返り討ちにする話
——まさかと思った。
偶々、兄弟子である冨岡と炭治郎が町を歩いていると「紅い瞳の少女がガラの悪い奴らに裏路地に連れ込まれた」と云う話を聞いたのである。
しかも噂をしていた町人に詳しく話を聞くとその連れ込まれた少女は紅い彼岸花の柄の羽織を纏っていたと云うではないか。その話に該当する人間を炭治郎は一人知っているのである。しかも、それは炭治郎の想い人である同じ鬼殺隊の隊士・壱師紅のことだった。
もしかしたら、紅かもしれないと想い人の身を案じた炭治郎は町人にどの辺りで連れ込まれたのかと凄い形相で尋ね、戸惑う町人から場所を聞き出すと兄弟子である冨岡が止めるにも関わらず、すぐさま走り出した。
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案外、少女が連れ込まれたと言われる場所は近く、炭治郎は様子を伺いながら裏路地へと足を踏み入れた。お世辞にも道は綺麗とは言えず、所々に生塵や酒の空瓶などが放置されており、生臭い悪臭を放っている。
炭治郎は顔を歪めながらも連れ込まれた少女、紅と思わしき人物を探す為に息を潜め、耳を澄ませながら足音を立てない様に歩いた。すると、ある一つの平屋から微かに少女の声が聞こえたのである。
それを聞いた炭治郎は素早く、その平家の建物の壁に沿う様にして身を寄せた。壁と言っても木の板並べ、張り合わせただけのお粗末なものである。
そんな質素な壁の向こう側からは、炭治郎には慣れ親しんだ静かな声色が聞こえた。何を話しているのか迄は分からない。だが、耳に届く、想い人と思わしき声に炭治郎は連れ込まれたのは矢張り紅なのだと確信するときゅっと眉を顰めた。
「もう…やめ、——っ」
再び、紅の声が聞こえた。その瞬間、炭治郎の脳裏にひとつの光景が浮かび上がった。
聞こえて来た声は相手に静止を促す様な声だったように思えた。中の様子を伺いたくても生塵などの悪臭の所為で炭治郎の自慢の嗅覚でも匂いが掻き消されてしまい、中の状況がわからない状態だ。
話し声からして、もしかすると紅は、この中で乱暴なことをされているかもしれないと云う考えに炭治郎は至ったのである。
幾ら無表情で喧嘩っ早く、あの風柱の弟子であるとは言っても紅は女の子なのだ。自分より大きい男どもに囲まれて恐怖で震えていることだって大いにありえる。
しかも、もしかしたら、もしかすると…拘束され、身ぐるみを剥がされた挙句、そのいつもは見えない白い肌を曝け出しているかもしれない。それを下卑た笑みを浮かべた男どもが舐め回す様に見ているかもしれないのだ。
自分だってまだ見たことなどない。と云うか、恋仲にすら至っていないと云うのに其れは許せないっ‼︎
怒りと嫉妬心に炭治郎はギリッと歯を食いしばるとその感情に突き動かされるまま、出入り口である引き戸へと駆け寄り、そのまま勢い良く蹴破った。
バキッと音を立てて、木で出来ていた戸が土埃を上げながら吹き飛んでゆく。炭治郎の視界の端にやっと炭治郎に追いついた冨岡が驚いた表情を浮かべているのが見えたが、炭治郎は気にすることなく、そのまま建屋の中に足を踏み入れた。
ザリッと砂利を踏む音が響く。紅の元へと駆け寄ろうとしていた炭治郎の足がピタリと止まった。それに続き、同じ様に中へと足を踏み入れた冨岡も目の前に広がる光景に思わず、ピタリと足を止めた。
——炭治郎と冨岡の視線の先、その先には…
炭治郎の予想とは違い、服装をひとつも乱すことなく、いつもと同じ服装をした紅が仁王立ちで立っていたのである。
それだけならまだ良い。炭治郎達が思わず足を止めた理由は、もっと別のところにあった。
静かに仁王立ちした紅の前。その前には、何故か鼻血を流しながら褌一丁で正座をする、男三人の姿があったのである。
