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ケーキ屋独特の甘い香りに食欲が唆られる。
ショーケースの中で輝きを秘めるスイーツ。生クリームにチョコレート、抹茶味とか色々あって迷ってしまう。

あまりケーキを食べない、ましてはこういうお店で自分で買うのはほぼ初めてでありやけに緊張してしまっている。店員さんはにこにこと笑顔を絶やさずに私の注文を待っていた。

「あれ? ××ちゃん!」
「わっ! さ、笹川さん……!」

入口の方から聞こえてきたのは同じクラスの笹川京子さんの声。隣にいる緑中の制服の子は友達だろうか? さすが並中のアイドル、顔が広い。

「京子ちゃんのお友達ですか?」
「同じクラスの××ちゃん! 外で話すのは初めてだったかな?」
「縫部××です、えっと……」
「三浦ハルです! よろしくお願いします!」

ポニーテールを揺らしながら元気な声で自己紹介してくれた三浦ハルさん。笹川さんのお友達はいろんなタイプの子がいて楽しそうだ。

「××ちゃんもケーキ買いに来たんですか?」
「そうです、知り合いにクーポン貰って。三浦さんたちも……?」
「はい! 新作ができたって聞いたので一緒に食べようって話してたんです! それより名前でいいですよ、ハルって呼んでください!」
「は、ハル……ちゃん」

誰かを名前で呼ぶなんてなんだか恥ずかしい、初めてかもしれない。でも嬉しいような暖かいような。

「そうだ! 私たち今からお家でケーキ食べるんだけど、よければ一緒にどう?」
「そうですね! ××ちゃんのお話、たくさん聞きたいです!」
「え、いいんですか……?」
「「もちろん!」」

二人の声が重なった。笹川さんとハルちゃんは私の手をぎゅっと握って、光溢れる笑顔で応えてくれる。緊張の糸がプツリと切れて、表情筋が一気に緩んだ。へにゃっと笑う自分の顔、気持ち悪いかもしれない。

「そうと決まればケーキを買わなければ! 新作はどれでしょう……?」
「あっ! ちょうど三つ残ってるね」
「せっかくなので私もそれにします、貰ったクーポンあるからそれでみんなの分も買っちゃいますね!」
「ありがたいです〜!」

新作というのはフルーツタルトのようで、この夏旬のフルーツがぎっしりと並べられている。店員さんにそのタルトを注文し「これでお願いします」と言ったら、顔を青くしてそそくさと会計を進めていた。どうしたんだろ、高級ケーキにクーポン使ったのは良くなかったかな。

「お、お待たせいたしました! またのご来店お待ちしております…!」
「? ありがとうございます」


笹川さんのお家で三人で談笑しながら食べたタルトは忘れられない味になりそうだった。主に二人の会話を聞く側に回っていたけれど、本当に幸せな時間だったと思う。趣味以外に幸福を感じるなんて初めての事で、自分にびっくりしている。友達ってこんなにあったかくて穏やかでいられるものなんだ。
そのうちで笹川さんのことも名前で呼ぶようになり、次の日から教室での会話もする仲まで発展できたのだった。



「____ってことがあったんです! とっても楽しかった〜。クーポンありがとうございました!」
「わざわざ僕に群れていた報告してくるなんてほんとに度胸あるよね」
「あ、そっか……雲雀さん群れるの嫌いでしたもんね。気分を害されたならすみません」

初めての友達、ということで少しはしゃぎすぎていたかもしれない。そういえばこの人、群れが嫌いだったんだ。いつも一緒に居てくれるからあまり意識していなかったとはいえ今のは迂闊すぎる。

「まあ、少しくらいいいよ。僕の視界に入らなければ」
「……!」

薄々感じていたが私にだけ甘いような気がする。自惚れだったら恥ずかしいから言わないけど。風紀委員の人や一般生徒は彼を恐れているらしいが私は彼の怖いところを見た事がないから解せない部分が多い。

彼のことをどう思ってるか、って聞かれればそれは多分……。


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「ただいま」

下校時刻を過ぎ、家の前まで送ってくれた雲雀さんに挨拶をして暗い自宅へ潜り込む。自分が灯りを付けないといけない、自分がご飯を作らなきゃいけない、自分で稼いで生きていかなきゃいけない。そんな生活に慣れてしまったけれど、家族に憧れを持ったりもしてしまう。

沢田くんの賑やかな周りを見ていると余計、羨ましくなってしまうのは仕方ないでしょ。

最低限の家具しかないリビングでパソコンを開く。通知はネットショップのものばかり。またたくさんの作品が売れているらしい、ありがたいことだ。

「…………お母さん、」

母が教えてくれた裁縫。父が褒めてくれた指先。器用さだけが私の取り柄。

正直に言えば、普通の家庭ではないことは自覚していた。両親の職業は知らないし、部屋の奥から香る鉄の匂いを知らんぷりしてたのも良くなかったのだろう。父はもう居ない、母はどこに居るか分からない。私に家族と呼べる人は近くに居ないのだ。寂しいに決まってる、中学生なんてまだまだ子どもで、雲雀さんみたいに強くなれるわけもない。だから彼にしがみついて誰かと繋がっていようとしているのかも……。

重い腰を上げ、注文の入った商品を丁寧に梱包する。視界の端に映った何も入ってない写真立て。両親がカメラを嫌っていたせいで家族写真の一枚も存在しない。それでも写真立てなんて要らないものを買ってしまったのは思い出が欲しかったから。

雲雀さんは一緒に写真を撮ったりしてくれる人じゃないだろう。京子ちゃんやハルちゃんと写真を撮ってみようかな、道端の猫とかの写真を入れてみてもいいかも。

でも、ここには家族を閉じこめたい。そのわがままに、自分が苦しんでくのは分かってても、母がいつか戻ってくることを信じたいのだ。

「……あっ! やっちゃった」

包装紙を切ろうとハサミをいれたときに自分の指先の皮膚を巻き込んでしまった。傷口からぷっくりと血が溢れるのを視界が捉えた途端じんじんと熱を持って痛み出す。絆創膏、あったっけ。

なんだか情けなくなってぽろっと涙が零れた。怪我ひとつで泣くなんて、と思った途端涙腺が決壊して次々と涙が溢れて止まらなくなる。

「っ……情けない、ほんと」

窓の向こうに小さな影があることにも気が付かないまま、涙を手の甲で拭いながら蹲って小さく叫んだ。