青年2人



なまえは旅団が集まる酒場にいた。


薬師の友人に会いに行くため、数日がかりの旅をしていた。いつも一人旅のなまえは行き先が同じ行商人や旅芸人の一団を見つけてはその中に入れてもらって進むのが基本だ。体力的には一人で行けないこともないが、女の一人旅はその他の危険がつきまとう。旅団側も薬師がいて損はしないし最低限自分の身は護れるなまえは足手まといにはならないので、僻地へ向かう旅でない限り旅団探しはそこまで難航しない。

「そっち方面かあ…。つい昨日一団出ちゃったところだよ」

残念だったね、と告げる店主に少し様子を見てもいいかと告げ、飲み物と軽い食べ物を注文しそのままカウンターに座る。

いつもならもっと先の街まで一気に向かう旅団に同行しているのだが今回は運悪く巡り合わず、「途中の街までなら同じだよ」と受け入れてくれた行商人に付いていき、初めてこの街に立ち寄った。
どれくらいの頻度でどの方角に旅団が来るのか未知数だったが、目的地は栄えた街だからそのうち次の旅団は現れるだろうし、2、3日遅れるのは日常茶飯事だ。友人を心配させることもないだろう。
ただまだ日の高い時間帯、急な予定変更で出発の早まった旅団が現れるとも限らない。他にすることもなかったなまえはそこで待つことにした。




「カーーッ!めちゃくちゃ疲れたーーー!」

突然右側に大きな声がやってきて、なまえは思わずビクついてしまう。

「声がデケェ」
「オイオイ荷物持ってる俺への気遣いは!?」
「酒くれ」
「相変わらずひでぇなあ。あ、おっちゃん俺にも!」

青年2人組のようだった。ちらりと視線を動かしたが視界の端に映った半身は肌の露出が多く、なまえは慌てて視線を戻した。
2人組は少し離れた席に座り酒を飲みはじめた。手元の本に視線を落とすが、片方の青年の声が大きく文字情報を認識できない。
聞こえてくる話では、2人はなまえと同じ街に行くようだった。
一瞬考えが過ぎる。しかし万が一の時男2人に抵抗できるはずもないし、視界の端で感じた体格はかなりがっしりしていた。急いでない状況でわざわざ男だけの旅に入ることはない。他を待とう、と改めて手元の本に意識を集中しかけた時だった。

「あ、ならあのお嬢さんと一緒に行ってあげてよ。彼女も同じ街に行くらしい」

──まずい。

店主の言葉に2人組の視線がこちらに移るのがわかる。
人数の多い、出来れば女性のいる一団が良いと告げておくべきだった。男だけの旅団に女1人放り込もうとするとはまさか思っていなかった。

「え、お姉さん、一緒に行く?」
「い、いやいや!男性2人に女は足手まといになりますから他を待ちます。お気遣いありがとうございます」
「全然!俺ら気にしないよ!」

──そこは気にして欲しいなあ…。

満面の笑みの赤い髪の青年になまえは愛想笑いを返すしかなかった。真っ直ぐな彼の言葉に裏はないのかもしれないが、普通この状況で気付かないものなのか。
隣の青年も黙ったまま止めようともしない。悪い人と思いたくはないが、鋭い視線からただ者でないことだけはわかる。きっと強い。

「いやでもほんと、遠慮します…」

本を盾にしつつ視線を逸らした。

「あれ、お姉さんって薬師?」
「あ、はい。そうですが…」
「やっぱり!ダチの薬師がその本よく読んでるから」

なまえの持つ本の表紙を差して人懐っこく笑う青年に、少し緊張が解ける。

「これ、友人に借りたものでわたしのじゃないんですけど」
「へえ」
「こんな難しい本読まれてるって、その方とても優秀な方なんですね。わたしはいまいち理解できませんでした」
「たぶん。いつも山入ると本片手にブツブツしゃべってて、何言ってるかサッパリわかんねーけど」
「ふふ、わたしの友人もそんな感じです」

