——拝啓、壱師紅様 お元気でしょうか。
 此方は元気です。挨拶もしたので本題に入らせていただきますね。
 そろそろ一度、刀を点検…南蛮の言葉でメンテナンスと言うものをしたく思います。
刃こぼれした、折れたなどと言う便りがないのできっと君は大切に使用し手入れをしてくださっているのだと思います。ですが、刀は鬼を斬る道具でありながらも君の命を守る為のものでもあります。
 その大事な道具に不備があってはいけません。なので、里へとお越しいただき、きちんと僕に見せてください。
 めんどくさがってはいけませんよ。いけませんからね。大事なことですから二回言いましたよ。わかりますね?ね?
 まぁ、めんどくさい、いやだと駄々を捏ねてもお館様には既に話を通しております。
 そしてこの手紙を読んでいる時には既に許可が出ており、君は強制的に出発しなくてはいけない状態となっていることを予言しておきます。
 里で君を待っています。君の担当より——

 風柱邸の縁側でそんな巫山戯た文を読み終えた壱師紅は手にした紙から目の前にいる文を届けてくれた隠の青年へと己の紅い瞳を向けた。

 遊郭での任務…重傷を負いながらも何とか上弦の睦を倒した音柱・宇髄天元と竈門炭治郎達であったが、負った傷は途轍もなく重く深いものであった。
 花街と呼ばれていた街は上弦との戦いで炎に包まれ瓦礫と化し、嘗て煌びやかだった街など今は見る影もないぐらいである。
 そんな激しい戦いへとアオイの代わりに出向いた紅も重傷者の一人ではあったのだが、戦いの際に音柱の命令により音柱の嫁達と共に街の住人への避難の手伝い、そして戦いの最中には補佐に回ったことに加え、階級も経験も炭治郎達よりは少し上だったが為に紅が負った傷は炭治郎達が負った傷よりまだ軽いものであった。そのため昏睡状態から目覚めたのは誰よりも早く、目覚めた時にはカナヲに抱きつかれ、アオイに至っては自身の代わりに任務へと行った紅に対して「目が覚めなかったらどうしようって思って…」と泣かれた。
 だが紅はきょとんとした顔で「アオイ、私は生きてるから大丈夫ですよ。それよりも二人に『お帰りなさい』って言ってほしいです」と告げ、その言葉にカナヲは紅を抱きしめる腕に力を込め、更にアオイは涙したのであった。
 それは、あの遊郭での任務から半月が過ぎた頃の話であった。

 その後、紅は日頃の厳しい鍛錬のおかげか異常なほど回復速度が早かった。
 それに対して隠である後藤が紅を見て、重傷を負いながらも自身の足で歩いていた音柱のことを考える…うん…だってこの子、常日頃から風柱と殴り合ってんだもんなぁっと心の中でドン引きしていたのは後藤だけの秘密である。
 そしてそんなこんなで早急に回復した紅は、あの任務に着いた他の誰よりも早く現場復帰を果たしたのである。だが、逆に共に任務へと出た炭治郎と伊之助は、なかなか目覚めずにいた。
 同じくあの時、任務を共にしていた善逸は紅が機能回復訓練を行っていた期間中に目を覚ましたために何度か顔を合わせ会話をしたので特にこれと言って心配をしていなかったが、一向に目を覚さない炭治郎と伊之助のことは紅も気にかけてはいた。
 暇があれば、ひょっこりと病室に様子を見に行き、カナヲ達と会話して蝶屋敷を後にする。そんなことを復帰してから数日間は繰り返していたのだが、此処半月ちょっとは地方への任務に出ており、そしてその任務中に紅は炭治郎が目を覚ましたと云う知らせをカナヲからの手紙で知ったのである。
 ——…炭治郎が無事に目を覚ました。特に後遺症もないらしい。そのことに心の中でホッとしながら任務を熟し、そして昨夜、無事に帰還を果たした紅は目が覚めたらしい炭治郎の顔を見に行こうとしていた矢先の出来事がせっかちな担当鍛冶師からの手紙だったのである。

 現れた隠の持っていた手紙。手を回すのが早い自身の鍛冶師。
 紅は閉ざしていた艶やかな唇をゆっくりと開くとため息混じりに呟いた。

「担当さんは…相変わらずのせっかちさんですね」

 そう呟くと紅は己の背後を振り返り、また口を開いた。

「担当鍛冶師さんに呼ばれたので里に行ってきますね。師範」

 薄暗い部屋の中、己に背を向ける様にして刀の手入れをしている己の師範の背中に声を掛けると紅は静かに音を立てること無く立ち上がった。
 そして側に置いていた愛刀である日輪刀を手に取り、自身の腰に差すと紅は手紙の人物が待つ里へと向かったのであった。


