幼なじみの約束
「景ちゃん!」
まだ二人が小さかった頃。
広い日本庭園を、一人の女の子が元気いっぱいに走っていた。
その後ろでは、少し呆れた表情を浮かべる金髪の少年。
「走るな、ナーナ。転ぶぞ。」
「転ばないもん!」
そう言った次の瞬間。
「きゃっ!」
案の定、石につまずいて前へ倒れそうになる。
跡部景吾はため息をつきながら、その小さな手をつかんだ。
「ほらな。」
「……えへへ。」
「笑い事じゃねぇ。」
そう言いながらも、手を離さない。
その光景を、少し離れた場所から榊太郎が静かに見守っていた。
「景吾くんは、本当にナーナの面倒を見てくれるな。」
「ええ。あの二人は兄妹みたいですね。」
使用人の言葉に、榊は小さく笑った。
「いや……あれは幼なじみだからこその距離だ。」
跡部家と榊家には古くから交流があり、景吾とナーナは物心つく前から一緒に育った。
誕生日を祝い合い、庭でテニスをし、宿題を一緒に片付ける。
ナーナが泣けば景吾が慰め、
景吾が悔しがればナーナが隣に座る。
それが当たり前の日々だった。
「景ちゃん!」
「何だ。」
「大きくなっても友達でいてね。」
幼いナーナが小指を差し出す。
景吾は少し照れたように目を逸らしながらも、小指を絡めた。
「約束だ。」
「絶対?」
「ああ。俺様は約束は破らねぇ。」
夕焼けの空の下。
二人は笑い合った。
しかし、中学進学を前に状況は変わる。
ナーナは青春学園へ。
景吾は氷帝学園へ。
別々の学校へ進むことになった。
「敵同士だね。」
ナーナは少し寂しそうに笑う。
景吾は肩をすくめた。
「学校が違うだけだ。」
「でも試合では戦うかもしれないよ?」
「その時は容赦しねぇ。」
「ふふっ。」
「ただし。」
景吾はナーナの頭に軽く手を置く。
「終わったら、いつもの景ちゃんとナーナだ。」
その言葉に、ナーナは安心したように笑った。
「うん。」
どれだけ学校が違っても。
どれだけライバルになっても。
幼い日に交わした約束だけは、二人とも忘れてはいなかった。
だから関東大会で再会したとき、跡部はいつものように口角を上げて言う。
「よう、ナーナ。」
「久しぶり、景ちゃん。」
周囲の氷帝部員も青学部員も、その親しげな呼び方に目を丸くする。
敵同士なのに、どこか特別な空気をまとった二人。
その関係を知る者は、まだ誰もいなかった。第2話 「幼なじみだからこそ」
「これより、練習試合を始めます!」
両校の部員が整列し、一礼する。
「よろしくお願いします!」
青学と氷帝。
全国を目指す者同士の熱気が、コートを包んだ。
ナーナはラケットを握り直す。
そのとき——。
「ナーナ。」
呼び止めたのは跡部だった。
「ん?」
「怪我だけはするな。」
「……景吾こそ。」
「俺様を誰だと思ってる。」
「はいはい、氷帝のキング。」
思わず二人で笑う。
その光景を見ていた向日岳人は、小声で忍足に話しかけた。
「なぁ侑士。跡部ってあんな顔で笑うんだな。」
「俺も久しぶりに見たわ。」
宍戸も腕を組む。
「完全に幼なじみ相手の顔だな。」
一方、青学側では——。
「ナーナ先輩って、跡部さんと仲いいんですね。」
一年の越前リョーマが何気なく尋ねる。
「うん。五歳くらいからかな。」
「へぇ。」
「景吾は昔から負けず嫌いでね。」
「昔から俺様だったの?」
桃城が吹き出す。
ナーナも笑いながら頷く。
「うん。小学生の頃から。」
「『俺様についてこい』って。」
「あいつブレねぇな!」
コートは笑いに包まれた。
午前中の試合が終わり、昼休憩。
ナーナは自動販売機でスポーツドリンクを買う。
「やっぱりここにいたか。」
聞き慣れた低い声。
「景吾。」
跡部は隣に立つと、缶コーヒーを一本取り出した。
「今日は動きがいいな。」
「景吾も。」
「全国を狙うなら当然だ。」
風が二人の間を吹き抜ける。
沈黙も気まずくない。
幼い頃から何度もこうして並んできた。
「覚えてる?」
