徒花-adabana-
「さくらぁーさくらぁー」
七分咲きの桜の木の下。
年頃の女が一人。
名を名前。
立派な花を咲かせている桜の木を見上げて、デタラメな歌を歌っている。
その傍らには同じように桜の木を見上げる男。
「名前〜、そろそろこっちも見てくれんかのぉ」
「辰馬。いつから居たの?居たなら言ってよ」
「いつから、ってさっきからずっと居ちゅう。名前が変な歌歌っとるきに一向に気づいてくれんかっただけじゃ。」
歌をさり気なくバカにされたのに、それには腹を立てず、むしろ満足気に笑った。無邪気な名前の目は、桜ではなくて辰馬の方を見ていることに、見られている当の本人は心底嬉しくなって、名前を抱きしめる。
最初は驚いていた名前も、目を瞑って抱きしめられた腕の感覚と、その人の匂いと体温を堪能する。
戦争が終わったら、この人は遠いどこかに行ってしまうのだ。誰もまだ見たことのない、名前も知らないどこかへ。行くと決めたのは、辰馬本人で、そんな辰馬の望みを、決意を揺るがすものは何もない。
「ホントに・・・行っちゃうんだよね」
此処には、もう辰馬の望むものは無いのだ。何を言っても立ち止まる人じゃないのは分かっている。名前は、最後に確かめるように言葉を零す。
「辰馬は、宇宙に行っちゃうのか。遠くなるね。」
辰馬は腕を離すと、泣き出しそうな顔をしている名前を覗き込む。
「まだ暫く先のことじゃ。それに心配ならいらんぜよ。名前にはヅラも高杉も銀時もついちゅう。何かあったら迷わずあいつら頼ったらいい。名前の頼みときたら、血相変えて動くに決まっとる。」
「あははっ。間違いないね。俺が俺が、って逆に喧嘩始めちゃったりして。」
「わしがいない間は仲裁役頼んだぜよ。」
「任せてよ。男を掌で転がすのは得意だからね!」
「アハハハハッ!!さっすが名前。わしも気付いてないうちに転がされとるかもしれんの〜。」
「そうじゃそうじゃ、名前はそういう女じゃった」とひとしきり馬鹿笑いをした辰馬は、おもむろに空を見上げる。
庭の桜と空の色のコントラストが絵画のようで、どこか儚い。
「辰馬ってば、何かあればすぐ空を見て、本当に宇宙が好きなんだねぇ。」
「ん?名前も辛い時なんかは空を見上げるといいぜよ。自分の存在なんかちっぽけに感じて悩み事なんか吹っ飛ぶ。」
辰馬らしいや、と名前は思う。
何しろ、地球には抱えきれないほどの大っきな志の持ち主なのだ。
きっと宇宙にいる方がしっくりくる。
名前は、辰馬を真似るように空を見上げると思いっきり空気を吸い込んだ。微かに桜の匂いがする。
「地球に帰ってきたら、その時はまた名前の所に寄るきに。」
「うん。首を長くして待ってるね。」
行ってしまう前に
抱きしめて
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