09
主婦業って大変なんです


私が万事屋で働き始めて、5日が経った。
働く、と言っても、特に仕事が舞い込んで来ることもなく。此方から仕事を探し求めることもなく。
仕事も無いのに何の為に万事屋に向かうのか、と問われればそれはもはや、家事炊事洗濯と言っても過言でない。
まずは、新八がやって来るまでに朝ごはんの準備、それから万事屋で寝泊まりする銀さんと神楽を起こして、みんな仲良くご飯を食べ終わったら、洗濯、部屋の掃除、買い物、という生活をしている。まるで主婦だ。
その主婦業があたしの仕事、ということになる。

「おはよーございまーす。」

万事屋の朝は遅い。
新八はお姉さんと一緒に住んでいて、此処にはたまにしか泊まらないみたいだけど、神楽は此処で寝泊まりしている。ようするに、銀さんと神楽の二人は朝が弱いのだ。
控えめな朝の挨拶もその為。
いつもあたしが万事屋に来ると、鍵がかかっていて、貰った合鍵で開けなければいけない。鍵を開けて中に入ると電気も点いていない廊下が見渡せる。すぐ横の押入れには神楽が。廊下をぺたぺた歩いて扉を開けば静かなリビング。その隣の和室には銀さんが。むろん、二人は熟睡中というやつだ。
あたしは神楽の押し入れは開けないが、何故か銀さんが寝ている和室を覗いてしまって以来習慣になりつつある。
今日も和室の戸を開け、中で眠る人の顔を覗き見する。

「おはよーございまーす。」

起こしてしまっては困るので、細心の注意を払って、囁き声で朝の挨拶。いつもは気持ち良さそうに寝ている顔を眺めてからすぐ戸を閉めるのだけれど、今日は違った。
銀さんが布団を被っていなかったからだ。
どうせ、昨日の夜、お友達だという噂のオジサンとお酒でも飲んでいたんだろう。酔っ払ってそのまま布団にダイブという所か。心なしか酒臭い気もする。あたしは少し躊躇ったが、部屋の中に入った。そして、銀さんが放り投げている掛け布団を熟睡しているその人に掛けてあげようと・・・
思ったんだけど・・

「名前ちゃーん?」

ビクリと肩が震える。それでも最初は聞き間違いか、そうでなければ寝言だと思って気にせず掛け布団を手に取った。それをそっと掛けてあげると、もぞもぞ動いて銀さんは掛け布団を引っ張ったつもりだったのだろうが、あたしの腕もろとも引っ張って、あろうことかあたしまで布団にダイブ。
なんて漫画みたいな展開なんだろうか。変に冴えた頭でそんなことを思う。

「銀さん・・・起きてるんですよね?意地悪いですよ。」
「・・・うるせー。毎日こっそり人の寝顔覗いてるような意地悪い女の子には言われたくねェよ。」
「気づいてたんですか?」
「いつも狙ってたから、これ。」
「っ、絶対嘘だ。そろそろ離してくれませんか?神楽呼びますよ?」
「アレ?名前ってば、いつからそんなに強い娘になっちゃったの?キャーのひとつくらいあってもおかしかねェよ?この状況。アレ?もしかして満更でもねェってこと?」
「ちがっ!あたしだって強くなりますよ、こんな毎度毎度セクハラ紛いのことされてたら!」

未だ寝ぼけ眼の銀さんは、あたしの腕を掴む手だけは妙に力が強い。眼なんか開いてないと言ってもいいほどに、薄っすら瞼が開いているくらいなのに。
銀さんには万事屋に来てからというもの、セクハラ紛いのことをたくさん受けてきた。例えば、掃除中じっと見つめられていたかと思えば、「今日のパンツ何色?」っていつぞやの天人どものように聞かれたり。ふと髪の毛を触られ、「綺麗な髪してんなァ。俺にもくれ。」って言われたり。台所で朝ごはんの準備してたら寄ってきて良い匂いするって言うから、ご飯の匂いかと思ってたら「いや、名前が。」とか言うし。髪の毛に関しては、あたしのストレートな毛を単純に羨ましがってただけだと思ったけど。
そんな感じで、万事屋に来て5日にしてあらゆるセクハラに遭ってきたのだ。銀さんはそういう人なんだと、もうさすがのあたしも冷静になった。
いや、冷静になって考えてみればこの状況はキャーと叫ぶところなのだろうし、きっと冷静とも違う。
言うなれば、そう、耐性がついたのだ。
むろん、無敵である。

「やっぱ暖けぇなァ、人肌。」
「やっぱ酒臭いです、銀さん。」
「え?なに、俺?名前にうつしてやろうか。」
「まだ酔ってるんですね。いい加減離してください。」
「イヤだ。」
「なっ!何言ってるんですか!?」
「うそうそ。銀さんオトナだから。そんなこと言いませんー。ほら、朝ごはん早く作ってきて。そして、もっかい起こしに来て。」

