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 メンタル弱弱炭治郎くん


 幼き頃から炭治郎は我慢強い子だった。
 誰に教えられた訳でも強要されたわけでも無く、炭治郎は我慢強い子だった。それに加え、六人兄弟の長男である炭治郎は面倒見も良く、真面目で他人を気遣える心優しい【良い子】であった。
 下の子達が欲しがれば、どんなものでも譲った。自身の玩具も本もおやつも好物だって…下の子達が欲しがるのであれば何でも譲ってきた。
 其れは家族以外にもだった。友人である我妻善逸や嘴平伊之助が炭治郎のお弁当のおかずなどを欲しがれば快く譲った。炭治郎にとって特に嫌だと思う行為でもなかったし、それで善逸や伊之助達が満足するなら良いとさえ思っていた。

 そんな炭治郎にも唯一、譲れないものが出来た。
 今までなら笑顔で何でも譲ってきた炭治郎にとって一番の宝物でこの世に無くてはならない存在が出来たのだ。

 それが壱師紅と云う存在であった。

 紅は炭治郎と同じキメツ学園に通っていた女の子である。
 出会いは入学式、同じクラスになった紅に炭治郎が惹かれたのが全ての始まりであった。
 人と感性がズレた常に無表情な紅の存在に幾度となく振り回されながらも炭治郎は諦めずに紅へと猛アタックをし続けた。時には落ち込み、時には泣きながらも何とか紅の心を射止めた炭治郎は紅と付き合うことが出来た。
 それからは様々なことがありながらもキメツ学園を卒業後、二人とも大学へと進学。そして大学を卒業後、炭治郎は実家のかまどベーガリーを継ぎ、紅は企業へと就職。高校・大学と共に日々過ごした二人は社会人となり、まったく変わった生活を送り始めたのである。

 だが、それが炭治郎を深く悩ませる種となったのだった。

 大学生の時は毎日、紅と顔を会わせていたのに其れがなくなり、寂しさを覚えた。
 お互いに社会人となったのだから仕方ないと思いつつ紅へとメッセージを送るが、紅も新社会人として忙しいのか、返事が遅いことが多く、それに対して更に寂しい感情が強くなった。
 そんな炭治郎に対して紅も寂しいと云う気持ちがあったのか【会えませんか?】と何度か炭治郎を誘ってくれたこともあったが、炭治郎と紅の予定が合わず、約束が流れることも多くなってしまっていた。
 それでもお互いが新社会人だから仕方のないことだと炭治郎は自分に言い聞かせる様に心の中で何度も呟き、自分の寂しいと云う感情を誤魔化して過ごした。
 その度に紅に会えないと云う事実に心がぎゅうぎゅうと締め付けられる程に痛かった。
 紅は今、何をしているのだろうか。誰かと共に過ごしているのだろうか。その誰かが…もしかしたら…などと会えない時間と寂しさにより、炭治郎の思考が徐々に暗い闇へと引き摺り込まれていく様な感覚に陥ることも多くなり、寂しさに加えて不安感も混ざり合うようになっていった。

 それでも炭治郎は我慢した。幾度と無く我慢した。
 昔から我慢強さだけは他の誰にも負けない自信が炭治郎にはあったのだ。だが、その我慢強さは、とある夢を見たことにより一瞬にして崩れ去ってしまったのである。

 その夢は炭治郎が恐れていた光景の夢であった。

 お互いにすれ違い、会うことが少なくなってしまった愛しい人が他の男と共に寄り添い歩く光景を唯、見ていることしか出来ない夢だった。
 手を伸ばし、名前を叫ぶが紅は炭治郎へ目も向けずに見知らぬ男にいつもは無表情の顔を歪ませ、頬を赤く色づけながら寄り添うのだ。
 頼む、やめてくれ。俺から、紅を、大切な人を奪わないでくれっ‼︎‼︎と言いながら動かぬ足に苛立ちの余りに獣の様な唸り声を上げた時、ハッと炭治郎は目を覚ましたのであった。
 荒く乱れた息。びっしょりと寝汗で濡れた全身。バクバクと煩いぐらいに暴れる心臓にカタカタと震える自身の手。
 初めて心の底から欲しがったものが、離れて行くことがこんなにも恐ろしいものなのだと夢を見ただけで実感してしまった炭治郎の心はもう、限界であった。

