新たなる任務が入るまでの間、蝶屋敷にて待機していた竈門炭治郎・我妻善逸・嘴平伊之助の三人は蝶屋敷で働く女の子三人に「今日は節分なので炭治郎さん達も一緒に豆撒きしませんか?」と声を掛けられた。 

「豆撒きかぁ…」

 昔、家族でやったなぁ…俺は長男だからいつも鬼役だったなぁと懐かしむ様にポツリと呟く炭治郎に対し、少しほろりとしながらもなほは炭治郎を元気づけるかの様に「夜は恵方巻きを出しますから、皆さんいっぱい食べてくださいね!」と言った。
 その言葉に炭治郎は微笑み、善逸は「やったー!今日はご馳走だー!」と喜んだ。

「んで?今年は誰が鬼役すんだよ」

 喜ぶ善逸の隣では伊之助がきよとすみに今年の鬼役は誰がするのかと尋ねた。

 鬼殺隊は人喰い鬼を狩るのが仕事である。
 そんな鬼殺隊が態々、豆撒きをするなんてと思うかもしれないが、鬼殺隊が狩れるのは、あくまでも実体のある鬼だ。古より伝わる人の心の邪気によって生まれたり、病や災を齎すような実体のない鬼の存在を何の霊力も無い人間が狩ることなど出来ない。だから毎年、鬼殺隊は無病息災と福を願いながら豆撒きを行うのである。 

 だが毎年、この節分の日にはひとつの問題が起こる。
 しかもそれは、いざ豆撒きを行う際に発生するのだ。——…そう、それが今、伊之助がきよとすみに尋ねた【誰が鬼役をする】と云う問題であった。

 鬼殺隊は鬼狩りの集まりだ。
鬼によって家族や恋人など大切な人を失った隊士が多く、鬼を心から憎んでいる者も少なくは無い。
 そんな者たちが居る中で豆撒きをするのに対し、一部だが例え役だとしても鬼になりたくないと思う隊士が多いのだ。役だから、大丈夫だからと告げても納得せず、嫌がる隊士もいる為、毎年この鬼役を誰がするかで揉めるのである。
 このことを去年の豆撒きの際に炭治郎達と共に聞いていた伊之助は、今年はどうするのだと尋ねたのである。

「鬼役が誰もいないなら俺がやろうか?」

 炭治郎が伊之助の質問の後にそう言いながら、お面は何処だ?となほ達に尋ねていると背後から「今年は鬼役を決めなくても大丈夫ですよ」と柔らかな声が炭治郎達の耳に届いた。
 ゆっくりとその場にいる炭治郎達は声が聞こえた方へ顔を向けると其処には蝶屋敷の主である蟲柱・胡蝶しのぶが閉ざされていた筈の部屋の襖を開け、継子である栗花落カナヲと共にひょっこりと顔を出していたのである。
 炭治郎達は柱の登場にペコリと会釈しながらしのぶの告げた言葉に不思議そうに首を傾げた。

「鬼役を決めなくてもいいってどう言うことですか?」

 炭治郎が不思議そうにしのぶに尋ねるとしのぶはニコニコと笑みを浮かべたまま「今年の鬼役は、もう決まっているんです。もう少ししたら回って来るはずですので豆を持って待機してましょうね」と枡を其々に配り始めた。
 その枡を炭治郎達が受け取ると今度は、しのぶの隣で同じ様に豆が入った袋を抱えたカナヲが豆を配りながら付け足す様に言葉を続けた。

「油断してると逆に殺やれるかも…」
「「「えっ…?」」」

 カナヲの言葉を炭治郎・伊之助・善逸の三人は理解出来ず、思わず声を挙げたのだが、その直後に突然訪れた重苦しい空気と肌に痛い程に刺さる殺気を感じた炭治郎達は一瞬、呼吸がヒュッと止まったのと同時に本能的に自身の命の危機を感じ取った。
 自分達の居る部屋と繋がっている廊下の先から何者かが、ダン…ダン…と大きな足音を鳴らしながら歩いてくる音が聞こえる。
 それと同時に重い空気も鋭い殺気も更に炭治郎達の身体に重くのし掛かってくる。指先がビリビリと痛み、善逸に至っては両耳を押さえてビクビクと泣きながら震えており、伊之助も身体をぷるぷると震わせていた。
 炭治郎も二人と同じ様にビクッと身体をビクつかせながらも木々を揺らす風の様な匂いの中に混じった仄かに香る甘い小豆の匂いに戸惑っていた。

 そして、五月蝿かった足音は部屋の前で止まったかと思うと先程、しのぶとカナヲが部屋に入る為に中途半端に開けた襖にがしっと傷だらけの手が掛けられた。
 その部屋の中に居た、しのぶ以外の人間が部屋の外から漂う殺気と重い空気にゴクリっと息を呑む。
 ぎぎぎぎぎっと嫌な音を鳴らしながら開かれた襖の先には——…恐ろしい形相の鬼の面を付けた風柱・不死川実弥とその弟子・壱師紅の姿があった。

 思わず、炭治郎達はポカンと口を開き、固まるが、重苦しい空気と殺気に戸惑いの心を声に出すことは出来なかった。
 しかも、風柱師弟である二人は鬼の面をつけ、静かに立っているのだが、何故か二人の手には竹刀が握られている。そして重苦しい空気を纏い、痛い程の殺気を放つ二人にその場に居た誰もが「あ、殺られる」と云う言葉が脳裏を過った。

