数日後、自室で生徒手帳とスマートフォンを交互に見つめるなまえの姿があった。


なまえと同じように中学を卒業した他の子と共に、寮母に連れられて携帯ショップで契約してきたところだった。中学でスマートフォンを持っていないのは少数派で窮屈な思いをしたこともあったが、卒業したら支給されるとわかっていたし、ましてや赤の他人の自分たちにここまでしてくれるのだ。感謝こそすれ不満は一切なかった。


卒業式の日に友人達から教えられた連絡先をひとつひとつ入力し、都度メールを送信する。そして次の連絡先にうつるが、入力が終わらないうちに通知音が鳴る。それの繰り返しだ。
慣れない操作になまえ自身もどかしく思いつつも、通知が届くたびに胸のあたりが温かくなるのを感じた。




一通りの連絡が終わり、スマートフォンと生徒手帳を机に置きながらひと息ついた。無意識のうちに固まってしまっていた身体を伸ばした時、もうひとつの連絡先の存在を思い出した。椅子の背凭れから背を離し、スマートフォンの下書きメールを開く。


──爆豪勝己。
卒業式の日突然呼び止められ、半ば一方的に教えられた彼の連絡先を眺める。


ここ数年全く話していない相手にどういった文面のメールを入れれば良いのか考えあぐねていた。何か一言添えるべきだろうとは思うのだが、先日感じた気まずさからなかなか言葉を選びきれず後回しにしていた。


名前と携帯番号、メールアドレスだけの本文を眺めた後、『登録よろしくお願いします。』とだけ書き添え、送信ボタンをタップした。下書きフォルダが空になったことを確認し画面の電源を切る。二度目の息を吐いた。







爆豪からの返信に気が付いたのは数時間後だった。
あの後出掛けたなまえは、とある楽器店兼ライブハウスに赴いた。そこは生前母が店員として働き、ごくたまにライブをしていた場所だった。そこの店長に合格報告と、高校の許可が下りたらアルバイトをさせて欲しいことを伝えに行っていた。
母だけでなく父やなまえにも気さくに接してくれ、両親が亡くなり施設に入った後も気にかけてくれたその人は、その申し出を快諾してくれた。


挨拶を済ませた後スマートフォンを確認すると、新着メールの通知があった。返信のきていない友人からかと開くと、『今どこにいる』とだけ書かれた爆豪からのものだった。
またも一方的な投げかけに眉を寄せどうしよう…とひとりごちた時、今度は振動とともに爆豪の名前が画面に出る。あまりのタイミングに吃驚したなまえは、反射で通話ボタンを押してしまった。

「…も、もしもし」
『返事くらいしろ』
「…………」
『オイ』
「…ごめん。メール、今見たところだった」

あまりの理不尽さに無言の抗議をしたが、爆豪には伝わっていないようだった。

『今どこだ』
「外だけど、もうすぐ門限だから帰るところ」
『あ?』
「そんな急に言われても無理だよ。都合があるんだから」
『チッ』
「ご、ごめんって…」

理不尽すぎやしないか、と憤慨しつつもその声色に思わず謝罪してしまう自分も如何なものかと思う。

「電話かメールじゃだめなの?」
『めんどくせえ』
「ええ…」
『高校いつからだよ』
「週明けから。だからそれまでなら…」
『こっちは明日からだからムリだわ』
「え、じゃあ今のなんの確認だったの」

なまえの記憶に残る爆豪と15歳の爆豪の違いに戸惑うし、そのペースについていけない。




『みょうじ』


あんまりな対応に内心溜息をついていたなまえは、突然呼ばれた名前に目を見開く。

「な、なに?」
『また連絡する。いいな』
「わかった…」
『じゃあな』
「あ、ちょっ……っとって、言ってるのに」


結局なんの用だったのかわからないまま、一方的に切られてしまった。
息を吐き出したなまえはスマートフォンをしまい、今日は溜息ばかりだなと苦笑いした。




小学生の頃より低くなったその声で呼ばれた自分の名前が、しばらく耳に残った、ような気がした。






その時だけ、ほんの微かに声が和らいだように聞こえたのは、きっと気のせい



微風




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