ナーナが空を見上げる。
「初めて一緒にテニスした日。」
跡部は小さく笑う。
「忘れるわけねぇ。」
それは八年前。
氷帝学園のコート。
まだ幼稚園児だった二人。
榊太郎が練習を見ている横で、小さなナーナは大きなラケットを必死に持ち上げていた。
「重い……。」
すると、金髪の少年が近づいてきた。
「貸せ。」
「え?」
「こう持つんだ。」
その少年こそ、跡部景吾だった。
「君、名前は?」
「ナーナ。」
「俺は跡部景吾。」
そう言って差し出された小さな手。
ナーナも笑顔で握り返した。
「よろしく、景吾。」
その日から二人は毎週のように会い、一緒にテニスをし、一緒に笑った。
「懐かしいね。」
「ああ。」
跡部はナーナを見つめる。
あの頃は自分と同じくらいの背丈だった。
今では肩までしか届かない。
「……何?」
「いや。」
思わず見つめすぎたことに気づき、跡部は視線をそらす。
「背、伸びたな。」
「それ景吾でしょ。」
「俺様はまだ伸びる。」
「十分高いじゃない。」
二人はまた笑った。
その様子を木陰から見ていた人物がいた。
「……へぇ。」
忍足侑士だった。
「景吾、あんな優しい顔するんやな。」
さらにその隣には、偶然通りかかった榊太郎。
二人の姿を静かに見つめる。
(景吾……。)
榊だけが知っている秘密。
ナーナは、自分の姪ではない。
実の娘である。
もしその事実が明るみに出れば、周囲の見る目は変わるだろう。
だからこそ、榊は誰にも話さなかった。
(今はまだ、このままでいい。)
そう思いながらも、娘と跡部が自然に笑い合う姿を見て、胸の奥に複雑な感情がよぎる。
その一方で、跡部はまだ気づいていなかった。
幼なじみとして隣にいることが、少しずつ「それ以上」の気持ちへ変わり始めていることに。第3話 「王様の嫉妬」
午後の練習試合が始まる。
青学のコートには、いつも以上の緊張感が漂っていた。
「次の試合、ナーナ対日吉!」
審判の声が響く。
「お願いします。」
ナーナはラケットを構える。
向かいに立つのは氷帝二年、日吉若。
「……よろしく。」
静かな声とともに一礼する。
「試合開始!」
カンッ!
鋭い打球音がコートに響く。
「速い……!」
桃城が目を見開く。
日吉の低い弾道のショットを、ナーナは一歩も引かずに打ち返した。
「そのコース!」
クロスへ打ち込んだボールは、ラインぎりぎりに落ちる。
「15―0!」
「おおっ!」
青学から歓声が上がる。
「ナーナ先輩、すげぇ。」
リョーマが帽子のつばを少し上げた。
手塚は腕を組んだまま静かに見守る。
「……落ち着いているな。」
一方、氷帝ベンチ。
「やるじゃねぇか。」
宍戸が感心する。
「景吾の幼なじみってだけやないな。」
忍足も頷いた。
だが——。
跡部だけは無言だった。
その視線は試合ではなく、ナーナだけを追っている。
(フォームが少し乱れてる。)
(疲れが出始めてるな。)
幼い頃から一緒に練習してきたからこそ、小さな変化にも気づいてしまう。
「ゲーム! ナーナ、6―4!」
「ありがとうございました!」
試合終了。
日吉はラケットを下げる。
「……完敗です。」
「ありがとう。」
握手を交わす二人。
「ナイスゲーム。」
日吉が素直に笑うと、ナーナも微笑み返した。
その瞬間——。
「景吾?」
忍足が隣を見る。
跡部の眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……。」
「もしかして。」
忍足は口元を押さえて笑う。
「嫉妬してる?」
「は?」
「日吉と楽しそうに話してるやん。」
跡部は鼻で笑った。
「くだらねぇ。」
そう言いながらも。
視線は二人から離れない。
試合後。
ナーナはタオルで汗を拭いていた。
「お疲れ。」
振り返ると、跡部だった。
「景吾!」
「勝ったな。」
「うん!」
嬉しそうに笑うナーナ。
その笑顔を見た途端、跡部の表情も自然と柔らかくなる。
