(※仮初め紳士協定の続きです)




紅白の頭が意気消沈してやってくるのを確認し、上がってしまう口角を隠さないまま顔を正面に戻した。
視線の先、廊下側の端に固まる女子共の輪に入ったみょうじの背中を見つめる。きっちり背中しか見えない角度に、俺達に向けられた何かを錯覚してしまう。

「爆豪」
「話しかけんな」
「これはどっちもフラれたって理解であってるか?」

ガン無視で続けられた言葉は情けなく萎れていた。
視線だけ左に向けると、俯く前髪の奥から物憂げなオッドアイが覗いていた。
みょうじに話しかけようとして上手くいかなかった様子にはざまぁみろとしか思わなかったし、今のようなシケた面ですら「様になっている」と騒がれるコイツにみょうじが一切揺れなかったことは、確実に俺の気分を浮上させている。

「避けるってことは俺達と話したくねぇんだろ」

それなのに、口角が下に引かれるように強張り、嘲る言葉どころか否定すら発せない。
不本意にも俺も同じだ。先ほどの轟は昨日の俺、なんざぜってぇ認めねェが。

「話したくねぇ理由なんてひとつだろ」
「説明頼んでねぇんだよシネ」

舐めプ野郎に解説されるなんざ終わってる。

「テメェが引きゃ終わる話だろが」
「それは無理だ。爆豪こそ諦めろ」

ここで殴り合っても不毛であることはわかっている。
コイツと同じ立ち位置なんざクソ喰らえなのに、肝心のみょうじと話せないんじゃ進展どころか現状維持が精一杯、なんなら後退している。
教室や寮で話せないなら演習中にでもと考えていたが、みょうじは俺が口に出す前に逃げるか別の話題に切り替えるかしてきて、差し挟む隙を与えてこなかった。

たった、たった一度だけ切り出せたことがあった。
演習後、集合場所に戻る道中だった。
俺の雰囲気を察知して話を逸らし続けるみょうじにイラつくまま、止まらない言葉を無理矢理遮ると、真っ直ぐ前を見ていた横顔が勢い良くこちらを振り仰いだ。無表情に見開かれる瞳の威圧感はまるでみょうじのものではなく、その圧力に些か驚きつつも逸らさずにいると、次第に唇がへの字に変形していった。
震える口角、八の字に下がる眉、みるみる赤く染まっていく顔にまさかと期待を抱いたのも束の間、半ば叫ぶように「その話はナシ!!」と発し、そのまま駆け去ってしまった。

それ以来、俺はみょうじとは話ができていない。
それどころか、最近は目が合わない、顔すら見れない。これで残りの演習どうすんだ。

どうやらあれはみょうじの困惑の表情だったらしい。それまでは対応がほぼ均一、感情が一定の幅からはみ出ないような奴だったから、あんなに情報の多いみょうじは初めて見た。照れてるのか怒っているのか泣いているのか、はたまた全部だったのか。
もう一度見てみたい、と過った甘い考えを追い出すべく軽く息を吐いたタイミングで、視界の左端で紅白の髪が揺れ動いた。

「2人でみょうじに謝りにいこう」
「ハァ?何を」
「なんかこう…………、色々だ」

意味不明な提案に舌打ちを返す。
考えてねぇのかよ。まかりなりにも俺より上の点数を取りやがる脳味噌はハリボテか。
謝るなんざ馬鹿過ぎる。謝って何になる。つーか、何も悪くねぇ、多分。

「みょうじと話してぇんだよ」

轟を追っかけている普通科の女子共が見たならば卒倒するのだろう、横顔が浮かべる表情に反吐が出る。
負けるつもりは毛頭ないが、今回の件において脅威を抱くくらいにはツラだけは良いのは確かだ。

「爆豪は違うのか」

会話を止める気など皆無の様子に、凭れたサッシから離れ、廊下へ続く後ろ扉へ真っ直ぐ向かう。
扉を潜る寸前に視界の左端に意識を向けたが、当然何の反応もあるわけはなかった。女子共の会話のテンションは変わらないまま、目当ての声は聞こえてこない。

俺を見上げる瞳の近さが脳裏に焼き付いて仕方ない。
またあの顔を、困惑に染まる顔を見たい。
そしてあの姿を轟に見せるなんてあってたまるかと常々策を巡らせている、なんて、

「違うわけあるか」

死んでも言わねェよ。

  

