とられる前に、とれば良い
エリア11総督府に最近流れるまことしやかな噂。それは、
『シュナイゼル第2皇子殿下のご婚姻が決まった』
と言うもの。
『兄上より先に婚姻なんてありえませんから』
一度シュナイゼルは否定したが、その言葉は婚姻そのものに対する否定ではなかったから達が悪い。
シュナイゼルは宮廷の美姫たちと浮き名を流し、特定の女性は作らない。
そんな彼の言葉に、噂が噂を呼び、今では尾ひれがついてしまっていた。

「はあ……」
「ため息をついていたら、幸せが逃げるぞ」
「ナーナ、最近ため息多い」
エリア11、総督府会議室。これから定例の会議が行われる。
出席者は、シュナイゼル靡下のラウンズ4名(スザク、ジノ、アーニャ、ナーナ)とナナリー総督、そして総督を補佐する名目でエリア11に残っている宰相シュナイゼルである。
シュナイゼルとナナリーはまだ来ておらず、会議室はラウンズ4名だけだった。
机に突っ伏してため息が止まらないナーナに皆心配する。
「一体どうしたのナーナ」
心配してくれるスザク。
「……言いたくない」
「と言うことは、家絡みで何かあったな?」
妙に勘のいいジノ。やっぱり同じ大貴族だからか。
「うぅっ……」
ギクッとナーナは顔を上げる。
「図星。記録」
パシャ、と機械音。アーニャがナーナの写真を撮った。
「秘密主義もけっこうだけど、誰かに話して解決することもあるぜ」
ジノの言うことはもっともなんだけど。
「それが出来れば苦労しないよ。でもありがとうジノ。はあっ」
「やれやれ」
ジノは降参とばかりに両手を上げた。

ナイトオブラウンズは神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの専属騎士12人で構成される帝国最強の精鋭部隊である。皇帝直属の騎士の為、臣下では最高位に位置し、また自身のKMF開発などのサポートする専任メンバーが存在していた。
例えば『キャメロット』ロイド・アスプルトン伯爵率いる枢木スザク、ナイトオブセブン専用機開発機関や『エレイン』ローゼンバーグ技術主任マーリン・バーグ伯爵。通称『魔法使いマーリン』率いるナーナ・ローエングリン、ナイトオブエイト専用機開発機関などがある。

「待たせたね」
やがてシュナイゼルとナナリーが入室してきたのでナーナはため息を呑み込んだ。
「まずは、こちらの資料を見て欲しい」
シュナイゼルの側近カノンから手渡される資料に、会議室の空気が変わった。

『エリア11 新総督主宰スプリングパーティーについて』

エリア11内には今は亡きクロヴィス総督によって造られた中庭がある。帝都ペンドラゴン皇宮のアリエス宮を模した庭園である。四季折々の花を咲かせる庭園は、総督府の人達にとって憩いの場だった。
「パーティーを盛り上げるため、ラウンズの諸君も協力して欲しい」
それは何か芸をしてくれないかということ。
「それって、シュナイゼル殿下も参加されるのですよね?」
「私が?……そうだね。考えてみようかな」
次までにそれぞれ考えておくようにとの言葉で、会議は終わった。

「今日はナーナの表情が曇っていたね?」
執務室に戻り一息ついたシュナイゼルはカノンに問う。
(気になるなら、直接訊けばいいのに)
そうカノンは思うが口にはしない。
「ローエングリン卿に婚姻の話しが出ているそうです」
「婚姻!?」
シュナイゼルの形のいい眉がひそめられた。
「なんでもアイヘンドルフ公爵がローエングリン卿の事をいたく気に入ったとの事で、今両家が話し合っているそうですよ」
「それで思い詰めたような表情をしていたのか」
「ローエングリン卿はまだ17歳の少女です。いきなり婚姻の話ですから戸惑うのも当然でしょう」
カノンはシュナイゼルの空になったティーカップを新しい物と替えた。立ち上る湯気に上質な香り。これはナーナが修学旅行のお土産としてシュナイゼルに買ってきた茶葉だ。
「失礼いたします」
その時、執務室のドアが開いて衛兵が入って来る。
「ローゼンバーグ技術主任のマーリン伯爵がお見えになっております」
第3者の登場でふたりの会話はそこで打ち切られた。
「分かった。通してくれ」
「失礼するよ」
白衣姿の女性が入室して来る。
「ヴィヴィアンの例の件なんだが……」
『魔法使いマーリン』と言われる彼女は、ナイトオブエイト専属の技術主任だ。誰も見たことのない、作られたことのない知識と技術持っている為そのように呼ばれているのだった。