しかも、よく建屋の中を見渡すと床には賽子や歌留多が乱雑に置かれており、紅の周りには花札が散らばっていることから、この場所が賭博場なのだと云うことが理解できた。
だが、それがわかっても目の前の光景を炭治郎も背後で見ている冨岡も理解出来ずにいた。
そんな空気の中、先に動いたのは騒動の中心にいる紅だった。
紅は炭治郎達へ向けていた瞳を自身の足元で褌一丁で正座する男達へと戻したかと思うと静かに唇を開いた。
「まだ、脱げますよね」
その言葉に炭治郎も冨岡も「「えっ…?」」と声を漏らした。だが、紅は炭治郎達を気にすることなく男達を静かに見下ろしている。紅い瞳が不気味にきらりと光り、男達はその視線にぶるぶると震える。
炭治郎は恐る恐る紅の名を呼ぶと紅は不思議そうな表情で「?なんですか?」と炭治郎に応えた。
炭治郎は戸惑いながら現在の状況、そして何故こうなったのかと云う経緯を尋ねると紅は淡々と語り始めた。
偶々町を歩いていた紅は任務帰りと云うこともあり、ぽけーっとしていたところをこの男達に絡まれてしまったらしい。
普通ならば怯えて周りに助けを求めるであろう。だが、紅は女の子であるが、鬼殺隊の隊士でもある。一般人で大人の男と言えど、紅とは鍛え方が違う。その為、別に柄の悪い男達をどうこうするなど、己の師との本気の喧嘩の殴り合いに比べたら軽いものなのである。
だが、此処は人通りが大通りに比べて少ないと言えど、目立つ可能性がある。やるならバレない場所に行ってからボコボコにしてやろうと思い、紅は下卑た笑みを浮かべる男達に着いて行ったのであった。
そして、連れて来られた先が此処であり、此処に連れてきた男達には紅を囲みながらある提案を出してきたのである。
——…自分達に花札で負ける毎に一枚ずつ服を脱いでもらおうか。
その自信満々に言った提案に男達は地獄を見ることとなったのである。
紅は花札が大の得意だ。これだけは誰にも負けたことがなく、あの音柱がイカサマをしても勝てないぐらいの強さなのである。しかも影の薄さに対して、中々の強運の持ち主でもある。その為、花札以外の賭け事も中々に強い。どれを選んだとしてもきっと紅が勝っていたであろうと思われる。
それでも運悪く花札を選んでしまった男達の計画はすぐにへし折られた。やる遊戯は、こいこい。手始めに青短から始まり、次から次へと紅は役を積み上げていく。
最初は男達も紅の勝ちは偶々だろうと嘲笑っていた。だが、どんどん勝ち進めてゆく紅に対して、脱がされてゆく自分達。最終的に男達は紅がイカサマをしていると思い、殴り掛かろうとしたのだが、簡単に返り討ちにあった。
しかも、紅は容赦なく男達の顔面を狙ってぼこぼこにした。
そして、褌一丁まで脱がされた男達に紅は静かに言ったのだった。
「もう、やめるとか言いませんよね?」
それが炭治郎が途切れ途切れに聞いた言葉の全貌だったのである。
全ての経緯を話し終えた紅は褌一丁で正座する男達の顔を覗き込むように屈んだ。いつもよりも見開かれた紅い瞳が男達を射抜く様に威圧感を与え、そしてまた一言、言葉を口にした。
「手ぇ、出すなら終いまで責任持ってやり終えましょうね」
——どうせ、後一枚なんですし、この状態ならあろうがなかろうが、恥ずかしいことに変わりはないですよね?
「しかも、絡み方が手慣れた感じでしたので…これが初めてって訳でもなさそうですね。それなら…」
——今後、おいたが出来ないように徹底的にボコボコにして差し上げます。
確かに先に仕掛けてきた男達が悪いのだが、絡んだ相手が悪かった。
目の前の無慈悲な少女は容赦なく、男達に冷たい視線と言葉を浴びせる。そして、それに大の男達が涙目で震える。驚きと困惑と恐怖と云う様々な感情が入り混じる混沌とした光景に炭治郎も冨岡もどうすれば良いのか分からず、戸惑うことしか出来なかった。
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