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(※攻め主です)






──轟くんみたいにかっこよくて、かっちゃんに張り合えるくらい強くて、八百万さんに負けないくらい頭が良くて、芦戸さんや切島くんみたいに明るくて。

そんな非の打ち所がない彼への気持ちが憧憬だけでなくなったのはいつだろうか。




照り付ける陽射しの下、シャコシャコ…とブラシをかける音が聞こえる。

朝の始業時のHRで、緑谷はプール開き前の掃除を言い渡された。周りには口々に「ドンマイ」「ついてなかったな」などと言われたが、緑谷としては役得でしかなかった。今日日直で本当に良かったと思う。放課後が近づくにつれ鼓動が早くなるのを自覚した。

「みどりやー!ホース持ってきた!」

緑谷が空のプールの中でブラシをかけていると、背後から明るい声が届いた。

「あ、ありがとう!」
「ごめんなー、暑かっただろ?ちょっと日陰で休憩しとけよ。俺やるし」
「ううん!大丈夫!2人でやろう」

振り返った先にいる彼に平常心を意識して返事をするが、視界に入った爽やかな笑顔は心臓に大きく響いた。




「1人でやらせるわけないだろ。B組の日直と2人でだ。…緑谷、みょうじと2人で放課後職員室来い」

「1人でやらせるとか先生鬼だな」との野次に相澤が返した答えに、緑谷は耳を疑った。まさかの名前に緑谷の体温は上昇した。




みょうじなまえ。
同じヒーロー科で2-Bに所属する彼は、絵に描いたように何もかも完璧な人間だった。

まず頭が良く個性の扱いも上手い。みょうじと戦った生徒は大抵負けるし、チームアップの演習ではメンバーの個性を最大限に活かした良策を連発する。ブレーンでありつつも必要とあらば自ら囮になるその姿勢にB組の信頼は厚いし、囮になったとしても返り討ちにするその強さは目を見張るものがある。あの爆豪が妙なあだ名をつけず、最初から苗字で呼ぶくらいには頭一つ抜きん出ている存在だ。

見た目は爽やかイケメンと言ったところで、短く整えられた黒髪は清潔感があるしスタイルも良い。それでいて冷たい印象は一切ない。笑うと人懐っこい表情になるそのギャップに毎回どきっとさせられる。

文武両道、容姿端麗なスペックに最初は誰しも遠巻きになるが、そんなことを忘れてしまうくらい「普通に明るく」接してくる彼に皆魅かれていくようだった。
そのうえ誰にでも親切にするものだから人気が高まるのは必然で、雄英に入ってからみょうじに告白をした女子の数は相当多いらしい。しかし全部断っているようで、だからか未だに想いを寄せる女子は後を絶たず、ちょっとした無限ループが出来上がっているらしかった。

本当にこんな人が存在するのか、というのが緑谷の第一印象だった。まるでコミックの登場人物じゃないかと思った。
ただそれ以上の感想も関わりもなく、A組にたまに遊びに来て誰かと談笑している姿を見るくらいだった。


1年生の途中から合同演習や寮生活が始まるとすれ違うことが増え、挨拶を交わすようになった。

ある日の演習後、「緑谷のシュートスタイルって速いよな。ちょっと参考にさせてもらっていい?」と話しかけられた。まさかみょうじにそんなことを言われるなどと思ってもみなかった緑谷は焦り、君のほうが実力も上だ、参考にするものなんてない、と答えた。
少し目を見開いた後、「買い被りすぎな。でもありがと」とへらりと笑ったみょうじに肩の力が抜けたのはよく憶えている。

みょうじとの会話が増えるに比例して親しくなっていった。
「みどりやー!」と笑顔で手を振られると嬉しくなり、「今度自主トレの相手してくんね?」と手を合わせてお願いされたら二つ返事で了承してしまう。みょうじから学ぶことは山ほどあって分析の手は止まらないし、捻り出した攻略方法も必ず隙をついて覆してくるその強さに憧れた。


そんな日々を重ねるうちに、緑谷はみょうじへの気持ちが憧憬だけではないことを自覚した。もっと話したい、知りたい、一緒にいたいと思っている自分に最初は戸惑った。同性だなんだと気にしないつもりだったがまさか自分が当事者になるとは思っていなかったし、よりにもよって不毛な結果に終わりそうな相手に落ち込んだりもした。

