※水柱が紅への印象の話です。
恋愛とかそんなんじゃ無い。


「お前は確か、不死川のところの…」
「どうも、こんにちは。壱師紅と申します」

 目の前に居る人物から聞こえた静かな水面を連想させるような声色から発せられた言葉に壱師紅は静かに頭を下げた。
 それに対し、自身の屋敷を訪れた予想外の訪問者である、壱師紅の存在に鬼殺隊・水柱 冨岡義勇は青く澄んだ瞳を見開いた。

 冨岡が驚いたのも無理はない。
 鬼殺隊の隊士である壱師紅と水柱である冨岡義勇は普段から接点がある訳ではないからだ。
 蝶屋敷などで見かけることはあっても自身から話しかけることや近寄ることはない。其れは他の隊士に対しても同じであろうし紅自身も他の柱に対しても同じ様な態度である。
 唯、蟲柱である胡蝶しのぶは紅の師範である不死川のお使いや自身が負傷した際にお世話になったり、友人でもある神崎アオイや栗花落カナヲの師であり家族でもあるため接点は多い。
 また、蛇柱も紅の師範である風柱・不死川実弥の同僚兼友人と呼べる存在であるため時折り、紅自身が身を寄せている風柱邸へ訪れることがあるので顔を合わせることは多いが紅自身が特に仲が良いと言うわけではない。顔を合わせた時に一言二言、伊黒から小言を貰うぐらいで紅はいつも聞き流しているので特に会話内容は覚えていないと云うのは内緒である。
 一方、冨岡の方は元々、口数が少ない。
 其れに加えて常に無表情で表情筋が死んでいる紅とまでは言えないが同じ様に表情も乏しい。自分からぐいぐいと話しかけに行く様な部類の人間ではなく、物静かに我関せずと言いたげな方だ。
 しかも、紅の師である不死川実弥と冨岡義勇の仲は良いと言うわけではない。
 側から見れば冨岡の方は不死川と仲良くしようとしている様にも見えるが、其れを不死川が良しとしていない為、想いは一方通行である。
 そんな不死川を師に持つ紅が訪れた屋敷の家主である冨岡は驚いた様な表情からスッと紅と同じ様に感情の読み取れない表情へと戻し静かに紅を青い瞳で見つめた。
 不死川の弟子が何の用だと言いたげな瞳に紅は二・三回、冨岡の瞳と対する紅い己の瞳をぱちぱちと瞬きすると此方も静かにゆっくりと艶やかな口を開き、淡々と話し始めた。

 紅が接点の無い、水柱である冨岡の屋敷を訪れたのには理由があった。
 簡単に云うと紅は自身の師である不死川の代わりに冨岡の元へと物を届けに訪れた謂わば、お使いなのである。
 本来ならば紅の師である不死川、若しくは不死川が信頼出来る隠に頼むべき案件なのだが、不死川は自身が冨岡の元を訪れることを嫌がり、また隠を呼ぶ事を面倒くさがったのだ。
 さて、如何するか。お館様の御迷惑にならぬ様にしなければいけない。でも自分が冨岡の元へと行くのも嫌だ。
 なんて不死川が考えていると偶々、焼き立てならぬ起きたての紅がのそのそと寝間着のまま朝食を食べに居間へとやって来たのである。
 そう唯、いつもの様に起きて来ただけなのに紅は運悪く不死川のお使いをさせられることになってしまったのであった。

 紅自身も最初は滅茶苦茶嫌がった。
 師範の用事でしょう、自分で行ってください。好き嫌いはいけません。やです、私は今日はゆっくりするんです。絶対に、やです。と紅は朝食を食べながら何度も師である不死川に言った。だが、不死川は問答無用で紅に件の荷物を押し付け、手間賃として小銭を握らせたのである。

「おら、好きなモン買っていいぞ」
「そんなもので誤魔化せると思ってるんですか?行ってきますー」
「しっかりと誤魔化されてンじゃねぇかァ‼︎」

 そんなこんなで紅は不死川から預かったものを届けに冨岡の元を訪れたのである。
 何度も言うが、紅は冨岡と仲が良いわけではない。
 冨岡の屋敷を訪れるのは良いが、屋敷の中まで入るのは気を使うから嫌だなぁと紅は思っていたので訪れた際にお手伝いさんでは無く、冨岡が出てきたことに安堵した。
 そして直ぐに紅から理由を聞き、経緯を理解した冨岡は紅が不死川から預かったと云う荷物を受け取り、静かにその場で荷物の確認を行った。
 ものの数秒で中身の確認が済むとスッと紅へ目線を向けて冨岡は小さく頷いた。その姿に紅は冨岡からの無言の報告を受け取ると静かに頭を下げた。

「失礼致しました」

 静かな声色で冨岡に挨拶をする紅に冨岡も同じく落ち着いた声色で「御苦労だった」と告げると再び会釈をしてその場を去った紅の姿を見届けた後、己の屋敷の玄関の扉を閉めた。

