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緑谷くんと付き合って5ヶ月が経った。
ヒーロー科の緑谷くんと普通科のわたしはなかなか時間が合わない。合わせられるとすればお昼休みくらいで、だから週3くらいの頻度で一緒にごはんを食べたりしてる。
でも本当にそれくらいしか会えなくて、あとは移動教室でばったり廊下ですれ違えばラッキーくらいだ。土日の昼間に寮へ遊びに行ってもいいのだけれど、緑谷くんはインターンやトレーニングで忙しくしているからあまり邪魔もしたくない。
そう、仕方がない。
デートどころかなかなか会えないだろうことは最初からわかってた。だからわたしはそんなに不満には思っていないし、闘っている緑谷くんの姿もかっこいいと思っている身としてはその努力を応援したい。
それに緑谷くんも頑張って時間を作ってくれていることがわかるから、会えない時間の長さはあまり気にならなかった。
お昼を約束している日は教室まで迎えに来てくれて、なんでもない話に笑ってくれて、すれ違えば目が合って、夜はメールか電話をしてくれて。そういう所から緑谷くんの温かい気持ちがたくさん伝わってくるから、わたしの心はいつも満たされている。
たったひとつを除いて。
今日も食堂でお昼ごはんを食べた後、2人で中庭を散歩していた。
少し肌寒いからか外に出ている生徒は他にいなかった。
話しながら道なりに歩いていると校舎の角に差し掛かった。そこでふいに緑谷くんの足が止まった。それに合わせてわたしも止まる。
言葉も止まってしまい静かになった緑谷くんの横顔を見上げる。こんな彼を見るのは何回目だろうか。自然と鼓動が速くなっていく。
だって、こんな寒いのに外に連れてくるなんてそうとしか思えなかった。
振り返った緑谷くんと目線を合わせる形で自然と壁に背をついたわたしに、緑谷くんの右手も壁に添えられた。
こういう雰囲気になる度にわたしはどきどきして浮かれてきた。こちらを見つめる瞳は心なしかいつもの緑谷くんより瞼が落ちていて、そんな瞳に男の子を感じてさらにどきどきしてきた。
少し染まった緑谷くんの耳朶に気付いてからはさらに胸が切なくなって、近付いてくる彼の顔に緊張しつつも瞼を固く閉じてきた。
今日こそは、と期待してその感触を待った。
「はよ来いよ!置いてくぞ!!」
「ちょっと待てってーー!」
右上の窓から声が飛んできた。廊下を走っているのだろう、男子の声だった。
多少気にはなりつつもそのまま瞼を閉じていたが、その後ザリッ、とスニーカーと砂が擦れる音が聞こえたのを合図に瞼を上げた。
そこには先ほどまでの緑谷くんとは違う、例えば爆豪くんに一方的に詰められてる時のような緑谷くんがいた。窓の方に視線を向けて少しオドオドしている。その様子にまたか、と心の中で溜息をついてしまう。
緑谷くんと触れたことがない。
手を繋いだりキスをしたことがない。
彼は何度か試みてくれて、でも学校内だからなかなか2人きりになれる場所はなくて、それでも隙をついて手を繋いだりキスをしようとしてくれた。わたしもしたいし、出来れば彼氏から求められたいなんて願望を抱いていたから、こちらからは動かず緑谷くんに合わせてきた。
でもその度にこんな形で雰囲気を壊されてしまう。
他の生徒や先生が近付いてくる声が聞こえれば体勢を戻して、緑谷くんのスマホが鳴れば「出ていいよ」と笑った。
そういうことが何回か続くうち、緑谷くんの敏感さに磨きがかかってしまった。まだまだ大丈夫なのに少しでも気配を感じたら動きを止めてしまい、「また今度」と誤魔化すのだ。足音が聞こえた瞬間、緑谷くんがわたしを置いて速足で歩いて行ってしまったこともあった。その時はさすがのわたしもポカンとしてしまい、「意気地なし」と心の中で毒吐いた。その後置き去りにしたわたしを思い出して「ごごごごめん!!!」と走って戻ってきてくれたけれど。
わたしからしても良いのだ。でも雰囲気を出そうとしてくれるが故の緑谷くんの行動だとわかっているから、そしてそんな彼にときめく自分もいるから、ここまで我慢に我慢を重ねてきた。
先ほどの男子達は去って行ったようだった。こちらに気付いてすらいなかった。
それでも緑谷くんは視線を泳がせて落ち着きがなくて、さっきまでとはまるで別人だ。
「…もう大丈夫だよ」
そう伝えてみたけれど、緑谷くんは「そうだね…」と答えるだけだ。
彼なりのプランがあるのかもしれないけれど、ここまで引っ張られてわたしは限界だった。そんな気持ちにどうか気付いてと願いを込めて、視線を彷徨わせこちらを見ない顔を見上げ続けた。心持ちあざとい顔もしてみた。
しばらくそのままでいると、緑谷くんの顔がこちらを向いた。
「も、戻ろっか…」
頬を掻きながら眉を下げ、苦笑いを浮かべた彼は踵を返そうとした。
──ばか。
咄嗟に出た左手で緑谷くんの右手首を掴む。びくりと止まった身体がこちらに向いたところでさらに引き、緑谷くんとわたしの位置を反転させた。
「え、みょうじ、さん…!?」と焦る緑谷くんを無視して、短く変に結ばれたネクタイを右手で掴み、ぐん、と下に引っ張った。
数秒後、ネクタイと右手首を掴む力を緩めた。
顔と両手を緑谷くんから離すと、手の甲を口に当て頬を赤く染めた緑谷くんがいた。
そんな緑谷くんの様子に恥ずかしさやらかわいさやらが一気に込み上げてきて、わたしは思わず吹き出してしまった。
笑うわたしに緑谷くんの赤い顔は心なしか怒っているようにも見えて、「ごめん。かわいくてつい」と謝罪した。
「……嬉しくない」
「うん」
「かっこよくしようと思ってたんだよ」
「うん」
「明日仕切り直すつもりだったんだよ」
「うん。きっとそうだろうなって思ってた」
なおも笑うわたしが信用してないとでも思ったのか、「今回はほんとだよ…!」とむくれた声が返ってきた。そんな緑谷くんに笑うのをやめたわたしは「ありがとう」と言葉を引き継いだ。
「その気持ちが嬉しい。……それにね、わたしが我慢できなかっただけ」
「…っ!?」
「なかなかしてくれないとか、ちょっとは思ったけどさ、」
「みょうじさん…!!」
「わたしが緑谷くんと、ずっとキス、したかったんだよ」
みるみる赤くなる緑谷くんにわたしも恥ずかしくなって、照れ隠しにべ、と舌を出した。
その途端、緑谷くんは両腕で顔を隠してしまった。あー、とかうわー、とか言いながら真っ赤になる緑谷くんに、ちょっと寒いくらいでちょうど良かったかも、なんて思ったりした。
もう待ってあげない
でも、次は君からしてくれたら、やっぱり嬉しいです