    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 隠の背に背負われながら長い道のりを辿り着いた先で紅を待ち構えていたのは、手紙を寄越した担当鍛冶師である、おかめの御面を被った男であった。
 体格や姿勢から青年と呼べる年齢であろうその男は里の入り口にある門で仁王立ちで立っていたかと思うと隠に背負われながらやってきた紅を視界に入れると素早く駆け寄り「すぐに刀を出しなさい。ほらほらほら時間は待ってくれないんだよ」と紅を急かしたのである。紅も男のせっかちさをよく知っている。その為、何も言わずに無駄な話をすることなく直ぐに愛刀を渡すと男は自身の工房と思わしき方角へと走って行ったのであった。
 相変わらずのせっかちさんですねと紅は無表情のまま心の中で呟き、此処まで紅を背負って来た隠はせっかちな担当鍛冶師の勢いに驚きながらもその背を見送ると紅は静かな声色でここまで連れてきてくれた礼を隠に述べ、隠の人物とはその場で別れた。
 そして、この里の長へと挨拶すべく歩き出したのだが、目の前に見えた見覚えのある姿に紅は静かにぴたりと足を止めたのである。

——紅い瞳の視線の先。その先には長い髪をゆらゆらと揺らした少し大きい鬼殺隊の隊服を着た少年が歩いていたのである。
 自身よりも歳下であろう見た目と特徴的な髪型。何処を見ているのか、何を見ているのかが分からないその不思議な瞳。 影の薄い紅とはまた違う何処か掴めない霞の様な存在に紅はパチクリと瞳を瞬かせた。

「たしか…彼の方は…霞柱様ですよね」

 何度か師範とお話ししているのを見たことがあると目の前を歩く少年の姿が誰だったのかを思い出した紅が次に思ったことは、霞柱に駆け寄り挨拶をするかと云うことだった。
 紅は面倒くさがり屋である。器用でなんでも卒なく熟る癖に本人のやる気がないのである。また、あまり社交性があるとは言えない子である為、目上の人に気を使うと云うのが苦手と云うか、そのことを面倒くさがるタイプであった。
 故に紅は悩んだ。挨拶をするかしないか。風柱の元で指南を受けているのなら師範の顔を立てることを考え、自ら挨拶をした方が良いのだろう。
 だけど紅は考えた。紅にとって師範は越えるべき存在である。下剋上したい相手が師範である。ならば、別に師範の顔を立てなくても良いんじゃね?と紅の中の悪魔が紅に囁いた瞬間、天使の声を聞くことなく紅は頷いた。

「このまま通り過ぎましょう。うん、お忙しい柱の方々は、そこら辺に転がってそうな私の存在なんて認識してません。うんうん」

 一人言い聞かせるかの様に納得すると紅は自身の存在感を静かに消して歩き出したのである。
 明らかに異質な存在であろう紅に里の住人は気づくことはない。誰も声を掛けることなく、通り過ぎて行く。
 そして紅は前から歩いてくる霞柱・時透無一郎の横を音も匂いも気配もなく、静かに通り過ぎるとくるりと振り返り、一応その背中に小さく会釈だけをした。

 そして、前へと向き直ると静かに再び歩き始めたのであった。




「……?……なにか今、通り過ぎた?」

 霞柱・時透無一郎は何かが通り過ぎた気配を感じ、一度歩みを止めると静かに背後を振り返った。

 だが、其処には特になにも変わらず、里の住人が街中を行き交う光景が広がるばかりであった。


    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 壱師紅が嫌いなことは【面倒くさいこと】である。

 何度も云うが、紅は面倒くさがり屋である。それは、もう本当にめんどくさがり屋なのである。
 故に手間が掛かることも人の面倒事に巻き込まれるのも嫌いである。況してや人間関係の縺れなど紅にとっては知ったこっちゃない、巻き込まないでくれ面倒くさいです、である。
 出来れば、関わりたくない。そう思っているのに自身の置かれている状況、そしてその面倒事に関わっている人物が紅の師範である以上、紅はこの厄介事から離れられない運命なのであった。

 そう、その厄介事とは自身の師範である風柱・不死川実弥とその弟・不死川玄弥の関係性についてである。
 紅は師範である不死川実弥の屋敷に住まわせてもらっており、弟子であるため己の友人である栗花落カナヲの様に継子と云う訳ではないが任務を共にすることも少なくはない。さらに不死川と紅は暇さえあれば、二人で竹刀を撃ち合い、そしてお互いに気に食わないことがあれば拳で殴り合うことだって頻繁にある。
 唯、それだけの毎日で特に深い仲とかそんな関係ではない。本当に唯の師範と弟子であり、普通の男性隊士でも泣きそうになる稽古を負けず嫌いな紅が必死で喰らいつき、師範に一発かましてやると云う下剋上精神と其れを叩き潰してやろうと云うバチバチの戦闘関係なのである。