 不死川のところの弟子。それが冨岡が紅に対する印象であった。

    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

「義勇さんは紅のこと知っていますか?」

 突然の弟弟子である竈門炭治郎からの問い掛けに冨岡は不意を突かれた様にきょとんとした表情を見せた。

 冨岡より背が低い炭治郎が赫灼の瞳をきらきらと輝かせながら冨岡を見上げ、その輝く瞳には冨岡のきょとんとした顔が写し出されている。
 冨岡は数回瞬きを繰り返した後、こてんと可愛らしい音が聞こえそうな仕草で首を傾げた。
 炭治郎が口に出した【紅】と云う名。
 何処かで聞き覚えのある様な気もするが、ない様な気もする。名前からして女性か少女であると伺える。炭治郎が己に尋ねる程なので一般市民では無く、鬼殺隊に関係がある者の名なのは確かなのだが…些か冨岡の記憶には居ない気がする。
 この間、世話になった藤の家紋の屋敷の者か?とも思ったが、炭治郎が呼び捨てで呼ぶ程の歳が近い者は居なかった筈だ。
 ならば、隊士かと冨岡は記憶を巡らせるが特にこれと言った隊士の顔が思い浮かばなかった。

「紅い羽織の…頭に彼岸花を模した髪飾りを付けた女の子なんですけど」

——紅い羽織の彼岸花の髪飾りの少女。

 炭治郎の口から出た、紅と云う少女の特徴に冨岡はこの間、不死川の使いとして自身の屋敷を訪れた一人の少女の存在を思い出した。
 確かに屋敷を訪れたあの少女も紅い羽織を纏い、彼岸花を模した髪飾りを付けていた。
 不死川を師として持ちながら無表情で大人しく、己と真逆な紅い瞳が印象的な少女であったと冨岡の中で記憶していた。
 そんな少女のことを何故、炭治郎は己に尋ねてきたのだろうか…と言うか、そもそも炭治郎と不死川のところの少女は接点があったのか。
 冨岡は無表情のまま頭に疑問符を浮かべていると冨岡の感情の匂いを嗅ぎ取ったのか、炭治郎は冨岡から視線を逸らした。
 炭治郎の行動に更に疑問を覚えた冨岡であったが、視線を逸らした炭治郎の頬がほんのりと紅く色づいていることにふと気がついた。
 風邪や熱が出たときとは違う、顔の赤さと炭治郎の口から漏れるなんとも言えない唸り声。何故、少女のことを兄弟子である冨岡に尋ねたのかを言うか言わまいか、悩む様な仕草に冨岡はコテンと首を傾げた後、ハッとした表情を見せた。

———炭治郎は、もしかして不死川のところのあの子に惚れているのだろうか。

 この時の冨岡の感は素晴らしいものであった。

 そう、冨岡の感の通り炭治郎は不死川の弟子である壱師紅に好意を寄せていたのである。
 でも其れを自覚したのはつい最近のことなのだ。
 最初は唯、あの紅の紅い瞳が印象的で綺麗だなと目に焼き付いて離れなかっただけのことだった。それがいつしか炭治郎の心に紅と云う存在が大きく住み着き、そしてその感情が恋へと育ったのである。
 炭治郎も紅もまだ、出会ってそこまで長いものでは無い。
 しかも、炭治郎は紅のことで知らないことの方が多く、どちらかと云えば炭治郎の同期である栗花落カナヲの方が紅のことを深く知っているのである。
 それが炭治郎には少し悔しかった。
 自分の知らない紅を知っている人の方が多いのだ。ならば、自分は如何すれば良いのか。
 考えに考えた結果、知らないならば知るしかない。この案しか思い浮かばなかった炭治郎は片っ端から紅のことを知ってそうな人に紅について尋ねていたのであった。

 そんな炭治郎が得られていた情報は階級が甲であることと人と感性がズレていること。
 好きな食べ物は茄子の煮浸しと羊羹で本を読みながらのうたた寝が好きで、花札が負けなしに強くて得意なこと。
 そして紅本人から風柱が師であると云うまでは得ていた。
 それ以外に紅の師である風柱と同じ階級である水柱の名を持つ、兄弟子である冨岡も何かしら接点があり、紅のことを知っているのではないかと思い、炭治郎は尋ねてみたのであった。

 だが、冨岡は特に紅について何も知らなかった。
 不死川の弟子だと云うことは知っていたが、先日、屋敷に不死川の使いとして訪問するまで特に話したことなど無かったからである。
 唯、云うとするならばあの時は紅の表情が無表情過ぎて表情が読み取れなくて困ったと云うだけだと冨岡は思ったが、おそらく其れは紅も思っていたなどは冨岡は知らないのである。
 取り敢えず、冨岡は紅に対しての情報などない。存在は知ってはいるが、本当に何も知らないのだ。
 唯、炭治郎の想いを察することの出来た冨岡は可愛い弟弟子が幸せになれるようにその恋を応援してやろうと心に誓ったのである。

「炭治郎」
「はい?どうかしましたか?」

 冨岡が炭治郎の名を呼ぶ。炭治郎も其れに応える様に返事をすると冨岡はムフフとした珍しい笑みを浮かべた。

「兄弟子として、俺は応援する」

 その言葉に炭治郎はキョトンとした表情を見せた後、冨岡の感情を匂いで感じ取ったのか、パァァァァと嬉しそうに輝いた表情を見せた。

 こうして冨岡の中で紅=不死川のところの…と云う印象だったのが、紅=炭治郎の…と云う印象に変わったのを遠くで任務を遂行している壱師紅は知らないのであった。
 そして、更に今後…紅が冨岡と出会う度に「お前は確か、炭治郎の…」と炭治郎の想いも知らない紅がそう呼ばれる様になり、呼ばれた紅本人が大量の疑問符を浮かべる羽目になる展開が訪れることになるのも知らないのである。