08
軽々しく口説いてくる男には気をつけなよ

田舎から江戸に出て来て、もう何年になるだろうか。
およそ10年ほどか。
江戸に出て来てから住む場所は一切変えていない。言い換えれば、ずっとひとつ所に住んでいると言うことだ。
白壁荘(しらかべそう)。名前の通り、白い壁が特徴的な共同住宅。そこにあたしは長らく一人暮らしをしている。
白い壁は塗装が剥がれる度に、新しく塗り直された。普通の一軒家なら一生に一回、いや一生塗り直しをしないご家庭の方が多いんじゃなかろうか。此処の管理人は絶対にA型だと思う。
“白壁荘なんだから、壁は白でなきゃいかん。”と思っている頑固オヤジに違いない。

と、何の話をしているのか。

そう、あたしは一人暮らしをしているという話だ。白壁荘の一階の一番端。101号。そこがあたしの唯一何も気にしないで寛げる居場所であった。
はずなのに・・・

「よくこんな所に住んでやすねィ。」

なぜ、お前が此処に居る。

「風呂も無ぇし、なんか古臭いし、隙間風ぴゅうぴゅう吹いてるし、なんか古臭いし、」

いや、なんで古臭い二回言ったの。そんな古臭い?うら若き乙女の一人暮らしの部屋にいきなり上がり込んで来て、なんか古臭い?ていうかその、なんか、って何?一体何なの?

「婆ちゃん家みたいでィ。」
「誰が婆ちゃんだ。」

あたしの寛ぎスペースにずかずかと入り込んで来たのは、沖田総悟。真選組屯所で一回だけ会ったことのある生意気なガキである。常識的に靴は脱いではいるものの、土足で上がり込まれたくらいの衝撃だ。

「な、ん、で、悠々とこたつで温まってんの!」
「なんで、って。此処くらいしか座るスペースねぇから。」
「・・あのねぇ。あたしが聞いてんのは、どうしていきなり来て、入るぞって一言だけ言って、ずかずかとうら若き乙女の一人暮らしの部屋に上がり込めるんだ、って聞いてんの!」
「・・・うら若き乙女ってお前のことかィ。」
「あ、あたし以外に誰がいるのよ!悪い?自分で自分のことそんな風に言うのが悪い!?アンタの方が100倍悪いことしてると思うけどね!?」

埒があかない。まさにこの言葉がぴったりだと思う。すぐにでも追い出したいのは山々だけど、このまま放置した方が自身の身のためなんじゃないだろうか。頭も痛くなってきたし。身体がふらふらする。
あたしのお気に入りの丸いこたつ。一人用と銘打って売られていたそれは、沖田が占領していて、まるで自分の家のように片肘をこたつに付いて此方を見上げている。

「まあお前も座れよ。」

加えて自分の家のような発言をするものだから、“いや、それアンタに言われたくないんだけど。”と反論したかったけれど、それはあたしの口から零れることは無かった。よろよろとこたつに向かうと、沖田が少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた、ような気がした。

「団子屋のハゲ爺さん、調べたら色々と悪さしてたみたいですぜ。」

沖田が片肘を付いたまま、まるで“今日は良い天気ですね”と世間話でもするみたいに話しかけてきた。

「天人にお金を貰って、バイトで雇った女を天人の好き勝手にさせてたり。薬もやってたみたいでさァ。お前のロッカーに入ってた薬もそのハゲ爺さんのだったって、昨日本人が吐いてくれやした。」
「・・・そう。」
「お前、まだ働き始めて1週間ほどだったんだろィ。まぁたまたま万事屋の旦那が通りかかって運が良かったな。」
「どうして銀さんに助けてもらったこと知ってるの?」
「旦那から聞きやした。ついでに万事屋で雇って面倒も見るから、っていうのも。」
「そっか。なんだ、銀さんと知り合いなんだね・・・。」
「何でィ。ぼーっとして。もっとおもしれェ反応期待してたのに。」
「・・・沖田。ハゲ店長はまだ拘留されてるの?」
「総悟でさァ。もう送検されたぜ。今はおめェの知らねェ何処かに居まさァ。」
「・・・そっか。」

