05
不必要な出逢いなんてどこにも無い


あたしが真選組へと連れてこられてから、数時間が経った。
取り調べは、意外とあっさり終わった。
『やってない、見たことない、知らない』のないない尽くし攻撃は意外と効果的だったようだ。
警官もたじたじだったし。

そうそう。
あと、沖田とかいう生意気なガキは、あたしを取り調べ室まで連行した後、結局別の警官に任せてふらっと何処かへ行ってしまった。
取り調べが終わってから、アイツが部屋の外であたしに狙いを定めて潜んでいるんじゃなかろうか、と我ながら綿密な考えをしていたけれど、それはただの阿保な考えに終わった。

今、解放されたあたしは屯所の玄関口にいる。
律儀に敬礼する真選組隊士1名を横目に、無言で玄関を出ると、ふと煙草の匂いがした。

「土方さん…。どうしたんですか?」
「家まで送ってやる。乗れ。」

パトカーの運転席に腰掛けた彼は、煙草をふかしながらそう言うと、あたしに助手席に乗れと命じる。

「え、うそ……ホントに?待ってくれてたんですか?」
「うるせェ、いいからとっとと乗りやがれ。」

開放的な窓から話しかければ、いいから乗れと怒られた。

こんなタイミングのいい登場なんて、昔話の王子様でもなかなかないんじゃなかろうか。
まあ、煙草をふかして瞳孔開きっ放しの王子様なんて聞いたことないけど。

あたしはそう思いながらも、そんなことを口にすれば怒鳴られるのは目に見えてるので、言葉を胸の奥に仕舞い込み、パトカーのドアに手をかける。
乗り込んでシートベルトをしっかり着用する。
土方さんはそれを確認してからアクセルをゆっくり踏み始めた。

夕日が沈みかけた町を、パトカーがゆっくりと進んでゆく。
夕日を見ていると、ああ、地球は回ってるんだなぁ、と改めて感じる。
今日も1日が終わろうとしている。

「夕日、綺麗ですね。」
「あ?そうか?」
「綺麗ですよ。マヨネーズばっかり食べてるから目が悪くなってるんじゃないですか?」
「あァ?喧嘩売ってんのか、コラ。」
「冗談ですよ、冗談!」

目の前に沈みかけた夕日を見ながら、パトカーはまっすぐ進む。
土方さんは少しばかり目を細めながらも、ずっと安全運転だ。

「……土方さん。あたし、もう二度と真選組屯所には行きたくないって思ってました。でも、今度マヨネーズ持ってお伺いしますね。送ってもらったお礼です!」
「……じゃあ業務用のデカイやつ頼むわ。」
「…え。そこは、『いやいやそんなお礼は必要ない。見廻りのついでだから。』とかじゃないんですね。やっぱり土方さんって面白いや。最初会った時は正直少し怖かったですけど、マヨラーって分かると印象が多少マイルドになりますね。マヨネーズなだけに。」
「おい、苗字それってマヨネーズ侮辱してねェ?」
「してないしてない!してないですって!寧ろ褒めてます、褒め称えてます!!」

交差点。
信号、赤。
あたしとマヨラーを乗せたパトカーは、横断歩道の手前で静かに止まった。
あたしは横断歩道の往来をぼーっと眺める。

ふと、目に留まるものがあった。

それは、銀色。
ふんわり揺れる銀色。
夕日に照らされてキラキラ輝いていた。
あたしが今日一日会いたかった、捜し求めていた人物。

「あっ!あたしここで降りますっ。ごめんなさいっ。送ってくださってありがとうございました。また業務用マヨネーズ持って行きますね!あ!あと、苗字じゃなくて名前って呼んでください。そっちのがしっくりくるんで!」

赤信号なのをいいことに、あたしは駆け降りた。
何事かと目を丸くしている土方さんに、窓越しにお礼を忘れず告げる。
彼は何か言いたそうだったけれど、後ろの車のクラクションによってアクセルを踏まざるをえなかったみたいで、ブーンと走り去っていった。
ごめんなさい、今度マヨネーズ持って行くんで。
業務用のデカイやつ。

見送って一礼をしてから、先ほどの銀色を捜す。

後ろ、左右、見渡すけれど、見当たらない。
路地裏に入ったか、どこかお店に入ったか。
それとも、見間違いだったか。

「どこ……?」
「そこの可愛いおねーさん。捜しものですか?」
「っ、…!」

背中から降ってきた声。
慌てて後ろを振り返ると、そこに居たのは…

「坂田さん!!」

昨日あたしを助けてくれた人。
あたしのヒーロー。

「名前、だっけ。こんなとこで何してんの。」
「やっぱり坂田さんだったんですね!色々あって坂田さんを捜していて…」
「俺を捜してた…?」



ようやく再会を果たしたあたしと坂田さんは、屋台のおでん屋に並んで座っている。
まあ立ち話もなんだから万事屋にでも行くか、と歩き出したはいいものの、おでんのいい匂いに釣られ、あたしが我慢できず屋台の暖簾を揺らしてしまった。

「ったく、銀さんも隅に置けないねぇ〜。こんな可愛い娘連れてくるなんてよォ。」
「えっ!可愛いですか?どの辺ですかっ?」

屋台の店主は、サングラスを掛けて顎髭を生やしたおじさん。
もとい、マダオ。
まるでダメなオッサン、を略してマダオだそうだ。
なんとまあ、可哀想なあだ名だと最初は思ったけれど、一度口にしてみれば、なんとまあ、しっくりくることこの上ない。