それでも想いは膨らむ一方で、ここ最近この気持ちをどう処理すべきか悩まない日はなかった。 みょうじのそばにいられる特権が誰かに渡って欲しくない。想いを伝える気はないのに身勝手な思考だけは働く自分自身を持て余していた。




「相澤先生の合理的ってたまにわかんなくね?」

ブラシをかける手元から目を離さないままみょうじが言葉を発する。
職員室での相澤とみょうじのやりとりを思い出す。なぜたった2人なのかと不満を漏らすみょうじに「3人以上だと遊び出す奴がいる。同じクラスでも口ばかり動いて手が止まる。以上だ」と相澤が即答したことだろう。

「この広さをたった2人でやらせる非効率は考えなかったのかな。地味に暑いし」
「はは、確かに」
「まあ、やるけどさ。緑谷となら楽しいし」
「え、」
「違うクラスでも口ばっか動く相手いるのにな」

ニカッと笑うみょうじにうっかり赤面しそうになり、慌てて首を縦に振った。
こういう無自覚なところがやっかいだと思う。峰田が「天然タラシ!」と指摘していたことも頷ける。


掃除をしながら授業や演習のことを話す。みょうじの強さの理由を知りたい緑谷からの質問が主だったが、みょうじも嫌な顔一つせず答えていった。

「トレーニング、参考というか、真似…させてもらっていい?」
「全然!あ、じゃあまた2人で自主トレやる?」
「いいの?」
「相手いた方が組手のイメージ出来るしさ。俺も勉強になる」
「な、ならお言葉に甘えて…!ありがとう」

図らずもみょうじと2人になれる約束ができた緑谷は緩む頬を抑えるのに必死だった。


「そろそろ流すか」とプールサイドに跳び上がる後ろ姿に声をかける。

「みょうじくんってすごいよね」
「えぇ?なに、いきなり」
「勉強も運動もできて、個性も使いこなして」
「んなことねぇよ」
「ほんとだよ。みょうじくんの努力の結果だってわかってるけど、いつもなんでも完璧にこなしちゃうのすごいなって思ってる」
「……」
「僕もそうなれたらなーって思うけど、みょうじくんみたいにはいかないや」

そう言って苦笑いすると、ホースを蛇口に取り付けたみょうじが振り返った。少し寂しそうにも見える笑顔を浮かべるみょうじに緑谷の表情は止まる。

「ありがと。でも、あんま言うなよ」
「え?」
「すごいって言ってくれるの、そりゃ嬉しいけどさ。あんまり言われるとなんか…」
「?」
「距離置かれてるっつーか、そんな感じする」
「え!?ご、ごめん!そんなつもりない!」
「いや、俺の被害妄想なのわかってる。ごめんな。でもできるなら控えてほしい」
「僕、たくさん言ってるよね…!?ごめんね」
「緑谷が謝んなよ。俺の勝手なんだから。つかフツーに照れるわ」

そう言って蛇口を捻るみょうじの右手のホースから水が流れ出た。

「…それに俺、緑谷が思うようなすごいやつじゃねぇし」

その言葉にみょうじを見上げるが、俯き加減のその表情は逆光で窺えなかった。
プールサイドから降りたみょうじは緑谷に背を向け、水をかけていく。手持ち無沙汰になった緑谷はとりあえずブラシをプールサイドに上げた。

少し変わってしまったような雰囲気に戸惑いつつも、また余計なことを言ってしまう不安から二の句が継げないでいた。


「…あのさ、いきなり変なこと聞くけど」
「な、なに?」
「緑谷って、好きな子いる?」
「…ぇえ!?」

思ってもみなかった質問に緑谷は全身で反応してしまう。「はは、そんなびっくりする?」と笑う声がみょうじの背中から返ってきた。

想いを寄せる本人からそんな質問をされて普通でいられるわけがなかった。胸に秘めるつもりの想いが気取られないように、緑谷はそっと息を吐いてから言葉を紡ぐ。

「うん、いる、かな」
「…そっか。やっぱいるよな」
「なんでそんなこと…」

少しトーンの下がったみょうじの声が返ってくる。

「俺もいるよ。しかもきっと叶わない不毛なやつ」
「…え?」
「男同士って、ないだろ」

緑谷はただ黙るしかできなかった。

考えなかったわけじゃない。彼が告白を断り続ける理由は、きっと他に想う人がいるからではないかと。外れて欲しかった予想は的中してしまった。
そしてその相手は男だと言う。女子なら性別の違いを理由にして無理矢理諦められるかもしれないと思っていた。
突然知ったみょうじの恋心に頭がくらくらする。

