炭治郎の実家でもあり、短期のバイト先でもあるかまどベーガリーでの勤務を終えた紅は、バイトの制服から着替え終えると店を後にしようとしたのだが、その行動を炭治郎に止められる形で声を掛けられた。

 季節は夏の暑さも過ぎた秋の始め。まだ明るいとは言えど、女の子を一人で歩かせるには少し人が少ない時間帯である。
幾ら普段から影が薄過ぎて他人に認知してもらえないことが多い紅だとしても女の子だ。しかも、炭治郎にとっては片思いの相手でもあるため、そんな人気の少ない中を大切な女の子を一人帰すなどと云う考えは炭治郎には無く、紅を家まで送ろうと自転車片手に呼び止めたのであった。
 そのことを紅は理解してか、最初は「申し訳ないですし。おすし」と断ろうとしたのだが、炭治郎は「お寿司は今度一緒に食べような!」と紅の言葉を軽く受け流し、ぺかーと音が聞こえそうな笑みで自転車を押しながら紅の隣をいつもの様に歩き始めたのだった。

 そう、いつもなら炭治郎が自転車を引きながら二人並んで他愛も無い話をしながら歩くのだが、今日ばかりは少し違っていた。

——…何故なら今日は途中から炭治郎と紅が自転車に二人乗りし始めたからである。

 事の発端は紅である。
 昨日テレビで見た警察24時で何処ぞの不良少年がバイクで風を切って走っていたと云う話をし始め、そしていつの間にか「風になるってどんな感じなんでしょうか。私も自転車で爆走すれば風になれますかね?」や「風になれば悩み事なんてすぐに吹き飛びそうですよね。風ですから」と訳のわからないズレたことを言い始めたのが原因であった。
 そして何故か、あれよあれよと言う間に炭治郎が押して来た自転車に二人乗りすることになったのである。
 本来ならば警察に注意される行為であり、炭治郎もいつもだったら「危ないからやめよう」と言ったであろう。だが、紅と二人乗り出来ると云う思春期の男の子なら憧れるかもしれない青春、アオハルシチュエーションに意思がぐらついてしまったのである。
 自転車のサドルに炭治郎が座り、紅が後ろのリアキャリアに跨る。紅の荷物は自転車の前籠へと入れられ、炭治郎の腰に紅の白い腕が回された。
服越しでもわかる温かな温もりと己の胸のドキドキ感に炭治郎は思わず、何とも言えない変な声をあげそうになるのを必死に耐え、鼓動を落ち着かせる様に大きく息を吐き出すとペダルへと足をかけ漕ぎ始めた。
 紅が望むほどのスピードは出せない。安全に安全にと温もりを感じながらゆっくりと炭治郎は自転車のペダルを漕いだ。

 そして事件は起こったのである。
 この時の炭治郎は、このことをこう語る。

「普段やらないのにこう云う時に限って見つかるんだよなぁ」

 酷く恐ろしく、善逸であれば泣き喚きその日は悪夢にうなされるか、もしくはトラウマになりかねない程の恐怖がその時にはあった。
 それは、炭治郎と紅が二人乗りをし始めてから数分後に起こった出来事だった。
 簡単に説明すると帰宅途中だったキメ学先生組(宇髄・煉獄・冨岡・不死川)と遭遇してしまったのである。
 目が合った瞬間、お互いに皆が皆「「「「「「あっ」」」」」」と声を上げた。そして、一瞬の静けさの間に響き渡るのは炭治郎が漕ぐ自転車のチェーンが回る音。だが、この中で誰よりも判断が早かったのは、この中で一番ぼやっとしていそうな紅であった。

「炭治郎くん、止まらないでください。全力で漕いで」
 
 その紅の言葉の意味を瞬時に理解した炭治郎は自転車のペダルに掛けた足に更に力と速さを込めた。
 早く去らねば…‼︎距離を空けねば…‼︎確実に来る‼︎そう判断した炭治郎は力の限り漕いだ。
その直後、突然の殺気が炭治郎の背中に刺さった気がして一瞬、背後を振り返りそうになったが、その炭治郎の行動を紅が言葉で制した。

「炭治郎くん振り向かないでください、漕いで。来てます。鬼が来てます。そこらの泣く子も黙る様な表情を浮かべて来てます」

 炭治郎の嫌な感は当たってしまったのである。
 紅の言葉を察するに先程、出会ったキメ学先生組の誰かが二人乗りをする炭治郎と紅を止めるために追いかけてきたのである。
 あの中には宇髄、煉獄、不死川、冨岡の四人が居た。この四人の中で追いかけて来そうな人物の名をあげるとすると不死川と冨岡であるが、背中に突き刺さる身に覚えがある殺気に炭治郎は自身らの背後を追いかけ来ているのはキメツ学園体育教師・冨岡義勇なのだと理解した。

 ガチャガチャと自転車を漕ぐ音に混じり、リズムの良い、ダダダダダダッと走る足音が近くで聞こえる。その音に混じり「竈門、壱師、二人乗りは危険だ。止まれ」と冨岡が静かな声色で静止を促す。だが、明らかに声色は静かなのに殺気が凄いのである。
 これは止まったら確実に生活指導と云う名の
お説教が始まる。それだけは炭治郎も紅も避けたかった。
 なので炭治郎は、ひたすらペダルを漕いだのだが、後ろに座った紅から「やべーです」と言う声が聞こえた。

「やばいです。めちゃくちゃ冨岡先生早いです」
「そんなにか⁉︎」
「そんなにです。都市伝説のターボババアなんか目じゃないです。ターボトミオカです」
「ターボババア⁉︎ターボトミオカ⁉︎」
「これは…ヤバい。ヤバヤバさんです。私、やです。捕まりたくないです。今日は九時からサスペンス二時間スペシャルみたいんです。スーパー銭湯探偵湯子〜風呂上がりの一杯に潜む罠。ぶちまけられた珈琲牛乳は何を語る?〜をリアタイすると数日前から心に決めていたのです」

 紅の色々な情報が入り乱れた訳のわからない言葉に炭治郎は「なんだそれ⁉︎」と声を荒げそうになるのをグッと耐えた。
スーパー銭湯探偵とは??珈琲牛乳が何を語るんだ??液体だぞ??とツッコミを入れたかった。だけど、今はそれどころじゃないのである。
 炭治郎とて父の形見であるピアスを外せと追いかけられ、怖いと思うことはあっても冨岡のことは嫌いではない。だが、追いかけられて説教されるのは嫌だし何よりも想いを寄せている相手である紅を守りたい。無事に送り届けたい。なんならちょっと二人乗りしたことにより距離が物理的に近くなったのが嬉しいと言う気持ちの方がこの時は強かったのである。

 そんな炭治郎の気持ちなど知らない冨岡は「竈門、壱師。今なら30分で許してやる」と二人を追いかけ、紅は紅で炭治郎に「私、ターボトミオカ先生に捕まったら今日だけは炭治郎くんを恨みます。USBをパソコンに挿す時に一度は失敗する呪いと急いでる時に限って服の袖がドアノブに引っかかって引き止められる呪いをかけます」と炭治郎の耳元で呟くのであった。