 だから、別に本当に紅と師範である不死川実弥とは特に特別な関係でもなんでもないのだ。

 だけどそんな関係でさえ、目の前で紅を憎いと言いたげに鋭い眼光で睨みつける不死川玄弥は気に食わないのである。
 隙あらば、その長い髪を鷲掴みにして地面に身体を引き倒してやろうかみたいな雰囲気を漂わせる玄弥に紅は何度目かわからないため息をバレない様に吐き出した。

——…不死川玄弥は不死川実弥の弟である。
 このことを紅が知ったのは、つい最近の出来事であった。
 それは何故かと云うと師範の家族のことなど今まで知らなかったし別に興味もなかった紅の前にある日突然、玄弥が現れたからである。
 その初めての出会いの時から玄弥は紅に対しての態度が酷いもので自身を睨む顔は鬼を前にした師範を思い出させ、今思い出してもやはり兄弟だなぁと呑気に考えてしまうほどであった。

 どうやら玄弥は自身のことが気に食わないらしいとそのことはすぐさまに察した紅であったが、何故気に食わないのか迄はわからず、それ以外のことを察することが出来なかった。
 ただ、思春期の時期ってなにかしらありますよねーとズレたことしか考えられずにいた。
 
 一方の玄弥は自身が鋭い目つきで睨みつけているにも関わらず、無表情で血を連想させる様な紅い瞳でぽけーっと見つめる紅の態度に何処か余裕を感じ、更に苛立ちが己の中で蓄積されていくのが感じ取れた。
 玄弥は紅が気に食わない。何処が気に食わないのかと聞かれれば、今の自身なら全部と答えるだろう。兎に角、今目の前にいる此奴のすることなすこと全てが気に食わないのである。
 ——唯の八つ当たり。そう言われればそれだけなのだが、この感情はどうすることもできないのだ。
 大切な人の側に居たい。あの日、自分が犯してしまった過ちを謝りたいのにその人物は玄弥を強く跳ね除ける。それが悲しくて、苦しくて仕方がないのにそんな玄弥の気持ちなど知ることなく、ぽけーっとした表情の紅は弟子として側にいることを許されている。
 そのことが更に玄弥の紅への気に食わない気持ちを煽るのである。

「お久しぶりです、玄弥くん。師範より身長が伸びました?」

 善逸が居たら気絶してそうな程にヒリついた空気が二人の間を流れる中、それを断ち切るかの様に口を開いたのは紅の方だった。
 だが、当たり障りのない挨拶に続いて出た言葉が風柱・不死川実弥のことであったが為に更に空気はピリついたものへと変化してしまったのである。

「気安く俺の名前を呼ぶな‼︎」

玄弥は思わず、声を荒げた。それに対して紅は、こてんと首を傾げると言葉を続けた。

「えー、だって不死川くんだと師範のことも呼んでる様で嫌なんですもん。後、長くてめんどくさいです」

 それにしても今日もいい感じの側面の刈り具合ですねー。じょりじょりしても良いですか?とピリついた空気の中、両手の指先をわきわきと動かす動かす紅に玄弥の苛立ちは更に積み重なる。
 玄弥が怒っていても紅は、のらりくらりと交わすのだ。そのズレた言動が計算ではなく、本気と云うのが本当にタチが悪くて腹が立つのである。

「じょりじょり」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 じりじりと近づいて来ようとする紅の行動に我慢できなくなった玄弥はクソがっ‼︎‼︎‼︎と大声で叫ぶと紅の頭に渾身の力を込めて拳を振り落としたのであった。

 ゴンッと大きな音が響く。玄弥は素早く紅から離れるとそのまま温泉へと続く目の前の石の階段を駆け上がって行ったのであった。

「いたたたた。…師範と同じく、乱暴者さんですね」

——殴り方も一緒だとは…と呟くと殴られたことによりポロリと落ちた自身の髪飾りを拾い、再び髪につけると玄弥とは違う方へと歩き始めたのであった。

    ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 里の長への挨拶も済んだ。里に来た際に相手にしてもらっている里の子供である小鉄とその小鉄の先祖が作ったと云う絡繰にも挨拶を済ませた紅は自身の鍛治師に誘われて夕食を共にした後、温泉を楽しむ前に自身が宿泊している部屋へと一旦戻る為に廊下を歩いていた時だった。
 自身の部屋へと向かう道の曲がり角の先に誰かの話し声が紅の耳に届いたのである。
 花のような可愛らしい女性の声と幼女の声。そして聞き慣れた少年の声に紅の脳裏には、とある人物の姿が浮かび上がり、紅瞳をきょとんとさせると静かに曲がり角から少しだけひょこっと顔を出したのである。

