8月。間もなく18歳の誕生日をナーナ・ローエングリン大公爵令嬢は迎える。
この18歳になるということは、ナーナの中で、ローエングリン大公爵家にとって、特別な意味を持っていた。
彼女が生を受け産まれたその時から、既に18歳で婚姻することが決められていた。
相手は誕生日を過ぎるまで分からないし、ナーナの気持ちは無視される。
女の子の夢『結婚』が家の、父親の都合で壊されるのにナーナは精一杯反抗していた。
8月23日――――。
眠れぬ夜を過ごしたナーナ。ずっと来なければいいと思っていた誕生日の朝がとうとう来てしまった。
エリア11にあるローエングリン大公爵家別宅でナーナは朝を迎えた。まんじりとしない気持ち。
「おはようございます」
「おはよう」
食卓につき食欲のない胃袋に無理やり朝食を掻き込んだ。
「ナーナ、今日の予定だが」
「……」
聞きたくもないとムスッとした表情でただ機械的に手を動かした。味なんか分からない。
「ナーナお嬢様!」
異様な空気を破るように執事が来客を告げた。何となく玄関が騒がしいし、執事の頬が幾分紅潮しているように見える。彼にしては、珍しく興奮しているようだった。
「わたしに?」
「はい。ナーナお嬢様に是非お会いしたいと」
こんな朝早くに誰だろう?と思いながら玄関ホールに足を運ぶ。
「えっ!?」
「おはようナーナ」
「お、おはようございます」
そこに立っていたのは、神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア第2皇子殿下だった。
「おはようございますローエングリン大公爵。朝早くからお騒がせして申し訳ない」
「おはようございますシュナイゼル殿下。どうぞお気になさらず」
いつの間にかナーナの後ろに父親が立っていた。
「約束通りナーナをお借りして行きます」
「どうぞ殿下のお気に召すままに」
「はい??」
ふたりのやり取りに事態が全く呑み込めないナーナだったが、何かを言うことも出来ずにそのまま車に押し込まれた。
「……あのう」
着の身着のまま車の後部座席に押し込まれたナーナ。
「殿下。女の子は優しく扱わないと」
「手荒にしてすまなかったね」
運転席にはシュナイゼルの側近のカノンがいて、後部座席にはシュナイゼルと拉致?されたナーナのふたり。
「あのう……?」
この状況に頭が追いつかず、混乱に更に拍車がかかっていた。
「それではごゆっくり」
カノンが恭しく礼をして車を発車させた。残されたふたりはとりあえず近くのコーヒーショップに入る。
朝食が途中だったナーナはホットサンドのモーニングセットを。シュナイゼルはコーヒーを注文した
(目の前には間違いなくシュナイゼル殿下……)
「私の顔に何かついているかい?」
「!!」
シュナイゼルの顔をじっと見つめていたことに気づき、ナーナはかあっと頬を染めた。
注文していたモーニングセットが運ばれて来た。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
美味しそうに食べるナーナ。その様子をシュナイゼルは楽しみながら見ていた。
「さてナーナ。今日はどこか行きたい所はあるかな?」
「はい??」
「君の18歳の誕生日の記念に、私とデートするのはどうかな?」
目の前ではシュナイゼルが穏やかな笑みでナーナを見つめている。
(シュ、シュナイゼル殿下と私がデート!?)
