が届くのに時間は、まだまだ掛かる筈である。
炭治郎はチラリとリビングの壁に掛かった時計を見て、小さく溜息を吐いた。
——……そんな時だった。
炭治郎が片手に持っていたスマホが突然、ブルブルと震えだしたのである。
アラームや警報を知らせる通知などではなく、メッセージアプリからが通知が届いたことを知らせる振動だと炭治郎は気づくとそのまま静かにロック画面に表示されたメッセージをタップして送り主の名前を確認した。
すると其処にはメッセージアプリの一番上の欄に想い人である紅の名前があり、一件のメッセージが送られてきていたのである。
炭治郎は、こんな朝早くから紅からメッセージが来るなんて、嬉しいなと云う感情と同時にどうしたんだ?と云う疑問が生まれた。静かにそのまま炭治郎は紅のメッセージ欄を指先でタップすると炭治郎のスマホ画面に紅からのトーク画面が表示された。
【今、起きてますか?】
絵文字も何も無い。唯、シンプルなそのメッセージに炭治郎は不思議そうに首を傾げた。
朝早く、しかも新年早々に明けましておめでとうでは無く、今起きているかと云う紅からの質問に炭治郎はどの様に返事をすれば良いのか一瞬、戸惑ったが、炭治郎は素直に「明けましておめでとう。今年もよろしくな! 今起きてるぞ!どうかしたのか?】と新年の挨拶と共に紅のメッセージの返事を返すと紅は直ぐに既読をつけた。
【今、外出られます?】
数秒も経たない内に紅から再び送られてきたメッセージを読み、炭治郎は更に首を傾げた。
外に出れるか?って…なんだろうか?何かあったっけ?なんて思いながら炭治郎は紅へ【出れるぞ。 自宅の方で良いか?】と送ると紅から【はい】とだけ返事が返ってきたので炭治郎は、そのままスマホをズボンのポケットに入れた後、玄関へと向かい、外へと通ずる扉を開けた。
そして目にした光景に思わず、声を漏らした。
「えっ……?」
新年を迎えた一月一日、まだまだ外は寒く、クリスマスの時の様に雪が降りそうな空の下…竈門家の玄関前に灰色のマフラーを巻いた炭治郎の想い人である壱師紅が立っていたのである。
吐き出す息は白く、ゆらゆらと揺れては溶けて消える光景と突然の紅の登場に炭治郎は驚いた様に目を見開き数秒間、固まっていたのだが、ハッと我に返ると慌てて紅へと駆け寄った。
「べ、紅⁉︎⁉︎」
「あ、炭治郎くん。お久しぶりです」
炭治郎が紅の名を驚きで裏返りそうな声で呼ぶが紅は相変わらずの無表情で炭治郎の名を呼び、片手をふりふりと振った。
そんな紅に炭治郎は「確かにお久しぶりだが‼︎‼︎今はそんな挨拶より、どうしたんだいきなり‼︎‼︎」と紅に尋ねると紅は少し炭治郎から視線を逸らした。
「まぁ、用事がありまして来たんです」っと炭治郎の言葉に返答すると紅は肩から下げていたポシェットの中をごそごそと漁り出した。そして静かに一枚の紙を取り出した。
郵便番号を書く赤い枠と見えた見覚えのある住所の文字に炭治郎は紅の取り出した紙が年賀はがきなのだと察すると態々、家に届けにきたのか⁉︎⁉︎と心の中で叫んだ。
そして紅は取り出した年賀状を大人しく炭治郎に渡すかと思いきや、何故か両手で持ったそれで顔を隠したのである。
突然の紅の行動に炭治郎は驚き、目を丸くさせるが紅の行動に戸惑いながらも静かに見つめていると紅はいつもよりも小さな羞恥心を混ぜた声色で言った。
「……そのですね。迷惑だとは思ったんですけど…」
「うん?」
「どーしても…ですね、その…年賀状書いてる時に…新年が明けて一番に…」
「うん…」
