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(※攻め主です)
前々から伝えようとは思っていた。
でも場所も時間も全てが同じだとなかなかきっかけが掴めず、切り出すことができないでいた。
それならばと、場所と時間を変えれば言い出し易いのではないかと思ったなまえは、『次の土曜日ちょっと遠出しよ。迎えに行くから』と約束を取り付けた。
送ったメッセージには既読がついただけだった。
否定の時だけ返事を寄越すことにはもう慣れた。
バイクに跨ったまま校舎から離れた所で路駐していると、「オイ」と後ろから声を掛けられた。振り返った先にいた爆豪は眉間に深い皺を刻んでいて、2週間振りに会えたことを喜ぶ気配など微塵も感じられなかった。
「お疲れさま」と言いながらヘルメットを差し出すと、爆豪は慣れた手つきでヘルメットを装着し後ろに跨った。
「はよ出せや。見られる」と言う爆豪に苦笑しながらヘルメットを被る。
腰に回った腕を確認してから、なまえはバイクのエンジンをかけた。
──最初の頃は俺に掴まるの嫌がってたっけ。
あまりものを強く言えるタイプではないが、「それだけはダメ。事故する」とその時だけは語気を強めて言ったことを思い出す。
──あ、帰りもこうしなきゃいけないのか。
バイクを発進させ、ぎゅう、と強くなった爆豪の腕の力を感じながらそんなことを思う。
元恋人になった直後に触れ合うことになってしまう。
冷たい風を首筋に感じながら、そこまで考えてなかったなあ、と自嘲した。
向かった先は海だった。
感傷的になった自分に多少なりとも酔っていたのかもしれない。
なまえは20歳で、爆豪は16歳。
合意なので犯罪にはならないはずだが、ここ最近はその合意すら怪しいと感じていた。だから別れようと思ったし、その方が爆豪のためだと思った。
近所の兄貴分として爆豪に接していた頃のほうがよく話してくれたし、笑ったりもしていた。しかしこの関係になってからというもの、以前のような表情は一度たりとも見た記憶がない。
3ヶ月前に爆豪から告白をされたという事実以外、なまえへの好意を確証できるものはなかった。
バイクを停め、浜辺を歩く。
冬前の気温ということも相まって、ツンとした潮の香りが鼻腔に冷たく刺さった。
あまり長引かせて風邪を引かせてしまってはいけないと思ったなまえは、「なあ、勝己」と声を発した。後ろを無言でついてくる気配はするが、勿論その表情はわからない。見たくもない。
「別れよっか」
しばらく待つも、返事はなかった。
肯定だった。
軽く息を吐き、足を止めたなまえは爆豪を振り返る。
少し遅れて足を止めたその顔は俯いていて表情は窺えない。
「…帰ろう。風邪引く」
何の反応も返さない爆豪にそう言い、隣をすり抜ける。
「最初からか」
右から聴こえる声に視線を下げると、かなり鋭い眼光と目が合った。
あまりの剣幕に身動ぎするなまえに「最初からそのつもりだったんかよ」と言葉が続いた。
「そんなわけないだろ」
「俺が何かしたか」
「ううん。違う」
「…誰か好きな奴でもできたんか」
「…なんでそうなんの」
「なんにもないよ」と溜息混じりに吐いた。
ある意味本当だ。何もないから、好きだと言ったはずの爆豪から否定以外の反応が全てなくなったから、別れを決断したのだ。
告白された時は驚きこそすれ、耳まで真っ赤に染めて睨み上げる爆豪に嘘など感じなかった。
爆豪をそういう目で見てはいなかったがその必死さに絆されたのは事実だし、付き合うからには歳上の自分が引っ張らなければと思った。だからメールも電話も、どこかへ連れ出すのも全部自分からなのは大して気にしてはいなかった。
しかし日が経つにつれて反応が薄くなっていく爆豪に、さすがのなまえも疲れてしまった。
きっと付き合ってみたけど違った、というパターンだろうと思った。兄貴分への憧憬を恋慕と勘違いしていたことに気付き、それでも自分から別れを切り出せないのだろうとしか思えなかった。
なおも睨み上げてくる赤い瞳が微かに揺れた。
「じゃあ、別れる必要ねェだろ」
「…え?」
大方「清々するわ」などの言葉を吐かれると思っていたなまえは、予想外の言葉に目が点になった。
「なんでそうなんの」
「何もねぇのに別れるもクソもあるか死ね」
「いや、何もねぇというかな、」
「二度と言ったらマジでブッ殺すからな」
