クリスマスの夜に(風間仁)
【クリスマスの夜に】
街中が色彩やかに飾り付けられる12月。あちらこちらにクリスマスツリーが飾られ人々の心を浮足立たせる。
『すまないが今年もクリスマスは仕事だ』
月の始めに彼氏である風間仁に言われた言葉。
彼が三島財閥頭首に就任してからは殆どすれ違い生活だったから、ナーナはまるで期待していなかった。
今日は職場のクリスマス会の為いつもより1時間はやく仕事が終わったナーナは、会場のホテルへ同僚らと向かおうとしていた。
わいわいと話しながら職場ビルから出て来る着飾った女性たち。
その中にいたナーナは目の前の光景に足を止めた。
黒塗りの高級車が職場ビル前の路肩に止まっている。どこか見覚えのある車。
「まさか、ね?」
クリスマスは仕事だと仁は言ってたのだから自分には関係ないはずだ。
「ナーナ、どうかしたの?」
「ううん、何でもない!」
同僚の言葉にナーナはそう答えると自分には関係ないはずと思い直し歩き出そうとした。
「ナーナさん?」
不意にかけられる声。振り向くとそこには金髪の女性が立っていた。彼女はゆっくりナーナに近づいて来る。
「ニーナさん」
「突然押しかけてごめんなさいね」
ニーナは微笑むとナーナ車に乗るように促した。
「えっ?でも私これから職場のクリスマスパーティーの準備があるんです」
困ったようにニーナに答えるナーナ。だがニーナは携帯を取り出し電話を掛け始める。
「大丈夫。社長の李超狼には欠席する事を伝えるわ」
「……」
諦めたようにため息をついたナーナは、心配そうに彼女を見つめている同僚に気がついた。
「どうしたのナーナ?」
「ごめんなさい。私パーティーに行けなくなったの」
ナーナは彼女らの元へ走りパーティーに出れないと伝える。
「もしかして三島財閥絡み?」
黒塗りの外車。金髪の黒服美女。彼女らは何度かナーナがそこに居合わせているのを目撃しており、また財閥頭首風間仁とナーナが付き合っているのを知っていた。
ましてや今日はクリスマスイヴである。
申し訳ないと頭を下げるナーナに彼女らは気にしないでと笑っていた。
「愛されてるわね三島の頭首様に」
「!!」
同僚の去り際の言葉にナーナの顔はみるみる赤く染まった。
夕暮れの埠頭には汽笛が鳴り響いている。
車から降りニーナからここで待っているように言われたナーナは、戸惑いながらもその場にいた。
目の前に停泊しているのは世界一周などに使われる豪華客船で、ナーナはその大きさと船体の美しさに見とれていた。
「ナーナ」
「仁?嘘っ!?」
不意に叩かれた肩。驚いて振り向くとそこにはクリスマスは会えないと言っていた張本人が立っていた。
「元気だったか?」
「仁」
2ヶ月振りに再会した恋人は、少し照れくさそうな表情をしていた。
外見も美しかったが、内装もとても豪華だった。
入口を入るとエントランスが広がっており内装は高級ホテルを思わせる。
あの後ニーナから二人に手渡されたのはこの豪華客船『クイーンアリス』の特別乗船チケットだった。
「当クイーンアリス号は世界一周や海外クルーズで有名ですか、12月は特別にクリスマスワンナイトクルーズを開催しております。船内では食事やショーやダンスなどをお楽しみいただけます」
二人は支配人に部屋を案内されていた。
「こちらが風間様お部屋のロイヤルスイートになります。明日の朝には素晴らしい日の出がこちらの部屋から見れます」
二人が通された部屋は高級ホテルのロイヤルスイート以上の豪華な部屋だった。
「それではごゆっくりお過ごし下さい」
うやうやしく頭を下げ支配人は部屋を出て行った。
「凄い…」
スワロフスキーのシャンデリアが眩しいくらいに部屋を照らしており、部屋に備え付けられている調度品もアンティーク物と一目でわかる。
「いつまでそこに突っ立ってるんだ?」
声をかけられて現実に戻るナーナ。既に仁はコートを脱ぎ着替えようとしている。
「目のやり場に困るんだけど」
「今更だろう?」
ナーナの言葉に笑いながら仁は手早くタキシードスーツに着替えた。
「雰囲気違うね。別人みたい……」
