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「轟くん…あの」
「なんだ」
「ち、近いかな…?」
「そうか」
「…離れてくれる?」
「……」
「へ、返事して!?」

焦るみょうじにわりぃな、と心の中で謝罪した。

たまたま2人で日直になって、要らなくなった掲示物を外して、ボードに戻した画鋲がぐらついて、みょうじに落ちそうになって。
危ねぇなと思って押し込んだら、たまたま腕の中にみょうじがいる形になって。
見上げてくる視線が近くて、みょうじの前髪からいい匂いが上がってきて。
そんなのもう、無理だろ。


前からみょうじのことが好きだった。
特に何に惹かれたのかと言われると返答に困るが、なんとなく目が離せなかった。
強いてきっかけを言うなら、雄英に入学した当初は話しかけづらかったらしい俺にみょうじだけは気軽に話しかけてきたことか。

多分その頃の俺は態度が悪かったと思う。至って普通に話しかけてくれただけのみょうじに馴れ馴れしいな、と思ってしまったのを憶えている。そう思うくらいにはクラスメイトと話していなかったし、何かにつけ刺々しい言葉を返していたように思う。
でもそんな俺に特に何を言うでもなく、みょうじはその後も変わらなかった。そうして話すうちに良い奴だなと思いはじめ、気がついたら目で追うようになっていた。


上鳴と峰田が「クラスで一番好みの女子を挙げていこう」と言い出した時、その瞬間決心した。誰かのものになって欲しくないと思った。
それまでに挙がった名前のなかにみょうじはいなかったが、牽制は必要だろうと思った。

「んじゃ、次。轟は?」
「…みょうじ」
「えっ、マジ?なんか意外」
「ちなみに本気だ」
「「はああ!?」」

男子全員から一斉に向けられる視線をぐるりと見回し、「いつか告白する」と言い切った。
その後根掘り葉掘り聞かれはしたが、これで他の奴がみょうじにちょっかいを出すことはなくなる。

はず、だった。


/////


くだらない話に答えるつもりはなかった。
だがあの場に残っていて正解だったとは思う。

「確かに、みょうじ良い奴だよな」
「けど轟がそういうのあるとしたらヤオモモかと思ってたわ」

盛り上がる場に反吐が出そうになる。

やってくれんじゃねぇか。

ここで自分も宣言してしまおうかと思ったがそのメリットはなかったし、無駄にひけらかす必要はないと考えた。自分への振りはガン無視し、場が収まるまで大人しくしていた。


「轟」
「…爆豪?」

解散になった所を見計らって声を掛けると、まあ呑気なキョトン顔が振り返ってきた。それだけで爆破できる。

「あれで牽制したつもりかよ」
「は?」
「ちゃっかり味方増やすまでして、やり方が狡(こす)いんだよ」
「……」

途端、鋭くなった視線が返ってくる。

「まさか半分野郎とこんなとこで気が合うたぁ、ぜんっぜん嬉しくねェどころが気分悪ィわ」
「…本気なのか」
「…っつったらどーすんだよ、あ?」

視線を押し返すと、轟は流れるように視線を外した。
口許に手を当て何かを考える素振りを見せた轟に、長けりゃ無視して部屋に戻ってやろうと舌打ちを投げた。

「…爆豪、ルールを決めよう」
「は?」
「みょうじと2人きりにならない。告白は同じ日にして、返事は後日もらう」
「ンだそれ」
「抜け駆けなしってことだ」
「守るメリットがねェな」

そう言い返したものの、ふとある考えが閃いた。

「…なァ、演習のペアはノーカンだよな」
「まあ、それは。授業はどうしようもないだろ」
「なら、飲んでやるよ」

「破んじゃねーぞ」と言い残し、轟の横をすり抜けた。


成績はクラスの真ん中、実技も真ん中、カオも真ん中…は言い過ぎか。
ただ特徴を問われると返答に困るような奴の何が良いのか自分でもわからないが、そうなってしまったものは仕方ない。

このクラスの連中はほぼそうだが、みょうじは俺に怯える素振りなく話しかけてくる。ド平均モブとあしらっていたが、何を言ってもどこ吹く風な態度に腹が立ったのだ。俺の言うことなど痛くも痒くもないと思われてそうで、格下にそう思われているのが癪だった。
気に食わねぇ、と見ているうちに多分、そんな気分になっていた。チョロ過ぎんだろ、俺。

絶対モテないタイプだと踏んでいただけに、轟の発言は寝耳に水だった。
スマホを弄っていた手を止め視線を上げた先には、図々しくも告白するつもりだと宣い微笑む轟がいた。
ツラだけは良いその顔で好意を打ち明けられてみょうじが絆されないとも限らない。
だから轟を止めるために提案に乗ったし、ルールの範囲内で出し抜いてやろうと考えていた。

なのにだ。




「…テメェら、なにやってんだ」
「ば、くごくん…っ!!」
「チッ」

コイツ今舌打ちしたか?
つか言い出しっぺが堂々とルール破ってんじゃねぇ!!!

