——壱師紅は人とズレた感性を持っている。

 当の本人である紅は、その様には思っていないようだが、紅以外の人間に尋ねると百人中半数以上がズレていると回答し残りはよく分からないと回答するであろう。それほど変わり者が多い鬼殺隊の方でも上位に君臨する程に変わった人物が紅なのである。
 そんなズレた感性の持ち主だからなのか、紅の趣味のひとつにこけし集めと云うものがあった。
 紅曰く、こけしの形体が美しく表情も愛嬌があって愛らしいとのこと。胴体に描かれる柄も華やかなものから落ち着いた柄のものなど多種多様であり、一体一体の個性が違うのだと無表情ながらにも熱を込めて語るぐらいにこけし集めに力を込めていた。
 因みに集めたこけしは自身が身を寄せる風柱邸にある自室や玄関に綺麗に飾られていたりする。
 その中でも一番のお気に入りは【かずこさん】と名付けたこけしである。
 この【かずこさん】は少々曰く付きなのか、風柱邸の至る所に気づいたら移動している不思議なこけしなのである。
 最初こそ、紅の師である不死川は、このこけしに対して血鬼術の類か何かなのではないかと警戒していたが、特に何もして来ないので気にするだけ無駄だと思い、放置することにしたのである。今では風柱邸の守り神と呼ばれていたりもする。
 それ以外にも紅は変わったものが好きだ。
 裏路地などにある骨董品屋で売っている訳の変わらない仮面や変な形の置物。土産物屋に置かれている観光地名が入った提灯なども集めたり、眺めているだけでも好きだった。
 変わった動物も好きで、己の師範の同僚兼友人である蛇柱である伊黒小芭内が連れている白蛇・鏑丸も紅は可愛いと思っている。
 できれば一度、餌を丸呑みにするところを詳しく見せてほしいとさえと思うぐらいである。

 そんな変わったものが好きな紅は、ある日…
——…運命的な出会いを果たしたのである。

 それを見かけたのは任務帰りで風柱邸の近くを歩いていた時のことだった。

 えっさほいさ、と歩く小さな姿に紅は目を奪われたのだ。
 自身の目の前を歩く小さなその姿に普段は静かな心臓がきゅんきゅんと音を奏で、血の巡りが速くなるのが紅には分かった。驚きと胸を締め付ける衝撃で瞳がこぼれ落ちそうになりながらも少しでもその姿を目に焼き付けるかの様に紅は自身の紅い瞳をじぃーーっとその自身の心を射止めた相手へと向けた。
 相手も紅の熱い視線に気がついたのか、えっさほいさと歩いていた足をピタリと止め、丸い円な黒い瞳を紅へと向けた。
 重なり会う視線と視線。それと共に動きを止めていた双方だったが、先に動いたのは相手の方であった。
 紅の熱烈な視線を受けながら相手は紅へと視線を向けたまま、その美しい肉体を見せつける様な姿勢を見せたのだ。
 見てみろ!凄いだろ!と言いたげな仕草に紅の心は更にきゅんきゅんと高鳴った。
 可愛い。可愛すぎる。何なんですか、あの生き物は…と表情は相変わらずの無表情だが、紅は心の中で荒ぶった。
 そして荒ぶる心を鎮める様に何度か大きく深呼吸をするが、その度に相手の姿を見ては、また心の中で荒ぶると云う行為を繰り返していた。

——…可愛い。連れて帰りたい

 そう思ってしまったが、最後。己の心を射止めてしまった目の前の者を紅はどうしても屋敷に連れて帰りたくなった。
 師である不死川に怒られても良いから、今ここで連れて帰らないと必ず後悔するとさえ、この時の紅は真剣に思ったのである。
 紅は極度のめんどくさがり屋である。だが、この者の為なら似合う服を手作りすることも凝った料理を作ることも苦だとは思わないとすら思ったのだ。

 絶対に連れて帰るのだと決めた紅の行動は素早かった。

 素晴らしい肉体美を見せつけてくる目の前の者達に鬼と戦う時と同じぐらいのスピードで近づくと素早く自身の腕で抱き上げて拘束した。そして走り出した。
 向かうは自身が身を寄せる不死川実弥の屋敷である風柱邸である。腕の中に閉じ込めた者達が離せと言いたげに紅の腕をペシペシと力強く叩いているが、其れさえも紅は可愛く思えてしまい胸が高鳴った。

 そして、数十秒も立たないうちに見えて来た風柱邸の門を蹴破り、素早く玄関の扉を開けて履いていたブーツを掘り投げるかの様にして脱ぐと紅にしては珍しくドタバタと大きな足音を鳴らしながら己の師の部屋の扉を勢い良く開けた。
 中には己の師である不死川が呆気に取られた様な表情をしているが、紅は気にすることなく唇を開き、己の思いを告げた。