    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

「だけど、もう、むりなんだ…」

 赫灼の瞳からポロポロと止まることを知らぬ様に涙が零れ落ちては頬を伝う。
 真っ直ぐに炭治郎を見つめる紅に対して炭治郎は光のない瞳から次々と涙を流していた。

 どうしてこうなったのかは、数時間前を遡る。

 突然、炭治郎から「今すぐに会いたい」とのメッセージが届いたのである。
 普段の炭治郎であれば、今すぐになどとは言わず「いつなら大丈夫そうだ?」と紅を気遣うようなメッセージを送ってくる。だが今回、送られてきたメッセージはいつもとは違い、炭治郎の願望をそのまま文字にしたようなメッセージに紅は不思議そうに思いながらも「私も会いたいです」と返信をした。
 
 そして今日、紅と炭治郎は久しぶりに会ったのである。

 久々に顔を合わせた炭治郎は少し痩せたように見え、また眼の下に隈ができていることに紅は気がついていた。
 何か辛いことがあったのか、それとも疲れているのだろうかと心の中で紅は炭治郎を心配しつつも声を掛ける暇もなく、炭治郎に連れられるまま、とあるアパートの一室を訪れた。
 それは炭治郎名義で借りられた部屋らしく、部屋に通された紅は「あれ?引っ越しするなどと炭治郎くんは言ってただろうか?」と違和感を感じながらも少し会わないうちに恋人の身の回りの環境が変わっていたことに対して紅は心の中で少し戸惑いを見せた。
 そんな紅に気づいたのか、炭治郎は紅から顔を背けたまま、弟や妹達も大きくなり実家が手狭になったので家を出たのだと優しい声色で説明をしてくれたのだが、矢張り何処か感じる違和感に紅は炭治郎の背中をじっと見つめた。

「ごめんな、急に連れて来られて驚いただろう?」

 炭治郎が紅に優しく言うが、会いたいと言ったわりには紅へと視線を向けない炭治郎に紅は、むっとした表情を見せた。先程から感じる違和感。それに合わせたように顔を背ける炭治郎の態度に紅は等々、口を開いた。

「先程から目を合わせてくれませんが、何かありましたか?」

 紅が尋ねる。だが、炭治郎は紅へ顔を背けたまま「なにもないよ」と答えた。

「嘘です。眼の下に隈も出来てました。…眠れていないのでしょう?」

 さらに紅が静かな声色で炭治郎に声をかける。だが、それでも炭治郎は顔を背けたまま話をはぐらかそうとする態度を見せた。
 頑なな炭治郎の態度に紅は更にむっとした表情を見せると音も匂いも気配も無く、炭治郎が紅の行動に気がつく前に素早く炭治郎の目線の方へと回り込んだ。
 そして、素早く回り込んできた紅の姿に驚く炭治郎の眼の下に出来た隈に自身の白い指先をなぞる様に滑らせた。

「ほら、ひどい隈ですよ。何かあったのでしょう?」

 紅が静かな声色で炭治郎に再び、尋ねると炭治郎の喉がひくりと動いた。何かを言おうとして出かかったものを無理矢理飲み込んだような動作に紅は無言でまた、炭治郎の目元を優しい手つきで撫でた。
 すると、また炭治郎の喉がひくりと動いた。

「……怖い、夢を…見たんだ」

 数十秒程の沈黙の後、恐る恐ると言葉を飲み込みながらもポツリと炭治郎は呟いた。
 ポツリと呟かれた小さな炭治郎の言葉に紅は「怖い夢ですか?」と尋ねると炭治郎は自身の目元に触れる紅の手を自身の手で優しく握った。
 怖い夢を見たんだと語る炭治郎の瞳がじわじわと涙で潤んでゆく。——…怖い夢を見たんだ。それは俺の一番大事なものが、他の人に取られてしまう夢だった…とぽつりぽつりと語られる言葉は掠れ、震えていることから炭治郎にとってはよっぽど衝撃的な夢だったのだと云うことが紅には理解できた。

