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「デクくん!さっきはすごかったねえ」
「あ、ありがとう!麗日さん」

演習を終えて校舎へ戻る道すがら、仲良く話す2人の姿が目に入る。
身振り手振りを交えて盛り上がる2人の様子に、なまえは視線を外した。

────やだ、やめて。

そう心の中で念じた直後、2人の笑い声が大きくなった気がした。




「出久くんさ、」
「ん?」
「わたしのこと、本当に好き…?」

放課後、日誌を書く緑谷の横に座ったなまえは口にする。
緑谷はゆっくり日誌から顔を上げ、大きな瞳をさらに大きくしてなまえを見つめた。

「ど、どうしたの、急に…」
「……」

────急に、じゃないよ。

そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
緑谷はシャーペンを置き、俯くなまえに向き直る。

「僕なにかした…んだよね?」
「気づいてないの?なら相当タチ悪いよ」
「えええ!!ちょちょちょ、ちょっと待って!!考える、考えるから!!!」

そう言って腕を組み考え出した緑谷をちらりと見る。

緑谷と麗日のことを今日まで耐えてきたなまえの不満は臨界点に達していた。

入学試験の時に助け合ったのがきっかけで仲の良い2人はなまえが緑谷に告白する前からそんな感じなので、最初の頃は仕方がないと諦めていた。
しかし緑谷と麗日は授業やインターンで共闘する機会も多く、その度に親密度も増していた。くじ運や何も知らない先生達が決めた組み合わせとわかっていても、緑谷と一切組んだことのないなまえにしてみれば面白くないことこの上ない。
ここ最近はツートップと組むことが多いなまえは、その度に無理するな、ついてこい、任せろ、とまるでお荷物のように言われ、その一方で隣で協力し合って課題を越えていく2人を見れば、嫉妬のひとつやふたつもする。先日の1-Bとの4対4の時なんて、真っ先に緑谷に駆け寄る麗日にどれほどの嫉妬をしたか。

そのうえ、麗日の恋慕も知っているなまえとしては気が気でなかった。緑谷の誰にでも優しい性格に惹かれたが、ことこの件に関してはその性格をやっかいに感じていた。

自分勝手な感情であって、緑谷は一切悪くない。
理由を言わなければ伝わらないのはわかっている。
それでも、自分は緑谷にとって特別な存在なんだと実感したくて、気付いて欲しくて、緑谷の言葉を待った。



「……ご、ごめん。わからない…」
「……」

頭を抱えながら窺うような視線に、気付いて欲しい気持ちが先行して勝手に落ち込む。

「教えて?直すから」
「……気付いてくれなきゃ、意味ないよ」

言えば良いのに、素直になれないなまえはなおも不貞腐れる。
膝の上で握り締めたなまえの手に、緑谷の手が触れる。嬉しいのにその手を振り払ってしまう。

「…お願い、機嫌直して?教えてくれない?」

────なんで?なんでわたしが拗ねたみたいになってるの。

完全な言いがかりだし、実際に拗ねている。それでも何も気付いていない緑谷に苛立つ気持ちは収まらないし、まるで嫉妬してる自分が浅はかだと言われているような錯覚に、なまえは涙を堪え切れなくなる予感がした。

「……っ、もういい」

なまえは立ち上がりその場を離れようとする。
その瞬間、腕を引かれたなまえは立ち上がった緑谷と机の間に囚われる。緑谷が身体を寄せてきたため、腰が机に乗り上げる形になる。

「ねえ、ちゃんと言って?じゃなきゃわかんないよ」
「……ッ」

三白眼でこちらを見つめる緑谷になまえは息を呑む。
2人きりの時にしか見せない緑谷の顔がある。普段の優しくて少しオタクっぽい彼と違い、静かで有無を言わせない雰囲気と少し強引になるその姿に、毎回どきどきする自分を知っている。
視線を逸らそうとするも「なまえちゃん」と叱るような口調に、なまえはおずおずと言葉を紡ぐ。