思いがけないシュナイゼルの提案。
「返事はもらえないのかい?」
「あっ!?」
返事をしていないことを優しく指摘され、恥ずかしさに赤面してしまった。
「よ、喜んで……。喜んでお受けします殿下。普通のデートでよろしいでしょうか?」
アッシュフォード学園に通うようになり知った貴族社会では見えないもの。少しでもシュナイゼルと感じたい。
「かまわないよナーナと一緒なら」
穏やかな笑みを浮かべるシュナイゼルにつられてナーナも笑顔になった。
カノンによってコーディネートされたシュナイゼルの私服姿。黒のスキニーパンツ。五分丈の黒のテーラードジャケット。中に灰色のメッシュニットと黒のタンクトップ。眼鏡で変装しているが、その長身だけは隠せない。
ナーナの格好は、ホワイトの膝丈のシフォンのワンピースに淡いピンク色の半袖ロングカーディガンを羽織っている。白いリボンの麦わら帽子が可愛らしかった。
まずふたりが向かったのは表参道ショッピングモール。夏休みということもあり平日の開店後にも関わらず、たくさんの人で溢れていた。
「すごい人だ」
「まだ少ない方…ですよ」
温かくて大きな手がそっとナーナの手を握ってきた。
「はぐれたら困るからね」
「はい」
それは自然な動作で、シュナイゼルは人混みからナーナを守るようにエスコートした。
誕生日祝いだとナーナが気に入ったアクセサリーを購入した以外ふたりはウインドウショッピングを楽しんだ。
いくら普通の格好をしていても、品の良さは隠せない。
囁かれる噂に注がれる視線。
だが、『まさか皇子殿下がこんな所にいるわけがない』という人々の思い込みがふたりの味方をしてくれた。
「お疲れではありませんか?」
「ナーナと一緒だから見るもの聞くもの全てが新鮮で、疲れなんて感じないよ」
ふたりは次の目的地へ電車に乗って移動していた。車内ヴィジョンに皇室関連のニュースが流れるたびに人々の視線が気になり、ナーナはドキドキしていた。
ようやく着いたのは中心街から外れた海沿いの閑静な街。ここにはエリア11で最大の天文台がある。
シーサイドキッチンで休憩を兼ね遅めのランチを食べる。
――――良く食べ、良く笑い、良く話す。
ナイト オブ エイトとしてのナーナとは全然違う。今目の前にいるのは、等身大の18歳の素顔のナーナなんだと知って、シュナイゼルは嬉しくなる。
「どうかされました?」
「いや、何でもないよ」
穏やかな時間がゆっくりと流れてゆく。それがとても心地良かった。
「この天文台は弟クロヴィスが建てた物なんだ。彼は芸術分野に秀ていてね、博物館、美術館など手がけたのが数多くあるんだよ」
クロヴィス・ラ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第3皇子でシュナイゼルの異母弟。1年前までエリア11の総督をしていたが、ゼロにより殺害され23歳という若さでこの世を去った。
「落成式には出席したけど、改めて来るのは初めてだよ。ナーナは良く来るのかい?」
「高校1年生の時の課外授業でここに来てから、時間がある時にはよく来ています」
「それは……」
シュナイゼルは言いかけて止める。ちょうどプログラムが始まろうとしていた。
『太古の昔より、人々は夜空に想いを馳せ、星の輝きに魅力される……』
心地よいナレーション。頭上には満天の星空が拡がっている。握られた手はいつしか気にならなくなって。
寄り添ったふたりは、煌めく星の世界へと誘われていった。
プログラムが終わり外に出ると、太陽は既に沈んでおり空には沢山の星々が輝いていた。
「見て下さい殿下。夏の大三角形が見えます!」
「本当だ」
ナーナの指差す方に一際明るい星が見えた。白鳥座のデネブ、こと座のベガ、そしてわし座のアルタイル。
「ナイトメアから見る夜空も悪くないけど、やっぱり地上に足をつけて見上げるのがいいですね」
「本当に星が好きなんだね」
シュナイゼルは握っていた手を離すと、ナーナをそっと抱き寄せた。
「でん、か?」
「……少しだけこのままで」
ナーナはシュナイゼルの背に腕を回す。温かくて優しくて良い匂いがした。
「殿下1つお訊きしても?」
「何だい?」
「私は産まれた時から嫁ぎ先が決まっていて、今日18歳になりました」
顔を上げじっとシュナイゼルを見つめる。
「私の思い違いじゃなければ、私の想像通りなら、シュナイゼル殿下は……」
「ナーナ?」
「!!?」
唇に感じる柔らかな感触。目の前にはシュナイゼルの整った顔がある。
(……キス、しているの?)
続きを言わせないようにしているのか、それとも?
「キスの時は目を瞑るものだけどね」
目を見開いて固まっているナーナに、優しく笑う。
「これから知るようにします……」
星が煌めき降り注ぐ、それは星降る夜。
――――手を繋いでキスをして、そして?
---アトガキ---
中途半端に終わってしまいました。プロポーズ関係ないし。まあキスできたのよしとしますか。さて続きは……。
2019.01.31