(※Dive to Deepの爆豪くん視点です。解釈違い、イメージと違う可能性があります。なんでも許せる方のみお読みください)




「勝己」

閉じ込めた腕の中で優しい声がする。
力を緩め顔を向けると、声と同じ温度の顔がこちらを見上げてきた。

こうして笑いかけてくれるたび、暗転しようとする心を握り潰していた。


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雄英生になれたことで少し気が緩んでいたのだと思う。入学後に感じた焦りを掻き消し絶対に1位を獲り続けることを第一に考えてはいたが、それでも受験の時の緊張感に比べれば多少落ち着いたものだった。そうしてできた隙間に欲望が入り込んできた。燻る熱をどうにかしたくて、1人で対処するにも飽きてきていた。
そんな時、教室の前で微笑んでいたなまえが近付いてきた。

『さっきの説明でなにかわからないとこなかった?大丈夫?』

コイツならいけるかもしれない。
平等、正直、優しさ。そういうもので満たされているのであろう顔を歪めてみるのも楽しいかもしれない。
それくらいのことは考えたが、自分のタイミングにたまたま現れたのがなまえだっただけで彼女でなければならない理由なんてどこにもなかった。
ただ単にそういうことをしたかっただけ、誰でも良かった。


『えと…、わたしであってる?男子の係呼ぼうか?』

戸惑いながらも応じる姿を見つめながら、頭の中では絡めとる算段を立てていた。
同じクラスでも学年でもないから都合が良い。試して、無理を悟ったら離れれば良い。
上手くいけばラッキーくらいの軽い気持ち、今日の昼飯は何を食べるかくらいのものだった。

『爆豪くんのこと勘違いしてたよ。最初すっごい怖かったから』
『わたしに出来ることあったらいつでも言ってね』

しばらくして連絡先を教えられた。
そこからは2人きりの場所に呼び出しては少しずつ身体を近付けていった。言い包めるつもりはなかった。そんなややこしいことをしてまで抱きたいわけでもなかった。

『こんなことしちゃダメ、離れて』

力の限り拒絶すれば良いものを、戸惑いながらも諭すように言い続けるなまえを鼻で嘲笑った。そんな弱い力でやめるなら最初からしていないし、その反応により確信を持って触れるようになった。
力なく押し返す両手も、その瞳を見つめ返せば緩まった。俯き左右に振れる顔も、低く囁けばゆっくりこちらに戻ってきた。
そうして見たなまえの瞳に浮かんでいたのは拒絶だけではなかったし、その様子にほらな、と思う自分がいた。


返信が来なくなって思ったことといえば、あの快楽をもう得られないのか程度のことだった。関係を持っただけ、自分のメンタルや生活に影響が出るわけがなかった。
いつの日か2-Aの教室前でなまえを見つけた時も、クラスメイトに笑顔を返す横顔をただなんとなく見つめていただけだった。そこにいるな、くらいのものだった。

それが、こちらに向いた顔に微笑が浮かんだのを認めた途端、頭の中を言葉が行き交った。混乱し、そんな自分に戸惑った。

放課後、何かに引っ張られるように扉に手を掛けた。
そして組み敷かれるなまえを視界に捉えた時、怯えた顔がこちらを向いた時、血の温度がぐんと下がった。明確な殺意に近い感情が自分を突き動かしていた。

まさか。そうか。

頭の中で同時に響いた。
自分のなかに彼女への醜い執着があるのを悟った。


これ以上近付かない。近付けてはいけない。
違うなんて嘘だ。あの下卑た顔は自分そのものだった。
自分も同じことをしたのだ。拒絶する彼女に噛みついた。自分に縋り泣く姿に興奮していた。
そんな自分が一体どんな顔をして彼女に触れるのか。

散々蹂躙した挙句に気付いただなんてどんな惚け方だと思った。
そんなものエゴでしかない。絡まってしまった気持ちを打ち明けることも、怯える彼女に寄り添う資格もない。
唯一彼女にできるとすれば最低な自分でいることだと思った。恨まれることをした、ならば彼女が恨みたいだけ恨み切れるような自分でいようと決めた。


