彼は私の王子様だと思う
その時、運命というものを知った。
ある日の応接室。ソファに腰掛ける私がせこせこと仕事をするのを、隣から眺めてくる委員長に叱られないよう真剣に書類に目を通していた時だった。
「お前が雲雀恭弥だな」
うちの委員長のことを名指ししてノックも無しに入ってきた男。部下を一人連れていて、多くの人に恐れられている並盛の王様にも臆することなく話を進める金髪の彼。
これが恋ですか、そうですか。
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「はあ……かっこよすぎ……ロマーリオさん、彼の詳細データを教えてくれませんか? 身長とか誕生日とか」
「そんなの聞いて何に使うんだ?」
「決まってるじゃないですか! データ纏めてファイリングして保管するんです」
「嬢ちゃん結構マニアックだな……」
屋上にて。見つめる先に居るのは私の運命の人ディーノさんとうちの委員長。修行する二人を遠巻きから見守りつつ談笑する私とロマーリオさん。響く金属音や緊迫した空気も、今の私にはどうでもよかった。
「にしても驚いたな」
「何にです?」
「風紀委員について少しは話に聞いてたが、嬢ちゃんみたいなか弱い女子がいるようなとこじゃねぇ気がして」
「ああ……」
私は風紀委員の一員ではあるが、戦闘要因ではない。主に事務仕事、雑用、掃除係、家政婦みたいなものだ。尚、半ば強制的に委員長様によって入れられたもので自分から望んで来た訳では無い。もちろん提案されたメリットが魅力的だったのはあるけど。
「授業さぼれるので」
「勉強はしといた方がいいぞ、うちのボスみたいにならねぇように」
「ディーノさん勉強できないんですか!? かわいい!」
「昔の話だけどな」
戦闘力ではうちの委員長と同等か、それ以上かといったところだろう。それだけでも十分にすごいのにどうやらイタリアンマフィアのボスらしい。リーダーシップまであるなんて完璧すぎる、惚れてまうやんそんなの。ディーノさんと部下さんたちとの信頼は厚い。ロマーリオさんを見ていてわかる。風紀委員も信頼という点では十分だけど……肝心のリーダーが自由だからなあ。
なんて失礼なことを考えていたからか、ヒュンッ!! と何かが風を切って私の腕を掠めた。後ろのフェンスにぶつかって足元に落ちたそれは委員長のトンファー。
「ああ、居たの」
「ひど! ずっと居ましたけど!」
詫びることも無く私に近寄ってきて武器を拾い上げる委員長に「だからこの男は……」と内心で小さく毒突くと鋭い睨みが飛んできた。
「何考えてるの? 正直に言いなよ」
「いえそのえっと……」
「落ち着けよ恭弥、つかごめんな! オレがそっちに弾いちまったせいで……怪我してねぇか?」
「し、してないです!」
「なら良かった。ここに居たら危ないから戻ってても大丈夫だぞ」
「ん……でも見てたいので」
ディーノさんを、とはさすがに言えず。
「…そっか!」
と眩しい笑顔を見せたかと思えば頭に大きな手が乗って小さく撫でてくれた。変な声が出そうになったけれどなんとか抑えることができた、が、これはいけない。恋が加速する。どうすれば、どうしたらいい。口が緩んでいって情けない顔をしてしまう。
「わ、私、あの」
「ん?」
「コーヒーでも買ってきますっっ!!」
顔が熱を上げていくのが自分で分かって逃げるように走り出した。勢いよく屋上の少し古い扉をバタンッ!! と閉めると大きな音が響く。財布も持たず、昇降口でローファーに履き替え校舎外の自販機まで走り抜ける。風が熱を冷ましてくれるわけでもない。それでも走る以外考えられなかった。今更恋愛ごとひとつにここまで動揺させられるなんてあまりにも子どもだと自覚している。でもどうしようもないのだ、それが恋。歳上への憧れの感情。初めての、輝き。
「はぁっ…もう…めっちゃ好き……っ」
風にかき消えてく言葉が本人に言える日は果たして来るのだろうか。
その頃屋上では、修行の休憩と称した軽い口喧嘩で盛り上がっていた。言い合う雲雀とディーノを生温い目で見守るロマーリオはそっと耳を澄ます。遠くから鳥のさえずりとそれに混じる並中の校歌。と、目の前の馴れ合い。
「気持ち悪いよその目」
「なっ、お前だってあの子には随分優しいじゃねぇか!」
「あの子は風紀委員の中でも使える子だからね」
話題に上がる「あの子」はどうやらディーノにご執心らしいが、上司である雲雀はそれを良しとしない。自分の部下が他人に夢中で仕事が疎かになっているのだから当然の反応ではあるが、怒りの根本的な理由は他にあるだろう。
あんなにわかり易い彼女の好意に、ディーノは気付いていない。それが余計面白くないのだ。いっそさっさと告白して玉砕すればいいと雲雀は考えていた。しかし次の言葉を聞き、雲雀は考えを改めることになる。
「いい子じゃねえか、健気で元気いっぱいで。ああいう子見てると癒されるな」
「…………」
気づいてしまった。男の目にすでに薄い愛情が浮かんでいることに。それが友愛か恋愛までは判断できないけれど、なんとなく腹立たしい。ふつふつと沸いてくる怒りを鎮めるために下げていた武器を持ち直した雲雀が鋭くディーノを睨むと空気が引き締まる。
思わず小さく目を開けて二人の表情を見たロマーリオは、深く溜め息をついて苦笑する。
____確かにあの嬢ちゃんはボスに入れ込んでるが、もしもこの二人が同じだけ怪我をしていたとしたら、先に駆け寄るのはどっちだろうな
答えが見えてしまうのが嫌で、その考えを振り払うように空になっている缶コーヒーに口を付けた。
「お金ないんだが!」
ポケットを漁りながら自販機の前で叫ぶ、セーラー服の女子生徒がひとり。そんな会話があったことなど知らず、想い人のことを浮かべては頬を赤くして緩く笑っていた。