もしみょうじの想いが成就して、誰かと2人笑い合っていたとしたら。

そんな想像をして、胸が搾られるように痛んだ。

「俺の頑張りって不純なんだよ。ほとんどそいつに近付くためにやってて、どうにかして視界に入りたい、少しでも意識して欲しいって思ってる。でもさ、そいつ人に好かれるから、周りには良いやつがたくさんいて。あー、俺駄目だって、大して何にもしてないのに勝手に落ち込んでる」
「みょうじくん…」
「俺そういうやつなの。全然かっこよくない。むしろウジウジしてる。勿論ヒーローにはなりたいから一生懸命やってるよ。でも今は好きなやつのことばっか考えて、打算的に良い人、かっこいい人演じてる」

正直、これ以上は聞きたくなかった。こんなに誰かを想うみょうじを目の当たりにして平気でいられるはずはなかった。
でも放ってもおけなかった。初めて聞く彼の弱音を受け止めて、そして背中を押してあげられたらとも思う。先ほどの緑谷がしたように、きっと周りに褒めそやされ頼られてきた彼だから、誰かに聞いて欲しくても誰にも言えなかったのかもしれない。
2つの思いにぐらつく胸はさらに痛んだ。

「は…、なに話してんだろ。ごめん、変なこと言って」
「…その人に告白はしないの?」
「んー…、断られて友達に戻れなくなるのが一番やだからなあ」
「断られるかどうか、伝えてみなきゃわからないよ」
「好きな人いるらしい」

なんとかしてみょうじの気持ちを浮上させたいと思うのに、頑なな態度にどうすれば良いのかわからなくなる。こんなみょうじは知らない。言葉をかけようとする口は、開いては閉じを繰り返した。


水が流れる音だけがプールに響く。


手持ち無沙汰にホースを動かすのを手伝っていた時、突然みょうじが振り向いた。
「ほんとごめん!暗くした」と言うみょうじに、緑谷はただ首を横に振るしかできなかった。

「でも聞いてもらえてちょっとすっきりした。ありがと」

幾分気分が戻ったようだが、まだ寂しそうな雰囲気を残したみょうじの表情に胸が締めつけられた。彼をこんな表情にさせるその人が心底羨ましいと思った。

「そっち流すなー」との声に端に避けつつ、緑谷は言葉を紡いだ。

「気の利いたこと言えないし何もできないけど、」
「ん?」
「僕で良かったら、また辛くなったら言ってね」
「…っ緑谷」
「みょうじくんのこと応援したい」

嘘だ。本当は誰かと上手くいってほしくない。
それでも寂しそうな背中と笑顔を見てしまった。彼にはいつもみたいに笑って欲しい。そうなるために必要なのが自分じゃないとしても、その笑顔を取り戻して欲しかった。


返事がないことを不審に思い顔を上げると、こちらを見たまま眉を寄せるみょうじと目が合う。少しの間の後、緑谷は次第に青くなっていった。

「ごごごごめん!僕また余計なこと言った!?」
「…」
「む、無責任だと思うけど!でもみょうじくんとその人が上手くいったらいいなって思っ」

瞬間、みょうじはホースの吹き出し口を自らの頭に向けた。ブシャア!と激しい音と共に水飛沫が上がる。突然の行動に緑谷は変な声を出してしまう。
水が滴るまま俯くみょうじに声をかけようとすると、みょうじの顔がぐん、と上がった。そして鋭い双眸に射抜かれた。いつになく真剣な表情に不覚にも胸が高鳴ってしまう。
足元にホースを投げたみょうじはそのまま歩き、プールサイドに上がって律儀に蛇口を閉めた。ただ呆然と見守っていると、その背中が振り返った。