そうして話すうち、赤い髪の青年の人柄の良さがわかってきた。それ故せっかくの誘いに乗らないのは心苦しかったが「急いでいないので」と改めて丁重に断った。
目的の街に行くには野営を挟まなくてはいけない。何かあってからでは遅いのだ。


「俺達、明日の昼過ぎにここを出る予定だから。もしそれまでに他が見つからなかったらここ来て」

酒を2杯ほど煽った後席を立った青年が宿泊先を書いた紙ナプキンを差し出してきた。
「気を遣わせてごめんなさい」となまえは頭を下げ、メモを受け取った。
隣の青年は終始黙ったままだった。


2人を見送ったなまえがそのまま席に戻った後、ほどなくして同じ街に向かう家族が現れた。
用心棒を2人雇っているその一家は小綺麗な身なりをしていて、それなりの身分と思われた。
今晩の宿を探しに来たと店主に話しかける家長と思しき男性になまえが身分を明かし交渉すると、快く受け入れてもらえた。その家族とともに明朝、街を出ることになった。


/////


──やっぱり、尾けられてる。

街を出て1時間は過ぎ、山道を進んでいた時だった。
こちらを探るように山中を進む気配がした。

山に入って薬草を採ることが日常のなまえにとって人の気配は動物のそれより煩く聴こえる。恐らく盗賊、さすがに正確な人数はわからないが少なくとも4人はいそうに思われた。
なまえは自然な足取りで速度を緩め、最後尾を歩く用心棒に近付いた。

「積荷が狙いですよね」
「…気付いたのか」

慣れているのか、玄人そうな用心棒の声のトーンには一切変化がなかった。
頷きそうになるのを堪え、なまえは前を向いたまま続けた。

「逃げるのは得意ですが、対人の戦闘はお役に立てません」
「十分だ。俺達が仕留める。家族を連れて山の中で隠れていろ」
「主人には?」
「きっと倅が伝えてる」

馬の手綱を引く父親と用心棒の青年の背中が前方に見える。

「弓での助太刀ならできるかもしれませんが」
「要らん」

「わかりました」となまえが返事をすると、一部の足音の速度が上がった。前と後ろから挟むつもりだろう。

外套の下の掌に力を入れた途端、山を滑る音と共に無数の人影が飛び出してきた。
なまえは一目散に前に走り、母親と2人の子どもに駆け寄る。母親と上の娘の背を押し、荷車に腰掛けた下の息子を抱きかかえたなまえはさらに前へ走った。

「こっちです!」

父親と青年に目線をやる。
父親を背に庇っていた青年は瞬時に理解したようで、すぐなまえから視線を外し盗賊と対峙した。
こちらに駆けてくる父親の姿を認めたなまえは山の斜面へ駆け登った。背後で馬が嘶く声と武器がぶつかる音が聞こえるが、振り返らず山の中へ分け入る。

藪の中へ足を踏み入れた時、後ろで微かな悲鳴が聞こえた。
振り向くと、上の子が転け斜面を滑り落ちていた。
その声に積荷に手を触れようとしていた盗賊の1人が振り向いた。直後、下卑た表情を浮かべる盗賊を視界に捉えたなまえは抱えていた息子を父親に押し付けた。

「もっと奥へ!」

振り返らずそう言い残し、なまえは弓に矢をつがえながら斜面を滑った。
叫ぶ子どもと、子どもを呼ぶ母親の声が飛び交う。
子どもの足元近くまで盗賊が来た時、なまえは矢を放った。額当てに矢を受けた盗賊は数歩下がり額を抑え唸った。その隙に子どもに駆け寄り抱き起こすと、その勢いのまま背中を山奥へ向かって押し上げた。