ハゲ店長の団子の味を思い出す。
思い出は時に残酷だ。
心の何処かで、まだハゲ店長のことを信じていて、誰かに無理矢理とか、大事な人を人質に取られてて仕方なくとか。良い人だと思っていた人が悪い人でした、という事実を受け入れられずにいた。
あたしって馬鹿だなぁ。
冷めた脳みそでそんなことをぼんやり思う。そして、側に居る沖田はそんなあたしを面白くなさそうにして見ていた。

「あははっ・・沖田がハゲ店長の話するから、なんか、団子食べたくなってきちゃった。」
「弱々しい笑顔も出来んのかィ。泣きゃあいいものを。」
「ばっか!沖田に泣き顔なんて見せたら一生の恥よ。つーか、いつまで此処に居る気?自分家みたいに寛いで。アンタ一応警察だよね?」

本当は泣きたかった。だから、沖田を無理矢理追い出したかった。人前で泣くのはあたしのプライドが許さない。早く此処から出て行って欲しかった。そんな本音を包み隠して、最終的に仕事をしろとまくし立て、玄関まで追いやることに成功した。
玄関の扉を渋々開けると、なおも怠そうに此方を見て沖田は言い残して行った。

「今度、美味しい団子屋連れてってやるから、屯所に来いよ。」

真選組屯所には二度と行かない、と誓ったはずが心変わりしてしまいそう。
ドアが閉まる音と同時にあたしの涙腺が限界の音を立てていた。




落ち着いてから万事屋に行くと、めざとく銀さんに指をさされた。勿論泣き腫らした目のことで、だ。
姑みたいだな、と少し鬱陶しくも思ったが、心配してくれているのは分かったので素直に事情を説明してみせた。

「で、団子の味思い出したら悲しくなっちゃって・・・馬鹿みたいですよね。」
「うーんと・・・名前ちゃん?話一番最初に戻すけど、なんで沖田くんが家に居るの?」
「へ?」
「最初に、沖田が家に来て教えてくれたんです、って言ってたじゃん。悪ィけど、ハゲ店長のくだりより俺ァそっちの方が気になるんだけど。」
「え?そこですか?」
「いや、どう考えてもそこだろ!一人暮らしの女の子の家に上がり込めるって、彼氏かそれ相応に仲良いかどっちかしかないだろ!?」
「ど、どっちでもないですからね!?あんなガキご免こうむります!あっちがずけずけと勝手に上がり込んで来たんです!どうせ、あたしの泣き顔見たさに来たに違いないんです!!」

ソファがゆさゆさと揺れる。あたしの剣幕に少し引きつった顔をした銀さんもソファと共に揺れていた。万事屋のソファは大きいから、大人二人座ってもまだ余裕があるくらいなのだが、どうやら弁明に必死すぎて銀さんを端へと追いやってしまっていたらしい。銀さんは落ち着けと言わんばかりに、優しくあたしを諭してくれた。

「いや、違うんならそれで全然良いんだよ。むしろその方が良いっていうか。銀さん安心したわ。名前に彼氏いないと思ってたから。しかもあんなドエス?いや、無い無い。無いよね。名前はもっと優しくて、包容力のあるやつの方がお似合いだと思うよ俺は。うん。」
「そうですよ。あんなドエス?無い無い、無いですよ。さすが銀さん。こんな短期間であたしのこともう分かってくれてるんですね。」
「当たり前だろ。なんてったって銀さんは名前の銀さんだからね。」
「・・・い、良い人見つけたらまずは銀さんに相談しますね!約束します!」

一方的な約束を押し付けて、あたしは銀さんのペースに引き込まれないようにする。

江戸に出てきた始めの頃、知らないお婆ちゃんに言われた「軽々しく口説いてくる男には気をつけなよ。」と言う言葉が今更になって脳内を駆け巡る。あの時は苦笑いしながら適当に聞き流してたけど、さすがは年の功だな、とよく分からないことをぐるぐる考えてしまっていた。
銀さんはそんなあたしを見かねて、コップに入れたいちご牛乳を運んできてくれた。
やっぱり、銀さんは優しい。
ヒーローは誰にだって親切なのだ。





2017.1.28

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