「よくやった。」
そう言って、ぽん、と頭に手を置いた。
「え?」
「昔からそうだったろ。」
「もう子どもじゃないんだけど。」
「俺にとっては変わらねぇ。」
その一言に、ナーナの頬がほんのり赤くなる。
「……景吾って、たまにずるい。」
「何がだ?」
「なんでもない。」
目を逸らすナーナ。
その様子を少し離れた場所から見ていたのは——青学の部員たちだった。
「……今、頭ぽんってした?」
菊丸が小声で言う。
「したね。」
不二は楽しそうに微笑む。
桃城は驚きを隠せない。
「跡部が!?」
乾はノートを開く。
「興味深いデータだ。」
リョーマは小さく息をついた。
「幼なじみって、ああいうものなのかな。」
その頃、校舎の窓から二人を見つめる榊太郎。
(景吾……。)
跡部は昔からナーナを大切にしてきた。
泣けば慰め、転べば手を差し伸べる。
兄のような存在だった。
しかし今、その視線には少しずつ別の感情が混じり始めている。
榊は静かに目を閉じた。
(もし景吾がお前を本気で想う日が来たら……。)
そのとき、自分は「叔父」ではなく、「父」として向き合わなければならない。
まだ誰も知らない秘密が、少しずつ二人の未来へ影を落とし始めていた。
第3話 「王様の嫉妬」
午後の練習試合が始まる。
青学のコートには、いつも以上の緊張感が漂っていた。
「次の試合、ナーナ対日吉!」
審判の声が響く。
「お願いします。」
ナーナはラケットを構える。
向かいに立つのは氷帝二年、日吉若。
「……よろしく。」
静かな声とともに一礼する。
「試合開始!」
カンッ!
鋭い打球音がコートに響く。
「速い……!」
桃城が目を見開く。
日吉の低い弾道のショットを、ナーナは一歩も引かずに打ち返した。
「そのコース!」
クロスへ打ち込んだボールは、ラインぎりぎりに落ちる。
「15―0!」
「おおっ!」
青学から歓声が上がる。
「ナーナ先輩、すげぇ。」
リョーマが帽子のつばを少し上げた。
手塚は腕を組んだまま静かに見守る。
「……落ち着いているな。」
一方、氷帝ベンチ。
「やるじゃねぇか。」
宍戸が感心する。
「景吾の幼なじみってだけやないな。」
忍足も頷いた。
だが——。
跡部だけは無言だった。
その視線は試合ではなく、ナーナだけを追っている。
(フォームが少し乱れてる。)
(疲れが出始めてるな。)
幼い頃から一緒に練習してきたからこそ、小さな変化にも気づいてしまう。
「ゲーム! ナーナ、6―4!」
「ありがとうございました!」
試合終了。
日吉はラケットを下げる。
「……完敗です。」
「ありがとう。」
握手を交わす二人。
「ナイスゲーム。」
日吉が素直に笑うと、ナーナも微笑み返した。
その瞬間——。
「景吾?」
忍足が隣を見る。
跡部の眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……。」
「もしかして。」
忍足は口元を押さえて笑う。
「嫉妬してる?」
「は?」
「日吉と楽しそうに話してるやん。」
跡部は鼻で笑った。
「くだらねぇ。」
そう言いながらも。
視線は二人から離れない。
試合後。
ナーナはタオルで汗を拭いていた。
「お疲れ。」
振り返ると、跡部だった。
「景吾!」
「勝ったな。」
「うん!」
嬉しそうに笑うナーナ。
その笑顔を見た途端、跡部の表情も自然と柔らかくなる。
「よくやった。」
そう言って、ぽん、と頭に手を置いた。
「え?」
「昔からそうだったろ。」
「もう子どもじゃないんだけど。」
「俺にとっては変わらねぇ。」
その一言に、ナーナの頬がほんのり赤くなる。
「……景吾って、たまにずるい。」
「何がだ?」
「なんでもない。」
目を逸らすナーナ。
その様子を少し離れた場所から見ていたのは——青学の部員たちだった。
「……今、頭ぽんってした?」
菊丸が小声で言う。
「したね。」
不二は楽しそうに微笑む。