「帰んだろ」と言って今度は先に進んで行く爆豪に戸惑いを隠せない。
思わずその腕を掴んだ。
「待って。…俺の話、聞けよ」
「ハァ?聞いとったわ。ンで何もねぇつったろが」
「…何もないよ。勝己から何の反応もないよ。だから別れたいんだよ」
「……」
「告る前の方が楽しそうだった。付き合ってからどんどん無口になって、眉間に皺ばっか寄せて。連絡してもほとんど返事こねぇし、いざ会っても全っ然楽しそうじゃねぇ」
「…ッ」
「なんなんだよ。俺だって疲れるよ。勝己がそんなことするヤツだなんて思いたくないけど…、からかうだけなら、マジでやめろよ」
勢いのまま言い切ると、突然爆豪が左腕を引いた。腕を掴んでいたなまえはそのまま前につんのめり、肩を押され引き倒された。
ザリリ、と頬が砂に擦れる。何をするのかと文句を言おうと身体を起こしたなまえだが、即座に爆豪が跨り肩を押さえたことでそれも叶わなかった。砂浜に押し付けるその力に思わず眉を顰める。
「ってぇ。何すんだよ!」
「…いや、だ」
強い力とは裏腹のか細く震える声がなまえの耳に届いた。さらに押さえられた肩にザリ、と砂が擦れる音が聞こえる。ブルゾンの肩口から入ってくる砂の感触が冷たい。
眉を顰めたままだったが、爆豪の尋常ではない雰囲気になまえは少し冷静になった。
「ぜってェ、別れねぇ」
「…なんで。付き合う前のが楽しそうだったじゃねぇか」
「…っ」
「さっきはごめん。さすがに言い過ぎた。…なあ、付き合ってみて違ったとかなら言ってくれていいんだよ」
「…」
「俺は勝己と普通に話したい」
「…ぃ、」
「話せるなら、兄貴分に戻りたいんだよ。…まあ、戻れるかどうかわかん」
なまえが言いかけると、俯いた頭が無言で振られた。
表情は窺えないがあまりにも激しく左右に振れる頭に、なまえは思わず閉口する。
そのうち肩が震えだし、その頭がなまえの肩口に置かれた。
まるで縋るような爆豪に、なまえは目を見開いた。戸惑いが隠せない。
「か、つき…?」
「いやだ」
「…だから、なんで」
「わかれよクソが…っ」
「わかんないよ。勝己なんにも言わねぇから」
「…んな女々しいこと、できっかよ…!」
頑なに何も言わない爆豪にどうしたものかと悩む。
それでも、どうもなまえを好いているのかもしれない態度に、先ほどとは違う溜息を吐いた。瞬間びくつく爆豪に思わず苦笑いを零したなまえは、その頭を撫でた。
「わかった。別れないから。とりあえず離れて」
その言葉にゆっくり身体を持ち上げた爆豪だが、相変わらず顔は俯いたままだった。
「何も言わなくていいから、俺の質問に答えて」
身体を起こし上半身の砂を払ったなまえは、俯く爆豪を見つめながら言葉を継いでいく。
「俺と居て、楽しくない?」
頭が左右に振られる。
「メッセとか電話とか、きたら嫌?めんどくさい?」
ブンブン、と先ほどより強く振られる。
じゃあなんで返事しねぇんだよ、と心の中で毒吐いた。
「兄弟みたいな、前みたいな関係に戻りたい?」
こちらも激しく首を振られる。
「…俺に彼氏でいて欲しい?」
しばらくの間の後、今度は微かに縦に振られた。
相変わらず何も言わないし、なまえの爆豪に対する疑問は何一つ解決していない。
それでも、そんなことはもうどうでもよくなってきた。
微かに見える耳が赤く染まっていること、必死に否定すること、なまえのブルゾンを握り締める手の力が尋常ではないこと。
それらの反応が全てを語っていた。そしてその反応に少し安心し、満たされている自分を自覚していた。
「最後な」と、震える肩に優しく問いかける。
「…俺のこと、好き?」
ただ無言で、こくり、と頷かれた。
──ああ、もう。
胸がくすぐられるような感覚が広がり、思わず爆豪を抱き締めた。
強張る背中と頭をゆっくり撫でると、安心したように爆豪から力が抜け、腕が背中に回った。
ただの不器用、天邪鬼だったようだ。
合点がいかないことはいくつかあるが、とりあえず今日の反応でしばらくは耐えられそうだった。
これからも苦労しそう、と思いつつ、なまえは爆豪の耳元で囁いた。
「…不器用でかわいいってのも、限度あるからな。わかった?」
「ッ!ぅ、うっせ…」
そう言って盗み見た耳朶は3ヶ月前のあの日より赤かった。ぎゅうぅ、と背中に回った掌の力が強くなった。
これくらいの仕返しは許されて欲しい、と思うなまえの鼻腔に潮の匂いが甘く刺さった。
エンドロールが始まらないのは
プロローグすらまだ始まっていないから