大空に翔ける


並盛中の昼休み。それぞれが教室や校庭で弁当箱を広げ昼食にかかる時間。とある風紀委員は一人の男を探しにこの二年の教室まで来たのだ。

「失礼します、沢田綱吉くんはいらっしゃいますか」

「風紀委員!?」
「またダメツナがなんかやらかしたんでしょ、巻き込まれるのは勘弁なんだけど」
「ちょ、ゲーム隠せ……っ!」

外野が騒いでいたり違反物を持ってきている事に気付きつつ、それを見えてないフリで教室を見渡す。三人の塊。イスに座っている気弱そうな人物は大きな目を見開いてこっちを見ていた。何度も見たから知っている。校舎の破損や近所からのクレームの原因の八割、彼こそ沢田綱吉だ。

濃紺のセーラー服、左腕に風紀の文字が入った腕章を付けた少女は、その存在に驚き声も出せない彼の元へ歩みを進めた。

「こんにちは沢田くん」
「こ、こんにちは……あの、オレなんかしましたっけ」
「いえ何も。少しお話したいことがありまして。ちょっとついてきてもらってもいいですか?」

隣にいる獄寺隼人と山本武は様子を伺うように歳上の少女を見ているが、それを気にも止めず沢田綱吉に対し真っ直ぐな視線を向け続けているのを確認すると一歩引いて沢田綱吉に声をかけた。

「行ってこいよツナ、俺達は先に屋上行って飯食ってるからな!」
「こいつとってのが気にいんねーが……場所取りしてお待ちしております、十代目!」

驚いたのは風紀委員の少女の方だった。あの獄寺隼人が突っかかってこないなんて、と。
獄寺は、このか弱い少女が十代目に何かができるとは思えない、という感情からいつもより落ち着けているのである。それになんとなく気付いた沢田は立ち上がって少女の目を見た。長いまつ毛に綺麗な目。

「助かります、じゃあ行きましょう」

スカートを翻しピンと伸びた背筋で歩き出す。その後ろについて行く沢田を見たクラスメイトたちは、皆脳内で小型犬を思い浮かべていたらしい。


歩くこと数分、到着したのは空き教室。カーテンは閉まりきっていて陽の光を遮断している。扉をきっちり閉めた風紀委員が近くの適当な席についたのを確認して沢田もその隣に座った。

「それであの、話って……?」
「沢田くん、貴方……」

彼女から放たれた威圧感に沢田は思わず肩を跳ねさせた。なんか怒ってる? というか、この人なんで俺の事知ってんの!? 疑問ばかりが浮かんでいく沢田の考えを吹き飛ばすように、風紀委員の女が声を荒らげる。

「ディーノさんと知り合いってマジ!?」
「…………え?」



数時間前、応接室でデスクワークに勤しむ少女がふと小言を零した。

「ディーノさんならこんなに仕事押し付けてきたりしないだろうな〜」
「何? 文句があるなら聞いてあげるよ」
「拳でとかいうんでしょう」
「よくわかったね」

委員長の考えなんてすぐ分かる。素直に私の意見を聞きいれてくれた事などないのだ。それに、私が彼の話題を出すと分かりやすく機嫌を悪くする。そんなにディーノさんのこと嫌いなのかな、私はめちゃくちゃ好きだけど。
校舎の窓ガラスの破損を直した部分の請求書を見て少し頭が痛くなってきた。ここ一年でやけに増えた気がする。原因はわかりきっているが、これを委員長に報告するのは怖いんだよな。紙面を見つめてため息をつく私に近付いてきてその請求書を奪い取った男は、眉をひそめて愚痴を零した。

「……どこから移動しようか」
「季節行事の予算から持ってきましょうか? 部活の費用から削るのは限界が……」
「いや、委員会からでいいよ」
「え、風紀委員から!?」

めちゃくちゃ珍しい! 自分が第一なこの人が自らを犠牲に! と思ったけれど、学校愛の強い彼のことだ、校舎の為ならば自己犠牲も厭わないということだろうか。それはそれで一貫していて素晴らしいと思う、が。

「そんな訳ないでしょ、別のところからかき集めればいい。まともに活動してるとこなんてないだろうしね」
「…………うわぁ、分かってたけど雲雀さんは雲雀さんですね」

風紀委員もまともに活動してるとは言えないのでは…けれどここの活動費を減らされては私が楽できないので委員長様のいうことを大人しく聞くことにしましょう。

「…そういえば、ディーノさんは次いつ来るんですか?」
「さあね、興味もない」
「私は興味あるんです!」

あの日からずっと頭に残る彼の声や姿、あ〜……考え始めると仕事が手につかない。また会いたい、知りたい、遠い存在の彼に近づくためにこの委員長を介さなければならないのは辛いものがある。

「……あの草食動物なら知ってるかもね」
「誰のことです?」

ふいっとそっぽを向いて黙り込んでしまった。その草食動物が誰なのかをはっきり言うつもりは無いらしい。けれど私はきちんと覚えている。興味を持った目で一つ下の学年の彼を見てそう呼んでいたのを。わかっていて聞いたのだ、確信に変えるために。しかし憶測だけで十分だろうな。

