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(※恋愛要素薄め、受けっぽいです)
寒い、冷たい、痛い。それらがどんな感覚だったのかもはや思い出せないのに、全身は小刻みに震え続けている。
座ることが辛かったはずが、今はもう1ミリも動く気力が湧かない。
正面の隙間から覗く銀色のドアを眺めるだけだ。
「千冬さん」
意を決して発声すると、取り込んだ冷気に気管が焼かれた。痛覚を追い払おうにも上手く咳き込むことができず、不快感はそのまま気管を蝕んでくる。それでも、声の出し方を憶えているうちに、言葉を紡げるうちに伝えなければいけない。
嵐の前触れに似た低い風音を頭上に聴きながら、残り僅かの意識を左半身に集中させる。立てた右膝に両腕と頭を乗せ俯く姿は動かない。
「ありがと、ござ、した。あと…ッス、ンマセ…」
背中のコンテナに後頭部を預けながら顔を向けると、腕と髪の隙間から視線だけが返ってきた。
「置い、てってく、ださ…」
「…は?」
「死ぬま、えっ、に……、言っとかないと…って」
言うや、千冬さんの顔ががばりと上がった。
「俺は諦めてねぇ」
左肩を掴んだ右手が俺の身体を揺すった。触れられた感覚は遠く、それでいて痛みは皮膚の内側から押し上げてきた。
千冬さんの言葉が本当であることは、身体も表情も十分に動かせる様子からよくわかった。どうやら体力を温存させることに集中していたらしい。
ただ凍えていくのを待っていた自分との違い、これが幹部クラス。華奢な身体の何処にそんな力が在るのだろうか。
「くだらねぇこと考えてる脳筋使って、何か方法考えろ」
「…でた、千冬さんの、口癖」
こんな言葉しか返せない。千冬さんにちゃんと応えたいのに、身体の奥底にあるはずの言葉を掬い上げることができない。話すことはこんなにも難しいことだったのか。
「俺の……じゃ、ねぇ」
トーンの落ちた声色、霜が降りそうな毛先や睫毛、色の失せた皮膚。生命力を感じない姿とは対照的に、蛍光灯の白をみるみる溜め込んでいく瞳から目を逸らせない。
「会って、みたかった、す」
側で過ごす時間が増えるのに比例して、千冬さんの真っ直ぐな想いの熱源がここではない何処かから飛んでくるような瞬間に気付くようになった。
きっと想いを馳せているのは「場地さん」「マイキー君」「ドラケン君」「三ツ谷君」で、千冬さんは伝説達を語るたび大きな猫目に光を湛えていた。
「千冬さ…の、相棒」
「なまえもだろ」
千冬さんの憧憬の、力の、熱源を知りたくて、先頭切って闘う背中に必死で食らい付いてきた。
穏やかな笑顔で話す言葉も沢山、何度も何度も聞いてきた。「場地さん」「マイキー君」「ドラケン君」「三ツ谷君」、東卍や周りの人達について、そして。
「会えるよ」
その人。
伝説達が恩人だと微笑み、千冬さんの視線のずっとずっと先に確かに居るのだろう、その人について。
「諦めなかったら、絶対、会える」
「俺はタケミっちに会う」
「じゃねぇとアイツ、また、無茶する」
どのエピソードもあまりに大袈裟に話す千冬さんの姿に、「タケミっち」はてっきり死んだのだと思い込んでいた。
「勝手に殺すなよ!」と笑った後、尾を引くように下がった眉尻の意味するところは、未だ教えてもらっていない。
「生きて、」
「アイツの背負ってるもん、ひとつでも減らしてやらねぇと」
裏切りでもなくケジメもないまま「この」東卍を出られて、日常を生きている人が居る。
理由を教えてもらえることはきっとないのだろう。イレギュラーはたったの一人だって居てはいけないはずだ。
「お前背負ってる余裕ねぇよ」
「……だから、置い「勝手に諦めんな馬鹿」
覆い被さるように抱き締められる。
身体に当たる風がぐんと減り、細くゆっくりとした呼吸を全身で感じ取ることができる。
「一人で立って歩け。そしたら俺が守ってやれる」
「ち、ふゆさ」
「出て、会いに行こう」
さらに抱き寄せてくれる腕は俺よりずっと華奢だった。触れた冷たい頬の感触が、凍えた表皮を溶かしていく。
「絶対、誰か気付いてくれっから」と左耳に落ちた呟きは微弱な温かさを保ち、鼓膜を震わせた。
身体の震えは止まっていた。
氷点下の陽炎
狡いんスよ、2人とも