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爆豪くんは怖い。
クラスの大半の人は普通に話すし爆豪くんが怒鳴ったってあまり気にしてないけれど、わたしにはそんなの無理だ。あの態度を自分に向けられたらと思うと、想像しただけで冷や汗が出てくる。話しかけるどころか関わりたいと思わない。
しかもただ怖いだけじゃない。
頭が良くて、運動神経も良くて、個性を使いこなしてる。それ以外もさらりとこなす彼は流石才能マン、ツートップと言われるだけある。天は彼に二物も三物も与えたんだと思う。
だからわたしは関わりたくない。
中学まではいつも成績上位だったから自分は出来る人間なんだと思ってた。
だから雄英のヒーロー科に合格した自分にさらに自信が持てたし、高校でも頑張るぞ、なんて入学当初はかなり前向きだった。
ところが蓋を開けてみたらなんてことない、わたしは出来ない人間だった。
勉強も演習も難しくて、でもそれはみんな同じだよね、なんて暢気に構えていたらわたしほど出来ない子はいなかった。勉強が苦手でも演習では褒められるとか、全部平均以上は取ってるとか、みんな何かしらの強みがあった。
方やわたしは勉強も演習も最底辺だった。中学までの自分からは想像もできない落差にショックを隠せなかった。
なんとかしようと始業前や放課後に勉強や自主トレに勤しんだけれど、効率が悪いのか一向に抜け出せなかった。みんな隠れて努力しているのかもしれないけれど、絶対一番頑張ってるって自負出来るくらいには長い時間机に向かったし身体も鍛えていた。寝不足なんて毎日だった。それでも、どれだけ必死に汗を流しても変わらない状況にわたしの心はポキッ、と折れた。
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「今回の演習はペア間のばらつきが出ないよう成績を見て組んだ。お互い補い合って取り組め」
みんなの前で言う相澤先生に、一言余計だよ、と心の中でガンを飛ばした。寮生活が始まる頃には見事に卑屈な人間になっていた。
わたしの相手はあの爆豪くんだった。成績で決めるなら上位の子と組むことになるだろうことはわかっていたけれど、よりにもよって彼だった。同じ成績上位者ならヤオモモとか緑谷くんが良かった。爆豪くんとペアなんて、補い合うどころか足手まといだと罵られて切り捨てられるのが目に見えている。
とは思いつつも決まったものはしっかりやらなければならない。できる限りの力で一生懸命取り組んだ。ない頭をフル回転させて考えた。
だけど、結果は惨憺たるものだった。わたしは何もできないどころか自爆行為で怪我をし途中離脱してしまった。気付いたら保健室のベッドで寝ていて、あの後爆豪くんがどうなったのか知る由もなかった。
呆然と見上げた蛍光灯が眩し過ぎた。
その夜、相澤先生に無理をお願いして開けてもらった演習場で自主トレをしていた。
寮に戻って雑談する余裕は正直なくて、ここ最近は共有スペースにも寄らなくなっていた。これだけ頑張っても底辺のわたしが少しでも手を抜いたら留年ものだし、退学だってあり得ると思う。みんなに「あんなにやっても下にいる」って思われるのは恥ずかしいけれど、そんな見栄を張っていられる状況じゃなかった。
悔しい。こんなにやっているのに伸びないどころか取り残されていく恐怖を毎日味わっている。出来ない、無能だとレッテルを貼られているような気がする。先生達は何も言わないけれど、それがかえって諦めのように思えて辛い。
イメージしている技を編み出そうと試行錯誤している最中、体勢が整っていないタイミングで個性を発動してしまったわたしは地面に叩きつけられた。あまりの痛みに蹲る。痛みが身体中に広がるのに比例するように、脳内にも卑屈な思考が広がっていく。悔しくて悔しくて、涙がぽたり、ぽたりと落ちていく。なんでこんなに頑張っても出来ないんだろう。惨めだ。
「なにしとんだ」
後ろから聞こえた声に目を見開いた。慌てて涙を拭い立ち上がる。振り返るとポケットに手を突っ込んでこちらを見る爆豪くんがいた。
「…じ、自主トレ」
今日の演習では爆豪くんに迷惑という迷惑をかけまくった。始まる前も保健室から帰った後も爆豪くんは言葉少なで目も合わなかった。あの爆豪くんが苛立って声を荒げないのだから、罵る気も起きないくらいわたしに呆れているんだろうなというのがひしひしと伝わってきた。怯えながら取り組んだからあり得ないミスを連発したし、その度に爆豪くんが尻拭いをしてくれた。
あと2回も一緒にやらないといけないなんて胃が痛い。演習で捻った左足首がずきん、とした。
「今日はごめんね」
これまで爆豪くんと話したことなんてなかったし演習での失態がある手前、短い言葉を発するのが精一杯だった。
ヒリヒリする頬を撫でると痛みが走り、指先にうっすら赤が移った。
「もっかいやってみろ」
「…え?」
歩いてくる爆豪くんの表情は変わらない。
「身体のバランス悪りぃんだろ。見てやる」
まさかの提案だった。予想もしていなかった言葉に反応できずにいると「はよやれや」と舌打ちされた。
未だ混乱しつつも慌てて構えたわたしは爆豪くんの前で何度も試した。
爆豪くんが黙ってこちらを見ること数回、腕の角度や筋力の足りない部分を指摘された。その都度修正を加えては失敗し、また挑戦し、を繰り返した。
その日、技の方向性が見えてくるまで爆豪くんは付き合ってくれた。