「怖かった…名前を呼んでも、叫んでもっ…足は動かない…俺の一番大切な人は、紅は、俺に、振り向いてくれなかったんだ…」

——おれをおいて、ほかのひとのもとにいってしまったんだ。

「夢だって、わかってる…だけど、怖かった。身体が震えて止まらなくて…何度もその夢を見るんだ……だから眠ってしまったら、またあの夢をみるんじゃないかと思ってしまって…眠ることが怖くなってしまったんだ…」

 ポロポロと炭治郎の赫灼の瞳から涙が溢れ出す。大粒の涙は頬を伝い、ぽたりぽたりと炭治郎の服に落ちていく。紅の手を握る炭治郎の手が思いを口にするたびにふるふると震えが酷くなり、息が浅くなっていくのが紅にはわかった。

「大丈夫ですよ。それは夢です。私は炭治郎くんの側を離れて行きませんよ」

 紅が優しく炭治郎の心を宥める様に語りかけるが、炭治郎の身体の震えは治らず、息は荒く口から酸素を取り入れようと必死に呼吸を繰り返していた。
 このままでは過呼吸になりかねないと思った紅は炭治郎の背を撫でようとしたのだが、紅が離れようとしていると勘違いをしてしまった炭治郎は思わず「何処にも行かないでくれ‼︎‼︎‼︎」と声を荒げた。
 突然のことに紅は驚いた様に目を見開くが、すぐに炭治郎が自身の行動を勘違いしたのだと察すると空いている片手で炭治郎の頬に触れた。

「何処にも行きませんよ。唯、炭治郎くんの背中をさすさすしてあげようと思っただけです」

 大丈夫、大丈夫ですよーと優しく炭治郎の頬を撫でる紅に炭治郎は顔を歪ませ、嗚咽を漏らす様にさらに涙を流した。

 …すまない。ごめん。ごめんなさい。勘違いしてしまった。本当にごめん。おれ…紅がはなれていくと思ってしまって…びっくりしたよな、怖かったよな…本当にごめん。ごめんなさい。紅の気持ちを考えないといけないのに、俺のきもちばかりさきばしってしまってごめん。きちんとする。しっかりするから、だから…だから、おれからはなれていかないでくれ。ちゃんと、ちゃんと、する、おれ、ちゃんとするから、ちょうなんだから…がまんできるから…

——そうやっていままでもやってきたんだから…

「……………だけど、もう、むりなんだ…」

 いつも見ていた姿が見えなくなるのが、こんなにも寂しいことだとは思わなかった。会えないことが、声が聞けないことがこんなにも苦しいことだとは知らなかった。
 唯の夢なのに大切な人が自身から離れていくのが恐ろしくて怖くて、息が出来なくなった。 会いたくて、その身体を抱きしめて温もりに触れたかった。それでも新社会人として働く紅の邪魔をしては駄目だと我慢したんだ。
 でも、我慢している俺に追い討ちをかける様にまた、悪夢を見る。その繰り返しが酷く辛く恐ろしかったんだ…

 我慢していた気持ちが溢れ出した炭治郎は溢れる涙をそのままに紅の手から自身の手を離すと紅の身体に縋り付くように抱きついた。

「どこにもいかないでくれ…おれだけをみててくれ…」

 嗚咽混じりに紡がれた言葉と共に炭治郎の耳飾りがカランと音を奏でる。ぎゅっと痛いほどに抱きしめられる自身の身体に紅は少し顔を歪ませるが、炭治郎の背中に腕を回すと優しくぽんぽんと背中を撫でた。