焦っている自覚はある。
でも好きな奴と他の男──ましてやそいつも好意を寄せている──が妙な空気になって帰ってきたら、誰だって焦る、と思う。

前回の演習後、集合場所に駆け込んできたみょうじの表情を見た瞬間、終わった、と思った。
あんなみょうじは見たことがなかった。周りの奴らもどうしたのかと気遣うくらいには目に見えておかしかったし、否定するみょうじの口角の引き攣り具合を目に留めた瞬間、起こってしまった事態を悟った。
反射で吸い込んだ空気に喉が乾くまま後ろを振り返り、いつになくゆっくりと戻ってくる爆豪に無理矢理視線を合わせた。
こちらに気付いた爆豪は、しかし得意げに笑うことはなく、いつも以上に不機嫌な顔で睨み返しながら「勝手に決めつけんな」と低い声で呟いただけだった。
だから、焦燥を抑えられないままその日の夜に再度問い詰めた時の爆豪の悔しそうな表情には、悪いがだいぶ救われた。胃の辺りが解けるように軽くなっていく感覚に、自分の受けていた絶望の程度を再認識したし、いよいよ本気で負けたくねぇと思った。

だからと言って、俺とみょうじが進展することもなかった。
爆豪のように2人になる用事がない俺は自ら声をかけなければ始まらないが、とことん避けられている。
あの日、みょうじにばれてしまった放課後以降数日間は、多少のぎこちなさはあるものの、挨拶や複数人での会話は出来ていた。
しかし、演習直後からは徹底的に俺を避けるようになった。話しかけるつもりなくただ横を通り過ぎようとしたただけでも、不自然に遠くへ行ってしまう。目が合わないどころか、顔がこちらを向かない。声での応答もなくなり、曖昧に振れる頭の動きだけ返ってきた時は、正直言って心が折れそうになった。
あまりにもみょうじの行動が過剰で、その場に居合わせた芦戸と葉隠に詰問されたこともあった。勿論、上手く誤魔化したが。

仄暗い部屋の中、天井の木目のうねりを辿るともなく眺める。
布団に入ると、どうしても考えずにはいられない。

みょうじと話がしたい。
あの日、教室の前で蹲る姿に、俯く前髪越しに認めた顔の赤さに、細糸のような声に、何も返すことができなかった。
普段の、なんでもないように気軽にからりと話すみょうじからは全く想像も出来ない動きばかりで、だから控えめに差し出された右手を、鞄を引き渡した途端駆け出した背中を、ただ眺めるしかできなかった。

こんなことになるなら、あの時追いかけていれば良かった。捕まえて、謝って、みょうじの話を聞いて。

「……」

遠い背中が、天井の向こうに溶けるように消え失せた。顔を背け寝返りを打つと、畳の蒸した香りが濃くなった。
深呼吸をすると脳内が鎮まっていき、部屋を満たす無音が耳によく聞こえてきた。

それで俺はどうした、なんてありもしないその先を考えるのはこれで何度目だ。
後悔したって変わらない、時間が巻き戻せるわけじゃない。当然だ、わかっている。
わかっているのに、胸がなんだか窮屈で上辺の呼吸しかできなくなる。燻る埋火のように形にできない言葉が身体の中で彷徨い、腹の底がざわざわと落ち着かない。そうしてそれは胸の辺りにまで這い上がってきて、さらに窮屈さが増していく気がする。
頭と身体の理解が一致しない。
声を聞けなくて、顔もまともに見れなくて、それでも。

「、みょうじ」

それでも、変わらない。

  

仮免講習から戻り寮の扉を開けると、共有スペースは静まり返っていた。
授業中の寮内は当然ながら無人で、空調の音すらない空間はいつも以上に広く感じた。

「今4限…なら数学だったか?」と腕時計を見ながら独り言を言う轟を無視し、鞄をソファに投げた。
ファスナーを開け、この後の授業に不要な物を抜き出す。数冊のノートと本を右手にまとめ、傍らに置いたスーツケースを左手で掴む。自室へ仕舞いに行こうと階段へ向かった時、背後でドアノブが動く音がした。

「……え」
「あ」

思ったことは他2人も同じだったと思う。
みょうじが声もなく、俺と轟とを交互に何度も見つめる。戸惑いを隠さない表情のまま、何か言おうとしているのか唇がはくはくと動いてる。
みょうじの背後の扉がゆっくりと戻ってくる。そうしてぱたり、と控えめな音を立てた瞬間、轟が視界の右端で動いた。
「みょうじ」と呼ばれた当人はハッとしたように瞼を見開き、身を翻し扉に向き合った。

「待て」

轟がみょうじの右腕を掴む。
つんのめり硬直した身体を追い越すように伸びた右手がサムターンを回す。カチャリ、と音が鳴ると同時にみょうじの頭が勢いよく振り返った。轟を見上げる顔は困惑の色を隠していない。

「な、なんで鍵…?」
「…」
「轟くん!?」

俯きながら背けられた顔は至極居心地が悪そうで、口元はもごもごと落ち着かない。機転が効いたかと多少感心したが、その後の対応はクソ過ぎる。
無言の轟と目を白黒させるみょうじに向かって大きめの舌打ちをすると、2つの視線がゆっくりとこちらに収束した。

