06
どうやら、あたしは間違いを起こしてしまったようだ。

女はいつだってギャップに弱い

見慣れない天井。
他人の匂いのするお布団。
身体を起こせば人ん家の匂い。
と、ここまで脳が追いついて漸く気づく。

…やってしまった……

と。


「…ここ…………どこだろ…………?」

過去の記憶を必死に辿る。
昨日、真選組に連れられてパトカーで土方さんに送ってもらって…、坂田さんを見つけて、それから…屋台でお酒を飲んで、それから……


そこからの記憶が、無い!!!!


「うあぁぁぁ…。もう、やってしまった。あたしとしたことが。てことはここは坂田さん家…?」
「そうで〜す。」
「うわァァァァ!!さっささささ坂田さんんん!!」
「おまっ、あんま大声出すなよ。頭ガンガンすっから。」

襖の隙間からいきなり顔を覗かせたあたしのヒーロー。
ボサボサ頭をガシガシ掻きながら、死んだ魚のような目を此方に向けてくる。
あたしは、おそらく坂田さんのであろう掛け布団を抱き寄せたまま、ふと考える。

あれ?あたし、服着てるよね…?

昨日着てた自分の服だ。
これは、坂田さんとは何もなかった、ということ。
そう、だよね。

「そう…。そうですよね!あはは!あははははっ!!」
「どーしたの名前ちゃん。昨日変な薬でも飲んだ?」
「あーははは…。疲れた。もう朝から疲れました坂田さん。」
「いちご牛乳でも飲むか?もう昼だけど。」

あたしが目を覚ましたのは、お昼の12時半すぎ。
そう知ったのは、坂田さんのさっきの一言がきっかけ。
あたしは慌てて時計を探してリビングに出た。
時計を見た瞬間一気に力が抜けて、傍らにあったソファに倒れ込んだと同時に、坂田さんがコップに入れたいちご牛乳を運んできてくれた。

「とりあえず飲め。」

そう言って向かいのソファに座る坂田さんは、先ほどよりはっきり見える。
あたしの身体も脳みそもだんだん起きてきたせいだろう。
テーブルに置かれたコップを手に取り、いちご牛乳を一気に飲み干した。
寝起きの怠い身体の中に、冷たいそれが入ってくるのが妙に心地いい。
甘ったるい後味を残して、後は胃の中にすべて流し込むとコップをテーブルに戻す。
坂田さんをちらと見ると眠たそうに大欠伸をしていた。

「あの、ありがとうございました。」
「あぁ?いちご牛乳?それとも昨日のこと?」
「どっちもです。」
「だろうな。負ぶったはいいものの家分っかんねェし、一回起きたけどすぐ寝ちまうし、ここに連れてきた時なんか、何故かまた起き出してわぁわぁ喚いて大変だったんだからな。」
「え!?そそそそんなことを…?」

坂田さんは、真面目くさった顔で頷いてみせた。
全く記憶に無いや…。
お酒の力って恐ろしい。
つい先日会った人の家に今上がり込んでるんだもの。

「あの、それから…団子屋の時もありがとうございました。ちゃんとお礼をしたいと思っていたんですけど、昨日は色々あって…」
「色々ってーと?」
「気になって団子屋の様子を見に行ったんです。そしたら、真選組の方達が居て、店の中から薬物が見つかったとかであたしが容疑者になってしまって、数時間拘束されてました。」
「はァ!?アイツら、何やってんだよ。名前ちゃん、大丈夫か。何もされてねェ?」
「えっ、あ、はい。それは大丈夫です。ご心配なく。それよりも、働き場所が無くなってしまったことの方が大問題で…。どうすればいいのか。正直それを考えるのも今は辛いです。」

団子屋で働いていた1週間ほどのお給料だって入ってこないだろうし、すぐ雇ってくれそうなお店も見当つかない。
もう縋りつけるのは、目の前にいる坂田さんだけだった。
けど、“働き口を探して欲しい”なんて他人任せかな。
迷惑だよね。
だって坂田さんにとってあたしは、たまたま通りかかって助けた小娘なわけで。

「ごめんなさい。坂田さんに頼ってばかりじゃダメですよね。今のは忘れてください。自分で働き口見つけて、ちゃんとお礼しに来ますから。」
「……はァ。」

溜息の後、ガシガシと頭を掻きながら、坂田さんは何かを考えているように見えた。
怒ってる?
お礼すらきちんとできない小娘に腹を立てているのだろうか。
暫くして、口を開く坂田さん。
“怒られるかな”
そう考えていたあたしには思いもかけない言葉が聞こえてきたんだ。


「ここで働けば?」


「えっ、」
「名前が嫌じゃなければだけど。ここで働きながら、新しい働き口見つかったらすぐ辞めてくれても構わねェよ。ちゃんとしたお礼もしなくていいし、まぁ、その代わり給料はちゃんと払えるか分かんねェけどよ。」

目の前が霞んできた。
やっぱりこの人は、あたしのヒーローだ。
この人の側で働けるなら、お給料なんか無くたっていい。
迷わず、頷いた。
首が飛んで行ってしまいそうなくらい大きく振った。
そしたら、呆れたような照れ臭そうな、でも優しい顔で快く歓迎してくれた。

「ただ、ひとつ条件がある。」
「はい。何でしょう?」
「坂田さんっての禁止な!」
「あ。…ぎん、さん…?」
「そーそれ!」
「これが条件ですか?」
「そ。なんか文句でもあるか?」
「い、いいえ!無いです、銀さん!」

今度は満足気にとびきりの笑顔を見せてくれた。
今朝見た時は、死んだ魚のような目をしていたのに、もう、あの人がこの人だなんて信じられないくらい。

一瞬、これは夢なんじゃなかろうか、と思って頬を抓ってみたけど、痛かった。
あたしの馬鹿な行動を見ていた銀さんも、“バカヤロー夢じゃねェよ”と言いながら、あたしの頬を抓ってくれたけれど、やっぱりそれも痛かった。


酷く痛くて、酷く幸せだった。





2016/6/14

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