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「すみません、遅れちゃいました」
「ああ縫部さん。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……!」

朝のホームルームが終わった頃、一限目の準備をしていると教室の扉がガラッと勢いよく開く。そこに居た少女は朝の悶着のド真ん中にいた例の子で、走ってきたのか額に汗を浮かべ焦った様子で席に着いた。窓際の一番後ろの席、そこが彼女の場所らしい。というか同じクラス? 気付かなかった。山本や獄寺くんもこれには驚いているらしく視線が彼女を追いかけている。俺だってそうだ。一度認識してしまえば気になるもので、ついじろじろと見てしまって彼女と目が合った。やばい、と思ったけれど、彼女はあの優しい笑みを返してくれたのだ。
めちゃくちゃいい子じゃん! なんであんな子が雲雀さんと親しいんだ……
あまりにも雲雀さんに失礼な気がするが、実際共通点らしきものは見当たらない。普通の少女と最恐の風紀委員長。本人に聞けばなにか分かるかな。

そのまま何事も無く午前の授業は終わり、昼食の時間。お昼休みは基本的に獄寺くんと山本と三人で食べるので二人と屋上にでも行こうという話をしているところに彼女が声をかけてくれた。

「朝はありがとう、山本くん。沢田くんと獄寺くんも助けようとしてくれたよね」
「いや、俺達は何もしてないし!」
「助けたっつっても結局ヒバリが来てなきゃ騒ぎになってただろうしな」
「でも良かったな! あれ、大事なものなんだろ?」
「うん、私の宝物だから。お礼ちゃんと言っておきたくて」

少し頬を染めて嬉しそうに話している。よっぽど大事らしい。ソーイングセットと言っていたけれど裁縫が好きなんだろうか。彼女は……あ、名前。たしか縫部さんって呼ばれてたけど。

「そういえば下の名前なんていうんだ?」

気になってたことを山本がド直球に聞いてくれた。ナイスと言うべきか言葉を選んでと言うべきか。けど獄寺くんも知りたがっていたらしく、じっと彼女を見つめている。

「そういえば自己紹介まだだったね、私は縫部××、趣味はお裁縫、特技もお裁縫! よろしくね」

そういって差し出された手を山本が握り返していた。あんなにナチュラルに女の子と手を繋げる山本やっぱすげー……

「良ければ俺らと一緒に飯食わねーか?」
「誘いは嬉しいんだけどごめんなさい、お昼ご飯は応接室で食べる約束してるの」

応接室。それは雲雀さんの根城で風紀委員以外の生徒が入ることは基本的に教師であろうと許されない。そんな場所で昼食をとる約束、なんて相手は雲雀さんだと言ってるのと同じだ。というかそうなんだろう。

「早くこれ届けないと怒られちゃうから……そろそろ行くね!」

彼女が手にしていたのは二つの弁当箱。どう見ても一人分では無い。雲雀さんのお弁当を作っているのは縫部さんってこと? というかあの人他人が作ったもの食べるんだ。軽く放心して彼女の小さくなっていく背中を見つめていた。

「俺達も食べましょう、十代目」
「う、うん」

もっと知りたいような、知っちゃったら戻れなくなるような。いつもは騒がしくなる獄寺くんや山本も静かに廊下を歩きながら各々思考に耽っていた。どうしてだろう、彼女の事が気になるのは。



「自分から声掛けちゃった……っ」

廊下を早足で駆けながらさっきの自分を振り返る。クラスの中心人物である山本たちに話し掛けるのはなかなか勇気が必要だった。自然な感じで話しかけられていただろうか、獄寺くんの圧が強くてすこーしだけ弱気になってしまったが、不快な思いをさせていないだろうか。沢田くん、優しくて友達思いで暖かい人。あんな人と友達になれたら楽しいんだろうな。目的の応接室前、扉を数回ノックをして声を掛けた。

「入っていいよ」
「失礼します」

お昼休みや放課後。授業以外の時間の大半を私はここで過ごしている。

「今日のお弁当です、ハンバーグ入れてきましたよ!」
「ん、食べようか」
「はい!」

彼に自分で作ったお弁当を渡すようになったのはいつからだったろう。家事だけは得意な私が唯一彼に貢献できるものだった。彼の分を机に置いて、私はソファでいただきますの挨拶をしてから食べ始める。食事中は静かだ、言葉一つ発さず、黙々と食べる。これが作法だと母親に教わったからで、雲雀さんも食事中は静かにする人だから余計。彼となら沈黙が苦ではない。

「……」
「…………」

ほんとに、静か。

「ごちそうさま」
「………………」

反応したいけれどまだ食べ終わってない。口に物を入れて喋るのは行儀が悪いし、しっかり噛んで、でも少し急ぎ目に中身を食べ終える。

「ご馳走様でした。あっ、またにんじん残してる」
「これ嫌がらせ? 前にいらないって言ったよね」
「嫌でもちゃんと食べなきゃですよ。ほら、口開けてください」
「…………」

不機嫌そうに睨んでくるけれど全然怖くない。嫌いなもの残してイヤイヤしてる子どもみたいで可愛いのだ。彼の箸を持ち、小さめに刻まれた人参を一掴み。そのまま彼の口元に持っていくと、ゆっくりと小さな口を開いてくれる。

「む……甘い」
「でしょ! これ、いい人参使ってるんですよ」
「でも次からはいらない」
「えーっ! ……仕方ないですね」

どうしても受け付けないものがあるというのは変えようがない。別の食べ物で栄養を補えばいいのだから、人参に代わる食材を探そう。彼の弁当箱を片付けて布で包み、そっと鞄にしまい時計を確認する。まだ昼休みはたっぷり残っているし少しくらい夢中になっても大丈夫だ。

「じゃあ私は作業するので。……時間になっても気付いてなかったら教えてください」
「ん」

黒革のソファは冷たい。太ももの裏にひんやりとした感触を覚えつつ、針と布と糸、あとハサミとかいろいろを準備してとりかかる。これはただの趣味では無い、作ったものはインターネットで売っているのだ。手縫いのぬいぐるみやマスコット、小さなポーチ等は一部のハンドメイド好きには刺さるものがあるらしく、生活費や食費だけでなく普通に趣味に使える金額を稼げているから大満足。しかしあくまで自分のために裁縫をしているのであって、お客さんのためとか考えたら楽しくなくなってしまうのは分かっていた。

全部、全部自分のため。解れない縫い方も、痛みにくい素材選びも全部。私と両親を繋げる裁縫という物が至高であり続ける様に。

その後必死にちくちくと縫っていたら、なぜか放課後までここにいた。雲雀さん曰く「声を掛けたけど聞いてなかったからほっといた」とのこと。叩いてでも気づかせてくれてよかったのに。雲雀さん権限で出席扱いにしてくれるらしく、とてもありがたいけれどその分の授業内容は自習しなければならないということ。つまり別の時間を勉強にとられるという……因果応報です。