桃城は驚きを隠せない。
「跡部が!?」
乾はノートを開く。
「興味深いデータだ。」
リョーマは小さく息をついた。
「幼なじみって、ああいうものなのかな。」
その頃、校舎の窓から二人を見つめる榊太郎。
(景吾……。)
跡部は昔からナーナを大切にしてきた。
泣けば慰め、転べば手を差し伸べる。
兄のような存在だった。
しかし今、その視線には少しずつ別の感情が混じり始めている。
榊は静かに目を閉じた。
(もし景吾がお前を本気で想う日が来たら……。)
そのとき、自分は「叔父」ではなく、「父」として向き合わなければならない。
まだ誰も知らない秘密が、少しずつ二人の未来へ影を落とし始めていた。
ナーナを中心に、跡部と手塚、それぞれの想いが少しずつ動き始める展開ですね。
ライティング
第4話 「静かなまなざし」
練習試合が終わり、夕日に染まる青春学園のテニスコート。
「集合!」
手塚国光の声に、部員たちが一斉に集まる。
「今日はよく戦った。しかし、課題も見えたはずだ。それぞれ明日までに改善点を考えておくように。」
「はい!」
ミーティングが終わると、部員たちは帰り支度を始める。
その中で、ナーナだけは一人、コートに残っていた。
「あと二十本……。」
サーブを打ち込む。
カンッ。
もう一本。
カンッ。
額から汗が流れ落ちても、ラケットを握る手は緩まない。
「フォームが少し崩れてる……。」
自分で小さくつぶやき、もう一度トスを上げる。
その様子を、校舎の陰から静かに見つめる人物がいた。
手塚国光。
「部長?」
大石が声をかける。
「帰らないんですか?」
「ああ。」
手塚は短く答え、視線をナーナから外さなかった。
「毎日ですか?」
「……そうらしい。」
大石は少し驚く。
「誰もいなくなってから自主練習を?」
「努力を人に見せようとはしない。」
手塚は知っていた。
ナーナは誰よりも早くコートへ来て、誰よりも遅く帰ることを。
部員たちの自主練習が終わったあとも、一人でサーブやフットワークを繰り返していることを。
決して弱音を吐かず、自分に厳しいことも。
「頑張り屋なんだな……。」
その言葉は、無意識のうちに口からこぼれていた。
「え?」
大石が振り返る。
「……いや、何でもない。」
手塚は表情を変えない。
けれど胸の奥では、小さな変化が生まれていた。
最初は「努力家な部員」という認識だった。
しかし今は違う。
彼女がコートで笑う姿。
悔しそうに唇を噛む姿。
仲間を励ます姿。
気づけば自然と目で追っている自分がいた。
翌日。
部内練習が始まる。
「ナーナ先輩!」
一年生が駆け寄る。
「このボレー、どうしたら安定しますか?」
「いいよ。一緒にやってみよう。」
ナーナは笑顔でラケットを構えた。
「力じゃなくて、面を合わせるイメージ。」
「はい!」
何度失敗しても、根気よく教える。
「今の、すごく良かった!」
「本当ですか?」
「うん、その感覚を忘れないで。」
少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた不二が微笑む。
「優しいね。」
乾はノートに書き込む。
「後輩からの信頼度も高い。」
桃城が頷く。
「ナーナ先輩って、面倒見いいっスもん。」
手塚は何も言わない。
だが、その視線は自然と彼女へ向いていた。
(努力を怠らず、人を思いやる。)
(だから皆が信頼するのか。)
そんな彼女を見ていると、不思議と胸が温かくなる。
その感情に、手塚自身まだ名前はつけられなかった。
一方その頃、氷帝学園。
「景吾。」
忍足が声をかける。
「今度の休日、青学と合同練習らしいで。」
「そうか。」
跡部は何気ない表情で答える。
「……ナーナも来る。」
その一言で、跡部の手がぴたりと止まった。
「いつだ。」
「土曜日。」
「全員、遅刻は許さん。」
「急に気合い入ったな。」
忍足は小さく笑う。
幼なじみとして大切に思ってきたナーナ。
