先ほどまで生徒で賑わっていた教室も、一人、また一人と帰っていき、今ではなまえと数えるほどしかいない。窓から廊下へ抜ける風はまだ少し肌寒い。時折舞い込む花びらだけが春の訪れを告げていた。


なまえも友人達と教室を出る。高校に行っても遊ぼうね、などと他愛ない話をしながら玄関ホールへ向かい、手を振り別れた。正門から出る友人達を少し見つめてから裏門へ向かう。




ついに数日後には高校生になる。合格がわかっても今日の祝辞を受けても、どうも中学生でなくなる実感が湧かなかった。
しかしアルバムに寄せ書きしあったクラスメイトのほとんどとは明日から会うこともなく、ここではない新しい校舎で新しい関係を作る日々は確実に近づいている。友達できるかな、と月並みなことを考えていた。






「オイ」

渡り廊下の下を潜り校舎を抜けた時、声が降ってきた。少しの躊躇いの後ふり仰ぐと、予想していた通りの人物が廊下の窓からこちらを見下ろしていた。

「……爆豪くん」
「…そこで待っとけ」

声をかける間も無く、すぐ姿は消えた。走ってくるような彼ではないと思われたので、校舎の側に戻り壁に背を預けた。




5年前にこちらに引越し、転入した小学校のクラスメイトの一人だった彼は、男子の中ではわりと話したほうだった。しかし中学に上がってからは話す機会が全くと言っていいほどなく、ましてやクラスも一緒にならなかった。それ以上に、ますます強くなる彼の周囲への痛烈な対応に戸惑いを感じ、到底近寄れなかった。
そんな、ここ数年関わりのない彼が自分に何の用事があるのかと疑問に思う。こういう場面を見るとすぐ騒ぐ友人が一人いるが、彼に限ってそういう類のものでもないのは確実だった。




暫くすると校舎の角から足音が聞こえてきた。顔をそちらに向けると、無愛想な表情をした彼が現れた。小学生の時は笑った顔も見たはずだが、あまりはっきりとは憶えていない。


「……雄英受かったんだってね。おめでとう」
「………」

呼び止められたのはなまえの方だったが、数年ぶりの会話となることを意識してしまい、沈黙を避けるべく祝いの言葉を口にした。しかし返事がないどころか彼の表情は変わらない。なまえは気まずさからさらに言葉を続けた。

「…い、出久くんも受かったって。出久くんから聞いた時はほんとびっくりした。2人ともすご「デクと一緒にすんなボケ」

そこはすぐ反応するんだね、と思ったことは内緒だ。
会話の糸口が遮断されてしまったことで気まずさが増し、持っていた丸筒に視線を落とす。

「…テメェはどこ行くんだよ」
「…わたし?開明だよ」
「なんで」
「な、なんで…?公立で国公立大学への進学率もいいから」
「そうかよ」
「うん……」

いよいよ本当に気まずくなってきた。せっかく声をかけてくれたのに…と思う気持ちもあるが、居心地の悪さが先に立ってしまう。

「スマホ」
「…?」
「……スマホ貸せ。連絡先教えろ」
「あっ、今は持ってない。春休み中にもらえる予定なんだけど」
「チッ」

舌打ちに思わずごめんと呟けば、「書くモン貸せ」と手を出される。慌てて鞄のポケットからシャーペンと生徒手帳を探り出しメモ欄を開いて渡すと、彼は存外丁寧に何かを書き込む。返された手帳を確認すると、そこには携帯番号とメールアドレスが書かれていた。

「もらったら連絡しろ。わかったな」
「わ、わかった」
「……」
「……」
「……じゃあな」
「あ、うん」

そう言って彼は来た道を戻り、校舎の角へ消えた。




あまりに突然の出来事になまえはその場に立ち竦む。まさかの用件にまたもあの友人のニンマリとした顔が過ったが、そんなはずはないと慌ててその思考を掻き消した。


手元に視線を戻し、書かれた文字列を目でなぞる。桜の花びらが一枚舞い落ちた。




中学で消えると思っていた繋がりのひとつがそこにあった。




遠くに見える景色を、眺めるだけで終わらせるものか



花霞




prev - back - next