「師範、この子達を飼いたいです」

 腕の中にいる、可愛い子達を見せながら紅がそう言うとブチッと血管のようなものが切れる音が部屋に響いた。

「却下だァ‼︎‼︎‼︎」

 不死川が血走った目をギロリと紅へと向けながら大声をあげた。だが、反対された紅は不死川の態度に怯えること無く、ムッとした様に頬を膨らませた。

「何でですが。可愛いでしょう。ほらほらほらほら」
「ムキムキしてるねずみの何処が可愛いンだァ⁉︎⁉︎お前、目ん玉腐ってんだろォ‼︎」
「この円な瞳とムキムキがたまらない…可愛い…」

 無表情ながらにも、うっとりと恍惚な表情を見せる紅に不死川はドン引きした表情を見せた。
 そう紅が運命の出会いと言った人物は人ではなく、ムキムキとしたねずみ…不死川と同じ階級である音柱・宇髄天元が鍛え上げたムキムキしたねずみ、通称・ムキムキねずみのことだったのである。しかも二匹だ。
 ムキムキねずみである二匹は宇髄の使いの帰り道、偶々任務帰りだった紅と出会い、変わったものが好きな紅に一目惚れされてしまい、此処まで連れて来られたのである。
 そのことを理解した不死川は弟子の行動に対して自身の頭が痛む感覚を覚えた。
 今まで変なものを購入したりすることはあった。お土産ですと言って変な仮面や置物を購入してくることはあったのだ。あの曰く付きっぽいこけしもそうだ。だが、生き物は連れて帰って来たことはなかった。
 可愛い生き物がいたんです。と云うことはあったが連れて帰ってくることは今までなかったのである。
 其れが今日、いきなり連れて帰って来たかと思えば、それは同僚の部下?である。しかも可愛いから飼いたいとさえ言い出した。
 紅の感性と突然の行動に不死川は溜息をつくことしか出来なかった。

「取り敢えず、早くそいつ等を宇髄のところに返してこい」
「やです。此処で飼うんです。ね、大福丸と蓬丸」
「勝手に名前を付けるンじゃねぇ‼︎‼︎‼︎‼︎てか、名前も変すぎるだろォ‼︎‼︎‼︎」

 紅は不死川から大きな瘤が出来るほどの拳骨を頭上に受けた。

    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

「これが私とムキムキねずみさん達との運命の出会いでした」
「取り敢えず、色々と衝撃的過ぎて何処にツッコめば良いのか、わかんねェわ」

 遊郭の一件により、柱を退いた宇髄天元は自身の元に不死川からの使いで訪れた紅を引き止め、自身の話し相手をさせていた。
 そんな時、何かを思い出したかの様に宇髄が「そういや、影っ子。お前、ムキムキねずみ達に良くしてくれてるみてぇだな」と訪ねたのが話の始まりだった。

 不死川に叱られた後、紅の心を射止めて離さなかったムキムキねずみ達を飼うことを紅は渋々、諦めた。
 その代わり、町で見かけた際は鬼との戦闘以外であればムキムキねずみ達に駆け寄り、その肉体美を見せつけてくる姿を手を叩きながら観ると云うことをしていた。
 ムキムキねずみは選ばれし、ねずみである。ナルシストの気もある為、紅が己の肉体を見ては、ぱちぱちと手を叩き褒めてくれるのが如何やら、ムキムキねずみ達も嬉しいようなのだ。
 故にムキムキねずみにとっては紅=良い子と思っており、そのことを宇髄にも伝えていた様であった。

「ムキムキねずみさん達の中で私は悪い印象ではない様で嬉しいです」
「まぁ、お前が良いなら良いんだけどな」

 ムキムキねずみに構うのも良いが、炭治郎にも構ってやれよ、と呟く宇髄に紅は不思議そうに首を傾げた。

「何故、炭治郎くんの名前が出てくるんですか?」
「何故って、お前…」

 突然、宇髄の口から出てきた竈門炭治郎の名前に紅は意味がわからないと言いたげな表情を見せた。
 それもそのはずである。紅は炭治郎の想いに気づいていないが、炭治郎は紅を異性として好いているのだ。
 無表情で影も薄く、生きているのか死んでいるのか感情も存在さえも読み取れない紅の何処が良いのかわからないが、炭治郎は紅は好いていた。
 そんな紅の心を唯一、射止めた相手がムキムキねずみなのである。
 厭、人ではないのだから、視野に入れなくても良いだろうと普通の人間ならば思うかもしれないが、ムキムキねずみは感情が読み取れないズレた感性を持った紅の心を揺れ動かした相手なのだ。
 紅を好いており、何度もアタックしては空振りに終わっている炭治郎からすれば、ムキムキねずみも自身の大きなライバルなのである。
 それを理解している宇髄は炭治郎を少し不憫に思った。

———人ならまだしも、ねずみをライバル視する羽目になるなんて…と。

 炭治郎と紅。
 二人の関係が何処ようになって行くのかは分からないが、二人の未来が明るいものになることを宇髄とムキムキねずみは祈るのであった。