不穏はきていた



その後数日をかけてなまえは爆豪、切島と来た道を戻り、なまえの住む街に戻ってきた。

移動の初日に早速野営を挟んだが勿論そんな心配はしなかった。それどころか見張りはこちらですると告げる爆豪に交代を申し出たが、「体力あり余ってる方に任せとけ。テメェは休め」と、気遣う言葉なのに有無を言わさない圧力で告げられてしまった。
2人がなまえに合わせて進んでくれているのは道中ひしひしと感じていたから、なまえもそれ以上食い下がることはしなかった。


自宅兼診療所まで送ってくれた2人になまえは深々と頭を下げた。
「また遊びに来ます!」と快活に笑う切島に対し、爆豪は特に何を言うでもなくこちらを見つめていた。そんな対照的な2人にも何か絆のようなものを感じたなまえは微笑み、改めて礼を伝えた。
2つの背中が通りの角を曲がり見えなくなってから、なまえは玄関ポーチを登り玄関扉を開けた。


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それから4ヶ月程が過ぎた、患者も落ち着いたある日の午後だった。
ドアベルの音になまえが調剤の手を止め奥の作業部屋から出てくると、3人の男が待合室に立っていた。武人階級と思われる身なりをしていて、全員腰に剣を携えていた。がっしりとした体格はみるからに健康体で患者ではないのは一目瞭然だった。
室内を無遠慮に見回すその様子になまえの眉間に自然と力が入った。

「…ああ、そんなに警戒せずとも大丈夫です」

少し後ろに佇む男がなまえに視線を移し、柔らかい声を出した。少し線が細くすらりとした男はにこやかな笑みを浮かべた。纏う服は他の2人より高価なように見えた。
無遠慮に近付いた男になまえは微かに後退る。

「我々は国王軍の委託を受けている者です。怪しい身分ではございません」

男は右の胸元に手を当て、銀灰色の胸章を示した。確かにその胸章は見憶えがあった。正規の国王軍の胸章とはデザインが異なるが、同じシンボルの鷲が象ってある。

しかしなまえの警戒は解けず、むしろ深まるばかりだった。
軍の関係者が何故街の薬師をわざわざ訪ねてくるのか。国王軍にはなまえが到底足元に及ぶこともできない優秀な医師や薬師がいるわけで、特別な薬を調合しているわけでもないなまえに用はないはずだった。
たまたまかもしれないが、患者のいない頃にやって来た辺りにも何かきな臭いものを感じた。なまえは押し黙り男の言葉を待った。

「人を捜しています」

にこやかな笑みを湛えたまま、男はなまえに告げた。
男がなまえから向かって左の武人に目配せすると、武人が懐から紙を取り出しなまえに差し出してきた。

「……」
「この男、もしくは似た人物を見かけませんでしたか?」

爆豪だった。
紙には爆豪の人相と全身が描かれていた。横に外見的特徴の説明書きがあったが、それを読まずともなまえには誰のことかわかってしまった。

なまえはゆっくり視線を上げる。
無表情の武人2人と、対照的ににこやかな表情を浮かべる男の様子に冷や汗が流れ、胸を不快感が満たした。

いつか聞いた爆豪と緑谷の会話がなまえの脳裏に蘇った。

──戦ってほしくて用意してるんじゃない、素直に言え、庇うな、無理はやめて…。


「…知っています」

沈黙が長引けばより分が悪くなると判断したなまえは口を開いた。
男はさらに笑みを深くした。

「どこにいるかご存知でしょうか?」
「いえ。以前街へ行く道をたまたまご一緒しただけで」
「それきり?」
「…何度か、こちらに来られました」
「ほう」

沈黙が降りる。男の探るような視線は心底居心地が悪かったが、目を逸らしてはいけない気がした。両手の拳に力が入る。

「親しいのですか?」
「…ご用事の道中だと言って立ち寄られただけです」
「何か話されましたか?」
「世間話なら」
「どこに居るかは」
「存じ上げません」

なまえが言い切ると、向かって右の武人が動いた。そちらを見なくても先程より表情も纏う空気も厳しくなったのがわかる。なまえが爆豪を庇っていると思ったのかもしれない。冷たく射るような視線を感じ胃の底が震えた。
男もその空気を悟ったようで制するようにちらりと視線をやったが、武人の発する空気は変わらなかった。