 するとそこに居たのは、可愛らしい春のような女性である恋柱・甘露寺蜜璃と紅がここ最近ずっと心配していた人物である、竈門炭治郎とその妹・禰豆子が廊下に立っていたのである。
 まさか、里に柱が二人も来ているとは思わず、また、炭治郎がいるとも思っていなかった紅は驚きで数回、目をぱちぱちと瞬かせると炭治郎の元気そうな姿に無意識にホッと胸を撫で下ろした。

——炭治郎くん、来てたんですね。……元気そうで良かったです。

 ポツリと心の中で呟き、出していた顔を一度引っ込めると大きくため息を吐いた紅だったが、それは誰にも聞かれることなどなく空気に溶けて消えた。
 そして挨拶するタイミングを伺うべく、再び紅がひょっこりと顔を出すと目の前に飛び込んできた光景に思わず目を見開き固まった。

 それは、恋柱である甘露寺蜜璃が炭治郎の特徴的な髪飾りが揺れる耳元に唇を寄せて、何かを伝えている光景だったのである。
 しかも顔と顔の距離が近く、若干身体も炭治郎へと寄っているようにも見え、甘露寺の艶やかな唇から炭治郎へと可愛らしい声で何かを囁いているではないか。
 多分、甘露寺にやましい気持ちなどこれっぽっちもないのだろうけど、何故かその光景に紅は無意識にむむむむむっと頬を膨らませた。しかも甘露寺が去って行った後、頬を染めたかと思うと勢いよく鼻血を出した炭治郎に更に紅は頬を膨らませた。そして目つきがジトーっとした変な生き物を見る目へと変わって行くのが紅自身でも分かったのである。

 思わず、別の方向でも元気そうでなによりですね。と大声で嫌味を言ってやりたくなりそうなのを紅は、ぐっと堪えるとそのままジトーっと角から炭治郎を見続けていると炭治郎は紅の視線に気がついたのか、鼻血を拭いながら顔を紅がいる方へと向けた。

 するとそこには先ほどから炭治郎の行動を見ていた紅が居り、炭治郎は思わず驚きのあまりに「うわぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」と声を上げると隣にいた禰豆子も紅の存在と炭治郎の声に驚き「ムーっ⁉︎⁉︎」と声を上げた。

 それでも紅は、じとーっと炭治郎を見続け、炭治郎は驚く胸を落ち着かせながらもあの遊郭での任務以降、会えていなかった自身の想い人の姿に嬉しさから笑顔で駆け寄り「紅!」と名を呼んだ。

「久しぶりだなぁ、紅。会いたかったんだ!」
「ムームー‼︎」

 無事で良かった!とにこにこと笑う炭治郎に紅は無言でじとーっとした視線を向けた。そんな紅に炭治郎は笑顔から不思議そうな表情へと変えると再び紅の名を呼んだのだが、紅のむむむむむっと膨らんだ頬と炭治郎へと向けるじとーっとした視線に禰豆子までもが不思議そうに首を傾げては「ムー?」と声をかけている。
 だが、紅は炭治郎へとじとーっとした視線を向けたまま禰豆子の頭を優しくひと撫ですると無表情ながらにも不機嫌そうな表情で口を開いた。

「さっき、鼻血を出してましたね」
「え?あ、あぁ、うん…」

 いつもとは少し違う紅の言葉と態度にオロオロとし始めた炭治郎に紅は、じとーっとした視線を向けたまま更に言葉を続けた。

「炭治郎くんのむっつりドスケベ野郎」

——心配して損しました。

「炭治郎くんなんて恋柱様を見て鼻血を出したところを更に蛇柱様に見られてボコボコにされたら良いんですよ」

 そう言うと紅は炭治郎からプイッと顔を逸らし、炭治郎を追い越すようにしてパタパタと歩き始めた。

 一方の炭治郎は、いきなりの紅からの理不尽な暴言に目をきょとんとさせるとハッと我に返り、慌ててその背中を追いかけたのであった。
だが、その姿は更に角を曲がったところで音も匂いも気配もなく消えたのであった。

そして、この時の炭治郎はまだ知らない。
里に上弦が現れるまで拗ねた紅が徹底的に炭治郎を避け続けることを…