そう思っていたのに、廊下の向こうからなまえを呼ぶ声が聞こえた時、耐えることができなかった。教室に届いた騒めきを無視するつもりが気がつけば傍らで膝をついていた。
廊下に倒れる青い顔も、意識がないはずなのに酷く軽い身体も、その生々しさに唇を噛んだ。ベッドに寝かせたなまえから目が離せず、芦戸と麗日の言葉も耳に入ってこなかった。自分がいたことは絶対に言うなと、呟くのが精一杯だった。
教室で突き放したあの日のなまえの表情がこびりついた脳内で、ずっと別のことを考えていた。


頭の中では幾らでも伝えられるのに、いざ彼女を目の前にすると言葉にならない。かき抱きたい衝動に駆られてしまう。快楽を憶えてしまった身体が彼女を捕まえようとする。
駄目だと言い聞かせても止まらない自分の一部を抑え込むことに必死だった。

その度に罵った。
今思えば、それが一番楽だったんだと思う。

真っ当に気持ちを伝えれば良かったと後悔するのに動くことができなかった。伝えて何を言われるかを想像すると怖くて堪らなかった。
それでも視線が合った瞬間、もしかしたらと思う自分を止められなかった。嘲笑うように囁く黒い衝動の誘いを断ち切れなかった。

遠ざかったはずの彼女がふとした時にちらついて、目の前に現れる。
試されているようだった。そしてそのたびに負けてしまう自分の弱さを認めたくなかった。

それでも、想いを打ち明けてくれたなまえの手を取ってしまった。
自分の罪を償うこともしないまま、姑息な腕をその身体に回した。

離れたくなかった。
望んだ通り、最低だ。


/////


なまえをさらに引き寄せ、その肩口に顔を埋める。

自分はなまえに何をした。彼女の人の良さにつけ込み、拒絶する彼女を強引に抱いた。足元を見て何度も繰り返した。合意があったにせよ、自分がそう仕向け彼女を捕らえたのは事実だった。
この温かい体温に、身体に、心に、一生消えないかもしれない傷をつけた。
彼女が好きだと言ってくれても、自分のしたことを無かったことになど出来ない。してはいけない。

「勝己?」

だから、今度は守ろうと決めた。
傷は消えないから、せめてその傷が少しでも塞がるように、跡が少しでも小さくなるように。
いつか心が離れたとしても、誰かの手を取るとしても、絶対に。

「どうしたの?」

穏やかな声が間近で聞こえる。
付き合って以降、彼女はこうして尋ねてくることが多い。気遣ってくれること、自分の異変に気付いてくれることが嬉しくて、でもそんなことを言えるはずもなかった。
そのたびにこの重さを吐露してしまいそうになる。優しい体温に赦された気がしてしまう。

彼女の優しさに甘えてはいけない。その温かさに絆され、想う気持ちで埋め尽くされてはいけない。誤魔化してはいけない。犯したことを忘れてはいけない。

屋上で話した日、そして初めて愛し合った日に本音を零してしまったことを後悔している。
また彼女につけこんだ。心の何処かで赦されようとしている自分が許せなかった。行為中、繋がることに夢中になり、まるで何もなかったかのように全てを忘れていた自分が信じられなかった。
どんなに後悔し自分を責めたとしても最も汚く弱い部分は変えられやしないのだと、もう1人の自分が嗤っているような、鈍く光る牙が耳元で唆しているような気がした。


──気付かなかったら、何もしなかったくせに。


それでも、この腕を解けない。
温もりを手放せない。


ごめん。
本当に、ごめん。
そんなこと、思って、ごめん。

「なんもねェよ」

言える日は来ないとわかっているから。

赦罪の残酷を
知っているか


羽川さま
はじめまして、うまこです。
「Dive to Deep 爆豪くんside」へのリクエストありがとうございます。そしてあとがきまで読んでくださったようで恐縮です…。
爆豪くんの粗暴さは真面目でストイックだからこそ、半端を許容できず他者にも自分にも厳しい彼の不器用で弱い面だと思っています。なのでもし好意や反省の気持ちが後から生まれてしまったとしたら、誰よりも苛まれ自分に罰を与えそうな気がします。そして言葉にすることは甘えだと思い込み、言葉にしようと努める主人公とは違う行動をとりそうだなと思いました。そんな勝手な解釈が前面に出たおはなしなだけに読んでくださる方のイメージを崩してしまうのでは…と思いお蔵入りさせていました。今でも不安でいっぱいですが、ご興味を持ってくださったことがとても嬉しいです。
リクエストとメッセージありがとうございました。また遊びにきていただけますと幸いです。