「お、お茶子と…すごく楽しそうだから、」
「…だから?」
「他の女子以上に話してるし、わたしとは、あんなふうには、盛り上がらないし…」
「……」
「距離も近いから、なんか、見せつけられてるみたいで、」
「……」
「彼女、は、わたし、なのに…」

話せば話すほど、笑顔の2人が思い出されて泣きそうになる。
麗日の素敵さを知っているから、そして彼女の緑谷への気持ちを知っているから不安になる。もし彼女が告白でもしたら勝ち目はないんじゃないかと思えてくる。それは緑谷への信頼とは別問題だった。

「…それは、僕も同じだよ」

怒気を含んだ声がして、なまえは顔を上げる。
より鋭くなった三白眼に目が離せない。

「なまえちゃんだって、結構無神経なことしてると思うよ」
「…なに、それ。自分のこと棚に上げるの?」
「違うよ。ただなまえちゃんだって似たようなことしてるよって言ってるんだよ」
「わたしは!そんなことしてないよ…」

自分がこんなに苦しむことを、緑谷にするわけないのに。
全く身に覚えのない話に否定の言葉を告げる。

「…じゃあ言わせてもらうけど、」

息を吐いた緑谷はなまえの肩を掴む。

「なまえちゃんさ、かっちゃんとやたら仲良くない?轟くんや上鳴くんもそうだけど」
「……え?」
「かっちゃんに頭撫でさせたり一緒にスマホ覗き込んだりしてるよね?あれどうにかなんない?すっごい気分悪いよ」
「あ、あれは!爆豪くんが勝手にしてるだけで、わたしは…」
「そうだよ、知ってるよ。でもさあ、それを拒否しないのはどうかと思うし、かっちゃんも勘違いすると思うよ」
「え!?ま、まさか!爆豪くんは別にわたしのこと…」
「好きだよ、あれは。わかるよ。だって僕、なまえちゃんのこと大好きだもん」
「!!」
「好きな子のこと周りがどう見てるかなんて、わからないわけないだろ」

そう言って肩を掴んでいた手が離れ、頬を撫でられる。反射で逃れようとするが、さらに身体を寄せられ身動きが取れない。

「なまえちゃんがそういう目でかっちゃんのこと見てないってわかってるけど、でももし告白されたらって、すごく心配なんだよ。かっちゃんかっこいいし」
「い、出久くん…」
「話すなとは言わないよ、そんなの無理だもん。でも、もうちょっと僕のことも考えて欲しい」
「……っ」
「なまえちゃんを信用してないとかじゃないけど。…とられたくないんだよ」

────わたしと一緒だ。

自分が傷ついたことばかりに目を向けて、大切な人のことを見ていなかった。
頬を撫でながら諭すように見つめてくる緑谷に申し訳なさが募る。

「…ごめん、なさい」
「…僕こそごめんね。そんなふうに思ってるって気付いてなかった」

少し身を引き幾分和らいだ声に、なまえは小さく頭を振る。

「僕としては普通に接してるつもりだったんだ。でも今度から気をつけるよ」
「あ、でも、お茶子に冷たくしろ、とかそういうつもりもなくて…」
「うん」
「…出久くん、最近本当にかっこよくなってるから、不安なの」
「……その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「え?」

腰を抱かれ、緑谷の声が耳元で聞こえる。

「なまえちゃんはさ、本当にいい子でよく笑って可愛いんだよ。もっと自覚して」

瞬間、なまえの頬は赤く染まる。
緑谷に怒っていたはずなのに、いつのまにか胸が温かく早鐘を打っている。スイッチの入った緑谷は本当にやっかいだ。そしてかっこいい。

「出久くん、ずるい」

そう言って緑谷のシャツの脇を掴むと、緑谷から長い溜息が吐き出される。緑谷の頭がなまえの肩口に押し付けられる。

「…ねえ、付き合ってるの隠すのやめよう…?お互いのためにならないよ…」

僕心臓保たない…、そう言って肩に頭を埋める緑谷を、なまえは黙って受け入れることしかできなかった。


お互い様の恋

心臓が保たないのは、わたしのほうだよ