身長があって体格もがっちりとしている仁。いつものコート姿も良いけれど正装した仁はモデルも顔負けだ。
「惚れ直した?」
「もう!」
スッと腕が伸びてくるとナーナは仁に抱きしめられていた。久しぶりに感じる仁の温もりに胸がトクンと騒ぎ出す。
「クリスマスは会えないって言われてたから、今凄く嬉しい……」
「すまなかったナーナ」
あれはナーナを驚かす為の嘘だった。財閥頭首としての激務で家には帰れず電話もできず構ってもやれない。連絡手段はメールだけ。
だからお詫びの意味を込めてこのクリスマスナイトクルーズを用意したのだ。
「仁、ありがとう」
二人はしばらく抱き合っていた。
船内にある高級ブティックでドレスアップしたナーナ。
レストランで食事を済ませた二人は4階にある劇場で舞台を見終わり、今は6階にあるバーカウンターにいた。
正装した仁とナーナ二人はどこに行っても注目の的になっていた。
「居心地が悪いよ」
注がれる視線、囁き交わされる会話。それらはけして悪意に満ちたものではなく、寧ろ羨望や感嘆であった。
「気にするな」
そわそわ落ち着きないナーナとは対照的に仁は落ち着き払っていた。
「そんなこと言われても無理だよ。仁は慣れてるかもしれないけど」
落ち着いた仁の態度にナーナはついつい悪態をついてしまう。
「ナーナ」
「なに?」
「ならば俺だけ見てろ。他は気にするな」
言葉と共にナーナは仁に抱き寄せられた。
「仁素面で言っているの?」
覗き込むナーナ。
「さあな」
視線をそらしながら言った仁の顔は赤い。それがお酒による赤さなのか照れによる赤さなのかは分からなかった。
二人でこうしてお酒を飲むのはこれが初めてだった。
残念ながらナーナはグラス一杯のワインで酔ってしまう程お酒が弱い。だからノンアルコールのカクテルを飲んでいる。
仁は顔色一つ変えずにカクテルを飲んでいた。食事を含めてもう結構飲んでいると思うのだが。
「こうして二人でお酒を飲むなんて、あの頃には考えられない事だね」
「そうだな」
二人は三島高専時代の同級生で恋人同士。しかし高専4年生の時仁は突然ナーナの前から姿を消し、その行方は一向に分からなかった。
そして2年後三島財閥頭首となり再び姿を現した仁。一方ヴァイオレット社に就職していたナーナと偶然にも再会する。
そこから二人の止まっていた時間は再び動き出したのだ。
「仁飲み過ぎじゃない?」
「これくらい大丈夫だ」
「ならいいけど」
酔い醒ましに二人は船のデッキを歩く。
遥か遠くには街のネオンサインが輝いており、それはまるで人工の星空のようにも見えた。
「あ、雪だ」
「道理で冷える訳だ」
白い華びらがヒラヒラと舞い降りて来る。
「ホワイトクリスマスだよ。ロマンチックだね」
「そうだな」
空に向け手を伸ばすと、降り注ぐ白い華は優しく口づけながら消えてゆく。
「メリークリスマス。仁」
降り注ぐ雪に瞳をキラキラさせながらはしゃいでいるナーナ。
「メリークリスマス。ナーナ」
その姿が堪らなく愛おしくて、仁はナーナを抱き寄せ素早く唇を塞いだ。
「!!」
いきなりの口づけに驚いたナーナは咄嗟に仁から逃げようとするが、仁は逃がさないとばかりに強く抱きしめ、深い口づけを繰り返す。
「ん……っ……」
お酒のせいなのか、それともクリスマスという雰囲気のせいなのか。
いつもとは違う仁に翻弄されていた。
それから部屋に戻った二人に言葉はいらなかった。
会えなかった時間を取り戻すように想いを伝え合う。
「仁……っ。……シワに、なるから……」
ドレスを着たままベッドに組み敷かれたナーナは仁に抗議しようとするが、全く無駄だった。
「あ……っ、!!」
「ナーナ……」
性急に身体を開かれ求められる。余裕のない仁に翻弄されるナーナだが、その身体は難無く仁を受け入れる。
ドレスとタキシードを着たままで求め合う二人。
ドレスがシワになるとか、タキシードが汚れるとか、もうどうでもよかった。
「ナーナのナカ、すごく熱い……」
仁は熱く囁き、
「もっと熱くなろう、ナーナ」
「あっ……やっ、仁ッ……」
そしてゆっくりとリズムを刻み始めた。
恋人達のクリスマスは、まだ終わらない━━━━。