「はあっ……」
ナーナは中庭庭園に座り込み夜空を見上げていた。
本当はアッシュフォード学園の寮生なのだが、情勢の悪化と有事のことを考えたシュナイゼルの一存で、ラウンズ4名はしばらくの間総督府で生活することになったのだ。

食後の自主トレを終えたナーナは部屋に戻らず、ただ夜空を見上げていた。
霞ががった月の優しい光が中庭庭園に降り注ぐ。

どうして家の為なの?
どうして好きな人じゃいけないの?

大公爵家令嬢が公爵家に嫁ぐのもどうかと思うけど、顔も何もかも知らない人と結婚だなんて……。

やりきれない思いに心がどうにかなってしまいそうだった。

「……隣に座ってもいいかな?」
後ろから静かにかけられた声にナーナは慌てて涙を拭った。
「シュナイゼル殿下……」
朧月夜に映えるシュナイゼルの立ち姿。薄紫色の瞳がナーナを静かに見つめている。
「……夜露で服が汚れませんか?」
「汚れてもかまわないよ」
シュナイゼルは笑みながらナーナの隣に腰を下ろした。

執務室の窓から中庭庭園が見える。息抜きにと中庭庭園見下ろしていたシュナイゼルは、ふと視線を動かした先にナーナの姿を見つけた。
(……泣いている?)
肩を震わせて座り込んでいるナーナ。昼間の彼女の様子が気になっていたシュナイゼル。その足は自然と中庭に向かっていた。

「……ナーナ。アイヘンドルフ公爵と婚姻の話しが出ているそうだね」
「よく、ご存じですね」
「昼間のナーナの様子が変だったから気になって、カノンに訊いたんだ」
そう言ってシュナイゼルはナーナを見つめる。
「嬉しそうじゃない、な?」
その瞳には暗い影がおちていた。
「見ず知らずの人といきなり結婚しろと言われても、家の為だと言われても、私には心に決めた方がいます。その方じゃないとダメなんです」
溢れ出す涙は次から次へと頬を濡らしてゆく。
「ナーナ……」
シュナイゼルはナーナの肩をそっと抱き寄せた。
「あの日初めて出会った時から、私はシュナイゼル殿下に恋をしました」
幼心に芽生えた気持ちは、成長するにしたがって恋なんだと理解した。あの始まりの日から、ずっと。
「私は、シュナイゼル殿下が好き……」
「……」
思いがけないナーナの告白にシュナイゼルは驚く。が、すぐに口元に笑みを浮かべた。薄紫色の瞳に優しい光を宿し、シュナイゼルはナーナの金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を見つめた。
「とられる前に、とれば良いかな」
「!!」
「私はナーナを誰にも渡す気はないよ。あの日から私もずっと君を見ていたのだから……」

君はあの日から私のもの……。

春の匂いを含んだ風が、優しく二人の間をすり抜けて行った。

それにしても、ローエングリン大公爵は約束を反故にするつもりだったのか?

次の日からナーナに笑顔が戻った。スザク達は一様に喜んだが、その理由を知るのは二人と、あの日の朧月だけ。

――――とられる前に、とれば良い。


---アトガキ---
『わたしのおうじさま』の続編みたいになったお話です。素敵なお題に創作意欲がわきまして、ささっと書きました。ちなみに無印とR2の背景が混ざっていますし、オリキャラが数名出ています。あしからずご了承ください。
2019.01.31

不知夜月