その存在が、跡部の中で少しずつ特別なものへ変わり始めていた。
そして青学では、手塚もまた、頑張り続けるナーナから目を離せなくなっていた。
まだ誰も口にはしない。
けれど、それぞれの胸の中で、小さな恋の物語が静かに動き始めていた。
このまま続けるなら、次回は「氷帝との合同練習」で、跡部と手塚がナーナを意識し始める様子をさらに描きつつ、原作キャラクターたちとの交流も交えた展開にできます。
少しずつ恋愛要素を深めつつ、原作の雰囲気も大切にした続きです。
ライティング
第5話 「二人の部長」
土曜日。
青春学園のテニスコートには、朝早くから部員たちが集まっていた。
「今日は氷帝との合同練習だ。気を引き締めろ。」
手塚の一言に、部員たちが大きく返事をする。
「「はい!」」
その時、校門の外から大型バスが入ってきた。
「氷帝だ!」
桃城が声を上げる。
百人を超える部員を引き連れ、先頭を歩くのは跡部景吾。
「待たせたな。」
いつもの堂々とした態度に、青学の一年生たちは圧倒される。
しかし、その表情がふっと和らいだ。
「おはよう、ナーナ。」
「景吾、おはよう。」
幼い頃から変わらない笑顔。
二人は自然に挨拶を交わす。
「昨日、ちゃんと寝たか?」
「寝たよ。景吾こそ、夜遅くまで部の仕事してたんじゃないの?」
「心配するほどじゃねぇ。」
そんな何気ない会話に、周囲はまたざわつく。
「跡部様があんなに自然に話してる……。」
「やっぱり特別なんだ。」
忍足は肩をすくめた。
「昔からあの二人はああや。」
その様子を少し離れた場所から見ていた手塚。
表情はいつもと変わらない。
だが、大石だけは小さな変化に気づいた。
「部長?」
「……何だ。」
「いえ。」
手塚の視線は、跡部と話すナーナに向けられていた。
胸の奥が、わずかにざわつく。
理由は分からない。
ただ、普段は誰にでも平等に接するナーナが、跡部には少しだけ違う笑顔を見せているように感じた。
幼なじみだから。
そう頭では理解している。
それでも、なぜか気になってしまう。
合同練習が始まった。
「ナーナ、手塚。」
監督の竜崎が声をかける。
「今日は二人で一年生の基礎練習を見てちょうだい。」
「はい。」
「分かりました。」
二人は並んでコートへ向かう。
「越前。」
手塚が呼ぶ。
「ナーナのフットワークを見て学べ。」
「はい。」
ナーナは一年生たちの前に立つ。
「まずは基本からね。」
軽やかなステップ。
無駄のない重心移動。
一つ一つ丁寧に見せながら説明する。
「焦らなくて大丈夫。最初はゆっくりでいいから。」
「はい!」
一年生たちは真剣な表情でうなずいた。
その姿を見た手塚は、小さく口元を緩める。
「……教え方も上手いな。」
「え?」
ナーナが振り向く。
「部長、今何か言いました?」
「いや。」
「?」
聞き取れず首をかしげるナーナ。
そんな様子に、珍しく手塚の心が少しだけ和らいだ。
昼休み。
ナーナはベンチに座り、水筒を開けた。
そこへ、一人の影が差す。
「ナーナ。」
「景吾。」
跡部だった。
「これ。」
スポーツドリンクを一本差し出す。
「ありがとう。でも水筒あるよ?」
「知ってる。」
跡部は当然のように隣へ腰を下ろした。
「予備だ。」
「ふふっ、相変わらず心配性。」
「誰のせいだ。」
二人が笑い合う。
その光景を見た手塚は、静かに視線を伏せた。
自分でも説明できない感情。
それは試合で負けた時とも違う。
焦りとも違う。
ただ――
「部長?」
大石が呼ぶ。
「午後のメニューですが……。」
「ああ。」
手塚はいつもの冷静な表情に戻る。
(……今は部長として、部員を導くことだけを考えろ。)
そう自分に言い聞かせる。
しかし、その視線は気づけばまたナーナへ向いていた。
一方の跡部もまた、ナーナの笑顔を誰より近くで見つめながら思う。
(この笑顔を見られるのは、俺だけで十分だ。)