勝手に引き止めといて、言ってること無茶苦茶だな。こんなオトナいねぇよ。まるでダメなオトナ、略してマダオだな。

あたしはほとほと呆れかえって、すっくと立ち上がり和室を後にした。
ぺたぺたと廊下を歩きながら、銀さんと初めて会った時のことを思い出し、あの時はヒーロー様様だったのに化けの皮剥いだらただのマダオだった、などとヒーロー扱いしていたことをあたしは大後悔したのだった。


朝ごはんは純和食。
白飯、お味噌汁、お魚、卵焼き、といつもの感じで並べる。
そしてまずは神楽を起こして、銀さんを起こすようにお願いした。和室から「うべしッ!!」と苦しそうな声が聞こえてきたと思ったところに、新八がタイミング良く万事屋に到着した。

「おはようございます、名前さん。いつも朝ごはんの支度すみません。晩ごはんは僕が作りますからね。」
「おはよう!ああ、いいよいいよ。料理するの好きだし。でも晩ごはんはじゃあお任せするね。」

あたしがやって来る前は、万事屋の3人でご飯当番を廻して遣り繰りしていたらしい。それに神楽はともかく、新八もそこそこ料理は出来るし、銀さんだって手先が器用なのでそれなりに上手い。だから、作りますよ、と手を差し伸べられたら、その時は素直にお願いすることにしている。
新八は心なしか頬を赤く染めて、「任せてください!」と意気込んでいた。

「そうだ、今日の買い物付き合ってよ。トイレットペーパーがね、大安売りなの。でもお一人様おひとつ限りってなっててさ。」

ソファに凭れながら、新八に話し掛けると、あたしの言うことをすぐさま理解したのか喜び勇んで返事をしてくれた。

「あ、はい!晩ごはん用のおかずも買いたいですし、お供します!」
「なにアルか!新八だけズルいネ!あたしも連れてってよ〜名前〜!」
「え、じゃあ俺も俺も!」

神楽は目を輝かせ、あたしの膝にしがみ付き、銀さんもそれに便乗してくる。さすがに膝にしがみ付きはしなかったけれど。
そうなれば、定春の散歩がてら万事屋みんなで、ということになるのだろう。まあ、トイレットペーパー8ロール掛ける4個も買えるし、荷物持ちも増えるし、いいか。ていうか、万事屋のお金、底をつきかけてて4個も買えないと思う。そんなにトイレットペーパーばっかり要らないし、もうすぐ無くなりそうなものなんだったっけな。

はぁ。どうしてこうも万事屋のみんなは危機感というものが無いのだろう。
ハラハラ、ドキドキしているのはあたしだけみたい。新八が唯一まともだと思ってたけれど、どうも二人に流されている節がある。ろくにお給料も無しで、今までの貯金を切り崩して何とか自分の生計も立てつつ、万事屋の生計も心配なんて、もう正直ご免こうむりたい。
だけど、これがあたしの性分というものなのか、途中で投げ出せずにいる。

「よし!!今日も頑張るぞ!」

朝ごはんを万事屋で食べている中、あたしの決意の塊と言う名の叫び声が部屋に響く。3人と1匹は怪訝そうな顔をして此方を見るけれど、気にしないフリをした。そうやってむしゃむしゃ食べていると、玄関のチャイムが鳴る。

ピンポーン、と在り来たりな機械音。
またすぐピンポーン。
かと思えば、ピンピ、ピンポーン。
ピンポピンポピンポーピピピピ・・・

・・・・・・え?

「おはようございます、銀時様。私が歌い終わる前に出てこないと扉を破壊します。幸っせなら手を叩こ・・・」

ドォォォン!!ドォォォォオォオオン!!!!

「ギャァァァ!!!なに?なに?何なんですかァァァ!?」

透き通った綺麗な女性の声。
歌い終わる前に出てこなかったら扉を破壊します、というその声にそぐわない言葉。
短すぎる歌。
いきなりの爆発音。

あたしは冷静さも失い、女らしさの欠片もない叫び声を上げた。爆発によって煙やら砂埃やらが舞う中、うっすら見えてきた人影。予想外な急展開にあたしの脳みそはまったくついて行けてない。

「おい、口開いてんぞ。」

銀さんは隣であたしの間抜け面を指摘するけれど、あたしは近づいてくる人影への不信感と恐怖感でそれどころじゃない。死んだフリでもした方がいいのか、と迷ったけれど、それすら敵わない。ソファから立ち上がったまま、間抜け面で一時停止状態だ。

むろん、覚悟を決めるべきである。


「・・・え、あたし、死ぬの、?」





2017.2.9

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