大晦日であった昨日から音柱の屋敷にて年越しの宴が繰り広げられており、紅の師範で風柱である不死川とその弟子である紅も其の宴に誘われていた。
 最初、紅の師範は「くだらねぇ」と参加を拒否していたのだがこの宴が実はお館様からの気遣いによる宴だと聞かされた不死川は舌打ちをしながら参加することを決め、紅は面倒に巻き込まれたくないと其の場からこっそりと逃げ出し、蝶屋敷に避難したところカナヲに「…紅と一緒に年越したい」ともじもじとお願いされてしまったのである。其れに続くかのようにアオイからも「私も紅と年を越せたら嬉しいわ」と言われてしまい、紅は日頃から仲の良いカナヲとアオイにそう言われてしまったが為に断ることが出来ずに参加することになったのである。

 夕方に師範と共に訪れた時には既に宇髄の屋敷には人が粗、揃っていた。
 善逸や伊之助、吃驚した事に幼い姿をした禰豆子もおり紅の姿に気がつく禰豆子は嬉しそうに紅の元へてちてちと駆け寄りぽふんっと紅の腰にしがみついた。
 紅は師範から離れ、慣れたように禰豆子を抱き上げながら伊之助達の側に行くとふっと炭治郎の姿がない事に気がついた。禰豆子を抱き上げたまま善逸と伊之助の隣に座り禰豆子を己の膝の上に乗せながらキョロキョロと辺りを見渡した後、「炭治郎くんは居ないんですか?」と問い掛けた。
 善逸は紅の膝の上で御機嫌な禰豆子にでれでれしながらも「炭治郎なら台所で料理の手伝いしてるよ」と紅の問い掛けに応えてくれた。
 確か炭治郎は料理の火加減が上手だと紅は聞いた事があった。その事を炭治郎と話した事もある。「じゃあ、今度は紅も食べに来てくれ‼頑張って紅のためにとびきり美味しいものを作るから‼」と何故か凄く意気込んでいたのを紅は不思議に思いながらも「その時は宜しくお願いします」と言ったのを覚えている。
 じゃあ、今日はとても美味しいご飯が食べれそうだっとぼんやりと思いながら己も手伝いに行った方が良いかと思ったが「今、台所は戦場だし炭治郎がめちゃくちゃ張り切ってるから行かない方が良いよ」と善逸に言われ、己が行っても邪魔になるだけかと思った紅は己の膝に座る禰豆子の頭を優しく撫でながら待つことにしたのであった。

 其れから数分も経たないうちに完成した温かな料理が大広間に運ばれて来たので其々皆、席へとつき始めた。
 紅も禰豆子を抱えたまま席に座るとカナヲが静かに紅の左隣に座った。そして、紅の右隣を一人分空けるようにして善逸が座り、その隣を伊之助が座った。
 一人分空いた空席に紅は不思議そうに首を傾げていると背後から「紅!」と聴き慣れた声が紅の名を呼び、紅は静かに声が聞こえた背後へと紅い瞳を向けるとにこにこと優しく嬉しそうな笑みを浮かべる炭治郎が立っており、炭治郎はスッと紅の横に座ると善逸に「ありがとう」と告げ、善逸は「貸しひとつな‼」と何処か怒った様に返した。

「紅が来てくれて良かった‼禰豆子の相手もしてくれてありがとう‼」

 紅が参加すると聞いたから頑張って料理を作ったんだ‼と笑う炭治郎に紅は「其れは楽しみです」と言うと炭治郎は更に嬉しそうに笑った。
 宇髄の乾杯の音頭により宴は始まり皆が皆、好きなように酒を呑んだり料理を食べたりと過ごしていた。
 炭治郎に勧められた、炭治郎が作ったであろう料理は美味しかった。中でも一番美味しかったのがおにぎりで紅は炭治郎のおにぎりを食べながら「炭治郎くんは良いお婿さんになれますね。炭治郎くんのお嫁さんになる人は幸せでしょうね」ともぐもぐと無表情で言うと炭治郎は頬を染めながら「そ、そうか?あ、でも必ず幸せにする自信はあるぞ‼」と何故か紅をじっと見つめながら力強く拳を握る炭治郎と紅の膝の上で上機嫌な禰豆子に紅は不思議そうな表情を見せた。

 日付が変わる少し前を迎えた頃。
 紅の膝の上に座っていた禰豆子もはしゃぎ過ぎたのかうつらうつらとし始め、其れに気がついた兄である炭治郎は紅の膝の上から禰豆子を抱き上げると隣の部屋に寝かしつけてくると大広間を後にした。
 紅は静かにその背中を見送ると大広間を見渡した。静かに酒を煽るものも居れば隣の人と楽しく話す人もいるし呑みすぎたのか顔を赤くして部屋の隅で大の字で寝ている人もいた。
 隣に居たはずのカナヲは蝶屋敷の子供達と善逸と伊之助と遊んでいる姿が見えた。
 また、ちらりと別の方を見れば己の師範である不死川と蛇柱である伊黒が水柱・冨岡に説教と言うか苦情と言うものを言っている姿が見え、紅は静かに淹れたての茶が入った湯飲みを片手に元々の影の薄さを使い、静かに大広間から縁側に続く襖を開けて外へと出たのであった。



