泣いてる君が一番
綺麗な音楽を聴いた。夜空に浮かぶたくさんの星を見ながら、悲恋の曲を。ピアノのメロディが哀しみを掻き立てるようで思わず目が潤んでしまう。私自身が失恋をしたわけでも悲しいことがあった訳でもないのに、ぽろぽろと溢れる涙。拭う事もせず放っておくと抱えている膝にポツリと垂れていく。
「私の中で、いつまでも、」
「やあ」
「ひゃっ!?」
小さく歌を口ずさむと目の前の窓がガラッと開けられて人の影ができる。ここ二階なんだけど……と思いながら両耳に突っ込まれたイヤホンをむしり取った。この夜に制服で、他人の家に容赦なく上がり込んでくるという事に違和感も持たぬまま。
「せめてドアから来てください……」
「ここも扉でしょ」
「窓っていうんですよ」
あまりの出来事に涙も引っ込んで、イヤホンから音漏れしてる音楽がなぜか部屋に響いている気がした。
「また泣いてたの」
「……こうしてると落ち着くんです。涙流すとなんか……疲れてよく眠れるというか」
「へぇ、じゃあ泣かせてあげようか」
「バイオレンスはダメですよ、痛みで寝れなくなっちゃう」
特別親しい訳では無いと思う。ただの元クラスメイト……というのもおかしい。彼とは教室で会ったことはないのだ。私が空き教室でこんな風に音楽を聴きながら独りで静かに涙を流しているところを彼に見られて以来、こうして他愛もない会話をするようになっていた。
「子どもみたいだなってのは分かってるけど、これが私のルーティンなので」
「別に僕には関係ないから好きにすればいいよ。ただ……」
「なんですか?」
「………………いや、なんでもない。それよりこの間のテストはどうだったの?」
「ゔっ! 痛い所をついてくるなあ」
家族の知らない夜の私の部屋。迷い込んでくる鴉との小さな会話。涙は引っ込んだけど、この人との会話は疲れるからかその夜はぐっすり眠れた。次の朝は目覚めが良くて、両親よりも早く起きてしまった。学校に行くまでの時間が長く感じたので朝に本まで読んで、充実した一日になる予感。
寒さが痛い。制服の短いスカートから見える素足を見えない風が切り刻んでいく。脳内を駆け巡る憂鬱な曲がずっと響いていて、イヤホンの存在を忘れてしまうほど音楽に夢中だった。頬にはぼろぼろと涙が伝っていく。悲しいことがあったのだ。なぜか、急に、虚しくなってしまった。私はあまのじゃくで、人に優しくされると悲しくなってしまう。嬉しい気持ちももちろんあるはずなのに、こうして一人になって涙を流してしまうのである。
「うっ…………」
誰も居ない静かな校舎裏。冷たい地面に座り込んで膝をかかえて涙を流す。これももう日課になりつつあった。優しい人らに囲まれて、温かさに触れるとなぜか、苦しい。
「また泣いてる」
「っ……雲雀さんには関係ないです」
ふと地面に大きく影ができた。上から人が覗いている。たしかこの後ろは一階のとある空き教室だった気が。そこの窓から私を見ているのだろう、けど振り向く気にはならない。今の顔はとても情けないので。
声の主は昨夜遊びに来ていた鴉で、淡々と私を責め立ててきた。
「学校にそれは持ち込み禁止のはずだよ、没収する」
「優しさってもんは無いんですか……?」
「ないね、君に優しくする理由なんて」
「…………ひどい人」
女の子が泣いてるのに慰めもせずに酷いことばかり。今までだってそうだ、私が泣いてる時には必ず彼が現れて……どうして? なぜ泣いてる時に? そんなに他人の泣き顔を見るのが愉しいのだろうか。やべぇ奴だとは思っていたけれど、怖いだけでなくこういった趣向を持っているなんて少し引くかもしれない。
「なにか失礼なこと考えてるでしょ」