「行って!!」
「このアマ!!」

視界の端で盗賊が剣を振り上げるのがわかる。
初めて対峙する刃物だった。転げて避けようとした時だった。


突然、ゴッ、という鈍い音と共に盗賊の頭が右手に飛ばされた。
斜面の上の方から滑り降りる音が聞こえる。盗賊の右のこめかみから血が流れるのが見えたと同時、音の聞こえた方向から臙脂色の布がなまえの前に飛び出してきた。

──あ、

その横顔と服装は記憶に新しかった。
昨日酒場で見た金髪の青年だった。
青年は勢いのまま盗賊に飛びかかり、素手で数箇所に打撃を与えた。気絶したのを手早く確認した青年はなまえを振り返ることなく駆けて行く。向かった先には未だ交戦中の用心棒達がおり、よく見ると赤い髪の青年が盗賊の1人に馬乗りになったところだった。

あまりの突然の出来事に呆気にとられたなまえだったが、すぐに家族の存在を思い出し山奥へ駆け登った。




その後音が鳴り止んでも藪の陰に潜んでいたなまえ達は、「降りて来い」との玄人の声を合図に山道に降りた。

「礼を言う。お陰で積荷も無事だ」
「いーえ!間に合って良かったッス!」

用心棒親子と笑顔で話す赤い髪の青年と、馬を宥めるように撫でる金髪の青年を認めた。
赤い髪の青年がなまえに気付く。

「ども!昨日ぶり!みんな無事?」
「はい。あの、ありがとうございました…」

夫婦も一人一人に礼を言い、解けかけた積荷の確認を始めた。玄人の用心棒はなまえと子ども2人に視線をやり無事を確認するような素振りを見せた後、夫婦の手伝いを始めた。

盗賊の姿を探すなまえに赤い髪の青年が近付いてきた。

「1人ずつ木の上に括り付けてきたから大丈夫だよ」
「え!?」
「腹減った頃に縄が切れて落ちるか、警備兵が通った時に回収してくれるかだな」

背後の斜面を親指で指す青年はなまえにニカッと笑いかけた。

「俺、切島鋭児郎。よろしく!」

名乗りながら差し出された右手に右手を重ね、「みょうじなまえです」と名乗った。
「あとアイツ、爆豪勝己な」と顎でしゃくる先には、馬の額を掻く金髪の青年がいた。馬が気持ち良さそうに頭を下げている。

「俺らも一緒に行くことにしたから」
「えっ」
「あんなの見てほっとけねぇよ」

そう言って安心させるように微笑む切島に、なまえもつられて微笑んだ。


切島と言葉を交わした後、なまえは金髪の青年に近付いた。馬を撫でる手は止めないまま、その顔がなまえに向いた。美しい赤い瞳に一瞬見惚れた。

「みょうじなまえです。…爆豪さん、先ほどはありがとうございました」

軽く頭を下げると「怪我ねぇか」と声が返ってきた。
「ないです」と答えると「そうか」とだけ言った爆豪は馬の頬を軽く叩き、切島の方へ歩いていった。馬の鼻息がなまえの頬を擽った。


/////


その後は何事もなく進み、一行は2日後、無事目的の街に着いた。
なまえは家族と用心棒に礼を言い、去って行くその背中を見送った。
荷馬車から大きく手を振る娘が見えなくなると、なまえは隣の青年2人を振り仰いだ。

「ありがとうございました。お2人だけならもっと早く着いたのに、命まで助けていただいて」

改めて頭を下げると、切島が慌てたように両手を振った。

「ほんといーって!最初は大変だったけど、それ以外は楽しかったし」

「なあ、バクゴー」と切島が爆豪に笑いかけると、「はよ行くぞ」と眉間に皺を寄せる顔が返ってきた。

「すみません、お急ぎのところ。…では」

その様子に再度軽く頭を下げたなまえは2人に背を向け、通りを進んで行った。




いつもと変わらない出会いと別れに、名残惜しさも感じぬまま



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