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「ごめん、三奈」
「全然。少しでもスッキリするならどんどん泣いちゃえ!」
「っ、ありがと…」
教室の中から聞こえた会話に、ドアに掛けた手を止めた。
「なまえ、大好きだったもんね」
「…っ、やっぱり、言わなきゃよかった…」
みょうじが振られた。
3年のフロアを通る時、必ず教室に目をやって誰かを探していることには気付いていた。
誰を探しているのかわからないまま日は過ぎたが、ある時確信した。ソイツを真っ直ぐ見つめるその目が「好きだ」と言っていた。
気付いてしまえばわかりやすかった。
「通形先輩!」と明るく声をかけること。会話が終わった後、熱の篭った瞳でその背中を見つめること。揶揄うように小突く黒目に「やめて…!」と焦ること。目線だけじゃない、行動全てからみょうじの気持ちが痛いほど伝わってきた。
他には目もくれずソイツしか見ないみょうじに腹の底が煮えるような感覚を味わった。
早く振られてしまえ。
いつしかそう思うようになっていた。
振られて傷付いたみょうじにつけ込んで甘やかして、そして俺を好きと勘違いさせて手に入れてやろう。そんな感情を毎日毎日、呪いのように抱えていた。万が一、みょうじの想いが成就する可能性は頭を過ぎりもしなかった。
だから、教室から聴こえるみょうじと黒目の会話に釣り上がる口角を抑えきれなかった。 呪いが通じたのかもしれない、とらしくないことを考える自分に嗤った。
「先輩のこと、支えたかった。でも、辛いときに、告白、するとか…」
「なまえ」
「…っ、わたし、ひ、きょうだ…!」
真面目だよなァ、と口の中で呟く。
ドアに掛けた手を降ろし、その場を離れた。やっと巡ってきたチャンスに明日からどうしようかと思考を巡らせた。
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とりあえず、翌日から積極的に近付いた。
最初こそ反応は薄かったが、続けるうちに勘付き始めたみょうじに笑いが止まらなかった。
それはそうだろう。それまで挨拶を返すか必要最低限の会話しかしなかった相手が話しかけてくるようになり、何かにつけて構ってくるようになったのだ。乱暴にならないよう、かける言葉を慎重に選んだことも大きかったのかもしれない。
たまに匂わせる言葉を吐けばその目は微かに見開かれた。その後なんでもなかったかのように、気付かないふりをして会話を続けるみょうじに嗜虐心がくすぐられることもあった。
腹の底は常に音を立てていた。
ある日、伝えた。
放課後教室で待っておけと言った時点で気付いていたのだろう。その表情はほんの少し強張っただけだけだった。
「…ごめん、なさい」
辛そうに、でも目を逸らすことなくこちらを真っ直ぐ見つめる視線には特に何も思わなかった。
そういう返事がくることはわかっていたし、どちらかと言えばこの後どう攻めるかで頭がいっぱいだった。
こちらの思惑になど勿論気付くわけもなく、「先、寮戻るね。…また明日」と言う背中を見送った。
これで終わるつもりなど毛頭なかった。
その後も変わらない距離で近付く俺に、今度は戸惑いと同情の表情を浮かべるようになった。
振ったら離れると思っていたのだろう。むしろこれからだというのに。
みょうじは反吐が出るくらいに人が良い。自己犠牲の塊そのものだった。
ヒーローを目指す人間にとってそれは大切かもしれないが、それが時に彼女に重くのし掛かり、心を蝕んでいることを知っている。それはいつかみょうじの仇になると教師に指摘されることも珍しくなかった。
振られる痛みを知っている。
それでも諦められない苦しみを知っている。
だからこそ相手の立場になって、自分の痛みに置き換えて考えてしまう。
敢えて振られたのだ。「振られても一途に想っている」という印象を抱かせるためだけだった。
そうすれば人が良いみょうじだ、きっと俺を無碍には出来ない。
切なげで苦しげな表情を俺に向け、無理に取り繕うみょうじが憐れで仕方ない。そして嬉しい。なんであれ、コイツの気持ちが俺に向かっているという事実に心が満たされていく。
面白いくらい思惑通りに進むものだから多少の警戒はしたが、そんなものは全くの無駄だった。
/////
放課後、みょうじが一人になったタイミングを見計らって声を掛けた。
「…爆豪くん」と切なげに下がる眉に罪悪感など微塵も感じなかった。
「俺と付き合え」
「…っ、だめだよ…」
「何が」
ぎゅ、と握り合わせられた両手が震えている。
言葉が続かないのか、唇を引き結んでしまったみょうじを見つめていると、その視線はだんだんと下がっていった。完全に俯いてしまったその姿に一歩近付くと、みょうじの右足が後ろに下がった。それでもそれ以上は退かないみょうじは本当にお人好しだ。
華奢な肩口に額を乗せる。
ビクリと動いたが拒否する気配はない。
「…、あの」
「俺じゃ、ダメかよ」
「っ!!」
息を呑む気配にあと少しだ、と確信する。
額を首筋に擦り寄せ、苦しげに聞こえるように掠れた声を出す。
「諦めらんねぇ」
涙が頬を伝い、みょうじの首筋に流れ落ちる。
それを薄目で確認した。
数秒後、震える息遣いが聞こえたのが合図だった。
みょうじの背中に腕を回し抱え込むようにすると、控えめに腰の辺りに手を寄せる気配を感じた。
思わず笑みが零れ、くつ、と肩を揺らしてしまった。
しまったと思ったが、嗚咽を上げたと思ったらしいみょうじは俺の背中をあやすように撫で始めた。
ああ。
上がる口角に笑いが止まらない。
知らないだろう。
今、俺がどんな顔をしているか。どれほど満たされているか。どれだけ汚い涙を流しているか。
知らなくていい。
歪んでしまった気持ちで見ていることも。お前の幸せなど望んでやれないことも。お前が卑怯だと憤った行為を何事もなくやってのけた俺自身も。
背中を撫でる優しい掌に落ち着けるはずもなく、手に入れた温もりに静まると思っていた真っ黒はまだまだ腹の奥底で煮え滾っていた。
ペレーの涙
卑怯に流す真っ黒を、どうか受け止めて