本人はまだ、その想いを「恋」だとは認めていなかった。
だが、氷帝の王様と青学の部長。
二人の心は、同じ少女へと静かに引かれ始めていた。
次の第6話では、氷帝・青春学園・立海の合同練習会となり、立海の部長・幸村精市もナーナと出会う展開にすると、物語がさらに広がります。
続きです。今回は、ナーナの実力と人柄がさらに周囲に知られていく回にします。
ライティング
第6話 「王者との出会い」
数日後。
青春学園テニス部のもとへ、一通の連絡が届いた。
「立海大附属との合同練習会?」
桃城が目を丸くする。
「あの立海と?」
乾は眼鏡を押し上げ、データノートを開いた。
「全国大会常連校。昨年度も圧倒的な強さを誇ったチームだ。」
「面白くなってきたね。」
不二が穏やかに笑う。
手塚はメンバーを見渡した。
「相手がどこであろうと、やることは変わらない。自分の力を出し切れ。」
「はい!」
ナーナもラケットを握り直す。
強い相手との試合。
それは、彼女がもっと成長できる機会だった。
合同練習当日。
立海大附属のメンバーが姿を現す。
先頭に立つのは、柔らかな笑みを浮かべた少年。
「初めまして。」
「立海大附属テニス部部長、幸村精市です。」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
優しい表情。
けれど、その奥には揺るがない強さがある。
「青春学園のナーナさん、ですよね?」
突然名前を呼ばれ、ナーナは驚く。
「はい。」
「話は聞いています。」
「私の?」
幸村は微笑む。
「努力家で、仲間を大切にする選手だと。」
ナーナは少し照れたように笑った。
「そんな大したものじゃないです。」
「そういうところが、皆に信頼される理由なんでしょうね。」
その会話を少し離れた場所から見ていた二人。
跡部景吾。
そして手塚国光。
「……。」
「……。」
互いに何も言わない。
だが、二人とも同じことを思っていた。
(距離が近い。)
練習試合。
ナーナの相手は、立海の選手。
序盤から激しいラリーが続く。
「すごい……。」
青学一年生たちが息を呑む。
ナーナは一球一球に全力を込める。
苦しい場面でも諦めない。
点を取られても、すぐに立て直す。
その姿を見ていた幸村は、静かに目を細めた。
「強いですね。」
隣にいた真田が頷く。
「ああ。」
「技術だけじゃない。精神力がある。」
試合後。
ナーナはベンチでタオルを握っていた。
「疲れた……。」
「でも楽しかった。」
その時。
「無理をするな。」
声をかけたのは手塚だった。
「手塚部長。」
「限界まで努力することと、自分を追い込むことは違う。」
ナーナは少し驚く。
手塚がそんな風に心配してくれるとは思わなかった。
「……ありがとうございます。」
「君は青学に必要な選手だ。」
真っ直ぐな言葉。
ナーナの胸が少し温かくなる。
そこへ――。
「ナーナ。」
今度は跡部。
「お前、また無茶しただろ。」
「してないよ。」
「嘘をつくな。昔から分かる。」
「景吾には敵わないな。」
幼なじみだから分かること。
長い時間を一緒に過ごしてきたから分かる表情。
そのやり取りを見た手塚は、静かに目を伏せる。
跡部には、自分にはない時間がある。
それが少しだけ羨ましく感じた。
帰り際。
幸村がナーナに声をかける。
「また試合をしましょう。」
「はい。」
「次は、もっと本気で。」
幸村の笑顔。
けれど、その言葉には強い意志が込められていた。
「楽しみにしています。」
ナーナも笑顔で返す。
その様子を見ていた跡部。
「……またライバルが増えたか。」
忍足が笑う。
「景吾、顔に出てるで。」
「何がだ。」
「分かりやすい嫉妬。」
「くだらねぇ。」
そう言いながらも、跡部の視線はナーナから離れない。
一方、手塚もまた静かに決意していた。
彼女の努力を。
彼女の強さを。
もっと近くで支えたい。
幼なじみとして隣にいる跡部。