「別になんかしようってわけじゃねェ」

この状況では嘘にしか聞こえない台詞だとは思ったが、見つめた先の眉が微かに上がっただけで、こちらを拒絶する気配はない。
近付く俺を見返す瞳には、その先を察しているような様子すら窺えた。

「いい加減話させろ」

今度はみょうじが俯く番だった。力の入った肩は上がった位置のまま硬直し、反対に指先は所在なさげに擦り合わされ始めた。
つーかいつまで握ってんだ離せや、と口に出す前にみょうじが身動ぎした。

「離してくれる?」

「逃げないから」とすまなそうに呟く声に、ぱっと左手が離れた。小さく謝罪する轟に曖昧に微笑んだ後、力を抜くようにみょうじの肩が下がったが、結局元の位置に戻った。

「………その話になったらどうしよ、って……避けてた」

「ごめん」と落ちた声が聞こえた。

「盗み聞きしたのはこっちなのに」
「そんなことは思ってねぇ。ただ俺は」

突然に声を張った轟にみょうじの肩がさらに強張る。

「みょうじと話せなくなるのが、一番、嫌なんだ」

瞬間息を呑んだ頬は赤みが差してきたような気がして、片や真っ直ぐ見下ろす横顔は目の前に全神経を注いでいて、それだけで癪に触った。
俺を無視したような沈黙が面白くない、というかコイツは何浮かれたことを言ってやがる。
遮る言葉が出てこないんじゃない。あまりにも馬鹿過ぎて呆れが怒りを圧倒しただけだ。

それ以上言葉を続けない轟の無責任に舌打ちを返した後みょうじに視線を向ける。瞳はうろうろと落ち着かず、右手はセミロングの毛先を弄っていて、頬は紅潮しきっていた。
色素の薄い唇が震えている。

「無碍にしたくないというか……、でもそんなこと考えてる自分何様って感じだし」
「い、嫌、とかじゃなくてね」
「爆豪くんも轟くんも」
「そういうふうに考えたことないから、考えなきゃって…」

沈黙に耐えられないのか、まとまらない思考がそのまま吐き出されていく。

「ど、うする…とか、その、決められなくって………」

スカートの裾を握る左手が強張っている。

「どっちかなんて、無理だよ…」

さらに赤みが差した耳と頬に胸がざわつく。
視線だけで右上を窺うと、青い瞳とバッチリ目が合ってしまった。

「…テメェ、今ロクでもねェこと考えたな」
「爆豪もか」
「ゴチンコと同じ発想なワケねェだろバァーカ」
「でもフラれるより良くないか?」

「あとゴチンコじゃねぇ」との訂正は無視し、困惑を浮かべたまま見上げてくる瞳に視線を戻した。

「みょうじ」

「振られるよりは」と日和っている自分の弱さは何によるものか、なんざ考えなくてもわかってる。

「ここで返事しろっつーわけじゃねェ。つか……今、どっちかに決めなくて良い」
「え?」
「『どっちも』振るつもりはねェんだろ」

訂正される前にと、言葉が滑り出る。

「俺らでいいならそれでもいい」
「え、と、どういう」

戸惑うみょうじを目の前にして、こんな表情にさせているのは他でもない自分なのだと思うと、胸が疼いて仕方なかった。マジでチョロ過ぎんだろ、自分。
すると一回り小さい両肩が跳ね、瞼が大きく見開かれた。どうやら顔に出ていたらしい。
合点がいったみょうじは違うとかなんとか否定してくるが、赤く染まる両頬に期待しないほうが無理な話だ。

「わかってンなら話が早ぇ」
「だから違う、言い間違えた…!」
「みょうじに不利はない。様子を見て、いずれ決めてくれてもいい」
「そ、そういうのは良くないよ!」
「俺たちは構わねぇ」

なおも轟に言い募る頭頂部に左手を乗せると、表情を止めた顔がこちらを見上げてくる。ごくごく軽く叩きながら、出来る精一杯の表情で返してやった。

「まぁ、とりあえず、仲良くいこーぜ」

言って潤む瞳を覗き込むように視線を合わせると、猫の鳴き声みてぇな妙な叫び方をした後、両手で口許を塞いでしまった。
真っ赤な顔で言葉を失ったみょうじに笑いが抑えられないまま柔らかい髪の感触を楽しんでいると、「おい爆豪手ぇどけろ」と不機嫌な声が飛んできた。




ユリイカ△同盟(仮)

泉さん
サイトもtwitterでもありがとうございます。そしてたいへんお待たせしてしまいすみません…。
仮初めの続き、とっても長い&結局どっち!?なおはなしになってしましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ゆんさん
たいへんお待たせしてすみません。
「轟くん爆豪くんとの三角関係、良ければ仮初めの続編」とのことで、書かせていただきました。
かなりのお時間いただいてしまいましたが、もし読んでいただけたら嬉しいです。




LIST