「と、轟くん、はやく退いて…!」

顔を真っ赤にして押し返すみょうじから離れた轟は俺の方を一切見ない。
その態度にこめかみの血管が切れたのがわかる。

「何やってんだ半分野郎」
「みょうじを助けただけだ」
「ハァ?どこが。壁に押し付けて興奮しとっただろーが」
「こ…!?」
「…」
「だ ま ん じゃ ねぇ よッ!!」

思わず近くの机を蹴る。ガン、と机と椅子がぶつかる音にみょうじが身を縮めた。

「嫌がってる女に迫るとか強姦だろ」
「…っ!ば、爆豪くん、やめて」
「ヒーロー志望が呆れるな」
「いいの、もういいから!」

黙る轟を挑発しているとみょうじが間に割って入った。
「怪我しそうなの、助けてくれたのは本当だから」と眉を下げ見上げてくるみょうじに、出かかった悪態を飲み込んだ。

庇ってんじゃねえよ。
コイツ、絶対キスしようとしてたぞ。


/////


「日誌、返してくるね」と走り去ったみょうじがいなくなった教室で、爆豪が再び俺を捉えた。

「抜け駆けナシじゃなかったんかよ」
「してねぇ。日直も不可抗力の範囲内だろ」
「ハァ!?あれのどこが不可抗力だ!」

「サカってんじゃねぇよ」ギラつく視線を正面から受けて、腹が立たないわけがなかった。

「…お前だって、ルール守ってねぇだろ」
「ア?一緒にすんな」
「演習のペア、替えただろ」
「…」

今回の演習は全5回あり、その間はペア固定だ。昨日1回目があったのだが、みょうじの隣に立つ爆豪の姿を認めた時は目を剥いた。やられた、と思った。

「常闇とだったはずだろ。なんで相手がみょうじに替わってるんだ」
「切島とみょうじじゃ近接戦闘しかできねェっつってたからだよ。話し合いの結果だわ」
「それ知ってたんだな」
「さァな」

ざまぁみろ、とでも言いたげな表情を向けられた。先日の共有スペースでの不敵な笑みが思い出される。

コイツ、絶対そのつもりだっただろ。

みょうじの手元の資料を覗き込む爆豪の近さは友人の距離ではなく、みょうじは顔を真っ赤にしていた。
「ば、爆豪くん、近くない…?」「ンなこと気にしてんな」「気にするよ!」…ああ、思い出すだけで火が出そうだ。
後4回、近い2人を黙って見なければいけないなんて無理だ。その間に爆豪が何もしないわけがない。
俺よりみょうじとよく話す爆豪を止めるために出した提案で、かえって爆豪を焚きつけることになるとは思わなかった。甘かった。

「…やめだ」
「ア?」
「ルールはなしだ」
「ハッ、都合良すぎんだろ」
「守らねぇ奴に言われたくねぇ」
「そりゃテメェだろがァア!?」

食ってかかりつつも「ンなもん、ハナから願い下げだわ」と言葉が返ってきた。

「乗ってやっただけ感謝しろや舐めプ野郎」
「しねぇよ。俺が馬鹿だった」

鞄を肩に掛け、ついでにみょうじの鞄も手に取る。

「なにちゃっかり鞄持っとんだ」
「日直だからな。日誌出しに行ってくれたし渡そうかと」
「ハ、アピールがみみっち過ぎて哀れだわ」
「さっきの続きもあるし」
「…ハア?」

挑発するつもりで視線を投げると、鋭い視線で睨み返してくる爆豪がいた。
ざまぁみろ、だ。

「抜け駆け解禁だろ」
「早速かよ。マジでサカってんな。サルかよ」
「ペア替えまでするお前に言われたくないな」
「ハ、言うじゃねェか」

「じゃあな」と踵を返し前扉から出た。
「オイコラ止まれや死ねカス」と声が追いかけてきたが、当然止まるわけがなかった。
すぐ横に並んだ爆豪と目が合った。




「「絶対負けねぇ」」


仮初め紳士協定

「みょうじならもう出て行ったぞ」との相澤の言葉に首を傾げた2人が、教室の後ろ扉の前で小さく蹲る真っ赤な彼女を見つけるまであと10分