部長として彼女を見守る手塚。
そして新たに興味を持った幸村。
ナーナを中心に、それぞれの想いが少しずつ交差し始めていた。
次は、**跡部がナーナの誕生日を特別に祝おうとする一方、手塚も密かに準備している「三人の想いがぶつかる回」**に続けられます。ライティング
第7話 「特別な一日」
六月。
青春学園のテニスコートには、梅雨前の柔らかな風が吹いていた。
「ナーナ、誕生日おめでとう!」
菊丸の明るい声が響く。
「ありがとう、英二。」
部室には小さなケーキと、部員たちからのプレゼントが並んでいた。
「まさか覚えていてくれたの?」
「当たり前じゃん!」
桃城が笑う。
「いつも俺たちの練習見てくれたり、アドバイスくれたりしてるんだから。」
「ナーナがいなかったら困る人、多いよ。」
不二も優しく微笑む。
ナーナは少し照れながら笑った。
「ありがとう。本当に嬉しい。」
その様子を少し離れた場所で見ていた手塚。
彼女が皆に必要とされている理由が分かる気がした。
強いからだけではない。
誰かのために努力できる人だからだ。
練習が終わった後。
「ナーナ。」
呼び止めたのは手塚だった。
「はい?」
「少し時間をもらえるか。」
珍しい言葉に、ナーナは首を傾げる。
「どうしたんですか?」
手塚は小さな箱を差し出した。
「誕生日のものだ。」
「え……?」
ナーナは驚く。
「部長から?」
「ああ。」
「ありがとうございます。」
箱を開けると、中にはシンプルなテニス用のリストバンドが入っていた。
「手塚部長……。」
「君は練習量が多い。手首への負担も考えた方がいい。」
「私のこと、見てくれていたんですね。」
その言葉に、手塚は一瞬黙る。
「……ああ。」
いつも冷静な彼にしては珍しい間。
ナーナは微笑んだ。
「大切に使います。」
その笑顔に、手塚の胸が静かに揺れる。
その日の夕方。
青春学園の校門前。
「遅い。」
聞き覚えのある声。
「景吾?」
そこには跡部が立っていた。
「誕生日の予定くらい、俺様が把握してないわけないだろ。」
「どうしてここに?」
「迎えに来た。」
「え?」
跡部は当然のように言う。
「今日は付き合え。」
「どこに?」
「決まってるだろ。」
少し得意げな笑み。
「お前の誕生日祝いだ。」
連れて行かれた場所は、静かな庭園だった。
「綺麗……。」
ライトアップされた景色に、ナーナは目を輝かせる。
「気に入ったか?」
「うん。」
跡部は満足そうに笑う。
「昔から、お前はこういう場所が好きだったからな。」
ナーナは驚く。
「覚えてたの?」
「当たり前だ。」
幼い頃。
試合で負けて泣いていたナーナを、跡部はここへ連れてきたことがあった。
「景色を見ると元気になるって言っただろ。」
「……覚えてない。」
「俺様は覚えてる。」
その言葉が、なぜか胸に響く。
「ナーナ。」
いつもより少し低い声。
「これからも、俺の隣にいろ。」
「え?」
一瞬、時間が止まったように感じた。
跡部はすぐにいつもの笑みを浮かべる。
「幼なじみとしてだ。」
「……。」
けれど、その言葉の奥にある何かを、ナーナは感じ取っていた。
翌日。
青学テニス部。
「ナーナ。」
手塚が声をかける。
「昨日は楽しかったか。」
「はい。」
「そうか。」
短い返事。
しかし、手塚は少しだけ目を伏せた。
跡部には、長い時間がある。
幼い頃から積み重ねた思い出がある。
それでも――。
(俺にも、俺にしかできないことがある。)
手塚はラケットを握る。
部長として。
そして、一人の少年として。
その頃、氷帝では。
「景吾。」
忍足が笑う。
「ちゃんと言ったん?」
「何をだ。」
「好きやって。」
「……。」
跡部は黙る。
まだ言葉にはできない。
だが、自分の気持ちはもう誤魔化せなかった。
ナーナは幼なじみ。
大切な存在。
そして――。
誰よりも特別な存在になっていた。
三人の想いは、少しずつ形を変え始めていた。
終わり