「見てますよ。高校の時から、ずーっと炭治郎くんを見てますよ」
「もっと…おれだけをみててほしいんだ…」

 紅が炭治郎の胸から顔を上げ、炭治郎の顔を見上げると光のない赫灼の瞳がゆらゆらと不安定な感情により揺れているのが伺えた。紅が何を言っても不安に支配されてしまっている今の炭治郎には全てが不安の種の様に感じてしまっていることが紅には理解できた。
 ならば、如何すれば良いのだろうか?普段の紅であれば、めんどくさがって放置しているだろう。
 だが、相手は恋人である炭治郎だ。愛しい相手を面倒くさいと言って放置するなんてことはあり得ない。好きな相手の不安要素は取り除いてやりたいのが恋人と言うものなのだと紅は思っていた。
 故に紅は考えた。そして、不安な炭治郎が安心できる方法を考えた結果…【ひとつの案】が思い浮かんだのである。
 普通の人間であれば嫌がるであろう。しかも下手すれば犯罪に問われる可能性がある方法だ。
 でも、多分、きっと…これが手っ取り早くて良い方法なのだと紅は思ったのである。だから、その【ひとつの案】を炭治郎に告げた。

「炭治郎くんが不安なら私を監禁してみますか?」
「……え?」

 紅の言葉に炭治郎は訳が分からず、思わず声を漏らした。涙を流していた赫灼の瞳は大きく見開かれ、驚きのあまり涙がピタリと止まった。
 混乱する思考に感情が追いつかず、自身の腕の中から顔を見上げてくる、相変わらずの無表情な紅を炭治郎は何度もぱちぱちと瞬きを繰り返しながら見つめることしか出来なかった。
 一方、突然【監禁】などと言い出した紅は反応のない炭治郎に対して、聞こえてなかったのか?と不思議そうな表情を見せた後、再び唇をゆっくりと開いた。

「炭治郎くんが安心安全な衣食住を約束してくださるなら、私は炭治郎くんに閉じ込められてもいいですよ」

——そしたらきっと、炭治郎くんの不安は無くなりますよね?

「会えないのが寂しいんですよね?他所の人のところに行く気は、これぽっちもありませんが、それも不安なんですよね?なら……」

——私のことを炭治郎くんが管理したら一番、手っ取り早いのでは?

「如何ですか?良い案ではないですか?」

 何か問題でも?と言いたげな紅に対して、やっと紅の言っている言葉の意味が理解できた炭治郎は「それじゃ…紅の迷惑になる。…俺が、もっと我慢すれば…」と呟いた。
 それに対して紅はムッとした表情を見せた。炭治郎の腕の中からもぞもぞと動き、頬に再び両手を伸ばす。そしてそのまま炭治郎の柔らかな両頬を指で摘むとみょーんと横に引っ張った。

「迷惑じゃないです。炭治郎くんが私を愛してくれるように私も炭治郎くんを愛してます」

——私の愛をなめないでください。

 むくれた表情、だけどほんのりと頬を染めて言い放つ紅の静かで真っ直ぐな愛の言葉に炭治郎の瞳に光が宿る。止まったはずの涙がまた、ぽろりとこぼれ落ちた。その涙は炭治郎の頬を引っ張る紅の指を伝った。
 紅は自身の手でみょーんと伸ばした炭治郎の両頬から手を離すと少し赤くなった両頬を優しく撫でた。それだけなのに先程とは打って変わったかの様に炭治郎の不安に満ちていた心が少しだけスッと和らいだ気がした。
 真っ直ぐな紅からの愛の言葉。飾らない、炭治郎の心を一番に考えた紅からの想いに炭治郎の心は悲しみや寂しさなんかとは別の、言葉では言い表せられない甘い苦しみにぎゅっと胸が締め付けられた。

「安心安全な愛のある衣食住の提供を宜しくお願いしますね、炭治郎くん」

 相変わらずの無表情で紅がそう云う。
 会えないだけで気が狂いそうになるなんて、側から見ればきっとおかしい筈なのに紅は其れを一度も否定することはなかった。寧ろ、すんなりとその歪な愛を受け入れてしまったことも側から見ればおかしいことだろう。
 例え、そうだとしても誰かに迷惑をかけた訳ではない。だから、これから始まる炭治郎と紅の二人だけの世界にはきっと何も支障はない。

 唯、そこには二人の幸せだけが永遠とつづくのだから…。