「……ありがとうございます」

男が身を引いた。それを合図に左の武人も人相絵を懐に仕舞ったかと思うと、また違う紙を取り出しなまえに無言で差し出してきた。

「もし、また会うことがあればこちらにご一報ください」

なまえはゆっくり手を伸ばし受け取る。そこには詰所らしき住所が書かれていた。
なまえが紙を見つめていると、3人が動く音が聞こえた。

「あの!」

なまえは紙から顔を上げ、背中を向けようとした男に声を掛けた。完全に踵を返していた武人2人もこちらを振り返った。

「…この人、何か、したんですか?」

向き直った男になまえが尋ねると、にこやかな笑みのまま「いいえ」と返答があった。

「詳しいことは申し上げられませんが。例えば、罪を犯したというわけではございませんので」

だから安心して知らせてこい、とでも言いたいのだろうか。
その後続く言葉を想像したなまえの眉間に皺が寄った。

「会ってお話ししたいことがありまして」
「…」
「ただ気難しい方なのか、なかなか応じてくれないのです」

男の変わらない表情と声色に真意を読み解くことはできなかった。
そんななまえに男は再度微笑み、「失礼いたします」と扉を開け去って行った。




閉じた扉をしばし眺めた後、なまえは意識的に肩で深呼吸をした。

──大丈夫、本当のことしか言ってない。

そう言い聞かせても緊張は解けなかった。

嘘はついていない。爆豪や切島について「なまえが」知っていることは男に話したことが全てだった。
爆豪に会ったのは緑谷に会いに行ったあの時と、それ以降では爆豪が此処にやって来た数回だけだ。なまえの元にやって来る時は切島と2人のこともあったし、爆豪だけの時もあった。用事のついでだと言って少し話すだけ、ごくたまに手土産だと言って薬草をくれることもあったがそれ以上のやりとりはなかった。

それもここ2ヶ月程はぱったりなくなっていた。
今の今まで特に気に留めてはいなかったが、先程の話を聞いた後だと何か理由があるのではと考えずにはいられない。

何かあったのか──。
それはきっと緑谷と爆豪がしていた不穏な会話と関係しているのだろうと思ったし、先ほどの武人達の様子からそれは間違いなさそうだった。罪を犯してはいないとの言葉を信じたいが、あの捜し方に何も勘繰るなというほうが無理があった。男の笑顔はどことなく気味が悪かったし、その口調からは爆豪に対する敬意のようなものは一切感じられなかった。


なまえは手中の紙をぐしゃりと握り締めた。

武人達がここにやってきたということは爆豪、もしくは2人がここへ向かう姿を誰かに見られているということだ。そしてその情報を誰かが話し、なまえに辿り着いたのだ。

どうにかして危険を伝えなければと思った。しかしなまえが2人に連絡をする手段はない。緑谷に伝えても良いが、先程の探るような視線に二の足を踏んでしまう。武人達が緑谷に辿り着いていないかもしれない。なまえが連絡をしたことをきっかけに巻き込むようなことは避けたかった。
そしてなまえ自身、再び武人達に会うことも避けたかった。次会うことがあるならば、その時はより確信を持ってなまえに迫るはずだ。屈強そうな彼らを前にして友人を庇えるのか、正直自信は持てなかった。


どうにかしたい気持ちとどうにもできない状況に、もどかしさだけがなまえの心に募っていった。ただひたすら、このまま此処へは来ないことだけを祈っていた。




薄く開けた小窓から吹き込む風が、これから訪れる季節を告げていた



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