目指すは沢田綱吉。彼にいろいろ問い質すのみ。

思い立ったらすぐ行動するが吉、と腰を上げて歩き出すと、顔の横をヒュンッと何かが飛んで行った。なんかこれデジャブ……。

「どこにいくつもり」
「えっとその草食動物くんのところに……」
「仕事を放って? そんなの許さないよ」
「ひぇ…………すみません…………」

ちなみに飛んできたのはトンファーではない、ペン先の出たままの0.38ミリボールペンだった。とんでもない速さを伴ったそれが刺さったら……死ぬのでは? 恐怖に支配された私はとぼとぼと仕事を再開した。




「と、言うことで沢田くんにいろいろとお聞きしようと」
「なんか、風紀委員の人も大変なんですね……」

凄い剣幕でディーノについて尋ねてきた彼女はどうやら彼に惚れているらしい、それで知りたいと言われても、俺から勝手に喋る訳にはいかないだろう。本人に聞いて欲しいけれど、恋する人間の気持ちはわかるっちゃわかるし。

「そ、その…ディーノさんのことをどこまで知ってるんですか?」
「うーん、何千人を纏めるマフィアのボスで、委員長の師匠で、かっこよくて、優しくて……」

どうやらマフィア関連の話は知っているらしい、けれど細部まで知っている訳では無いだろう。これ以上は機密情報に触れる可能性もある、迂闊に答えられないな……

「やっぱりそういうのは本人に__」
「誕生日とか教えてくれるだけでもいいのっ! お願いっ!!」
「ん……?」

思っていたのと違う。てっきりディーノのいるキャバッローネについて知りたいのかと思ったが、彼女が知りたいのはあくまでディーノ個人の話。誕生日とか、身長とか……数字のプロフィール。それくらいならまあいいか、と以前聞いたことをいくつか思い出す。

「確か誕生日は……」
「へえ、結構先だなあ」
「あとは身長とか?」
「お、数字で記憶したいから助かる!」

記録したいじゃなくて記憶したい、なのが気になるがわざわざ聞くことでもないだろう。俺なんかと違って記憶力がいいのかもしれないし……でも好きな人のことなら忘れないか。年上の少女に共感を抱きながら当たり障りのないプロフィールを述べていく。

「…………こんなもんかな、俺が教えられるのは」
「ありがとう〜!! 委員長ってばディーノさんに興味無さそうだし、すーぐ突っかかってバトル始めちゃうからゆっくり話す機会もないしで困ってたの。次いつ来るとか知ってる?」
「それはわかんないかな〜結構気まぐれだし。……あ゛、すみません! ついタメ口で!!」

風紀委員に属してる人である以上、こういった行為は宜しくないだろう。同学年ならともかく上の人に……! 慌てて手を振って間違いであることを説明するも、彼女は軽快に笑い場を和ませた。

「あははっ、気にしなくていいよ! ディーノさんのこと教えてくれるだけでありがたいし敬語とか気にしない! あ、でも私以外にはちゃんと敬語を使うようにね」

人差し指をピッと立てて口元に持っていく仕草がやけに色っぽく見えてつい顔に熱が集まる。ただの年上じゃなくて頼れるお姉さんみたいな雰囲気だから余計かもしれない。

「そろそろかな、ご飯前にありがとうねツナくん」

立ち上がった彼女がスカートを翻して背中を向ける。呼び方とか気になった事はあったけどそれよりも言っておきたいことがある。頭の中で言葉を整理する余裕はなく、考えをそのまま声に出した。

「あの、聞いておきます! 次いつ来れるか、あと、予定空けられるかとか!」
「……そこまでしてくれるの? ふふっ、めちゃくちゃ嬉しい。報告楽しみにしてるね。私は多分応接室にいるからいつでも遊びにおいで」

二人の時は敬語もなくていいよ、と微笑んで教室から消えていく。応接室に遊びに行くなんてことはおそらくできないが、報告くらいは雲雀さんも許してくれるかもしれない。とりあえず帰ったらリボーンに聞こう、あいつの方がディーノさんのこと詳しいし。自分も席を立ち、鞄を肩にかけて走り出した。屋上で二人が待っている。もしなにか聞かれたとしても、今日ここで彼女とした話は内緒にしようと決めたのだ。

途中、廊下は走るなと先生に怒られたけど、何故か足は止められなかった。嬉しかったのかもしれない、同志を見つけたような気持ちで。





「ふふ、ふふふ」
「やけに上機嫌だね」
「だってツナくんが私のためにあんなに嬉しい事言ってくれるなんて思ってなかったんですもん、えへへ」
「……何? 群れてた報告? そんなに咬み殺してほしいなら言ってくれればいいのに」
「ごめんなさ〜い! ちゃんと仕事するので許してください!」


その晩。

「なあリボーン、ディーノさんって次いつ来るとか話しあったりした?」
「呼べば来るぞ」
「それはお前が恐いからだろ……予定空いてるとか聞いたら教えて欲しいんだけど」
「……なんかあったのか?」
「いや、ちょっと、聞きたいこととかあって!」

訝しげな視線を向けられた。もしかしたらリボーンは俺の嘘に気付いていたのかもしれないけど、俺の口から彼女について説明する気は無かった。