「かんがえてないです」
「そう、まあどうでもいいけど」
ずずっと鼻水を啜る音が響く。自分でも汚いなんてこと分かってるけどティッシュとか持ってないのでどうすることもできない。ハンカチなら持ってるけど……さすがに鼻水はちょっと。
すると頭上から未開封のポケットティッシュが降ってきた。ぺちっと足に当たったけれど全然痛くなくって、むしろ温かいように感じる。
「汚いから拭いて」
「……っ、言葉を選んだほうがいいですよ、でもありがとうございます」
雲雀さんが上から落としてくれたらしい。優しいんだか本当に汚ねぇと思ってるのか、おそらく後者だけどその優しさが今の心には突き刺さるものであった。
「……どうやら君は、優しくされるのが嫌いらしいからね」
「ちゃんと感謝してるじゃないですか……」
「じゃあ涙止めて僕に頭を下げて感謝しなよ」
「横暴すぎる!」
受け取ったポケットティッシュから一枚紙を取り出し鼻から垂れていく鼻水を拭き取る。雲雀さんとはいえ人前で鼻をかむのは遠慮したい。少し落ち着いて来たおかげかさっきほど涙が溢れてくるような様子はなく、目尻に涙が浮かんで、瞬きによってそれが流れ落ちていくくらいには軽くなっていた。素直に立ち上がり、雲雀さんの方を向く。すると雲雀さんは私の濡れた頬を右手の掌で包み、愉快そうに笑う。
「やっぱり君は、泣いてるのが丁度いい」
「は?」
「無理に笑うよりよっぽどいいよ。君の笑顔はクラスの全員が見ていようと、その情けない泣き顔が見れるのは僕だけだからね」
ドキッとしてしまった。不覚にも。
並盛最強の男と恐れられてるこの男が、私に笑いかけている。優しさとかそういうのじゃなくて純粋に楽しいおもちゃだと思ってるんだろうけど、おそらく他人には容易に見せることの無い笑顔だった。頬に触れる彼の手が熱いのか、私の頬が熱いのか。彼の手にそっと左手を重ねてみた。手も暖かいけどほっぺはもっと熱いだろうな。
「……ふふ、酷い人。泣き顔見るのがそんなに楽しいですか?」
「楽しいね。だから僕以外の前で泣かないでよ」
「泣きませんよ。みんなの前では笑わなきゃ」
いつからだろう、彼に泣き顔を見られるのが平気になったのは。絶対に影で一人で泣く私が、このパーソナルスペースに彼の侵入を許したのは。
ねえ雲雀さん、これって特別ってことですよ。貴方にとっての私も、そうだといいなって思います。
なんて口に出せたらサイコーに気分がいい。怖くて言えないけど。
大好きな君でいて欲しい。
なんて絶対言わないけど。
僕だけが知っている彼女の事。それに優越感を感じていたのは確かだ。
人が好い少女は何かと人を惹きつけやすい。分かっている、彼女に友愛だけでなく恋愛の視線を向ける男が一定数居ることを。そいつらは彼女のうるさいくらいの笑顔しか知らない。そんな奴らに渡せるか。
最初見た時はうざったいと思っていたが、耐えるように下唇を噛んでほろりと一滴の涙を流した彼女に見蕩れたのも事実。これだけは護らなければならない。彼女の一番綺麗な表情を見れるのは僕だけ。
「ああそれ、イヤホンと音楽プレーヤー。さっさと渡して」
「ちゃんと返してくれますか……?」
「放課後応接室においで。したら返してあげる」
「なんかすっごく嫌な予感がする」
「風紀を乱しておいて何もせずに許されるとは思わない方がいいよ」
「絶対なんかさせられる! 雑用とか事務仕事とか雑用とか掃除とか!」
今はお互いに、想ってるだけでいい。
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作中歌詞
私の中で いつまでも 大好きな君でいて欲しい
うそつき/つなまる(めざめP)様