「炭治郎くんに会いたいなって思いまして…」
——……直接、元旦に年賀状を届けに行けば少しだけでも会えるかなぁって思って…
「直接、届けに来ちゃいました。……ごめんなさい」
そう言って顔を隠したままの紅の言葉に炭治郎は一瞬、理解が出来ずにキョトンとした表情をしていたが、ハガキでは隠れきれていない赤く染まった紅の耳を見て、炭治郎は紅の言った言葉の意味を理解すると同時に自身の腹の奥底から熱が込み上げるのを感じた。
え、何だ。何なんだ?朝早くに来たから何事かと思ったが、理由が俺宛に年賀状を書いてたら会いたくなったから?年賀状を直接届けたら一目でも会えるかなぁって思ったから……?何だそれ、なんでそんな心臓に刺さる様なデレを新年早々見せてくれるんだ⁉︎⁉︎⁉︎お、俺は未だ夢を見ているのだろうか⁉︎⁉︎これが初夢なら最高の初夢だと思うんだが⁉︎⁉︎
なんて、普段はあまり感情が表に出ない無表情である人との感性がズレた紅の唐突な心臓に悪いデレに炭治郎は危うく、意識を飛ばしかけそうになるのをグッと持ち前の長男論を唱えることで堪えた。
こんなシチュエーションなんて夢では?なんて疑いながらも目の前に顔を隠しながら立つ紅の赤く染まった耳と外の寒さに夢ではなく、現実なのだと炭治郎は理解すると更に自身の頬がじわじわと熱くなるのがわかった。
紅は、いつも唐突に炭治郎に対して何かを起こす。
それも毎回、炭治郎の心臓が持たなくなると思うようなことをするのだ。
最初の頃は未だ良かった。色々とショックなこともあったが、間隔があったから落ち着くことが出来た。でも最近になって紅が矢鱈と炭治郎に対して何か行動することが多くなって来た気がする。その為、炭治郎は毎回、己を抑えるのに必死なのである。
そんな炭治郎に紅は新年早々やったのである。
会いたいと言って無理矢理、無茶な理由をつけてやって来たのである。
しかも朝早く、炭治郎が起きていることを願いながらやってきたのである。会えない確率の方が高かったかもしれないのにめんどくさがり屋な紅は動いたのである。
そのことが炭治郎は何よりも嬉しいと思い、思わず顔がにやけそうになるのを堪えながら、年賀状で顔を隠す紅の両手を握った。
きちんと年賀状の宛名には炭治郎の住所も名前も書かれている。きっと炭治郎の名字である竈門と云う文字を書くのに苦労したと思う。画数が多いし文字のバランスも取りづらかった筈だ。だけど、紅の手書きで書かれた文字さえも炭治郎には愛おしく感じたのである。
そして今は竈門と云う文字の下には炭治郎の名前しかないが、いつかは隣に紅の名前が寄り添ってくれると嬉しいなと炭治郎は思った。
「炭治郎くん…?」
手を握ったまま何も言わない炭治郎に紅が恐る恐る年賀状から顔を出して目の前にいる炭治郎へと視線を向ける。
炭治郎は紅の紅い瞳と目が合うと優しく微笑んだ。
「明けましておめでとう、紅」
———今年一番に会いたいと思ってくれてありがとう。
「君と様々な日々を過ごしたい。だから、今年もよろしくな」
炭治郎の言葉に紅はキョトンとした表情を見せたが、じわじわと頬を赤く染めるとそれを炭治郎から隠す様に少しだけを伏せた。
「……明けましておめでとうございます」
——……今年もこんな私ですが、仲良くしていただけると嬉しいです。
ポツリと呟かれた精一杯の今の紅の心からの言葉に炭治郎は幸せそうに微笑んだ。
2022/01/01 明けましておめでとうございます。
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