「情けね。まじでかっこわりィ」
「あの、みょうじくん…?」
「言うつもりなかったけど。このままじゃダメだわ」
「えと、」
「緑谷」


「好きだ」


頭が働かない。
聞こえた音と意味が繋がらない。


今度こそ声も上げられず一切反応できないでいる緑谷に、みょうじはプールサイドから降りて近づく。

「好きだ、緑谷」
「…っ」
「他に好きな人いるのにこんなこと言ってごめん。男とかねぇだろうし、俺のことは気にしないで。今まで通り友達でいてくれたら嬉しいけど無理にとは言わないから」
「あ、あの」
「さっきの、応援するって、すげぇ嬉しかった。ちょっと複雑だけど、やっぱ緑谷良いやつだな」
「あの!」
「俺が応援するから。緑谷とそいつが上手くいくように俺が出来ることやるよ。だから言っ」
「待って!!!」

止まらないみょうじに思わず声を張った。少し反響した。
目を見開くみょうじを見上げる。喉と手が震えているが、そんなことはどうでもよかった。

「か、勝手に進めないでよ」
「ご、ごめん…」
「僕、の気持ち、勝手に決めるなよ…!」
「え?」
「僕がすき、なのは……みょうじくん、だよ」
「……は?」

さらに見開かれるみょうじの瞳を見返す。恥ずかしいけれど、逸らしてはいけないと力を込める。

「え、だって、好きなやつ…」
「…だから、みょうじくんだよ」
「う、麗日じゃねぇの!?」
「え!?ち、違うよ!」
「あと、蛙吹とか!仲良いだろ?」
「友達としてだよ!」
「は…」

そのまま黙ってしまったみょうじに声をかけようとするが、何かを考えるような表情に緑谷は口を噤む。耐えるようにして言葉を待った。


「…あの、わかってるよな?」

空を彷徨っていた視線が戻ってくる。心なしか赤い耳朶は暑さのせいだろうか。

「俺の好きって、友情じゃない」
「わかってるよ」
「一緒に遊びてぇとかだけじゃなくて、その…色々、別なこと考えてる」
「い、いろいろ…!」
「そう。緑谷は、俺にそういうことされるの…嫌じゃない?」

不安げな瞳が見つめてくる。まるで捨てられた仔犬のような瞳に胸が締め付けられ、そして温かくなった。

「嫌なわけ…ないじゃないか」

緑谷が答えるや否や、みょうじはしゃがみこみ頭を抱えてしまった。長く息を吐く音が聞こえる。

「わ、ど、したの」
「やっべぇ、めちゃくちゃ嬉しい…」

手の甲で口許を押さえ、耳と頬を赤くしたみょうじに心臓が揺れる。
今まで見てきたどのみょうじとも違う表情に緑谷の体温は上がっていく。

「マジでかっこわりぃ…なにしてんだよ俺…」

「自分で台無しにしてたら世話ねぇわ」と呟く声が聞こえたかと思うと、みょうじの右手が伸び、緑谷の左手を緩く掴んだ。

「…緑谷」
「な、なに?」
「俺、こんな感じだよ。実際ヘタレで女々しくて、かなり幻滅させるかも。…それでもいい?」

そう言って不安そうにこちらを見上げるみょうじの視線に耐え切れず、緑谷もその場にへたり込んだ。
こちらを見つめるどこか蕩けたような瞳は現実だろうか。

「みょうじくん」
「…なに」
「僕の前以外でそんな顔しないでね」
「え?」
「…ううん、こっちの話」


きょとんとした顔が返ってきて、思わず笑ってしまった。


──轟くんみたいにかっこよくて、かっちゃんに張り合えるくらい強くて、八百万さんに負けないくらい頭が良くて、芦戸さんや切島くんみたいに明るくて。

そんな彼は、実は見栄っ張りなところがあって、臆病で予防線を張りがちで、そして少しかわいいらしい。


「とりあえず、さ」
「ん?」
「夏休み、どっか行こ?」

赤い顔のまま、でもいつもの爽やかな笑顔を向けられた。
掴まれた左手の指に力を込めて、緑谷は静かに頷いた。




赤面し眉を下げて笑う君を見れるのは、唯一自分だけだと信じたい。


夏のはじまり

その後、遅くなった2人に相澤が小言を言うのはまた別の話