「クソガキどもォ、豆撒きの時間だァ」
「悪い子は、いねぇかーです」

 恐ろしい形相の鬼の面を付けて、そう言った風柱師弟に対し、炭治郎達はしのぶの「今年はの鬼役はもう決まっている」と言う言葉の意味を理解した。
 そう、毎年揉める鬼役を今年は何故か、風柱師弟がやることになったのだと…しかも二人とも其れが不満なのか、如何にも不機嫌ですと言いたげなオーラと殺気を放っている。
 挙げ句の果てには二人の手には年季の籠った竹刀が握られている。これは、明らかに豆を撒かれて逃げ回る側であるはずなのにやり返す気なのだと言うことも安易に想像出来るほどだった。

 今年、不死川と紅が鬼役として選ばれたのには大きな理由があった。

 其れは遡ること去年の話だ。去年の二月三日の節分の日、何処ぞの風柱師弟は豆撒きをする際に何方が鬼役をするかで大いに揉めに揉めたのである。
「お前が鬼をやれ」
「やです、師範がしてください」
「そう云うのは弟子がやるのが当たり前だろぉがァ」
「ちがいますーそう云うのは普段から胸元見せびらかしてる助平な人が煩悩を落とす為にするんですー」
「ぶっ殺すぞクソガキ‼︎‼︎」
「やってやろうじゃねーですか」
と風柱師弟は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい、その場に居た隠の者がヒートアップしてしまって手がつけられなくなってしまった二人を止める為に偶々風柱邸の近くに居た柱である宇髄天元と煉獄杏寿郎に助けを求めた。
 そして羽交締めにされるまで二人は止まらず、やっと止めたと思えば風柱邸の庭をめちゃめちゃにすると云う被害と大騒動を起こしていたのである。
 しかも二人の起こした騒動は柱の中でも最強と言われる岩柱・悲鳴嶼行冥の耳にも入り、不死川と紅は師弟揃って悲鳴嶼にこっ酷く叱られた挙句、来年の節分は二人で鬼役をして各屋敷を回る様にと云う罰まで与えられてしまったのであった。
 確かにやり過ぎた喧嘩をした自分達が悪いのだが、各屋敷に回らすのは如何なものか。正直悪いのは師範(弟子)なのに同じ様に罰則を受けるなんてと云う不満が二人の中で溜まりにたまり、最終的にふつふつと怒りへと変わっていった。
 不機嫌そうなオーラを放ちながら恐ろしい形相の鬼の面を付けた不死川が手に持った竹刀で己の肩をポンポンと叩き、同じ様に隣に立って鬼の面を付けている紅は不死川同様、手に持った竹刀で床をぺしぺしと叩く。
 態度の悪い、下手すればそこらの弱い鬼よりも恐ろしい存在に炭治郎達は恐怖で思わず萎縮した。
 恐怖によって齎された静寂の中、風柱師弟が大きく息を吸い込む音が聞こえたかと思うと目の前の鬼役師弟は口を開いた。

「オラァ‼︎‼︎豆構えろやァ‼︎‼︎」
「鬼は外、福は内ですよ。……まぁ、そう簡単に私たちを追い出せるかは貴方達次第ですけどね」

 二人のその言葉を聞いた善逸が思わず、我慢出来ずに声を挙げた。

「何でそんなやり返す気満々なの⁉︎⁉︎鬼役でしょ⁉︎おかしくない⁉︎⁉︎」

 隣に居た炭治郎にしがみつきながらそう云う善逸に静かに面をつけた紅が「鬼がやられる側なんて誰が決めたんですか?やられる前にやる、自然の摂理です」と答えたのだが、其れに対して再び善逸が「いや、やられてもらわないと邪気が払えないでしょ⁉︎⁉︎」とツッコミを入れた。

「この際だからなァ、腑抜けた隊士共を俺が直々に鍛えてやらァ‼︎‼︎‼︎‼︎」

と声を荒げながら炭治郎達に向かって走り出した不死川に対して炭治郎達は慌てて豆を持ったまま、取り敢えず一目散に逃げ出した。
 やばいやばいやばい‼︎ちょっと色々なことが起き過ぎて状況と判断が出来ない‼︎と焦りながら蝶屋敷の中を炭治郎と善逸と伊之助は走り回った。
 追いかけてくる不死川。そして、その背後を静かに音も匂いも気配も無く追いかける紅の姿に善逸は思わず情けない声を漏らした。

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎怖いぃぃぃぃ‼︎‼︎‼︎」
「も、紋逸、うるせぇぞ‼︎‼︎キビキビ走りやがれ‼︎‼︎」
「豆撒きってこんな殺伐としたものだったか⁉︎⁉︎」
「騒いでる暇があんなら、豆撒けやァ‼︎‼︎‼︎」
「やる気あるんですか、人間様よぉ」

 走る、かまぼこ隊。追う、鬼役の風柱師弟。

 炭治郎達は不死川の言葉通りに豆を投げるが、全て風の呼吸で弾かれる。そして、その弾かれた豆を紅が素早く炭治郎達に向かって打ち返す。
 ビシビシと重たい音を立てながら、炭治郎達の身体に痛いほど当たる、豆とは思えない威力に炭治郎も伊之助も善逸も引き攣った声を挙げた。
 去年とは違う風柱師弟が新たに起こした【殺られる側の節分の鬼が殺る側に回る】と云う暴挙。
 もはや豆撒きとは呼べない行動に蟲柱の鎹烏から風柱師弟の騒動の連絡を聞きつけた岩柱が二人の暴れ鬼の首根っこを掴み締め上げるまで、この恐怖の豆撒きは続けられたのであった。




※鬼やらい…疫病を追い払う「追儺」と呼ばれる儀式のこと。後に、節分の際に豆撒きをする起源となった。