3.確かなもの(風間仁)
3.確かなもの
新学期恒例の席替えにクラスは色めき立っていた。何故なら今日決まった席は学年の最後まで変わらないのだ。
席順毎に班が決まり色んな学校行事に参加する為、生徒らにとっては学校生活を左右する一大イベントだった。
「……う、そ?」
くじで指定された窓際の一番後ろの席に移動したナーナは息を呑んだ。
「七瀬が隣か、よろしくな」
「こ、こちらこそ……」
隣の席に座っていたのは風間仁。ナーナがずっと憧れていたその人だった。
「ずっと同じクラスだったのに、こうして隣の席になるのは初めてだな」
「うん……」
ずっと同じクラスだった二人は殆ど話しをした事もない“只のクラスメイト”。
ナーナは密かな恋心を仁に抱いていたので彼の事はよく知っていた。まさか仁が自分の事を知っていたとは夢にも思わなかったのだ。
「どうしたんだ?何か俺変な事を言ったか……」
「そうじゃなくて、風間くんが私の事を知っていたのに驚いたの……」
「七瀬と同じクラスになるのは3度目。1年生から同じクラスの奴って俺と七瀬だけだろう?」
仁は不思議そうな微笑みを浮かべナーナを見つめた。
三島高専PM.6:00━━━━。
委員会を終えて帰宅しようとしていた仁は廊下に漏れている音楽室からの明かりに気が付いた。下校時間は既に過ぎている。
「誰かいるのか?」
不審に思いながら仁は音楽室に向かう。
……Amazing Grace, how sweet the sound That saved a wretch like me……。
廊下には澄んだ歌声が響いていた。その歌声に聴き惚れてしまう。しばらくそれを聴き入っていた。
やがて歌が終わると、仁は音楽室のドアを開けた。
「風間くん!?」
突然現れた仁にナーナは驚いていた。
「もう下校時間過ぎてるぞ?七瀬一人か?」
音楽室を見回してもナーナ以外人はいない。
声楽のコンクールが近いので延長届け出して練習していたとナーナは仁に答えた。
「そうか……」
理由を納得した仁は優しく微笑みながらナーナを見つめた。
「あの、よかったら風間くん……私の歌を聴いてくれませんか?」
「え?」
「良い所や悪い所を言ってもらえればほ、ら自分では分からないから……」
ナーナの予期せぬ言葉に戸惑っていた仁たったが、彼女の歌をもっと聴きたいという欲求には勝てず承諾したのであった。
それにしても音楽が絡むとナーナは人が変わったようになる。
普段のナーナは人見知りする性格なのかおとなしくて控え目な女性だ。
だが音楽が絡むと正反対の性格になる事を今日初めて仁は知ったのだ。
「こんな時間まで付き合わせてしまって本当にごめんなさい」
「構わないさ。俺も七瀬の歌に聴き入ってしまい、ついつい時間を忘れてしまったよ」
急ぎ足で学校を後にする二人。時計の針は既に午後9時を回っていた。
「歌っている七瀬ってホント別人だよな」
仁の言葉にナーナは頬を赤く染めた。
音楽が絡むと自分でもどうしたのかと言うくらい別人になる事は知っていたのだが、改めて言われるととても恥ずかしくなる。
「……意識とかしてないんだけど……」
「意識してやってたらそれはそれで怖いな」
顔を見合わせて二人は笑った。
「あっ」
外灯だけの道は薄暗く、会話に夢中になっていたナーナは小石に躓いてしまった。
「危ないっ!」
傾いたナーナの身体を仁が抱きとめた。
「大丈夫か?」
「大丈夫。ごめんなさい……」
顔を上げると仁の顔がとても近くてナーナは驚き慌てて離れた。
「この道は暗いから危ないな……」
「え!?」
仁はそう言うとナーナの手をやや強引に握り歩き出した。
大きくて温かな仁の手。
大好きな仁と手を繋いでいるそれだけで胸がドキドキしてしまう。
ふと隣を見上げると心なしか仁の顔が赤かった。
二人で色んな話しをしながら駅までやって来た。
「もう駅か早いな」
駅は帰宅する人達で溢れていた。仁は人混みではぐれないようにぎゅっとナーナの手を握りしめる。
「か、風間くん……」
いきなり強く手を握られたナーナは驚きながら仁の顔を見上げた。
「はぐれると困るだろう?」
そう言いながら仁は駅を通り抜けて行く。
「風間くん駅過ぎてる!!」
人混みをすり抜けて行く仁の様子が少し違っていた。
「……少し俺に付き合ってくれないか?」
「え?」
ナーナの問い掛けに足を止める事なく、仁は手を握ったまま離さなかった。
仁に連れて来られたのは街を見下ろせる小高い丘の上にある公園だった。
家々の明かりやネオンサインがキラキラと輝いて幻想的な雰囲気を作り出している。
「うわぁ……綺麗!!」
眼下に広がる景色に心を奪われ思わず柵から身を乗り出していた。
「ここは俺の気に入っている場所なんだ」
「そんな大切な場所を私なんかに?」
仁の言葉に信じられないといった表情になる。
「七瀬は少し肩の力を抜いた方がいいと思う」
「え?」
「コンクールが近くて大変なのは分かるけどな」
さっきナーナの歌を聞いた。心を揺さぶられる美しい歌声だったが、どこか硬いと仁は感じた。
だから少しでもリラックスしてもらおうと思い、ナーナをここに連れて来たのだ。
「ありがとう風間くん。とても嬉しい……」
仁の心遣いがとても嬉しかった。
ナーナは仁にそっと寄り添う。仁の腕がナーナの肩を優しく抱いた。
━━━━確かな想いが、二人の間に芽生え始めようとしていた。
確かなもの