その日以降、爆豪くんは時折自主トレに付き合ってくれるようになった。
爆豪くんが苦手なわたしは彼の親切を辞去したけれど、「結局は俺の成績に響くんだよ」との言葉にぐうの音も出ず、素直にお願いすることにした。
爆豪くんの指摘はどれも的を得ていた。言われた通りに修正をかければ少しずつ形になっていったし、教えてもらった筋トレやストレッチで身体づくりをすると格段に身体が動かしやすくなった。確実に進んでいる感覚を味わい、わたしの心は久しぶりにワクワクした。
そのうち勉強も教えてくれるようになった。さすがにそれは申し訳なさすぎて何度か遠慮したけれど、爆豪くんは一切無視して教え殺してくれた。暴言は出るし丸めた教科書で叩かれたこともしばしばあったけれど、本当に困っていた身としては正直有り難かった。
それでも爆豪くんが教えてくれることをすぐ出来るわけもなくて、何回も失敗したし同じ間違いを何度も指摘された。
その度に「ごめんね」と謝ると「んなこと言うならはよ出来るようになれ」と返ってくるのがいつもだった。わたしを見る爆豪くんの顔には嘲る様子も不機嫌な色も浮かんでいなくて、とても静かだった。
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今日は1限前に教室に来て昨日の授業で出た課題を片付けていた。
「忘れんうちに解いて定着させろ」との有難いアドバイスを守り、最近は遅くても翌日中には課題を片付けるように心掛けていた。
次第にクラスメイトが教室に入ってくる。おはよう、相変わらず早いね、なんて言葉に苦笑いを返しながら問題を解いていると、爆豪くんが前の席にどっかりと座った。
「おはよう」
「ちゃんと守ってんじゃねーか」
「教えてもらっておいて不真面目にはなれないよ」
暴言とか舌打ちとか苦手な所はまだあるけれど、前ほど爆豪くんのことを怖いと思わなくなっていた。こんな風に爆豪くんと話す日が来るなんて、数ヶ月前は全く考えもしなかった。
勝手な思い込みで怖いと怯えて嫉妬まがいの感情も抱いて、爆豪くんのことをよく知りもしなかったのに失礼だったなと反省してる。そしてこうして爆豪くんを知ることができて良かったと思う。
そのまま問題に向き合うわたしに、爆豪くんも席から動こうとしない。もしわからない所が出てきたら教えてもらえるかな、なんて思っていると右手から挨拶が聞こえた。そばにやって来た上鳴くんと瀬呂くんに挨拶を返す。
「今日もやってんなあ」
「みょうじ俺を置いてくなよ〜仲間だろ〜?」
「ダメだよ、わたしほんとにやばいんだから」
そう言う上鳴くんだってヤオモモに教えてもらって点数は上がっているようだし、なんだかんだで結果を残している。彼の言葉を鵜呑みにしてはいけない。
「課題終わったら見せて」と手を捏ねる上鳴くんに眉を下げていると、瀬呂くんが爆豪くんに視線を向けた。
「爆豪、みょうじには教えてやるよな」
「あ?」
「俺らが頼んでも聞いてくれねーじゃん」
「そー!それ思ってた!なあ、まさか付き合ってんの?」
強引な展開に思わず目を見開いたが、悪戯っぽい表情を浮かべる2人にそういうことかと溜息を吐いた。
「爆豪くんに失礼だよ。わたしができないから面倒みてくれてるの」
「え、なに。じゃあみょうじ的にはアリなの?」
「ちょっと、揚げ足取らないで」
「だってさあ、今まで全く話してなかったじゃん。なんかあった?って思うだろ」
ニヤニヤと笑いながら揶揄ってくる2人に再度否定しようとした時だった。
「馬鹿にしてんじゃねぇよ」
その声に視線を左に向ける。2人を見据える爆豪くんの横顔は静かだった。
「すぐ結びつけんな。んなこと言う暇テメェらにあんのかよ」
「そんな突っかかるなよ。そうかな?って思っただけだって」
まあまあ、と笑う瀬呂くんをひと睨みした爆豪くんは続いて上鳴くんをギロリと睨んだ。
「コイツはちゃんとやっとんだわ。一緒にすんなアホ面」
「ひど!!俺だってやってるよ!?」
「俺に失礼だ!」と怒る上鳴くんに追い払うように手を振った爆豪くんは、「オイ、ここ間違っとんぞ」とノートを指差した。
黙り込んでしまった2人は何かを含んだような表情で笑い、「じゃあな」と離れていってしまった。
2人から爆豪くんに顔を戻すと視線が交わった。「ボケっとすんな」と軽く叱られる。
「ご、ごめん。ちょっと、びっくりして」
「……」
先ほどの爆豪くんの言葉がまだ耳に残っていた。
何も言わない爆豪くんに再度謝罪すると、彼の眉間の皺が少し緩んだ。
「はよ上がってこいよ」
「あ、う、うん」
「次のテスト、半分以上じゃなかったら殺す」
「はんぶ…っ!?が、がんばる……!!」
「じゃねェとテメェの時間が空かねぇだろ」
「え?」
「オラ、はよ解け」
そう言ってとん、とノートを指す爆豪くんに言われるまま問題に向き直った。
爆豪くんの言葉が胸にじんじんと反響している。
怖いだけじゃない、荒いだけじゃない。そんなことはとうにわかっていたけれど、馬鹿にされてなかったんだな、とわかった瞬間胸があったかくなった。
目を掻く振りをして少し滲んだ目尻を拭いた。
ありがとうと言いたいけれど、それはまだ早い。結果を出せるまで仕舞っておこうと思う。
ひたむきな獣は
春の鼓動に気付かない
「ば、爆豪くん!10番!奇跡!」「俺が教えてやったんだから当たり前だわ」「ほんとありがとう…!たくさん時間もらっちゃったし、これからは1人でなんとかするね」「…ハァ?」「え?」「……おまえ、やっぱ馬鹿だろ」「!?」