 除夜の鐘が満月の夜空に響き渡る音が聞こえる。
 紅は静かに音柱の屋敷の縁側に腰掛け、一人、温かい茶を啜りながら月を見上げた。
 紅の直ぐ背後にある一枚の襖の向こう側ではワイワイガヤガヤぎゃーぎゃーと笑い声、また鳴き声や酔っぱらいが喚く騒がしい声が聞こえてくる。
 一枚の襖を隔てただけなのにこんなにも違う空間に紅は、静かに息を吐いた。吐息が白く浮かんだかと思うと静かに空気に溶ける様子に紅は何処となく寂しさを感じた。
 もうすぐ年が明ける。このまま除夜の鐘と皆の騒ぐ声を聴きながら静かに年を超すのも悪くはないかと思い紅は、また湯飲みの中の茶を啜った。

「あ、こんなところに居た」

不意に背後から炭治郎の声が聞こえ、紅が振り返ると少し怒ったような炭治郎が襖を開け、此方を見ていたのである。炭治郎は一歩踏み出し、襖を締めると縁側に座る紅の隣に腰を掛けた。

「こんな処に居たら身体が冷えてしまうぞ」
「大丈夫ですよ、そんなに弱い身体はしてませんから」

むぅっと何処か納得いかないと言うような炭治郎の表情に紅は気づかないフリをした。これ以上は話を聞かないと分かったのか炭治郎は溜息を吐くとそっと湯飲みを持つ手とは逆の紅の手に己の片手をそっと重ねた。
 二人の間に静かな空気が流れた。元々話すのがあまり得意では無い紅は炭治郎の其の行動に何と言えば良いのか分からず静かにしていると炭治郎が「今年も色々あった」と呟いた。

「出会いも別れも多くあった一年だった」

何処か悲しそうに語る炭治郎に紅は声を掛けることが出来なかった。

「来年も神楽を舞えそうにないなぁ」
「神楽…ですか…?」

炭治郎の口から出た神楽と言う言葉に紅は不思議そうに首を傾げながら尋ねると炭治郎は優しく微笑みながら口を開いた。

「俺の家には代々、年明けにやってる神楽があるんだ。一晩かけて舞う神楽…」

 何処か懐かしむように語る炭治郎を紅は静かに見つめていた。泣きそうなのに泣けない、泣いてはいけないと言う様に我慢するような表情に紅は湯飲み己の横に置くと己の片手に重なる炭治郎の手を両手で握った。
 紅の行動に驚き、赫灼の瞳がこぼれ落ちそうな程に見開かれ紅の紅い紅玉の様な瞳を見つめる。
 泣いても良いんですよ。なんて泣くのを我慢している人に紅は言えない。泣くのを耐えることは辛いことだし大変なことだと理解しているだからそんな安い言葉など紅は簡単には言えなかった。
 だけど何かを…何か言葉を炭治郎に言いたかった。
 他の人であれば、多分紅は何も思わず、放置していただろう。だが、炭治郎の事を何故か放置しておく事が出来なかったのだ。何故か理由はわからないけど…

紅は静かにその艶やかな唇をゆっくりと開いた。

何と言えば良いか分からないけど、唯、思った事を静かに伝えた。

「いつか、平和な時が来たら炭治郎くんの神楽を見てみたいです」

告げた言葉がズレているなんて分かってる。だが、安い励ましの言葉よりは良いかと紅は思いながらもじっと炭治郎を見つめていると炭治郎は、そのまま数秒間、動きを止めた後、カッと顔を赤くさせた。
紅に握られていない片手で炭治郎は己の口元を覆うと「え、いまの…え、いや、え」と戸惑ったように声をあげ、紅は静かに炭治郎を見つめていた。

「紅、その…今のは意味が分かってて言ったの、か?」
「?私は素直に思った事を言っただけですが?」

意味とは?と首を傾げる紅に炭治郎は「やっぱり、そうか…」と残念そうにため息を吐いた。

「まぁ、いいか。時間は沢山あるし…」

 逃すつもりなんてないしな。と訳の分からない事をぶつぶつと呟く炭治郎に紅は関わると面倒な事になりそうだとソッと炭治郎の手から手を離すと湯飲みを持ち上げ、少し覚めてしまったお茶を啜った。

 新年を告げる鐘の音が聞こえた。

「あ、年が明けましたね。明けましておめでとうございます、炭治郎くん」
「明けましておめでとう、紅。今年も宜しくな」

 頬を染めたまま挨拶をする炭治郎に紅は無表情のまま頷くと「さぁ、炭治郎くん。師匠に御年玉強請りに行きましょう」とすぱーんと背後の襖を開け、止めようとする炭治郎を横目に冨岡に怒る酔った己の師範へと飛び掛かったのであった。