何でも、昔は幕府の官僚で超エリートだったが、あるキッカケで会社をリストラされ奥さんには逃げられて、挙句ホームレスに成り下がった、という何とも波乱万丈な人生を経験しているらしい。

「まず笑顔がいいねーっ!おじさんには眩しすぎるよ…。」
「長谷川さんよォ、それセクハラで訴えられっぞ。近頃の女は何でもかんでもやれセクハラだ、ほれセクハラだってよォ。ギャアギャアうるせーんだよ、ったくよォ。触らせてくれねーんならそんくらい見せてくれたっていいじゃねーかよォ、なァ名前?」
「そ、そうですね。坂田さん、お酒まだですよね…?」

いつの話をしているのか、恐らく、胸元やミニスカートの太腿をじろじろ見ていて女の人に文句でもつけられたのだろう。
あたしは、胸元が空いた服もミニスカートも好んで着用しないから、あまりよく分からないけれど、それを着用している女の人にも少しは非があるとは思う。
でも、坂田さんみたいに男の願望をそのままストレートに投げてこられると、やはりたじろいでしまう。
ちら、と助け舟を店主に求めようとしたら、マダオ、もとい長谷川さんというグラサンおじさんは、何事もなくおでんの具材をお皿に盛り合わせていた。

ったく、こういう所が、マダオだわ。

「マダオで悪かったね。名前ちゃん、だっけ?はい、どうぞ。熱いから気をつけて。」
「あれ?もしかして心の声が、口から出てましたかね?ごめんなさい。悪気はないんです。いただきます。」

心なしか、グラサンの中の目がうるうるしている気がする。
いや、気のせいだ。
きっと気のせい。
うん、気のせいにしておこう。
お腹空いてるし、とりあえず頂こう。

「で、2人はどこで知り合ったの?」

隣の坂田さんの分のおでんを差し出しながら、長谷川さんが疑問を口にする。
坂田さんと長谷川さんは、知り合いらしくて、あたしとしてはそっちの馴れ初めの方が気になるんだけど。
とりあえず適当に応えておこう。

「坂田さんはヒーローなんです!」
「ヒーロー…?」
「はい!あたしのヒーローなんです!!」

団子屋で助けてもらったあの時から、坂田さんはあたしのヒーローなんです。
ヒーローとおでんを食べてるって思ったら、なんだか凄く嬉しくなってきた。
頬が緩んでしまって、引き締めようにもどうにもすぐには戻らない。
隣の坂田さんはどんな顔をしているのか、恥ずかしくて見れないし、仕方がないので、目の前にいる長谷川さんをちらりと目だけで盗み見る。

「へぇ、ヒーローか。この銀さんがねぇ〜。」

知った顏で、なるほどねぇ、と頷いている。
頷きながら、ヒーローに酒を注いでいる。
知らぬ間に、カウンターには日本酒のお猪口2つが出されていて、長谷川さんが注ぐ日本酒を坂田さんはぐびぐびと呑んでいた。

「名前ちゃんも呑みなよ。ほれ。」
「え、あ、はい…。どうも。」

あまりお酒は強くないので、気乗りはしなかったけれど、差し出されたものを断るのは苦手なので、とりあえず一杯頂くことにした。
それがいけなかったのか、呑める人だと勘違いされてしまい、次々と勧められてしまった。

「酒進んでねェんじゃねーの?」
「え、呑んでますよ?坂田さんこそ呑んでますか?」
「あ?呑んでるってェの。お前こそ呑んでますかぁ〜?」
「いや、坂田さんすでに酔ってません?酔ってますよね!?」

完全に酔っていると思う。
坂田さんの勢いに負けて、あたしもぐびぐびとお酒を煽る。
ここまで来たら負けず嫌いな部分が出てきて、あたしは勝手に坂田さんと勝負していた。
どちらが先に倒れるか。

勝敗は引き分け。

あたしと坂田さんは同時に屋台のカウンターに突っ伏した…

と思っていたのだけど、何故かあたしは今坂田さんの背中におぶられているみたいだ。

そうか…。あたし、負けたんだ…。


「……って、そうじゃなくて!!」
「うわっ!!ちょ、おま、びっくりすんなァ、寝惚けてんのかァ?」
「寝惚けてませんっ!!ちょっ、お、下ろして…!」
「うるせーうるせー。頭ガンガンするから。てか、俺今普通に歩いてっけど、結構酔ってるからね?頭ガンガンして結構辛いからね?」

それならどうして、あたしを置いて帰らなかったんだろう。
つくづくお人好しな人だな、と思った。
夜風が冷やっとしてお酒が入った身体にはとても気持ちいい。
そうして夜風に当たっていると、何事もどうでもよくなってくる。
不思議だ。
昨日出逢った人とお酒を呑み交わして、今その人の背中におぶられているのだから。
そして、怖いくらいにこの場所が心地いい。
瞼が重い。

すでにお日様は姿を消していて、かぶき町のネオンがぴかぴか輝いている。
眩しいせいもあって、あたしは瞼を再び閉じる。
閉じて仕舞えば最後、また深い眠りに落ちるのは分かっているのに、昨日出逢ったまだよく分からない人の背中にもたれ、首筋に顔を埋める。

日本酒の匂いと…
少しだけ男の人の匂い。

坂田さんの匂い…


「あ?いきなり起きたと思ったらまた寝やがって。…ったく、重っ!」





2016/3/14

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